16話 長い夜の終わり
開いた扉の先、すぐ目の前にいた人に魔力の輪を投げる。見えない力に捕らわれて彼はどっと床に倒れた。
「な、なんだ!?」
突然の出来事に部屋にいた人たちが驚いている間に、わたしは次々に魔力の縄を作って一人ずつ縛り上げていった。ディオンが飛び出していってユーディニア様の拘束を解き、カルロを抱えて部屋の隅へ連れて行く。
「くそ、動けない……」
「何だ、これは……」
縛られた人たちは一様にもがいているが、魔力の縄は普通の人間には簡単には解けない。
全員が動けなくなったことを確かめた後、わたしはディオンのもとへ駆け寄った。
「カルロ!」
カルロは体の数か所を切り裂かれ、血に濡れていた。ユーディニア様の顔は蒼白で小さく震えている。
「セシーリャ……さ……」
「大丈夫よカルロ、絶対に助けるわ」
声をかけながら、わたしはカルロの横に片膝をついた。手元に意識を集中させ、魔力を集める。
ほんのりと金色に輝くリボンのような細い光が手の中に生まれた。それをカルロの方へ向けると、光は魚のようにひとりでに泳ぎ、彼の傷口に潜り込んでいく。すべての傷に治癒の魔法を使うと、カルロが小さく息を吐いた。
「あたたかい……」
「安心して、もう大丈夫よ。ただ、しばらくは安静にね」
傷口は塞がれたが、流れた血までは戻らない。だが彼の命は守られた。あとはニコラとエリッサが応援を連れてくるまで、黒幕を縛り続けるだけだ。
ユーディニア様とカルロをディオンに任せ、わたしは立ち上がると大股で、床に寝転んで芋虫のようにのたうつ人物のもとへ歩み寄った。
「あなたがリカードね」
腕組みをしながら、銀髪の男を見下ろした。リカードが顔をもたげ、わたしを睨む。
「なんで……死んでない……魔物は……」
どういうつもりか知らないけれど、わたしが劇場で魔物に殺されるだろうと踏んでいたらしい。
「わたしはね、ただの魔術師ではないの。大魔術師。こう見えてとーっても強いんだから! あんな魔物くらいあっという間に倒せるのよ!」
「クソが……」
「もう黙りなさい。これ以上騒ぐならもっときつく縛るわよ」
わたしにリカードを裁く権利はないが、彼の悪行は許せない。
大勢の足音が近づいてきた。振り向くと、武装した騎士たちが向かってくるのが見えた。
「謀反人を連れていけ!」
「公爵閣下、こちらへ!」
騎士たちがてきぱきと、床に倒れたリカードや彼の部下を本物の縄で縛って引き立てていく。ユーディニア様とカルロも、彼らに付き添われて地下室を出て行った。
やがて全員が去り、地下室に静寂が訪れた。これで一安心だ。
ほっと小さなため息を漏らしたわたしの隣にディオンが来て、優しく肩を抱いてくれた。
「セシーリャ、よく頑張った」
「ありがとう……ディオンのお陰よ。わたし一人では解決できなかったわ」
「光栄だ……あなたは本当に素晴らしい。あなたの夫でいられることを誇りに思う」
ディオンが頬に優しいキスをくれた瞬間、全身の力が抜けるのを感じた。思わずよろめいてしまい、彼に支えられる。
「セシーリャ、どうした!?」
「大丈夫、魔力の使い過ぎで少し疲れただけよ。休めば元気になるわ」
そこまで強い魔物ではなかったとはいえ単独で交戦し、一刻を争う状況の中で馬に揺られ、門や扉を無理やりこじ開けて、十数人を魔法で拘束し、治癒の魔法を使い――リカードには大口を叩いたが、さすがに疲労は拭えない。
「ディオンの旦那! セシーリャさん!」
声と共に地下室に駆け込んできたのはニコラだ。エリッサも一緒にいる。
「良かった、ご無事だったのですね!」
「ユーディニア様とカルロは大丈夫?」
わたしが尋ねると、ニコラが笑顔で頷いた。
「ああ。ユーディニアには怪我もないし、カルロはちゃんと寝かせて面倒見るから安心してくれ」
「リカードは……」
「罪人を勾留する場所は海を隔てたところにあります。明朝にはそこへ出発させ、裁きを待つことになります」
エリッサが伏し目がちになって答えた。知り合いが謀反を起こしたことは、少なからずショックなのだろう。だがリカードがしたことはれっきとした重罪、処罰は免れないはずだ。
「二人のおかげで助かったよ、本当にありがとうな」
「蒼水晶邸への馬車を外に待たせていますから、ご案内しますね」
「ありがとう、すぐに向かおう」
そう言うとディオンがわたしの体を抱き上げた。人の目がある場所では初めてのことに目を丸くする。
ニコラが口笛を吹いた。
「ディオン、そこまでしなくても歩くくらいはできるから」
「いや駄目だ。これ以上あなたを疲れさせるなんてできない」
真剣な眼差しでディオンがきっぱりと言う……絶対に主張を譲らない時の顔だ。こうなるとわたしに抵抗する術はない。
ニコラとエリッサに温かい視線を向けられながら、わたしはディオンに抱えられて地下室を後にした。
***
馬車の座席に座ると、一気に眠気が襲ってきた。それに気づいたディオンが、自分の方にわたしの体を引き寄せてくれる。
「少し眠るといい。到着したら起こす」
「ありがとう……そうするわ」
頭を彼の肩にもたれさせる。大好きなディオンの温もりがわたしを包む。目を閉じてしまう前に、わたしはもう一度口を開いた。
「……ねえ、ディオン」
「ん?」
「ご褒美のキス、さっきのだけじゃ足りないわ」
「帰ったら好きなだけしよう……俺も、全然し足りない」
馬車がゆっくりと動き出す。揺れを感じながら、わたしはそっと意識を手放した。




