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正しい悪女の作り方~婚約破棄を目指して悪役令嬢に成り上がる~  作者: 藍上御書
第一章「男爵令嬢モルヴィアナ・フォイルナー」
36/45

32 悪女は簒立がる(8)


 裁判所には己の行く末を案じ、嘆く者で溢れていた。暴れだした一部の貴族は近衛騎士により取り押さえられた。デイビッドが掌をあげるだけで団結した兵士が罪人を捕らえる。

 出入口は既に封じられているので、最早今更足掻いたところで無駄足に過ぎない。この裁判に駆けつけたラングラン公爵家の親愛なる友人たちは、まるで友人のことなど気に留めることすらしない。

 兵士達はレイモンドの後ろにズラリと並んでいた。近衛騎士の後ろにはラングラン騎士団の精鋭が数人控えている。


大人たちに囲まれたレイモンドは十歳とは思えぬほど大人びた様子で名乗りを上げた


 デイビッドの絶対に逃がさないという強い意志が感じられた。さすがにやり過ぎなのでは、と思いデイビッドを振り返ったが、父親らしい朗らかな笑みで「君は何も気にしなくていいんだよ」と言いたげな首肯が返された。


 王はレイモンドの帰還に労いの言葉を掛けながら、その証拠の提示を要求する。

 堂々とした様子で裁判官の方に書類を提出すると、既に同時に証拠申請を済ませていたようで不備なしと判断される。


「こちらが該当者の銀行取引の流れです。ここ数年、帳簿の数字と実際に使った金額の差異が大きいところがあります。何度も品格維持費が引かれていますが、それに伴ったパーティなど持ち出された品々は精々半分ほどかと……あとはほとんどの方に慈善事業への協力が見られますが、実際に保護施設に足を踏み入れられたものは少ないようです。先日、事前に彼らにお話を聞いたところ、数ヶ月以内に訪問されたはずの施設について聞くと──どういう訳か、既に撤去された場所の話をするのです。不思議に思いまして、施設の方の帳簿を確認しますと、どういうわけか」


 揃った罪状は言い逃れの出来ないものであった。ゴルドルフ伯爵が今回の事件に深く関わっている証左は、レイモンドが銀行の流れを文書化し提出させたおかげではっきりと確認された。


「何故か全ての施設に寄付された金額が、彼らの提出した慈善事業費の半分にも満たないわけです。この失われた金額は一体どこに行ったのでしょうか?」

「そ、それは! そちらの施設が着服していたのだ! ……貴族を謀るなど豪語同断ッ!」

「おや、百を超える施設全てがですか?」

「何を馬鹿な……」


 ゴルドルフ伯爵が反論する前に被告人席のひとつから、ジェイディスの笑い声が響いた。

 

「謀ったなデイビッド! 欲が先に出たか! まさかここまでするとはな!」


 敵将の首をとったかのような勇ましさで彼は立ち上がる。視線の先はデイビッドに注がれたまま。

 どうやら十を越えたばかりの子どもが数日で百の施設を移動できるわけが無い、そもそも馬車を走らせたとして凡てを回るには移動だけで数週間はかかると主張しているらしい。

 彼の指摘を受けてもデイビッドは興味も示さなかった。


「──陛下、たかが男爵家に捜査権を与えるのは些か過剰だったのでは? 陛下は騙されているのです。あの男の言葉を真に受けないでください」


「ラングラン公爵代理、口が過ぎますよ。国王陛下は決してそのような越権行為は致しません」


 ドミニクは公平な監察官だ。その心は国王陛下への忠誠からできている。ジェイディスへの叱責に感情的な声色が混ざる。

 国王に意見を求める前にこの裁判の間には些か似つかわしくない、幼い声が響いた。レイモンドの心底軽蔑すると言った声色だ。怒りのままに言葉に魔力が乗る。

 

「呆れた……お前、一体モルヴィアナの何を見ていたんだ。父上は人だし、母上は竜だ。モルヴィアナは半分の子で──ならば俺が何かも分かるはずだろ」


 風を切り裂くような音がして、レイモンドの背中に立派な双翼が現れた。上等な上着の背に対の穴が空く。翼は魔力を帯びて簡単に衣服を破り出た。


「竜鱗見せられるうちのお姫様ほど俺は肝は座ってない。お前の脳は目に見えるモノしか理解できないようだ」


 ──お兄様、貴方翼を生やすんですか?


 俺の自認はどちらかと言うと竜だからな。今は人間に変化してる、って認識だ。口を開いていないはずのレイモンドの声が頭の中に響いて、さらに驚いた。

 竜はモルヴィアナが思うよりも多芸らしい。マネるように背に魔力を流してみたが上手くいかない。


 ──絶対、竜鱗を見せるより矜恃が傷つけられない上に愚民には理解しやすい最高のパフォーマンスじゃないか。


 何故自分は出来ないのか。モルヴィアナはまだこの世に思い通りに進まないことがあるのかとはがみした。


  

 ついぞゴルドルフ伯爵は蒼白な表情のまま。何言かを口にしていたが、全て理解できる言葉にならなかった。敗北を目の前にした罪人は最早道が絶たれたことを知る。


 さらに追い討ちをかけるように、連れてこられたのはモルヴィアナを誘拐するつもりだった証拠だ。非認可ギルドで揉め事を起こしていた男の噂は有名だったし、そのギルド長直々の密告により依頼主がラングラン公爵家に関わる者であることが、提示された二枚のコインから導き出された。

 ギルドの依頼は実名を必要としない代わりに魔力を記される。馬鹿なシャングリラ伯爵はバッチリ魔力を残していたせいで別事件として立件されることとなった。

 

 ここまで来れば言い逃れも出来ないだろう。

 人身売買に携わった証拠は全て提示されたし、共同経営者も軒並みに起訴される。衆目に晒された罪状のままゴルドルフは裁かれるだろう。これでシャルリーズは安心してうちのメイドになることが出来るし、残りの処置はジャックに任せればいい。公式な手続きで処せないのであれば(シークレット)(ソサエティ)に依頼するだけだ。ジャックならばやり遂げてくれるはず。

 後は判決を聞くだけだが、完璧な公爵令嬢に戻るには、ジェイディスを失墜させる必要がある。書面上ではジェイディスの公爵代理は正当な権利だ。現時点でデイビッドは正当な後継者の扱いを受けているが、権利を元に戻すためにはまた書類がいる。そんな引き継ぎを待つなんて面倒すぎる。

 どうにかゴルドルフから自供を引き出せないかと思案する。ジェイディスの支離滅裂な言い逃れをBGMにしながら、【ナビゲート】が新たな通知を寄越した。


【浄化】スキルのレベルが最大になりました。【状態解除】スキルを解放します。


 【MP】を消費して【状態解除】をしてみよう!


 何とも気の抜けたクエストの通知音だった。

 律儀に次の行動を支持されるあたり、今ここでやらなければいけないクエストと言うやつらしい。指示に従うのは癪だが【状態解除】というのが気になる。

 シェリルは今後妖魔にされる運命が待ち受けている。もしこの【状態解除】が元に戻すものであるならば、手に入れておきたい。

 いずれシェリルの為になるのなら、モルヴィアナは胡散臭いクエストだってやり遂げてみせる。


 言われるがまま、ゴルドルフのステータスを確認すると、ジェイディスと結んでいるであろう【沈黙の契約】が表示された。特に説明はないが【ある特定の発言を封じる契約】と記されている。

 あの時、ジェイディスを批判しようとして急に口を噤んだのはこれだろう。言われるがまま、視線でステータスを選択した。凄まじい魔力が消費されたが、モルヴィアナの最大魔力保有量は人間とは違う。いとも簡単にステータスは解除された。

  そうして、都合よくジェイディスはゴルドルフを切り捨てるための質問をした。


「違うとはどういうことですか。先程から途中で黙秘されるのはあなたの立場を悪くします。せめて、反論があるのであれば、ご自分でご用意ください。これでは私に罪をなすり付けているように思えますが」


「何を……! 先に話を持ちかけたのは貴方でしょうに! 私は貴方に言われるがまま、貴方のやり方を実行しただけです! むしろ罪を擦り付けているのは貴方ではありませんか!」


 ついでに魔力を乗せて、彼の言葉が一際響くようにしてあげる。ゴルドルフの発言に、会場は静まり返った。今まで何故か黙り続けていた人が急に暴露するとなれば驚くのも必然だ。

 誰よりも驚いていたのはゴルドルフ自身であったが。


「大体、地下遺跡を起こしたのはラングラン公爵ではありませんか! 私はそのようなこときいておりません!」


 やっと言いたいことが言えるとばかりにゴルドルフは洗いざらいを話していく。そもそも今回は地下遺跡についての議題ではないのに勝手に自滅したということだ。人間は抑圧されれば、その分だけ解放時にリミッターを外しやすい。

 モルヴィアナは勝手に地下遺跡に処理も済ませてくれたことに、純粋に感謝した。

 その後も自滅の口論は続けられる。

 

「ふ、っ……巫山戯るな、お前、! 沈黙の契約を交わしたはずだろう! 何故、っ」

「その沈黙の契約というのが、私を陥れるためのものだとは思いませんでしたよ……はっ、皆さん、この男の氷の魔力は偽物です! どこぞで密輸した古代文明の叡智(オーパーツ)で演出しているだけだ!」

「貴様! なぜお前如きが古代文明の叡智(オーパーツ)のことを……ッ」


 長々と続いた醜い言い争いに終止符を打ったのはデイビッドだった。


「──それは、自供……というわけですか」


 周りに目を向けた容疑者二人の目に入ったのはドミニク監察官だった。彼の手元にあるのは録音できる魔導器だ。現在進行形で証拠が固められた。

 もう逃げられない。どちらもふさわしく刑に処される。全ての罪は詳らかにされた。


 モルヴィアナは、心の底から歓喜した。


 周囲を見回したゴルドルフは膝を着いた。どうやっても罪から逃れることは出来ない。

 茫然自失な状態で、ジェイディスは 譫言(うわごと)を述べる。

  

「ち、違う……モルヴィアナは僕の娘だ。だって僕には氷の魔力があるんだ」

「ラングラン公爵代理。最早今はモルヴィアナ・フォイルナーの出自の話には留まりません。貴方には人身売買事業への関与、古代文明の叡智(オーパーツ)の隠蔽、それに伴う都市部への地下遺跡(ダンジョン)誘引における被害……あげればきりがありません。罪状はアーデルハイド・フォイルナーの名誉毀損だけには留まりませんよ」

「違う!!」


 ビリリと肌を逆撫でる。紛れもなく今、ジェイディスは声色に魔力を乗せた。ラングラン公爵家に受け継がれる、氷の魔力を。


「嘘だ、全部嘘だ。だって俺には氷の魔力がある。俺こそがラングラン公爵なんだ」


 出処は古代文明の叡智(オーパーツ)からだった。人の身に収まるはずのない魔力が漏れ出ている。モルヴィアナは明らかに人間の範疇ではないその魔力量を訝しげに見た。 


「……また兄上が俺から奪ったんだ。そうに決まっている。そうだ、そうなんだ。そうだったんだと、あの方が言っていた」


 ──あの方?


 同じく感じているだろうレイモンドが、瞬時にモルヴィアナの元に降りたって前に立つ。翼は出たまま、頬には竜の鱗が映えていた。下がれ、有無を言わさずに脳内に言葉が響く。明確にレイモンドがモルヴィアナを守る体勢をとった。

 

 ──レイモンドが警戒している。つまり。


「僕が本当の父親だ! アーデルハイトは僕を見て笑ったんだ!」


 扱いきれない氷の魔力を放出しながら、ジェイディスがモルヴィアナ目掛けて走り出した。両脇に備えていた近衛騎士がジェイディスの腕で吹き飛ばされる。

 ジェイディスの体はいつの間にか半分以上が氷の魔力に覆われている。


 ──魔力逆流だ。


 身に余る魔力を持つ人間に、稀に起こる現象。身体中を取り巻く魔力を上手く循環できず、溢れた魔力が心臓に逆流する。この世界で魔力は血液と同じだ。一方にしか流せない。竜でもない限り、その動きを帰ることが出来ない。

 そうして、逆流した魔力は増大し、心臓に達した時爆発する。周囲を巻き込んで。


 息を飲んだデイビッドがすかさず声を上げる。


「魔力逆流だ! 氷の魔力が暴発する! 全騎士即座に防御魔法を展開しろ!」


 逃げ惑う人々。王のそばの精鋭たちがすぐさま防御魔法を重ねがけする。

 貴族たちが暴動を起こすまでもなく、会場には抗えないほどの冷気が満ちていた。

 【ナビゲート】から【基準値を超える闇魔法を検知】と出る。


 ──闇魔法? どういうことだ、これは氷の……いや、何が起きている?


 最早モルヴィアナの計画にはない動きが始まっている。そもそも氷の魔力を使用できる古代文明の叡智(オーパーツ)なんてものをジェイディスが持っていることがおかしいし、それが、誰にも気づかれていないことも異常だ。


「お、俺、おれ、はぁ……、! 選ばれ、ったんだ!」

 

 声色に淀みが交じる。 


「竜鱗に、……触れられない、から、! なんというのだ、!」


 周囲の魔力を巻き込んで、ジェイディスはモルヴィアナを見た。


 ──私の中に見える、お母様を。


「俺が兄上になるんだ!」


 手のひらが伸ばされる。氷の魔力が許容量を超えて、氷柱となって向けられる。切実なまでの想い。

 【ナビゲート】が提示する。──この男は何も知らない。アーデルハイドを好きだっただけの、愚かな男。


 だがそれは許されないことだ。モルヴィアナはジェイディスを許さない。レイモンドはジェイディスを逃がさない。デイビッドはジェイディスを切り捨てる。


「全騎士に告ぐ! 魔力逆流を起こす前に処理しろ!」


 魔力逆流を起こした人間は必ず死ぬ。心臓に魔力が逆流した人間は魔力を維持できないから。体を構築する魔力を全て失って、辺りを巻き込んで死ぬ。一昔では、魔力逆流は大きな魔力を持つ物の宿命だった。


 彼らの殆どが、死の淵に必ず自害する。魔力逆流による爆発で、巻き込まないように息の根を止める。


 レイモンドがモルヴィアナを後ろ手に強化魔法を使う。このままジェイディスを殺すつもりなのだろう。デイビッドもそれを止めたりしない。

 今この場でそれを止める人間はいない。


 モルヴィアナを除いて。


 ──楽に殺してなんかやらない。お前の結末はもう決めている。矜恃の高いお前は、屈辱に牢に繋がれて、誰とも会えずに一人寂しく死んでいくのだ。


 立ち塞がるレイモンドをすり抜けて、モルヴィアナはジェイディスの懐に忍び込んだ。

 手のひらは古代文明の叡智(オーパーツ)を掴む。

 【ナビゲート】に示されるまま、力を込めて、破壊する。


 【ナビゲート】が【強化】を解放しました。

 【ナビゲート】が【レベルアップ】を祝福しています。

 【蓄積された経験値】を還元し増す。

 【ナビゲート】のレベルが上がりました。

 【レベル5】を達成しました。

 

 【真実の ()】の【権限】を解放します。



 ジェイディスの心臓に手を当てる。紛れ込んだ魔力を掴みながら、世界は真白く塗り替えられた。


 


 


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