表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正しい悪女の作り方~婚約破棄を目指して悪役令嬢に成り上がる~  作者: 藍上御書
第一章「男爵令嬢モルヴィアナ・フォイルナー」
38/45

34 悪女は簒立がる(9)


 意識が戻ると、世界は元に戻っていた。


 モルヴィアナがジェイディスの心臓に手を当てた、あの瞬間と変わらない。神様との対話はこの世界には存在しない時間軸なのだろう。


「氷の魔力が消えたようだ。一体何だったのだ、あれは……」

「今、モルヴィアナ・フォイルナーが公爵をとめたのか?」

「馬鹿な、まだ五歳の子どもだろうに」

「だが彼女は八公の末裔だ」


 周囲の人間が好き勝手に話すのを耳にしながら、モルヴィアナは手のひらを強く握りしめる。

 心臓にあった氷の魔力は霧散した。【真実の

()】の機能の一つである【魔力分解】の権能だった。

 代行者というのはこの世を平定させるもの。母だったアーデルハイドと同じく、不本意だがモルヴィアナにも使命が与えられている。

 異常な魔力の解消。それは代行者全てに与えられた有り触れた役目だったらしい。

  

「あ、あ……あ゛、そんな……僕の、僕の魔力が……僕の氷の魔力がァっ……!!!!」


 ──パァン!

 モルヴィアナは手のひらに集まった氷の魔力を砕く。紛い物のそれは触れるだけで人の体を傷つける代物だった。

 裁判所は氷の魔力で破壊され、四方には氷柱が刺さっている。【ナビゲート】の確認で、死人が出なかったことだけが救いだ。

 モルヴィアナは他人に興味が無いが、死んでいいと思っているわけでもない。ただ邪魔をせず、平穏に暮らす人間ならば長く生きればいいと思っている。


 怯えた瞳を向けるジェイディスを見下ろす。身体中に纏う不快感を無視して、ジェイディスの腕をとった。


「先程、竜鱗に触れられないからなんだと言うのだ、と言ったな。……お前」

「ギャァアッ!!!」

「こうなる」

 

 表現できない不快感を律しながら、額にジェイディスの腕を近づける。触れるより早く、男の腕は弾け飛んで肉塊となった。

 絶叫が会場を駆け抜ける。ビシャリと飛び散った血液がモルヴィアナの上に降り注いだが、彼女を汚すことはついぞなかった。

 竜の外殻を傷つけることすらできない存在が、体液を浴びせることなど、許されるはずもない。


 【ナビゲート】がアラートを鳴らす。

 【真実の ()】の【権限】を行使しますか。

 消費する魔力が表示される。


 莫大な魔力を、躊躇いなく使う。モルヴィアナにはそれが出来るから。

 炎が男から剥がれた腕を焼き尽くす。燃え落ちるまで消えない炎は、モルヴィアナの怒りそのものだ。魔力を騙ることは大罪だ。この世界では、髪と瞳が雄弁に騙る魔力の存在を重んじる。神から与えられた力を、人間風情が好きに扱っていいはずがないのだ。

 モルヴィアナは神の視点を以て、断罪する。


 古代文明の叡智(オーパーツ)には妖精の死骸が使われていた。苦々しい気持ちで【ナビゲート】を開く。怨嗟に囚われた妖精達の魂を【魔力分解】していく。最早魂の底まで使い果たした妖精は妖魔のようなものになっていた。


 ──いずれ、シェリルが堕ちてしまう場所。


 二度と輪廻に戻れない魂を抱きしめて、モルヴィアナは躊躇いなく砕いた。

 

 砕かれた氷の魔力は二度と戻らない。目の前の男は、モルヴィアナの怒りよりも失われた力の方が恐ろしかったらしい。


「ヴィアナ、それは……!」


 父の声には驚嘆と少しの歓喜が混じっている。懐かしい物を見たと喜ぶような、純粋な好奇心。それから、もう二度と会えないことを思い出す絶望感。

 そうして、もうモルヴィアナをお家に隠しておけないのだという有り触れた諦観。


 ──見ていてくれ、父上。私は決して、自分の矜恃を傷付けさせやしないから。

 

 体が燃えるように熱い。指先からは火の魔力とは比べ物にならない力が溢れ出ていた。

 それがモルヴィアナの母が使っていたものだと分かったから、何も怖くなかった。


「この炎は……火の魔力ではないのか? ということは、これが (ひばな)……!?」

「でも彼女は神竜ではなく、神竜の娘なのでしょう?」


 ねぇ、と。

 どこからともなく声がする。聴衆の視線を一身に受けたまま、モルヴィアナは焱に包まれた視線をジェイディスに向ける。


「あれは── 真実のでは?」


 誰かが遠くでそう言った。

 


「竜は気高く強い生き物だ。許した者以外に触れることは許さない。悪意を持って近づいたのならば、それを取り除かねばならない」


 モルヴィアナは神竜と人間が愛を持って掛け合わされた"半分の子"で、シェリルを救うという使命を持つ、代行者なのだから。



 ◇ ◇ ◇



 モルヴィアナの対応により裁判所の崩壊はせき止められた。未だ崩れ落ちそうな会場からは、ほとんどの人間が救出され、残ったのは判決を言い渡される罪人と、証人のみ。名のある貴族たちの一部はこの面白い 醜聞(ゴシップ)の行先が気になって仕方がないらしい。


 既に先に開放された新聞社の何社かは、今頃速報紙でも作成しているところらしい。くっつけた氷の欠片たちが情報を共有してくれる。


 ジェイディスは片腕を無くしたが、すぐに呼び出された王宮医師団により処置を施されそのまま被告人席に座っている。

 ゴルドルフは共犯者の腕が吹っ飛んだのを見た後、正気を失ったのか虚ろな目で虚空を見つめるだけになってしまった。人間は、与えられた痛みよりも与えられるかもしれない痛みの方が堪えるらしい。


 今後の参考にしようと思った。


「では、……判決を」

  

 王の威厳ある声が響く。

 

 此度の裁判の重要な一つ。五年前の噂について。ジェイディスが何を喚こうが、モルヴィアナは証明して見せた。知識ある人々であるならば知る、 半分の子(ミックス)の証明の方法を。

 モルヴィアナの父はデイビッドであるし、母はアーデルハイドなのだ。

 その証人として王は頷いてくれた。


 これがモルヴィアナのできることの全てだ。証人席から下がって良いと言われるまで、モルヴィアナはジェイディスの姿を目に焼き付けた。 


「ここにゴルドルフ伯爵家の爵位剥奪とジェイディス・ラングラン、及びレティシア・シャングリラには名誉毀損により賠償金の支払いを命じる。また、シャングリラ伯爵家は爵位を子爵に降格すること」


「── そして、モルヴィアナ・フォイルナーによる地下遺跡(ダンジョン)攻略の功績として、デイビット・フォイルナーを、正式に公爵に再認する。フォイルナー男爵家については……せっかく作ったのだから勿体ない。私にとっても思い出の名だ。うん、レイモンド・フォイルナーに叙爵しておこう。傾いた公爵家の扱いはお前に全て任せる」


 王の判決を聞くにあたって、臣下である貴族たちは口を挟むことが出来ない。何人か無罪を主張する声が上がったが、それらも暫くすると話すことの出来ない肉の塊となった。この世界に推定無罪という概念はない。

 証拠が出揃い、それを王が認めた時点で犯罪者は犯罪者となるのだ。


 驚いたのは、モルヴィアナが半竜であることを証明してからのジェイディスが、あまりにも静かなことだった。つい先程までは興奮した様子でデイビッドを責め立てていたのに、今は凪いだように無表情だ。


 氷魔法を使うために仕込んでいた誤魔化しを打ち砕いた瞬間、【ナビゲート】に大きな赤文字で【絶望】と表示されたまま動かなくなってしまった。状態を確認しても【絶望により感情・行動に制限がかかっています】と記されるのみ。

 ジェイディスの腕に巻きついていたあの機械こそが、ジェイディスの全てだったらしい。


 ジェイディスは誰よりも氷魔法に憧れていた。いつか使えるのだと信じていた。そういうことなのだろう。


 愚かな話だ。自分が持つ物をもっと見返せば良かった。ジェイディスが本当に欲しかったのは、優秀な兄に相応しい、優秀な弟だったのだ。


 もうすぎた話だ。デイビッドはようやくジェイディスを見限った。最早かつて救えなかった弟に割く心を用意していない。

 連れられていくジェイディスの背中すら見ないデイビッドを確認して、モルヴィアナは酷く安心した。


「モルヴィアナ・フォイルナーよ。此度の働きに褒美をやりたい。何か望みはあるか? 我が国でできることであれば、叶えよう」


 これには父が驚いた。隣で王の名を口にして制止を試みるが、王様は父の干渉をよしとしなかった。「私はモルヴィアナに聞いている」とまるで今日のおやつは何かを聞いてるみたいなテンションで聞き出されれば、モルヴィアナも何とかせねばならない。


 名のある貴族たちに囲まれながら、モルヴィアナは出来る限り悪目立ちしない方法を考える。だってシェリルと会う時に余計な情報が混じっているの、とてもよくないと思うから。


「私は──そうですね。此度の私に関する情報を、忘れていただきたいです」

「何?」


 モルヴィアナは無邪気な声色でそう言ってみた。先程まで好きかって暴れていた手前、ぶりっ子している感が否めないが、今欲しいものといえば公爵令嬢の肩書き以外にはそんなにない。

 ならば、王様を楽しませるような答えの方がいいし、何より今後の面倒なパーティのお誘いとかを牽制したい。


「お母様の名誉を回復出来るのであれば、もう何もいりません。私は私が与えられるものを享受します。けれど、そのせいで増える面倒事は出来る限り少ない方がいいと思われます。もし、噂になるのだとすれば、自分のタイミングで明らかにしましょう。──それに、私の愛する父と母も、当時はそうしたようですし。私もそれにならいたいと思います」

「ふははっ! 全く……本当によく似た娘に育ってくれた」


 隣で父が「殿下」と感慨深く呟いた。二人の視線が合わさって、同じくモルヴィアナを見た。

 忘れ形見を見つけたように、二人の男は頷いた。


「ラングランの長姫の願いを聞き届けよう。本日は閉廷する。此度の裁判で起こった、アーデルハイド・フォイルナーの名誉回復に関する以外の何事も、すべて詳らかにしてはならない。モルヴィアナ・ラングラン以外の者に箝口令を敷く」


話の早い人間は好きだ。モルヴィアナは想像していた限りの中で、いちばん嬉しい褒美を貰った気持ちだった。


 犯罪者たちが連れられた法廷には当初の半分ほどしか人が残っていない。王は残された傍聴人を一瞥した後、そばに控えていた──ほとんど気配を消していた王妃を振り返る。

 先程起こった会場の破壊時も、王妃は眉ひとつ動かさずに微笑んでいた。周りの兵士が防御魔法を展開していたのもあるが、全く動揺しないのは人間的にどうなんだろうか。隣に座っている毅然とした態度の王も含め、王族の思考回路はよく分からない。

 爽やかな人好きのする微笑みを乗せて、王は王妃に声をかける。


「王妃からは何か」


 裁判が終わるまで二時間ほどを要したが、国王夫妻が言葉を交わすのはこれが初めてだった。モルヴィアナは前世でも一般人の出だったし、今世もデイビッドの過保護なせいで国王夫妻を見たのはつい先日だ。つまり二人の距離感がどういうものなのか分からない。

 【ナビゲート】を呼び出してみたが、二人とも【王族の矜持】という感情を読み取らせない特殊スキルが発動しているらしく、表面上の情報しか読めない。閲覧には【権限】がいるらしい。

 また権限か。このシステムは権限が好きだな。


 王の言葉に反応した王妃は、何ともまた表情の読めないほほ笑みを浮かべた。儚げで……妖艶な、こちらを値踏みするような表情を。


 その視線の先に、モルヴィアナ自身がいるらしいことに新鮮に驚く。


「……特には。──いえ、件の竜姫とはついぞ話すことすら叶わなかったので……ぜひ、彼女の愛しのお姫様と少しお話でもしたいですわ」


 ──いやにピリついたな。


 アーデルハイドは王妃と関係を持ったことは無いはずだ。そもそも、二人は権力に絡められるのは面倒だから、身分を隠して適当に男爵家を作り上げるような人達だ。

 先程話の流れで出た、死んだもう一人の王妃についても分からないことだらけだ。王族には恨みがあったので敢えて触れないでいたのが痛手になった。

 今度図書館で調べなければ──きっと、次はもっと深い区画に入れるはずだから。


 いつも通り【ナビゲート】が新しいクエストを押し付けてきた。全く、次から次まで仕事を増やしてくる。


「プレ・デビュタントを迎え、淑女となった新しいラングランのお姫様のファースト・ティータイムを私のお茶会でするのはどうでしょう? 建国の八公であるラングラン公爵家の六花……この長い冬を耐えた貴方の晴れの舞台を、私がお手伝いしたいわ」


 なんて、考えていたら王妃の口からとんでもなく面倒な言葉がこぼされた。 周囲の人間ですら静寂を破って口々に何かを話すほどだ。

 一番驚いているのが隣の王様だったのは、何でなんだろう。


 ──さすがの私でも、この空気を読まずにスルーすることは出来ないな。


「……もったいないお言葉、感謝いたします」

「ふふ、では詳細はまたご連絡しますわね」


 ちらりと視線を向けた先の父の表情は、氷塵の騎士の名に相応しい鋭い視線を向けていた。


 【ファースト・ティータイムを成功させましょう!】


 神様がくれたらしいこの【ナビゲート】、時々とんでもなく空気の読めないドデカ文字を出すのやめて欲しい。



 

閲覧ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ