615 【夏までNOルート限定】特別編・多田麻由香の運命の1日
六百十五話 【夏までNOルート限定】特別編・多田麻由香の運命の1日
明日から6年生最後の夏休みに突入する……そんな日の放課後、多田麻由香は目の前で楽しそうに話している親友たち・三好佳奈と小畑美波の姿をぼーっと眺めていた。
「えー!! 美波またオーディション受けんの!? どうせ前みたいに断るのに!?」
今回の夏休み中に前回の……メイプルドリーマー・妹グループオーディションとは別のアイドルオーディション1次審査を受けることを美波から聞いた佳奈が容赦無くツッコミを入れる。
「ちょ、断るって佳奈……なんで決めつけんのよ」
「だってそうっしょ? 美波、ちょっと前にあったオーディション受かったのに断ったじゃん」
「そ、それは仕方なくない? だって……」
「私らと一緒に居たいんでしょー?」
「ーー……っ!!」
ニヤニヤしながら発した佳奈の言葉に美波は一気に顔を赤面。 「こら佳奈ー!!」と叫びながら佳奈に詰め寄ると、佳奈の両頬に手を押し当ててムギュッと揉みしだく。
「むにゃー! 実は寂しがりやさんな伝説のセンターがいじめてくるぅー!」
「ほほうそこまで言うかー、学園マドンナ四天王の美波ちゃんを煽るなんて良い度胸してんじゃんねー!! ほら、今私を煽った口はこれかこれか!?」
「むにゃにゃにゃにゃーーー」
あぁ……いいなぁ。
明日から夏休みということもあり浮かれているのか2人ともかなり楽しそうだ。
無邪気にはしゃぐ2人の姿を微笑みながら見つめていると、事前にアラームをセットしたスマートフォンが麻由香のポケットの中で振動……定刻になったことを麻由香に知らせる。
「あっと……もうこんな時間か」
麻由香は静かに息を吐きながら「あのー、いいかな」と2人の会話に割って入った。
「なんだ麻由香ー。 麻由香までマドンナ四天王を煽るんかー?」
「助けて麻由香ぁー」
「えっと……そろそろウチ塾行かなきゃだから、また遊ぶ予定とか決まったら教えてー」
佳奈や美波はこれから楽しい夏休みが待ってるだろうけど、ウチはお盆休み以外はほとんど夏期講習。
ただこれも親がウチのことを思って高い授業料払ってくれてるんだから、その期待には応えないと。
「あーもうそんな時間? おけ! 麻由香、頑張ってねー!」
「てかとりあえず塾終わったらメールよろー」
「わかった。 じゃあまたー」
麻由香は別れを告げると2人に背を向け歩き出す。
明日からは学校ないわけだし、塾から帰ったら時間を気にせず気持ちいいことをしよう……そんなことを考えながら麻由香は塾へ。 冷房の効いた室内で集中し、帰る際講師から『明日から頑張ろうね』と激励をもらいモチベーションを上げながら塾を後にした。
ーー……のだが。
その帰り道、事件は起こる。
【受信・佳奈】えー全然予定合わないねー。 てか麻由香、休みの日少なすぎない? 大丈夫?
【受信・美波】マジ!? 全然合わないじゃん!! まー麻由香は塾で私はオーディションだしで、そりゃあそうなるよねー。
「終わった……ウチの夏休み」
佳奈や美波と遊べないことが確定し絶望しながらトボトボ夜道を歩いていると、何やら後ろに人の気配を感じる。
「?」
振り返ってみると……いつの間にこんなにもすぐ近くまでに接近していたのだろう。 そこに立っていたのはスラッとした背丈の男性で、不気味なことに着ているのは夏で暑いのに厚手のパーカー。 顔はフードを深く被っているため口元しか見えない。
一瞬道でも尋ねに来たのかなと考えた麻由香は「ど、どうしたんですか?」と尋ねることにしたのだが……
「お嬢ちゃん1人?」
「あ……はい」
「じゃあ俺にパンツくれない?」
「ーー……」
え?
フードから見えていた男の口角がグインと上がった。
「!!!!」
麻由香の背筋にこれまで感じたことのない悪寒が走る。
この人……あれだ、都市伝説くらいにしか考えてなかったけど本当にいたなんて。
そう、ロリコン。
このままでは自分の身が危ない!!
麻由香は急いで駆け出すも、ロリコンはすぐに麻由香の動きに反応。 麻由香の後ろを追ってくる。
「おやー鬼ごっこかなー? じゃあ捕まえたら俺の好きにして良いってことだよねー?」
ゾクゾクゾクゾクーーーー!!!!!
幸いなことに追ってきているロリコンはスタイルの良い割に運動神経はよろしくない様子。
しかし完全に振り切るほどの走力の差は双方になく、それから約数分間麻由香は迫り来るロリコンから必死に逃げることに。 目に大量の涙を溜めながら振り返らずに全力で足を動かす。
「まてーまてー、あはははははー」
「ーー……!!!」
ちょ、ちょっと待ってよ! なにこれ……!! なんで夏休み前っていう日にウチ、こんな目に合わないといけないわけ!?
後ろからは未だにロリコンの声が聞こえてきているが体力的にもそろそろ限界。
しかしここで立ち止まってしまっては何をされるかわかったものじゃない……なので麻由香は1つの賭けに出ることを決める。
ーー……ここだ!!!
麻由香は目の前の曲がり角を曲がると誰とも知らない民家の門に入り身を隠すことに。
「待てま……て……、あれ? どこ消えた?」
「ーー……っ」
音を立てないようポケットからスマートフォンを取り出し、「誰でも良いから繋がって……」と震える手で電話の履歴に表示されていた電話番号を連打。 画面が呼び出し中画面に切り替わったためすぐに光が外へと漏れないうよう、ギュッとスマートフォンを抱きしめた。
望むならママや佳奈、美波に繋がってくれれば話が早いのだが。
門の外では「あれー、本気で逃げちゃったー? それか隠れてるー? 隠れてるよねー」とロリコンの声が聞こえてくる。
これで見つかってしまってはもう為す術なし……麻由香はスマートフォンの光が漏れないようにするのは当然として、乱れた息でバレたりもしないよう必死に息を殺してロリコンがどこかへ消えるのをじっと待った。
◆◇◆◇
長いようで実際には短い時間だったのだろう。
それは突然に……
「あ、みーつけた」
「!!!!」
背を向けていた門へと振り返ると、外からロリコンがニタッと笑いながら顔を覗かせている。
あぁ……終わった。
恐怖のあまり声がうまく出せず、さらに腰まで抜けてしまいその場で尻餅をついてしまう。 しかしそれとほぼ同時……その通りの先の方から数人の声が聞こえてきたのだ。
「てかダイキさ、さっきからスマホのバイブなってね?」
「え、ほんと?」
「んー。 アタシの耳結構良いからさ。 確認してみ」
「あ、ほんとだ。 ーー……多田から電話?」
「なんだ彼女かー?」
「違うよ!!!!」
真っ暗になったこの絶望的な状況に一筋の……しかしかなり大きな光が麻由香の心に差し込んでくる。
あ……あああああああ!!! 福田あああああああああ!!!!
その声は紛れもなく麻由香の同級生・福田ダイキの声。
もう1人の女の人は……誰かわからないが声的には年上。 た、助かったああああああ!!!!
近くからはダイキの「もしもし多田ー? どうしたー?」の声。
もちろんその声は麻由香のスマートフォンのスピーカーからも同じ声が聞こえてくる。
まさに地獄からの天国。
希望の光で魂を持ち直した麻由香はその場で勢いよく立ち上がり、こちらに近づきダイキたちから隠れようとしていたロリコンに全身全霊の体当たり。
「ちょっ……おまっ……!! うわわっ」
いきなりのことで体勢を崩したロリコンを横目に麻由香は全速力で門の外へ。 ダイキたちのいるであろう方向へと曲がり視線を上げると偶然にもダイキと目が合う。
「え、多田?」
「あっ……」
一気に緊張の糸が解けていくのが分かる。
「え、ええええなんで多田そこいんのーーー!?!?」
「ふ、福田あああああ!!!!!」
麻由香は涙や鼻水を垂れ流しながらダイキに抱きつく。
そしてあまりにもこの時の麻由香の様子が尋常ではなかったのだろう……隣を歩いていた金髪のお姉さんが事情を聞いてきたので言葉を詰まらせながらも話すことに。
すると金髪のお姉さんは「は、そいつどこよ」と指をポキポキ鳴らしながら先ほど麻由香は隠れていた家のインターホンをプッシュ。 そこの家主に事情を話し、家主とともに敷地内をくまなく捜索したのであった。
◆◇◆◇
「くそー、アタシにビビって逃げたかー? とりあえずえっと……多田ちゃんだっけ。 このまま1人で家帰るのも怖いよなー」
金髪のお姉さんが麻由香の頭を撫でながら優しく声をかけてくる。
「あ、は……はい」
「とりあえずじゃあ……送るわ。 ダイキ、ゆーちゃんにちょっと遅れるってメールしといてー」
「え、いいんですか」
「じゃねーと怖いじゃろ。 それにそいつまだ近くで狙ってるかもしんねーしな。 あ、あとちょっとママに電話して代わってくれない?」
「え……」
それから麻由香はダイキと金髪お姉さんに付き添われながらその場を離れることに。
しかし行き先は家ではなく最寄駅から1つ離れた駅。 駅前に到着すると、車から降りた母親がかなり焦った様子でこちらに駆け出してきた。
「ま、麻由香あああああ!!!!」
母が自分の目の前に来るなり力一杯抱きしめてくる。
「え、なんでママここに……」
「そこの星さんから電話もらったからに決まってるじゃない!!」
「それでなんで駅……」
麻由香が視線を金髪のお姉さん……星さんに移すと、星さんは綺麗な歯を見せて頼もしく微笑んだ。
「そりゃーあれだべ。 アタシらが直接多田ちゃん家に行ったとしてさ、もしさっきのロリコンに追跡されてたら家バレちゃうじゃろ? だから家から離れたここ……駅から車で遠回りをしながら帰ったら確実にバレん!」
「おお……なるほど」
さすがは高校生。
考えることがウチや同級生たちとは比べものにならない。
その後麻由香は母親の運転する車に乗せられながら時間をかけて無事家へと帰還。
今回のことがきっかけとなり、次回からは車で塾への送り迎えをしてくれることが決まったのだった。
就寝前、麻由香は小さく呟く。
「福田を見たとき嬉しかったけど……星さん、かっこよかったな。 ウチもあんなカッコよくなれたらな……」
このとき抱いた麻由香の感情。 それがきっかけとなり近い将来……彼女が警察官への道を歩むことになるとはまだ本人も含めて誰も知らない。
お読みいただきましてありがとうございます!!
多田麻由香ちゃん……実はかなり真面目だけど好いてもらえたら……!!
そして次回から【ギャルJK星】の世界へ!!
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