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美とは暴力



「お前はわりと普通に外に出るんだな」

「最近良いものを手に入れましたので」


 これです、と自分の顔を──そこにかけたサングラスを──指差しながら、ルーは真顔でコウに返した。隙もなく整った美貌というものは恐ろしく、遮光眼鏡で目元を覆い隠してもその麗しさに陰りはない。セレブだな、とコウは納得がいく気持ちだった。自分がかけてもチンピラにしかならないアイテムは、相手によってはバカンスにきたセレブのような雰囲気を持たせるらしい。かける人間によってこうも違うものかと思う。野蛮さが増すどころか、気品が隠しきれていない。

 整った鼻筋にのったブリッジをくいと押し上げて「便利なものが増えましたね」とルーは真夏の太陽に髪をかきあげた。暑そうだ。


「ファッションアイテムとしても申し分なさそうです。目の保護にも役立つ。君はかけないのですか」

「いやあ……俺がかけたら立派なチンピラだろ」

「チンピラ?」

「あー……。無頼漢。ならずもの、ごろつき……分かるか?」

「礼儀のなっていない無法者、というような意味で合っていますか?」

「まあ、大体それだよ」


 真夏だというのに涼しげな美貌が「なるほどねえ」と頷き、コウを頭から足の先までさらりと眺める。サングラスで目元は隠れていても、その視線の動きは何となく伺い知れた。なるほどねえ、と形の良い唇が耳に心地よい低音でゆっくりと再び呟く。


「君は体格が良いから、威圧感が増すのでしょう」

「お前は言葉を選ぶけど、否定しない残酷さがあるよな」

「君にだけですよ。光栄に思いなさい」


 笑いながらのコウの言葉にルーもフンッと鼻で笑う。悪い顔だった。サングラスのせいで悪さが四割増しくらいにみえる。優雅にひらりと手を振って、ルーは「君が望むのであれば」と片眉をつり上げた。両の口端が楽しそうにきゅうと引き上がる。


「君をなよやかな、麗しの姫君と扱ってもよろしいんですよ。無頼漢扱いとどちらが良いのか選ばせてあげましょう」

「御免被るよ。俺よりお前の方がよっぽどお姫様みたいなツラしてるくせに」

「では無頼漢扱いで。コウ、これをかけて」

「なんだお前、サングラス二つも持ってるのかよ……」

「シレーヌからの贈り物ですよ。僕と君に。ラッピングするという基本的なことは忘れていたようですが、受け取ってくれますか」


 ルーから手渡されたサングラスをしげしげと眺め、コウはそれをかけてみる。よくお似合いですと隣でルーがくすりと笑った。もちろん、セレブじゃなくチンピラの方で「よくお似合い」なのだろう。まあ別に良いか、とコウは瞬きした。チンピラにみえて困ることもそうない。


「で、そのシレーヌは」

「珍しいことに、ひとりで外出しましてねえ」

「ほお。どこに」

「こういった書き置きが残されていまして。これから君につれていってもらおうと思います」


 ぴらりと眼前で揺らされた書き置きのメモを見てコウは目を丸くした。マジか、と呟いたのに「マジですよ」とルーが深くため息をつく。


 “桃のシャーベットがおいしいお店にいきます”

 “前に連れていって貰ったんです”

 “どうしても食べたくなってしまって──あなたも寝ていたから。大丈夫、ひとりで行って帰ってこられます”


「僕が昼寝から起きたら、この書き置きが残されていました。僕が連れていった記憶はないから、君が連れていったんでしょう」

「ちょっと前に確かに連れていったな……」

「彼女の外出を制限する気は全くありませんし、君が彼女を外に連れていくのに文句もありませんが、シレーヌがひとりで街中を歩くというのは」

「不安だな」

「ええ。ものすごく不安です」


 お互いに顔を見合わせて頷いてしまう。

 アフタヌーンティーはどうかとすすめられるような時間に訪ねたのに、紅茶と茶菓子をすすめられるよりも先に「今から出掛けます」と言われたのはこのせいだったか、とコウは納得する。

 そんな時間に外出の支度をするルーとかち合うのは今までになかったから、何かあったんだろう、くらいの予測はついていた。夏場の日の高い時間に出掛けるなど珍しいとコウは驚いたのだが、確かにこれは出掛けざるを得ないだろう。

 慌てるほど不安というわけではないが、鷹揚に構えていられるほど落ち着いてもいられない。そういう微妙な状況だった。


「あいつ、そんなにあのシャーベットが気に入ったのか……」

「相当おいしかったか、君と食べた時間が楽しかったのでしょう。あの子は時に、当時の再現をもって追憶に浸る癖があります」


 愛しく思うものが増えるのは悪くありませんが、とルーは困ったような微笑を浮かべる。ルーにこんな顔をさせるのはシレーヌだけだろうなとコウは思った。きょうだいだからだろうか、ルーは異様にシレーヌに甘くなるときがある。少なくとも、自分がルーを振り回したときにこんなに甘い顔はされないだろうという確信がコウの中にはあった。


 目的の店へ歩みをすすめながら、コウは通りすがる誰もが自分たちを二度見して行くのに笑いをこらえる。奇妙な二人組に見えることはわかりきっていたが、これほど顕著に目をひくとは思っていなかった。かたや背筋の延びた麗しのセレブ、そしてもう一方は夏にお似合いのチンピラ。着心地が良いからと気に入っている大柄のシャツを着てきたのもチンピラに拍車をかけてしまったかもしれない。ルーをうっとり見てからコウへ目をやり、そして逸らす──というパターンの通行人が多かった。


「お前は人目をひいても気にしないんだな」

「僕は慣れましたからね」


 どれだけ熱っぽく見られても、穴の開くほど見つめられても、シレーヌとは違いルーは堂々としている。人目を全く気にしない素振りにコウは「シレーヌはすごく逃げるんだけどな」と感心してしまった。双子でこうも違うものか、と。


「あの子は……あの子は、まあ……。色々ありましたからね。無理もない」


 ルーと同じように人目をひくシレーヌは、向けられる視線のぶんだけ居心地悪そうに俯いてしまう。美しい顔を隠して、出来るだけ人目につかないように振る舞う。それを見慣れていたコウとしては、ルーの堂々たる振る舞いは何だか新鮮に映った。


「僕は自分の美しさには価値があると思っているし、誇りにも思います。恥じるところなど何一つないと。目をひくのも当たり前であると」

「……それ、自分で言えるのが凄いよな」

「事実でしょう」


 事実には違いないが、とコウはルーを見る。確かに今まで出会ってきた人間のなかで最上級に麗しい。今後もそれは変わらないだろうと思えるくらいには。


「ただ、シレーヌはきっと……。自分の美しさには何の意味も見出していないんですよ。あの子にとって、見目の麗しさはただの厄介でしかない。端麗さを武器に出来るほど、あの子は器用ではありませんから。過ぎたるは及ばざるが如し、美とは形をかえた暴力と言ってもいいです。その暴力が他人に向くか自分に向くかは個人によるとしても」

「やたらズバズバ切って捨てるなあ」

「不必要とする者のところに過分な祝福が舞い降りてしまったというだけのこと。要らないという者に“良いものなのだから喜べ”、というのは酷ですよ。不幸が飛び込んでくるのなら尚更ね。僕は事実を述べるまで。それを“切って捨てる”というのであれば、君と僕との感性の違いがそこに横たわっているのでしょう。埋まらない溝とでも言い換えましょうか?」


 とはいえ、とルーは鼻をならした。


「美しいものがあれば、人が目を向けてしまうのもまた当然のことです」


 あの店でしょう、とルーが少し先の店を指差す。素朴な店構えのカフェに黒山の人だかりが出来ているのを見て、「ああ、うん」とコウは生返事をしてしまった。予想は出来ていたが実際に目の当たりにすると何も言えなくなってしまう。間違いなく、以前にシレーヌを連れてきた店だった。


「さすがの僕もシャーベットを食べるだけで人を集めたりは出来ませんから、あの容姿はもはや呪いだろうな。シレーヌにとっては」

「いやあ……。お前も大概だよ」


 コウは知っている。マルシェで野菜を買っていただけで、ルーがその場の時間を止めたことがあるのを。誰もがルーの顔に目をやって、野菜を吟味する眼差しに胸を射抜かれ、ほう、とため息をついてそのかんばせに熱い視線を送っていたのを。気付いていなかったのはルーだけだろう。趣味に熱中しているときと食材の吟味をしている時のルーは周りの視線に疎くなるのだ。没頭しているとでもいえば良いのか。


「さ、行っておいで。チンピラさん」

「行けったってお前……」


 この人だかりが目に入らんのかと指差したコウに「その柄の悪さを今使わずにいつ使うんです」とルーがくすくすと笑う。品の良い笑い方だった。だからサングラスをかけさせたのかとコウは呆れてしまう。見た目のいかつさに拍車をかけさせたわけだ。


「仕方ねえなあ」

「大丈夫ですよ。君に驚いても、すぐ後ろの僕を見てうっとりし始めますから。人間とはそういうものです」

「めちゃくちゃな一般化の仕方だな」


 とはいえそうなるのだろうと思う。人間とはそういうものだそうだから。

 大騒動というようなものにはならないだろうと腹をくくり、モーゼよろしくコウは人をかきわけていく。果たしてルーの言うとおりに掻き分けた人間が陶然とするのを目の当たりにして、コウは苦笑いをこらえきれなかった。

 美しさとは時に、チンピラのような男の存在すら忘れさせるらしい。

 美とは暴力──とはよく言ったものだとコウは感心してしまった。

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