5話 初めての海水浴
その後、キャリィとシャリィに着替えの手伝いだけでなく、海水に髪がどっぷり浸かるとよくないからと高い位置でまとめてもらったり、太陽の光から肌を守るクリームまで塗ってもらい、屋敷のエントランスで待つディオンのところへ向かった。わたしの上半身はまだ、薄手の上着で隠している。
ディオンはというと、上は先ほどと変わらないシャツと、膝丈の下衣という姿になっていた。下衣は鮮やかな青色で、裾に向かうにつれて色が濃くなっている。
男性の水着は、基本的には下衣だけらしい。確かに、上まで隠す必要はあまりない……かも。
パウエルさんに屋敷の裏口まで案内してもらい、その先は二人で外に出た。小さな門を通って歩いていくと、さっき食堂から見えた白い砂浜と青い海が目の前に広がった。他の誰かが来ることはない、わたしたちだけの秘密の場所。
岩陰に、貸してもらった小さい敷物を広げ、ディオンが自分のシャツを脱いでその上に置いた。彼の上半身が露わになる。
従士が大変な力仕事をする機会は少ないけれど、ディオンは昔からの習慣だという鍛錬を日々欠かしていない。厚い胸板と綺麗に割れた腹筋は何というか……とっても目に毒である。
その姿に釘付けになってしまったわたしを見て、彼はくすっと笑った。
「初めて見るものではないだろう?」
「そ、そうだけど……」
夜に寝室の薄明りの中で見るのと、昼間の太陽の下で見るのとではまた雰囲気が違って……って、何考えてるのよ、わたしの馬鹿!
今考えるべきではないあれやこれやを振り払い、勢いに任せてわたしも上着を脱いだ。今度はディオンがわたしに釘付けになる番だった。
「女性の水着というのは……そういうものなのか」
「な、何だかやっぱり変よね……こんな格好」
視線に耐えきれず、わたしは無防備なお腹を腕で覆い隠した。
「いや、隠さないでくれ」
彼がわたしの腕を軽くつかみ、お腹からどかせる。
「他の男に見られる恐れが少しでもあるなら、何がなんでも連れ戻して着替えさせるところだが……ああ、いいな。来てよかった」
どうやら気に入ってくれたようだ……キャリィ、シャリィ、ありがとう。
そのまま手を繋いで、一緒に波打ち際まで来た。船の上で波の音と潮の香りは経験したけれど、実際に触れるのは初めてだ。
透明な水が足首まで来て、すっと引いて、またやって来る。湖とは全然違う、不思議な感覚だ。
「気持ちいいわね」
「せっかくだ。水着の力を試してみるか」
もう少し深いところまで行こうという誘いだ。
わたしはゆらめく波間をじっと見つめた。海に入れると聞いたときは面白そうだと思ったが、実際に目の前にしてみると少し不安になる。足がつくところまでなら大丈夫だろうけれど、もし何かあったら……わたしは泳げない。
「怖いか?」
「少しだけ……」
「なら、こうしよう。掴まっていてくれ」
ディオンが腕を伸ばし、わたしの体を軽々と横抱きにする。そのまま、海に向かってざぶざぶと歩みを進めた。確かにこれなら、沈んだり溺れる心配はなくなる。
「いつも思うが、あなたは本当に軽いな」
「そんなことないと思うけれど……お昼もたくさん食べたし……」
さっきの昼食どころの話ではない。ディオンと暮らすようになってから我が家の台所はすっかり彼が預かっている上に、わたしの胃袋はがっちりと掴まれている。食べる量は今の方が絶対に増えているのだ。着る服の大きさを変えずに済んでいるのは奇跡に近い。
まあ、魔術師も何だかんだで体力勝負なのでそれなりに消費もしているとは思うけれど……。
「……少し減らすか……いや、それは……」
「えっ、なに?」
波の音に紛れて聞き取りづらかったのだけれど、ディオンはいや、と首を振った。
「気にしないでくれ。独り言だ」
そうこうしている間に、腰まで海水が来るところまでたどり着いた。しかし服を濡らしてしまった時の、重さや肌にまとわりつく感覚をほとんど感じない。
門外不出の技術で作られているという水着は、キャリィもシャリィも、パウエルさんですら素材や製法については知らないのだという。ほとんど魔法に近いような気さえしてくる。
わたしの体はずっとディオンに持ち上げられたままだ。
「ディオン、大丈夫? わたしったら何だか子供みたいね」
「構わない。あなたさえ辛くなければこのままでいさせてくれ。あなたが海の神に見初められて、攫われないようにしっかり捕まえていないと」
「もう……またおかしなこと言って」
わたしの趣味の舞台劇鑑賞に何度も付き合ってもらったせいで、変な影響を受けてしまったのかしら。でも芝居がかった言い回しも様になっているし、そんな彼にときめいてしまうわたしも大概だ。
ディオンの茶色がかった金の髪が、太陽の光に反射してきらきらと輝く。旅の間、ひたすらこの姿を見つめていても許されるなんて、それだけでも幸せ過ぎる。
初めての海を、さっそく二人の楽しい思い出にすることができた。
――この先は、どれほど素敵なことが待っているのかしら。