2話 アラクネさんに出会いました
その日、私はミノタウロスを狩っていた。もう毒牙にはかけておいたから、あとは逃げたミノタウロスをゆっくり追っていくだけでOK。余裕ですね。
でもさすがはA級モンスター。微量とは言え私の毒が体内に入ったのに走って逃げられるなんて。
まさか自分が他のモンスターのエサになるとは思わなかったんだろうね。でも牛さん、これが食物連鎖というものよ。なんとなく牛肉っぽい感じがするから割と好物だし、諦めて大人しく私に食べられてね♡
それにしても人間は激しい環境の変化にも意外と柔軟に適応できるものなんだね。ちょっと前まで普通の女子大生だったというのに、今の私はモンスターに噛みついて毒を注入することにも、狩ったモンスターを丸呑みすることにも全く抵抗がない。
…って私はもう、どう考えても「人間」ではないのか。身長が3メートルはありそうなミノタウロスを余裕で丸呑みできるもんね。
そう、私の上半身は一応普通の人間の女性の外見(普通というか、自分で言うのもなんだけどクールな感じの超美人。前世とは比較にならない)なのに、食事となると「ミノタウロスを丸呑みできるレベル」で口が開いちゃうんだ。
私の顔と上半身の骨・筋肉・皮膚はいったいどうなってんのって自分でも不思議に思う。そして、間違っても自分の食事風景は自分の目で見たくないと強く思う。おそらくトラウマになるから。
……うん、自分の顔と上半身のことは考えないようにしよう。そんなことより今日は久々にサイズのある獲物を見つけた喜ばしい日だ。これでたぶん2週間は食事しなくても済むわ♪
テンション高めで鼻歌を歌いながら森の中を進んでいた私の視界に、獲物のミノタウロスが入ってきた。
あれ?普通は毒が回ってきたら地面に倒れるはずなのに、なんか不自然な姿勢で立っている?いや違うな、浮いている?何かに引っかかっている?
そして次の瞬間、その不自然な状態のミノタウロスに近づいてきた「何か」を見て、私は気を失いそうになってしまった。
ミノタウロスに近づいてきた「何か」。それは私が世界でもっとも苦手とする生き物である蜘蛛だった。しかも、ミノタウロスよりも巨大という異常なサイズの。
「……きゃああああああああああああああ!!!!」
「?……っ!!!!!!!」
思わず悲鳴をあげてしまった私に気づいて、その蜘蛛は顔をあげて私の方に視線を向け…ってえっ?顔をあげる?は?上半身人間?…あっ、もうダメだ、グロテスクすぎて見てられない…。無理、死ぬ…。
……と思ったけど、私の姿を確認した瞬間、向こうも声も上げられないほどのショックを受けたようで、空中…というよりもおそらくは自分で作った蜘蛛の巣から落下してしまっていた。
蜘蛛って自分の巣から落ちたりするものなの?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「も、申し訳ございません、ラミアさん!わたし、ラミアさんの獲物だと知らなくて…!すぐに巣から引き離してお返ししますので、どうかお許しください!」
「いいえこちらこそ!どうぞ召し上がってください。むしろお食事の邪魔をしてしまって申し訳ございませんでした!」
「とんでもございません!巣にかかった時からなんか弱ってるなと思っていたんですよ。ラミアさんの獲物ですので、やっぱりお返しします…!」
「そ、そうか。そうですよね。私の毒が入ってる獲物なんて気持ち悪いですよね、ごめんなさい!」
「あっ、いいえ!全然そういう意味ではなくて!わたし、どんな毒にも耐性を持っていますので大丈夫ですし」
「あ、それならぜひ召し上がってください!私のことはお気になさらず!」
……すでに絶命しているのか、ピクリともしなくなったミノタウロスをほったらかしにして、私とアラクネさんはなぜかお互いにペコペコ頭を下げながら獲物を譲り合っていた。
なるべく彼女の姿…というか彼女の下半身を見ないようにしたいけど、ペコペコしているとどうしても視野に入っちゃうんだよね。いやマジで怖すぎ、グロテスク過ぎ…。
そう、相手はただの巨大な蜘蛛ではなく、上半身は人間の女性で、下半身が蜘蛛である『アラクネ』という魔物だった。ちなみにアラクネとラミアは同格のS級モンスターなので、純粋な戦闘力では万が一殺し合いになっても互角の戦いはできるはず。
でも、私は彼女に逆立ちしてもかなわない自信があった。なぜなら私は、前世から「蜘蛛恐怖症の一歩手前」というレベルで蜘蛛が苦手だから。
実家に出たアシダカグモに驚いて転んで骨折したこともあるというのに、目の前のアラクネさんはアシダカグモの数十倍、数百倍のサイズがあった。
上半身だけを見ると美しい黒髪に神秘的なゴールドの目をした、ものすごく妖艶な美女だけどね。でも下半身はミノタウロスよりも巨大なジョロウグモの姿。だから私は怖くて彼女の姿を直視できない。まともに見ることもできない相手に勝てるはずがないよね。
でも幸いにも、相手は私に敵意を持っていないようだし、何より相手も私にめちゃくちゃ恐怖を感じているのがなんとなく伝わってくる。なるべく私の上半身だけを見ようとしているのかちょっと不自然な動きをしているし。だからたぶん戦闘にはならないと思う。
……ってえっ?相手も私に恐怖を感じている?なんで?私は前世から蜘蛛が死ぬほど苦手だったから怖いと思っているだけで、普通自分と同格の魔物に恐怖なんか感じないよね?実際に私もアラクネ以外のS級モンスターなら全然怖いとは思わないし。
あれ?そういえば先ほどの譲り合いの会話、なんか妙に日本人同士の会話っぽくなかった?そしてアラクネさんが着ているシンプルな白い服、よく見たらこの世界の一般的な洋服と少し違う気も…?
「……あの、もしかしてアラクネさん、日本からの転生された方…なんですか?」
「!?えっ、日本!?じゃ、ラミアさんも!?」
…マジか。異世界で元日本人に出会えちゃったよ。よかった。すごいラッキーじゃん。めちゃくちゃ嬉しいし心強い。
残念ながら元日本人さん、下半身が蜘蛛だから直視はできないけど!
ノリと勢いだけで書いているニッチな作品ではありますが、よかったらブックマークや☆評価よろしくお願いいたします…!