いちまいのせんべい
『青の世界』の下町の河川敷で、一人のおばあさんが、火の着いた炭の上のかなあみの上にたくさんの平たくてまっ白くまん丸い何かをのせ、それに茶色い何かをぬったり、トングでひっくり返したりと何かを焼いていました。
その茶色い何かから発せられたけむりからおいしそうなにおいがしてきました。
そのおいしそうなにおいにつられて、幼い女の子を連れた少年がやって来ました。
「お兄ちゃん、あそこからおいしそうなにおいがするね。あたし、食べたいな。」
「ああ、たしかにおいしそうだ。わるいが、おれたちあんまり金ないんだよ。」
おばあさんの焼いている何かを食べたがる妹に、少年は大した金は持っていないと返しました。
兄妹は金にめぐまれないほどまずしい生活を送っていました。
「え~、あたし食べた~い!」
女の子はお兄さんに食べたいとねだりました。
「……しょうがないな……。じゃあ、一つだけだぞ。」
少年は妹の言葉を聞き入れながらも、一つだけとことわりました。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
女の子はお兄さんの言葉によろこびました。
兄妹はおばあさんの方にやって来ました。
「いらっしゃい、『桜の地』に伝わる『つき米』にしょうゆをぬって焼き上げたぱりぱりなおせんべい『ソーカ焼き』はいかがかのう。一枚につき赤貨六枚か、橙貨と赤貨一枚ずつだよ。」
おばあさんは兄妹にソーカ焼きをすすめました。
「わーい!……あれ……、どうしたのお兄ちゃん?」
(おれたちが一日に使う金は黄貨一、二枚くらいだからな……。やっぱ赤貨一枚でもおしいや……。)
女の子はよろこぶも、考えごとをしているお兄さんが気になりました。
少年はお金のことが気になっていたのです。
「……何でもない。……おばあちゃん、とりあえず一枚だけ下さい。」
少年は黄貨一枚をおばあさんにわたしました。
「あいよ!……おや……、お兄ちゃんはいいのかい?」
妹の分だけソーカ焼きを買おうとする少年に、おばあさんは一枚だけでいいのかたずねました。
「おれ……、妹がよろこんでくれるならそれだけで満足ですよ。」
少年は妹がよろこぶだけで満足だと答えました。
「そうだねえ……。わしも子供たちのよろこびほどの生きがいはないと思うよ。……はい、毎度あり。」
おばあさんは一枚のソーカ焼きとおつりの赤貨四枚を少年にわたしました。
「おばあちゃん、ありがとう。」
兄妹はおばあさんに頭を下げ、すぐ様ソーカ焼きを半分こして食べました。
「お兄ちゃん、ぱりぱりしてておいしいね。」
「ああ。」
兄妹はソーカ焼きの味に舌つづみでした。
「でも……、パパにも食べさせてあげたかったな……。」
女の子はソーカ焼きを父にも食べさせてあげたいと思うとしょんぼりしました。
「ああ……。」
女の子の兄である少年もうなずくと、何も語らずに河川敷を後にしました。
次の日、河川敷でソーカ焼きを焼いているおばあさんのもとに再び女の子が現れました。
「おや、おじょうちゃん。今日は一人なのかい?」
おばあさんは今度は一人で来た女の子が気になりました。
「うん。おばあちゃん、あたしをここではたらかせて下さい!おねがいします!」
女の子はおばあさんにはたらかせてほしいと頭を下げました。
「……おじょうちゃん……、その申し出はありがたいけど……、わしの商売を許可したお役人方から、子供をはたらかせちゃいけないって言われてるんだよ……。ほんと……、すまないね……。」
おばあさんは子供をはたらかせてはいけないという取り決めがあることから、望みにそえないことをわびる形で、女の子の申し出をことわりました。
「え~!少しくらいいいじゃな~い!」
「おじょうちゃん……、こればかりはわしの一存じゃどうにもならぬことじゃよ……。どうかわかっとくれ……。」
「やだ~!」
幼いあまり、社会のことがまだよくわからない女の子はことわられたことにぐずりました。
そこにその女の子の兄である、先日の少年があらわれました。
「どこに行ったのかと思ったら……、またおばあちゃんのとこにいたのか……。さあ、お兄ちゃんといっしょに帰るぞ!」
「やだ!」
少年は妹の手を引いて帰ろうとするも、妹は引っ張り返して逆らいました。
「何で逆らうんだ!……わかった!またおばあちゃんのおせんべいが食べたいんだな!」
少年は妹が逆らう理由にソーカ焼きが食べたいからだと考えました。
「ちがうの!」
「じゃあ何だ!」
「あたし、おばあちゃんのもとではたらきたいの!」
女の子はお兄さんの考えとはちがって、おばあさんのもとではたらきたいからと答えました。
「はあ!?何ではたらきたいんだよ?」
妹のはたらきたいという言葉にとまどい気味の少年は、なぜそうしたいのか妹にたずねました。
「だってお兄ちゃん、あんまり金ないって言ったよね。」
「ああ……。」
「だからあたし、はたらいてお金かせぎたいの!ママはあたしを産み落として、パパはこの前病気で……。」
女の子は亡くなった両親のことをお兄さんに話すとなみだを流しました。
「……そうか……、お前もはたらきたかったんだな……。実はおれも……、おやじのようにはたらきたいんだよ……。でもな……、世間じゃ子供がはたらくのは禁じられてんだ……。だからおれ……、生きてたおやじがおれたちをやしなうためにはたらいてためてきた金を……、おれがはたらけるようになるまでもたせようと……、色々がまんしてきたんだ……。」
少年も妹に自分の気持ちを伝えました。
「……そうだったのかい……。あんたたちも大変じゃったのう……。」
兄妹のやり取りにおばあさんも話に加わりました。
「!……みっともないとこ失礼しました……。」
おばあさんに妹との会話を立ち聞きされた少年は、照れかくしにみっともないところを見せてしまったと言いました。
「いいってこと、いいってこと。あんたたちのことはお役人方に伝えとくよ。あの方々ならあんたたちのまずしいくらしをきっと何とかして下さるはずじゃろうしの。」
「おばあちゃん、ありがとう。」
「……おれからも……、ありがとうございます……。」
兄妹は親切なおばあさんにお礼をのべました。
「じゃあ、またおせんべい一枚下さい。」
「あいよ。」
少年は金を払っておばあさんからソーカ焼きを一枚買い、妹と半分こして食べながら河川敷を後にしました。
それから数日後、兄妹がおばあさんのいる河川敷にやってくると、土手にとめられた馬車から数人の役人と共に一人の若い女性が兄妹に歩みよりました。
「初めまして、わたくしどもは『雫の騎士団』の者です。あなたたちのことはそちらの売り子から話はうかがいました。何でも両親を亡くし、父が生前かせいできた金を自分たちがはたらけるまでもたせようと色々がまんしてきたそうですね。」
役人の女性が売り子のおばあさんから聞いた話をもとに兄妹にたずねると、兄妹はうなずきました。
「そう……。でも、もう心配はいりません。あなたたちのことは、わたくしたち雫の騎士団が保護することにいたします。」
役人の女性は兄妹に自分たち雫の騎士団が保護すると伝えました。
「ありがとうございます……。」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
兄妹は役人たちにお礼を述べました。
「あっ……!あたし、まだやってないことが……。」
「どうしたの?」
女の子は馬車に乗る直前に何かを思い出しました。
「あたし……、まだおばあちゃんにお礼言ってない……。」
「……実はおれも……。」
兄妹はまずしい自分たちを救ってくれた売り子のおばあさんに礼を言い忘れていました。
兄妹はおばあさんのもとに歩みよりました。
「おばあちゃん……、おせんべいとってもおいしかったよ。おばあちゃんの焼いたおせんべいが食べられなくなるのは辛いけど、あたし……、大きくなったらお兄ちゃんといっしょにおせんべいのお店をやりたい!……短い間だったけど色々ありがとう!」
「!……おばあちゃん……、あの日……、おばあちゃんと出会わなかったら……、おれたち……、明日どころか今日さえも……、わからないままでした……。おれたちは……、おばあちゃんの焼いたおせんべいの味……、そしておばあちゃんの恩を一生忘れません……。本当にありがとうございました!」
兄妹はなみだを流しておばあさんに感謝の言葉をのべました。
「あんたたち……、元気でね……。」
「おばあちゃんにも水の加護がありますように。」
「さようなら、おばあちゃん!」
おばあさんもなみだを流して兄妹を見送りました。
こうして両親を亡くし、まずしい日々を送ってきた兄妹は雫の騎士団が営っている孤児院に引き取られました。
この兄妹がどんな大人に成長していくのか、それはまだ誰にもわかりません。