始まりの瞬間 下
前の続きです。
教室のドアは少し開いていて、鍵はかかっていなかった。朝早い時間に来たつもりだったが誰かいるのかもしれない。少しためらいながらも、スライド式の滑りの悪いドア隙間に手をかけ、目線はドアの動く様子をわざと見つめながら開ける。
開けた途端、空気が僕に飛びかかり、桜の花びらをのせて教室の外へ逃げてった。目を細め、窓の方を見る。窓は全て開いていて、そこら中がピンク色だった。
「おう、おはよう」
ふと声が聞こえ、声の方を向く。
声の主は教卓の上に座り、窓側の方を向いて私を片方教卓の上にのせて、後傾姿勢をになった体を両腕で支えている。顔だけこっちを見ていた。
「おはよう、朝早いね。」
僕がそういうと声の主の彼は窓の方を向き風に顔を晒しながら、にこやかな笑顔をつくった。なびく赤髪が透け、彼の着崩した学ランが僕の胸をざわつかせた。
春の風が僕の鼻をくすぐり、僕はくしゃみをする。
すると彼は横目で僕を見た。その目に僕はとらわれ、吸い込まれそうになり、彼に見とれていた。
「お前も朝早いじゃん。俺には負けるけどさ。」
と、彼は言った。
偉そうに放った彼の言葉と自分が彼に見とれてしまったことになんだか悔しさを覚えた。
「僕は、春野 葵。お前の名前は?」
教卓の上の彼に聞く。すると、彼は足を揃え、教卓から床へとサッと着地して僕と向かい合う。僕は、彼の顔を初めて正面から見て、ガーネットのように輝く瞳がまた、僕をとらえて離さない。彼に初めて出会い、今までにない不思議な心地がして僕はどうにかなりそうだった。
「俺は、楢崎 瞬。お前が今思ってることわかるぜ。当ててやろうか,,,」彼はそう言った。
「は?」僕は現実に戻り、とっさに答えた。
彼は自信満々に手を腰に当て言う。
「ズバリ、なんでこいつこんなに髪赤いんだ?だろ!」
「はあ、」僕はなんだか安心すると同時に呆れた。
彼は続けて話した。
「俺のこれは地毛なんだ。
でも、皆信じないし、どこに行っても黒染めしろって言う,,,どう?当たってた?」そう僕に聞く。
僕は、突拍子もない彼、楢崎 瞬の話を片耳に聞いて、彼を観察していた。彼との体格差を感じながら、楢崎を見つめる。楢崎は僕よりも身長が少し高い。それなのに筋肉が僕よりもあった。羨ましさを感じながら、僕は言う。
「いや、確かに髪は赤いなとは思ったけど、しろとは思わないな,,,お前のその髪なんか好きだよ。」
僕が楢崎にふいに放った言葉に僕自身が後から恥ずかしさを覚え、自分の楢崎に対する高揚するような違和感で手を口で抑えた。戸惑う僕に楢崎も驚いたように目を見開き、きらめく瞳で僕を見つめた。
彼は口を開き軽く笑った。
「ははっなんか人に俺の髪を好きだっていわれるの初めてだわ。なんかむず痒いな。俺もお前の名前好きだぜ。」
楢崎はそう言い放つと、窓から桜を乗せた春一番の風が僕に吹雪。僕はとっさに腕で目を守り、視界がぼやけて、先程まで教卓の前にいた楢崎の姿を失った。
「またあとで、葵。」
楢崎の声が間近に聞こえ、僕は驚く。
そんな僕を横目で見ながら、彼は僕のすぐ横を通り過ぎ、職員室階段の方へ向かっていった。
僕はただ彼の後ろ姿を見送っていた。彼と話していた数分は夢心地で、追いかけてはいけない気がした。ただ彼を見つめていただけなのに僕の心臓はどんどん音をたてた。これが僕達の出会いだった。