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8話 お土産探しと惚気話

 乗馬を楽しんだ後、公国に到着した際に通った商業区までやって来た。売られている商品は食べ物、服、アクセサリーどれをとっても一級品で、多くの貴族たちがここを旅の大きな目的とする。

 目的は友人や仲間にお土産を買うことだ。けれどお店の数が多く、一軒一軒見ていたら時間がとても足りないように思える。


「プリシラの分と、魔術師長の分と、他の大魔術師の分と……ディオンは従士仲間の皆さんに買うのよね?」

「そうだな。ランドルフの分は俺が見繕おう」

「お願いするわね。できれば今日のうちに全部買っておきたいし……一旦、二手に分かれましょうか」


 ディオンは頷きつつも、心配そうにわたしと目線を合わせた。


「人気のない場所に近づいては駄目だ。それから、誰かに声をかけられて簡単についていったりするのも……」

「もう、大丈夫よ。今度はちゃんと断るから」


 さすがに小さな子供ではないので、危険な場所に自ら飛び込まないだけの分別はある。それに、街中には警備のため公国の騎士たちが多くいるので、何かあれば助けを求められる。

 二時間後に落ちあうこととして待ち合わせ場所を決め、わたしはお土産探しに乗り出した。


***


 プリシラへのお土産だけがなかなか決まらない。彼女はそれなりに裕福な貴族なので、すでに大抵のものは持っている。優しい彼女なら何であっても受け取ってくれるだろうけれど、せっかくなら使えるものを渡したい。

 うろうろと歩いているうちに、ふと一軒の店舗が目に入った。陳列窓がなく、軒先に瓶のようなものの絵が描かれた札が下がっている。

 何屋さんかしら。そっと扉を開けて中に足を踏み入れた。花のようなほのかに甘い匂いが漂っている。他のお客さんの姿も、店員さんらしき人の姿もない。壁際の棚には、丸、四角、ひし形といった形で色も様々な瓶が並べられていて、その他にも壁に飾り物が吊るされていたり、置かれた陳列台には所せましとアクセサリーが置いてある。どれも手作り感があって、温かみが感じられた。

 きょろきょろしていると、店の奥から女性が姿を現した。わたしとそう変わらないくらいの年頃で、赤い髪を後ろでまとめた闊達(かったつ)そうな人だった。着ているブラウスは袖も丈も短くお腹が見えていて、下はぴったりしたパンツ姿だ。


「ありゃ、また随分と美人さんが来たね。いらっしゃいませ」


 どうやら、ここの店員さんのようだ。


「お姉さん、どこから来たの?」

「フロレンシア王国からです」

「ああ、ここからそんなに遠くないところだよね。フロレンシアのお客さん、よく来るよ。で、お姉さんはお一人?」

「いえ、夫も一緒ですけれど、今はわたし一人でお買い物に」

「へー、こんな美女と結婚できるなんて旦那さんは果報者だねぇ」


 初対面のわたし相手にとても気さくに話す店員さんだった。色々な人を相手にしているだろうから当たり前といえばそうだけれど。


「どちらかというとわたしの方が幸せ者です。格好良くて優しくて、わたしにはもったいないくらい素敵な人で……」

「やだ、いきなり惚気(のろけ)話ぃ?」

「あ、す、すみません!」


 慌てるわたしに向かい、店員さんはにっと笑った。


「いーよ。あたしそういう話大好き……で、何かお探し?」

「あ、ええと……友人へのお土産を探してて。ここは何のお店でしょうか?」

「あー、適当に売れそうなものを何でも並べてるからごちゃごちゃしててごめんね。うちの目玉は香水なんだ。あたし、これでも調香師やってるの」


 香水……貴族のプリシラならよく使うだろうからお土産にいいかもしれない。


「お勧めはありますか? 友人はわたしと同い年の貴族の女性なんですが……」

「そうだねぇ、お勧めっていったら……」


 店員さんが棚に近寄り、たくさんある瓶の中から一つを取って来た。


「やっぱしこれかな。カーネリアス固有の花を使っててね。他の場所ではまず買えないよ」


 そう言って小さな布切れを取り出し、そこに香水をしみ込ませてわたしに差し出してくれた。ふわり、と甘い匂いが鼻をくすぐった。甘ったるくはなく、上品な香りだ。これならプリシラも気に入ってくれそう。


「いい香り……これにします」

「はいよ!じゃあお土産用に包むね」


 店員さんが別の棚から新品の香水を取り出して、綺麗な箱に入れてくれた。


「で、お姉さんはどうする?」

「え、わたしですか?」


 実のところ、わたし自身は香水をつけたことがない。魔術師には実力や役目に真剣に取り組む態度が求められるので、変にお洒落をすると評価が下がってしまうおそれがあるのだ。


「あの、わたしは普段香水をつけないので……」


 というと、店員さんはえー、と目を丸くした。


「そうなの!? お姉さんせっかく綺麗なのにもったいない。香りは目に見えないけど、アクセサリーや化粧と同じくらい大事だよ? 香りひとつで人の印象って全然変わるんだから」


 お土産を包み終わった彼女が、わたしに距離を詰めてくる。


「お姉さん、結婚してどのくらい経つの?」

「えっと……まだ半年ほどです」

「じゃあまだ新婚さんか。でも努力するのに早すぎなんてものはないよ。旦那さんにいつまでも可愛がってもらいたいでしょ?」

「それはもちろん……」


 キャリィとシャリィにも似たようなことを言われた気がする……。


「お友達と一緒にしたいならそれでもいいけど、良かったらもっとお姉さんに合いそうなのをあたしが選んでいい?」

「は、はい、お願いします」


 自分のまで買う流れになってしまった……まあ、いい機会かしら。

 店員さんが張り切って、香水の瓶をいくつか持ってきて近くのテーブルに並べた。


「たくさん種類があるんですね」

「あるよー。甘めのやつから、爽やか系のやつ……あ、あとこれ、誰にでも勧めるものじゃないんだけど、お姉さんになら」


 彼女がにっと笑いながら示したのは、紫色の小さな瓶だった。


「男を野獣に変える香り」

「や、野獣?」

「そ。これつけて旦那さんに迫ってみな。一晩中盛り上がれるよ」

「え!? えっと、それは今でも十分というか……」


 お互いの体に支障が出ない範囲ではあるけれど、それでも日々溺れそうなくらいの愛を注がれている上に、休日の前の晩ともなるとなかなか寝かせてもらえなかったりする。これ以上野獣になられるのは……わたしの体が持ちそうにない。

 まあ、興味はなくもないけれど……って、わたしったら変なことを考える頻度がものすごく多くなっているわ。

 口ごもるわたしを見て、店員さんはからからと笑った。


「あら、そっちは円満? じゃあお姉さんの足腰を思ってこれはやめておこうかな」


 店員さんの選りすぐりのものから一つずつ香りを確かめていき、一番いいと思ったものを選んだ。四角い透明な瓶に入っていて、石鹸のような香りが癖なく感じられた。


「いいね。使い方の練習も兼ねてここでちょっとつけちゃおっか。旦那さん、びっくりするよ」


 両方の手首に少しずつ垂らしてもらった。ディオンに変だと思われなければいいけれど。店員さんが更に、綺麗な青いハンカチを持ってきた。


「お姉さんのこと気に入ったからおまけ。体に直接つけたくない時はこれに香水をかけて持ち歩くのもいいよ。これはタダで一緒に包んどくね」

「いいんですか? ありがとうございます」

「こっちこそありがとう。また今度、惚気話もっと聞かせてね!」


 親切な店員さんに見送られ、わたしは香水の香りをまとわせてお店を後にした。


***


 まだ時間があったので別のお店も少し見てまわり、待ち合わせ場所に向かうとディオンが既にそこにいた。


「ディオン、待たせてごめんなさい」


 彼に駆け寄りながら言うと、ディオンは微笑みながら答えた。


「つい先ほど着いたばかりだ。目当てのものは買えたか?」

「ええ、さっきね……」


 そこでわたしは言葉を切った。知った香りがふわりとわたしの周りを漂ったのだ。それはわたしではなく、ディオンの方から発せられている。


「香水……?」


 わたしたちは同時に言い、不思議そうな顔で見つめ合った。


「先ほど偶然立ち寄った店で、香水を買ったんだ」

「実はわたしもなのよ。同じものを選ぶなんて、すごい偶然ね」


 買い物袋の一つから、先ほど買った香水を出して見せると、ディオンもはっとした様子で自分の荷物に手を入れて――同じ形の瓶を取り出した。


「本当に同じだわ。もしかして、赤い髪のお姉さんがいるお店?」

「ああ。随分と口が上手い女性で、つい乗せられてしまった」


 つまり、わたしとディオンが時間差で同じお店に行って、同じ店員さんの接客を受けて、同じ香水を買ったということ……すごい偶然だ。


「ふふっ、何だか面白いわね。別行動していたのに、同じ香水をつけて戻ってくるなんて」

「そうだな」


 ディオンがわたしの方に顔を寄せ、目を細めた。


「同じ匂いというのも、いいものだな……」

「ちょっと、他の人もいるんだから」


 さすがに、往来で堂々といちゃつくのは恥ずかしくて嫌だ。小声で抗議すると、彼はふぅ、と小さく息をついた。


「なら、屋敷に帰るとしよう」


 そう言って、わたしの分の荷物まで軽々と持ってくれた。

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