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正しい悪女の作り方~婚約破棄を目指して悪役令嬢に成り上がる~  作者: 藍上御書
第一章「男爵令嬢モルヴィアナ・フォイルナー」
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幕間 レイモンド・ラングラン


 フォイルナー男爵家から住処を移すことになり、屋敷からは大量の荷物が運び出されている。諸々の処理は使用人たちが行うとはいえ、指示は父上が出している。

 それでも数が足りないので連日俺とヴィアナは父上と同じぐらい働き詰めだった。

 ヴィアナが竜の子と認められ、"真実の瞳"を発現したとなれば、王都から少し距離のある男爵家に住まうのは外聞が悪いらしかった。

 元々王家からは公爵家の事業の傾きが顕著になった段階で戻るように指示があったのだが、如何せんジェイディスと関わりたくなかった父上が断り続けていたのだ。


 すべての蟠りがとけ、母上の汚名が返上されたのであれば、セキュリティ的にも公爵家に移動した方が良いということになり、急遽引越しは決まった。

 まぁヴィアナが公女になりたいと言い出した時点で目処はたっていたので別に急に決まったわけではなかったのだが、昨日の今日でもう引っ越すことになるとはさすがのヴィアナも認識していなかったらしい。

 堅苦しいコルセットを断固拒否したヴィアナは涼やかなワンピースとかいう新しいファッションを確立した上で宣伝のために連日色々なデザインを着回している。

 裁判の日に着ていたウィドウブランドの服が話題にあがり今貴族令嬢の間ではナチュラルドレスとしてコルセットを使わない着こなしが流行っているようだった。

 よく分からないが昔からヴィアナはコルセットを目の敵にしていたので上手く世論が動いて嬉しそうだった。


 ようやく準備が一段落して、移動するまでの数十分の休憩が与えられた。

 普通の貴族であればこのように子どもだけで歩き回るなんて狂気の沙汰であるが、俺とヴィアナに手を出せる者がいるのならば、護衛の人間が何人束になっても意味が無いということで、久しぶりの自由を存分に味わっていた。


 ヴィアナは心底疲れたと言いたげにため息をついた。隅々まで魔力の行き届いた艶やかな横顔は以前と比べて大人びて見える。

 ラングランの名を名乗る儀式を終えて、俺たちは揃って昔の透き通るような (しろがね)を手に入れた。


 十年前、世を騒がせた氷塵の騎士とやらも健在なようで、母上亡き後未亡人と化した父上は稀に言い寄られているらしい。おかげで、ヴィアナが危惧していた噂の広がりも絶たれている。


 まぁ人間嫌いの父上がこの状態を放置しているのも、ヴィアナの悪目立ちしたくない、という願いを叶えるために思う。つくづく父上はモルヴィアナが可愛いようだ。非常に分かる。



「私は公爵令嬢になりたいとは言ったけど明日からなりたいと言ったわけではなかった」

「父上は言い出したら即行動の人だからな」

「引越しの準備が既に始まっていたのは度肝を抜かれた。……申請がされていたのは裁判の三日も前だったというし」

「ヴィアナが公爵令嬢になりたいって言った日には準備をしておけって命が下ってたぜ」

「本当に早い……」


 文句を垂れながらも願いが叶ったヴィアナは嬉しそうな表情をしている。裁判を立ち上げるまでの数日にヴィアナの周りでは目まぐるしく事件が起きた。

 その何個かはヴィアナ自身が仕組んだことだったが……バレないように頑張っている妹が可愛いので黙っておくことにした。


 祭りのさなかに飛び出すくらいは多めに見よう。どちらにせよあの事件が、この問題を全て解決する、とても大事なひと手間であったことは俺にもわかる。


「それで、兄上が見せたいものって何なんだ?」

「ここで見るのも最後になるだろ。──母上の形式上の墓石だ」


 ──形式上の墓石。そう、ここには母上は埋まってはいない。母上はずっと父上のそばにいるのだから。


 別荘のような小さな建物は外から見ても厳かな雰囲気となっている。こんなに頑丈に作っていても、これはただ心を落ち着けるための礼拝堂に近い何かだ。

 ここには母上はいない。でも残された人間にとって、祈りを捧げるためにも墓は必要だろう。


 それに、ここには幸せだった頃の母上と父上と俺──それから、あったかもしれない未来みたいに、四人で並ぶ俺たちの絵が並んでいたから。


「──そうだな」


 ヴィアナ、少し昔話をしてもいいか。俺は祈りを捧げるような気持ちでヴィアナの手を引いた。



 ◇ ◇ ◇



「ふふふ、これは……私好みの強い雄だな」


 母は強く気高い雌だった。

 物心ついて始めて聞こえた声にそう感じた。


 十月十日卵の中で温められた俺は、まだ生物としての形を作るより先に意志を誕生させた。"半分の者(ミックス)たち"にはよくあることらしい。人間とは異なる理で生きる生物── (ドラゴン)を半分取り込んだ体の出来は、どこか人間とは違うのだ。


「私がお前の母だ。まぁお前ならば既に察していると思うが」

『母、上……?』

「その呼び名はいいな。心地良い」


 母は楽しげに卵の表面を撫でた。


「子を成すのは初めてだからどういうものか分からなかったが、これは愛しいと言う感情だな。愛する者と子を成すというのはこうも気分が高まるのか」

『よく……分からない』

「まだ意思のみの存在だからな。自他の境界も曖昧なのだろう。この母が沢山世界を教えてやろう」


 とても楽しそうな声色に、はやくその顔が見てみたいと思った。


「お前の父の名はデイビッドと言うのだ。愛されるものという意味を持つ名前だ。……そのくせあいつはろくに愛されずに育ったらしい。そしてそのことを当たり前だと思っている」

『名前に意味があるのか?』

「もちろん! この世の名付けには全て理由があるぞ。無駄な名は存在しない」

『父上は何故愛されなかったんだ?』

「……何故だろうなぁ。あんなに可愛らしいのに」

「…………」


 母はどうやら父を心の底から愛しているらしい。いつだって話の内容は父の話だった。

 世界を教えてやる、だなんて言いながら、母の話はすべて父に集結する。何度も何度も似たような物語を聞かされ、ようやく理解した。──母にとって世界は、父の形をしている。

 卵の中で温められた俺は、番という存在はどんなものなのだろうか、と思った。


 暫くして俺は生まれた。十月十日も温める必要のない卵だったが、母が人間のように十月十日温めるのだと言い張るので、俺も合わせて卵生を楽しんでやった。

  卵から孵ったばかりの俺は竜の体だったらしい。


「けふっ……ん、…………ん゛ん゛……あー……喉がいがいがする」


 既に母とは会話を済ませていた。だから生まれても大した感慨はなかった。


 けれど父は違ったらしい。俺が生まれてからの行動一つ一つに、大袈裟に驚いて喜んだ。

 

「あ、アデルッ、! しゃべっ、……レイが喋った!」

「ああ、そうだな」

「空を飛んでる!」

「うん、そうだな」

「竜だ!」

「竜の子なのだから当たり前だろう」

「すごい、すごいなアデル。見てくれ私たちの子どもは生まれてすぐに話して空を飛んで、……しかも竜だ! 間違いなく私と君の子だ!」


 産まれる前から既に自我があったので、体を手に入れてすることはどちらの体で生きたいか、だった。父上と母上の姿を目にして、俺は人間の体に変身した。

 それが、俺が初めて使った魔法だと言う。


「お前様がそこまで喜んでくれるのは想像以上だ……うん。これは嬉しい、かな?」

「ありがとう、……ありがとうアデル。私はこの世で一番幸せだ」

「私こそ感謝している。……だが、それは間違いだな」

「何? 誓って私は本当に……」

「世界で一番幸せなのは私だから、お前は二番目だ」

「愛してる、アデル……」


 息子を話のタネにして盛り上がる二人に俺は呆れた気分で声をかける。


「あのさ、卵ん時から思ってたけど子どもの前でイチャつくのやめろよ」

「私たちの子はしっかりしてるなぁ」


 父上は母上を愛していて、母上は父上を愛していた。それは間違うことない真実で、そんなものを目の前で浴び続けた俺は砂糖を吐く思いだったというわけだ。

 そうして、三人の生活が続いたおりに、母上は人になることを決めた。人間と同じように生きて、父上が死ぬ時に一緒に死ねるように寿命を弄ったのだと言う。


 そうして、今度は人間として子どもを産むのだと意気揚々と宣言した。


 これにはさすがの父上も泡を吹いて倒れていた。俺は竜の執着が理解できるから、まぁそういうこともあるのかと他人事のような気持ちで眺めていた。だってそうだろう。長い竜生を、人と死にたいからという理由で捨てるのは、今の俺にはよく分からない感情だった。俺は半分の者と言うやつらしいが、竜として産み落とされたため、自認が竜に近いようで、魔力量的にも普通の人間とは基準が合わせられないと言う。

 プレ・デビュタントの時も人に紛れるのにそれはそれは苦労した。


 そういうわけで、母上は父上と生きるために今度は腹に娘をこさえたのだと言う。

 だが、半年以上経っても母上のお腹は母胎らしい変化が見られなかった。竜の眼に映る母上の腹の中には小さくたゆたう様な魔力が蠢いていた。

 これが、子ども。──俺の、妹。


「母上のお腹、大きくならないんだな」


 思いついたから話したような簡単な響きだったが、衝撃の事実を聞かされたみたいに母上は固まった。手元のティーカップが震えて、音を立てながら机に戻された。


「──何? 人の子は腹が膨らむのか?」

「え? そりゃ、腹で外に出てもいいサイズまで育てるのが人間だと習った」

「それは…………うん、マズったな。そうか、腹で育てるというのはそういう事か」

「まさか母上、腹の中にとりあえず入れていただけってわけは……」

「お前の時は魔力を流しておけば勝手に孵ったから」

「そりゃ竜の卵はその殻自体が栄養素を送るから……」


 どうやら母上は人間の知識を中途半端に備えた上で人間になったらしかった。目を泳がせながら、落ち着けるように言い聞かせる。


「うん、今から頑張る」

「母上が妹を作った、と宣言した日からもう半年は経ってるんだけど」

「だから今から頑張る……」

「母上が妙に人間社会に詳しいから放置してたけど、やっぱり初めてのひととしての出産はちゃんと知識をみにつけて置くべきだと思う」

「……分かった」


 今更気がついた俺も俺だけど。

 頭の隅に青筋を浮かべた父上が浮かんだ。でも、これ気づかなかった父上も悪くないか?

 第一子が竜だったから余計にバグってしまったのかもしれないな。とりあえず俺はそう言い聞かせた。


「とりあえず父上に言っておくか」

「ええ……怒られるかも」

「怒りはしないだろうが説教はあるんじゃないか。分からないことは分からないって言え、とか」


 父上に事の顛末を話すと、珍しく説教モードに入ったのか大量の蔵書と家庭教師を呼んで母上の人間学習時間が始まった。もちろん「君は元々竜だから人とは勝手が違うんだと判断した私も悪いけれど、分からないことは分からないとちゃんと相談してくれ」としっかりお小言をもらっていた。


 ようやく妹の成長が始まった頃に、あの事件が起きた。


 おぞましく腹立たしい、母上を死に至らしめた嘘の噂話が世間を巻き込んだ。周囲にいた人間も次第にゴシップの話をするようになり、矜恃を傷つけられた母上は外に出ることすら出来なくなってしまった。

 ちょうどその頃に腹が膨らんだのも、嫌な噂を助長させたものだ。

 何故なら俺の時は腹が膨れたりしなかったからだ。


 同じく俺は父上の不義の息子では無いかという噂話もばら撒かれ、精神を病んだ母上はベッドの住人と化した。


 ジェイディスがいけ好かないことは肌で感じていた。上手く隠していたけど、どこか嫌悪の匂いがしたから。俺を見る目がまるで邪魔者を見る時の目に似ていたから。


 でも父上が許すと言ったから──だから口を出すべきではないと思った。

 今も、思っている。だってあの男は俺の人生には関係の無い人間なのだ。



 ◇ ◇ ◇


「俺がもっと早く気づいてたらきっとあの男の付け入る隙なんてなかったんだ。だって、母上があの男と初めて会った時、既に腹の中にはお前がいた。……いたんだよ、ヴィアナ」

「ああ、知ってる」

「そしたらきっとあんな間違いは起きなかったんだ。ありえないってわかりきってた話なんだから」

「知ってるよ、兄上」


 言い訳じみた俺の話をヴィアナは根気よく聞いてくれた。嫌な顔ひとつせず、母上の墓を豪勢に飾る花びらを眺めている。

 フォイルナー男爵家の庭にいつでも訪れることができるように作った墓所はまるで家のような大きさだった。


「母上が死んだ時、父上は見ていられない状況だった。全部自分のせいだと責めて、俺の声すら届かない。別にラングラン公爵家に未練なんかなかった。地位や権力がなくとも何者であるかは俺自身が分かっているから」

「うん」

「父上が自分のせいだと責める度に、俺も責められているようだと思った。そんなことないのに」

「兄上……」


 ヴィアナの手のひらが触れる。強く握りこまれた瞬間に、あの日の記憶が蘇った。


「──お兄様」


 母上の魔力が霧散して、父上が泣き喚いて、屋敷は大混乱に陥って、俺は何も考えなくていいように一生懸命母上の腹からヴィアナを取り出した。

 ヴィアナが産まれた瞬間に、魔力が制御できずに母上は眠るように亡くなった。


 その時に握られた指先を、未だに思い出す。


「よく頑張ったね、お兄様。大丈夫。誰も悪くない。もう全部終わったから、お父様もお兄様も、傷つくことなんてひとつもないのよ」


 小さな体が俺を抱きしめる。背が足りないから、しゃがめと無言で命令されて、俺は言われるがままに体を傾けた。両手で抱える程度だった小さな妹が、今では俺を抱きしめている。

 

 お前はその小さな体で、あのジェイディスの前に立って、どうでもいいはずの人間たちまで助けた。お前はいつだって俺を救ってくれる。


「……うん、ヴィアナ。俺は狡いから」


 お前は生まれた時から希望だった。俺の、俺たちの。

 屋敷を照らす太陽のようだった。

 お前が言葉を話すようになってようやく父上は人の生活をするようになった。やせ細った体を次第に元に戻して、ヴィアナが寝返りを打つ頃に、初めてお前を抱き上げた。

 誰とも話さなかった父上が、お前を抱き上げてお前の名前を呼んで、やっと静かに泣くことが出来た。


 ああやっと父上が元に戻ったんだと、俺は救われた気持ちになったんだ。


「ずっとお前にそう言ってほしかったんだと思う」


 産まれたばかりのお前を抱き上げた時に感じた高揚と、罪悪感。

 お前に母親の温もりを教えてあげられなかった。俺は沢山もらったのに、お前に何一つ教えてあげられなかったんだ。


 竜は誇り高く強い生き物なのに。大切な人ひとり守れない。それが悔しくて、悲しくて、父上の背中を見る度に苦しくなった。


 ヴィアナ。俺の愛しい妹。


 俺はきっとお前を守るために生を受けたのだと思った。あの絶望の部屋の中で、産声をあげたお前の指先が力強く俺を掴んだ瞬間に。


 生きてもいいと思えたんだ。生きていいと赦された気がしたんだ。


 お前が望むならなんだって与えたいと思った。お前が公爵家を望むのであれば、必ずどんな手を使ってでもその地位を手に入れてやろうと思った。一夜で国中を飛んで、体がバラバラになりそうでも何も苦しくなかった。

 お前が望むなら。


「だから、お兄様は長生きしてね」

「もちろんだ」


 お前を残して、死んだりしないと誓おう。竜の約束は絶対なのだから。






 

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