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17.5話 太陽と海を宿す人

 ――僕はずっとずっと、自分の目が嫌いだった。


 片方は金、もう片方は青。両親とも周りとも、カルロの瞳は異なっていた。

 その瞳を周りの子供たちから揶揄(からか)われた上に気弱な性格が災いし、幼いカルロは屋敷にこもりがちになっていった。前髪を長く伸ばして片目を隠し、自室で本を読むことだけが唯一の楽しみだった。


 ある日、両親に連れられてカルロはカーネリアス城へ出かけた。いつかはサヴォーナ家の当主として、カーネリアス公に仕える身になる――そのように聞かされてはいたが、自分には何もできないと決めつけていた。

 この頃には家族以外に会うことも怖く感じるようになっており、両親がカーネリアス公と話し込んでいる隙を突き、カルロはその場から逃げ出した。


 中庭の隅にうずくまって座り、時間が過ぎるのをひたすら待つ。早く帰りたい。誰にも会いたくない。差し込む日の光すら、自分を責めているように感じられる。


「なにしてるの?」

「ひっ!?」


 突如声をかけられ、カルロは驚いて飛びあがった。目の前に立っていたのは、自分より背の低い――まだ六歳か七歳くらいの少女だった。


「あなただれ?」

「カ……カルロ・サヴォーナ……」

「そう。わたしはユーディニア・カーネリアスよ」


 カルロは少女をまじまじと見つめた。現カーネリアス公には幼い娘がいると聞いていたが、まさかここで会うことになるとは。


「あなた、なんでそんなにへんなかみのけなの?」


 初対面のカルロに気後(きおく)れすることなく、ユーディニアは彼の顔を見上げて問いかける。


「え……」

「目がかたっぽしかでてないわ。それじゃあちょっとしか見えないでしょ」


 手を伸ばし、カルロの片目を隠す前髪を払いのけようとする。カルロは反射的に手で顔を覆い、一歩後ろに飛びのいた。


「さ、触らないで!」

「ちょっと、どうしてそんなことするの!」


 拒まれたことが気に喰わなかったのか、ユーディニアが躍起になってカルロにつかみ掛かる。抵抗したかったが、自分より小さな子だ。下手に力を入れれば怪我をさせてしまうかもしれない。公爵の娘に傷を負わせればどうなるか――カルロにも簡単に想像できた。


「うう……」


 観念し抵抗をやめたカルロの黒髪を、ユーディニアの小さな手がかき分ける。カルロの金と青、そしてユーディニアの赤みがかった紫色の瞳がかち合う。


「……っ」


 ――君も笑うのか、気味悪がるのか、他の子たちのように


「きれいね」

「……え?」


 あまりに予想外な言葉に、カルロは動くことも、話すこともできなくなった。


「金はたいようのいろ、青はうみのいろ。カーネリアスのしるしよ。きのう、おかあさまにおしえてもらったの!」


 ユーディニアが得意げに語り、にっこりと笑う。

 それは、カルロを閉じ込めていた壁が音を立てて崩れ、代わりに眩く優しい光に包まれた瞬間だった。


***


 扉がノックされる音で、カルロは目を覚ました――随分と懐かしい夢を見た。


「ど、どうぞ」


 寝台から上体を起こし返事をすると、扉が開いた。姿を見せた人物に、カルロは目を丸くした。


「ユーディニア……!?」


 ユーディニアはまっすぐカルロのもとに来ると、寝台の傍らにあった椅子に腰かけた。いつもの豪奢(ごうしゃ)なドレスではなく、町娘と見まがいそうな灰色のワンピース姿だ。


「……具合はどう?」

「え、ああ、そんなに心配する程じゃないよ」


 昨夜、ユーディニアの目の前で繰り広げられた残忍な行為が彼女の心に影を落としているのだろう。安心させようとカルロは笑ってみせた。


「セシーリャさんのお陰だよ……あの人は本当にすごいね。大勢の人を一気に動けなくして、僕の怪我まであっと言う間に治してしまうんだから」

「……そうね。本当に立派な方だわ」

「……リカードのことは、残念だよね。まさかあんなことをするだなんて僕も思っていなかった」


 傍目(はため)から見ても、ユーディニアとリカードの仲は良かった。リカードにいつから謀反(むほん)の意志があったのかは分からないが、少なくともユーディニアはずっと彼のことを信用していた。その信頼を裏切ったことはカルロにとっては許しがたいことだが――カルロ個人が裁くことができるものではない。


「……いいの。仕方がないことだから」

「ユーディニア、君が悪い訳じゃないよ。それだけは絶対忘れないで」

「どうして」


 カルロの言葉に被せるように、ユーディニアが問うた。


「え?」

「どうしてそんなに優しいのよ……」


 目じりを下げ、今にも泣き出しそうな顔をしている。


「わたし、あなたには散々酷いことを言ったのに……どうしてあんなに傷だらけになってまで……わたしのことを守ろうとして……死んでしまっていたかもしれないのに……」

「あ……えーと、それは……」


 カルロは口ごもり、思わずユーディニアから目線を逸らしてしまった。心臓の鼓動がどんどん早まっていくのを感じる。


「その……僕だって一応はサヴォーナ家の嫡男なわけだし……カーネリアス公爵家に仕えるのは当然のことであって……それで……」


 本当の理由は違う。忠誠心というものを、貴族の心構えを知るよりももっと昔、十年前のあの日から、カルロの世界の頂点にいる人物はずっと変わらない。

 目の前の彼女に比べれば自分はずっと弱くて、人を惹き付ける力も、優れた(まつりごと)を行う手腕もない。彼女の隣に立つべき器とは到底言い難い。

 けれど――この機会を逃したら、一生言えないまま終わるような気がした。


「ユーディニア……僕は、君が好きなんだ」


 彼女の目を見て、カルロは告げた。


「え……?」

「僕たちが初めて会った日のこと……君は多分覚えていないだろうけれど、僕のこの目を、君は綺麗だと褒めてくれた。それが本当に嬉しかったんだ。周りとは違う目が嫌いで嫌いでしょうがなかったのに、君のおかげで僕はその呪いから解き放たれた」


 あの日から、後ろ指をさされても陰で笑われても、カルロは目を髪で隠すことをやめた。自室に閉じこもる生活から脱却し、未来のカーネリアス公の役に少しでも立てるようにと勉学に励めるようになった。


「アメイリア様が亡くなられて君が本当に苦しかった時、助けてあげることができなかったことは反省している。それからの君の努力をどうしても無駄にしたくなかったんだ。命を捨てるくらいなら、『役立たず』にもできるから」


 ユーディニアは呆然としていた。当たり前だ。いきなり愛を告げられては困るに決まっている。カルロは急いで次の言葉を探した。


「ご、ごめん。僕の気持ちなんか別にどうでもいいっていうのは分かってる。今のは忘れて……」

「……それだけの理由で?」


 ぽつりとユーディニアが言った。


「え……?」

「ただ、わたしがあなたの目を褒めた……たったそれだけの理由であなたはずっとわたしのことを……?」

「……そうだよ。君にとっては些細なことなんだろうけれど……僕の中ではずっと、君は優しい女の子だよ」

「……馬鹿ね」

「はは、そうだよね……自分でも馬鹿だと思うよ、本当に」

「いいえ、違うわ」


 ユーディニアが片手を伸ばし、カルロの頬に沿わせる。


「馬鹿なのはわたしの方よ」


 次の瞬間、何が起きたのかカルロにはすぐに理解できなかった。温かく柔らかいものが唇に押し当てられたと思ったら、耳を真っ赤にしたユーディニアがこちらを見ていて――


「……え、あの……え?」

「今まで酷いことばかり言ってごめんなさい。もう二度と言わないわ。だから……あなたも自分のことを『役立たず』なんて言わないで」

「わ、分かった……」

「ごめんなさい、どうしても今日のうちにしなければいけないことがあるから、もう行くわね」


 早口気味に言い、そそくさと立ち上がる。


「あ、そ、そうだよね。ごめん、手伝えなくて……」

「何を言っているの。まずは休んで、早く元気になりなさい」

「う、うん。ありがとう……」


 それじゃあね、とつぶやくように言い残し、ユーディニアはしゃんと背筋を伸ばして部屋を出て行った。

 扉が閉じられた瞬間、カルロはどっと寝台に倒れこんだ。顔がひどく熱い。

 まだ夢の中にいるのかと錯覚しそうになったが、痛いくらいに早鐘を打つ心臓が、これが夢ではないのだと声高に叫んでいた。

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