6話 新居が見つかりました
なかなか住居が決まらず苦戦していた私たちだったが、誤ってドラゴンの巣に侵入してから数週間後、ついに理想の新居を確保することができた。
偶然通りかかった名もない森の奥に美しい湖があり、その湖のほとりに小さな城が建てられているのを見つけたのである。
私たちは移動中になるべく人間と遭遇しないよう、街道から遠く離れた森の中を通過したり、人間が登れない険しい山を越えたりするルートを使っているが、それが良かったのかもしれない。
私たちが見つけた廃城は深い森の奥にあって、しかもその森はプロックトン山脈よりも温暖な気候。森にはモンスターや猛獣がたくさんいたから、人間がやって来ることは考えにくい場所だった。逆にこんなところになんで城が?と不思議に思ってしまったくらい。
で、城の中に入ってみると何種類かのモンスターが住んでいたけど、私たちを見た瞬間みんな一目散に逃げていった。S級モンスターのオーラって便利だわ。
そして布製品ならハンカチからカーペットまで何でも作れる詩織のチート能力と、私の魔法による労働力召喚で補修工事も滞りなく進み、廃城を見つけてから約1週間後、私たちは待望の「快適な新居」を手に入れた。
「何作ってるの?」
召喚した5体のゴーレムに適宜魔力で指示を送りながら現場監督を務めていた私のところに、詩織がやってきた。
最近の彼女は洋服作りにハマっていて、今日はゴスロリ風のファッションだった。やっぱ美人は何を着ても似合うね!
ちなみに詩織の髪は黒髪、瞳はゴールドで、下半身は巨大なジョロウグモだということは前に言ったことがあると思うけど、私は髪も瞳も下半身もすべて明るい緑色である。
気になる人は「ヒガシグリーンマンバ」で検索してみてね。私の蛇の下半身はあれの巨大版で、髪や瞳の色も蛇の下半身とほぼ同じ色だから。
そしてラミアもアラクネも女性しかいないモンスターで、繁殖には人間の男を使うから、私たちの外見は二人とも「人間の男が好みそうな感じの美人」だった。上半身だけだけど。
詩織はお色気がエクスプロージョンしている感じの妖艶な美女で、私は前世基準でいうと「クール系のモデル兼女優」のような印象の美人。…上半身だけだけど。
そう、私たちの美貌は前世からだいぶアップグレードされたのである。これも転生特典なの一つなのかもしれない。……上半身だけだけど!
…って魔物の外見なんかどうでも良いか。話を戻そう。
「なんだと思う?」
「…水路?」
「半分正解!水路の先にとっても素敵なものができる予定なんですよ♪」
「……?」
「正解は…露天風呂です!」
「マジで!?すごーい!」
そう、私は湖の水を城のすぐ近くまで引っ張ってきて、ラミアとアラクネが二人で入れる巨大な露天風呂を建設するつもりだった。
お湯を沸かすのは入浴の都度、魔法に頼らざるを得ないけど、見た目だけでも和風の露天風呂があれば日本人の心を忘れずに暮らしていけるかなと思って。
…本音は前世から温泉が大好きだった私が毎日露天風呂を楽しみたいだけだけどね。
風属性の魔法を応用すればジャグジーも作れるのかな。いろいろ試してみよう♪
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その後、私たちは前世の知識をフル活用して、自分たちの新居をより暮らしやすく改造していく作業にハマった。アイディアを出し合って、詩織の糸と私の魔法で現代日本っぽいものを次々と作り出す作業はとても楽しかった。
私が思いついた豪華な露天風呂は問題なく完成し、最近私たちは毎日温泉気分を満喫している。風属性の魔法を応用してジャグジーも無事作れた。
女二人で暮らす場所ということで、セキュリティー対策も頑張った。森の中に様々なトラップを設置したり、城に近づく者を感知した段階で城に警報が鳴るような仕組みを作ったり。
最初は監視カメラみたいなものを作れないかなとも思ったけど、さすがに無理だった。でも十分なレベルのセキュリティーシステムを構築できたと自負している。
そして季節が夏になってとても暑くなってきたので、エアコンも作った。エアコンといっても城のあっちこっちに冷気を発する魔法陣を設置して、そのすぐ近くに風の魔法陣をおいて風を飛ばしているだけだけどね。
ちなみに冬になったら冷気の魔法陣を暖気の魔法陣に取り換えれば暖房もバッチリである。私も詩織も自力で体温調整ができない生き物だから、住居の温度を適切に維持することはとても大事なんだよね。
特に大事なのは冬。寒くなると私は冬眠するし、詩織は仮死状態になっちゃうらしい。その間に万が一他のモンスターや人間の冒険者の襲われると大変だから、冬眠しなくて済むように暖かく過ごせる環境を整えておかなくちゃ。
てかファンタジーの世界で最上級のレアモンスターに転生したというのに、どうして自力で体温調整できなかったり、寒いと冬眠・仮死状態になったりするという細かいところは地球の蛇や蜘蛛と同じなんですかね。そういうところこそ、ご都合主義であってほしかった。
「亜美~♪」
「…どうしたの?」
「なんでもない。なんとなく呼んでみただけ」
朝から私の部屋にやってきて、私の部屋に勝手に作った自分用のハンモックでくつろいでいる詩織は、時々特に用件もなく魔導書を読んでいる私に声をかけてくる。
ちなみに魔導書は城内の書斎に大量に残っていた。もしかしたらこの城の前の主は魔導士だったのかもしれない。
ちょうど区切りが良いところで声をかけられたので、私は読んでいた魔導書を閉じて詩織に近寄った。そして微笑みながら彼女に声をかけた。
「なんか最近、少しだけ慣れたかも」
「わたしの見た目?」
「うん。前よりは怖くなくなってきた」
「それはよかった。ずっと亜美に付きまとってた甲斐があったよ」
なるほど。だから暇さえあればずーっと私の部屋に入り浸っていたのね。
「詩織は平気なの?蛇、苦手なんでしょ?」
「全然平気!亜美の体だもん。苦手なはずないよ。亜美がラミアになってからむしろ蛇自体、好きになっちゃったかも」
「…本当に?」
「……ごめんなさい、嘘つきました。亜美のことは平気だけどやっぱ普通の蛇は怖いです」
まあそうだよね。私も詩織以外の蜘蛛は未だにドラゴンよりも怖いと思ってるし。
「でも私のことは平気ならよかった。ありがとうね。…大好き」
「……こ、こちらこそ」
確か詩織は幼い頃に蛇にかまれたことがあって、私の蜘蛛に対する苦手意識と同等かそれ以上に蛇を嫌っていたはず。それなのに私の体だから平気って…ありがたいよね、嬉しいよね。
だから私は満面の笑みで詩織にお礼を言った。そしたらなぜか詩織は少し目をそらして頬を赤らめた。
…うん?詩織、なんで今頬を赤らめたんだ?色気たっぷりの妖艶な美女にそんな仕草をされるとなんかこっちまでちょっと照れちゃうんだけど。
「えっと…狩りにでもいく?私、少しお腹空いたかも」
「…そうだね、いこう♪」
照れ隠しも兼ねて私がなんとなく狩りに誘うと、詩織は嬉しそうにハンモックから飛び降りて私の手をつないできた。見た目は蜘蛛なのに行動は子犬みたいだね。
…詩織と一緒に過ごす異世界での毎日は、私にとってとても楽しくて幸せなものになっていた。
もし彼女と出会えていなければ、私は今も魔物らしい原始的な生活を続けていて、心まで完全に魔物になっていたんだろうね。そうなっていないのはすべて詩織のおかげだよ。
どうか詩織との幸せな毎日がこれからも末永く続きますように…。
いつも本当にありがとう、詩織。
「もしあなたがブックマークや☆評価をくれなければ、私は今も魔物らしい原始的な生活を続けていて、心まで完全に魔物になっていたんだろうね」