604 【優香編】特別編・珠子とひかりの放課後
六百四話 【優香編】特別編・珠子とひかりの放課後
最初はなんとなく……都会出身の転校生だからという理由で話を聞いてみたかった。
しかしその転校生は理不尽な理由により周囲から距離を置かれることに。 それを知った私は自分には被害が被らないよう周りに合わせていたのだが……
「まさか、自分から無視される道を行くなんてねー」
放課後の下校中、七瀬珠子はのんびりと空を見上げながら小さく呟く。
すると隣を歩いていた親友のミニマム少女・早乙女ひかりが「どーしたん、タマちん」と不思議そうに首を傾げた。
「いやさー、少し前までは私ら、福田さんに近づきたくても周りが怖かったけん足踏みしてたのになーって」
「あの期間は勿体なかった。 もっと早く話しかけとけばよかった」
ひかりが唇を尖らせながらちょうど足元に転がっていた小石を軽く蹴飛ばす。
「そうなん?」
「うん。 だってタマちんも思わん? ユカちん、めっちゃ優しいし可愛いし面白い。 多分これ知ってるんウチらだけ」
「そうやね。 きっかけは弟のダイキくんやったけど、ダイキくんには感謝しかないわ」
あの日、転校生・福田優香の話をこの隣にいる早乙女ひかりと話していなければ優香の弟・ダイキに声をかけられることもなかった。 もし仮に別の話をしていたら自分やひかりも優香とは一切関わることもなく、今も優香は1人教室で寂しく過ごしていたのだろう。
珠子は改めてあの日優香の話題で話していた自分にグッジョブと親指を立て、同時に「ダイキくんにも何かお礼とかしてあげたいねー」とひかりに問いかけた。
「お礼?」
「うん。 だってダイキくんが話しかけてくれんかったら私らユカちんと仲良くなることなかったやん。 やけん繋げてくれたお礼に何かしてあげたいんよねー」
相手は小学生だし何がいいだろう。
珠子はちょうど今からひかりとアニメ専門店へと向かっていたこともあり「アニメグッズとかどう?」と思いつきで提案するも、ひかりは微妙そうな表情で「んー」と唸りながら体をくっつけてくる。
「あ、ウチ、いいこと思いついたかも」
「なにサッちゃん。 何かいい案あるん?」
「ここ人通り多いから耳貸して」
「ん?」
人通りが多いから……?
意味の分からなかった珠子はとりあえずひかりの言う通りに腰を曲げ、ひかりの顔の高さまで頭を下げることに。
するとひかりはそっと口を珠子の耳に近づけ、小さく囁いたのだった。
「ボクくんも思春期の男の子やけん、エッチな漫画とか」
「えええ、エロ漫画?」
「うん。 そしたらボクくん、ウチらが買った漫画できっとピュッピューする。 そう考えたら興奮せん?」
興奮……
「するかも」
「決まり」
こうして珠子とひかりは互いに頷きあいエロ漫画購入を決定。
アニメ専門店に到着するなりまっすぐに他とは隔離されたエロ漫画特設コーナーの方へと足を運んだのだが……
「やっぱダイキくんは知識をつけるためにもノーマル系やんね」
「ううん、ここはあえておねショタにするべき」
まさかの意見不一致。
しかしここですぐに折れて相手に合わせてしまっては不完全燃焼……意地でも自分の選んだジャンルをダイキに読んでほしい2人は急遽プレゼン大会を開始する。
「おねショタはまだダイキくんには早いんじゃない? ここはパンチラ多めからの少しずつ服をはだけさせていく純愛系にするべきやって」
「ううん。 タマちん、それは違う。 ボクくんはせっかくユカちんという可愛いお姉さんがいるんやけん、それに対してのありがたみに気づくべき。 あと多分パンツならユカちんのをいっぱい見てるからそれだけやと興奮せんと思う」
うっ……ひかり、痛いところを付いてくるね。
でも私だってそう簡単にこのエロ漫画を諦めたくない。
珠子はあまり使わない脳をフル回転。
なんとかこの状況を逆転できる一手を考え出す。
「でも前お泊まり会した時はダイキくん、私らのパンツ見ておっきくしとったやん」
会心の一撃。
珠子の言葉にひかりは目を大きく見開く。
しかしひかりも引き下がれないのだろう……ひかりは言葉を詰まらせながらも「そ、そうやけど……やったら一歩階段を上がっておねショタに行くべき」と手に持っていた漫画表紙に描かれていた男の子の某所を指で上下になぞって答えた。
これは……勝ったな。
勝利を確信した珠子は「いやいや、おねショタは流石に……あの年齢やったら絶対に基礎のエッチな知識を固めた方がいいって」と更に正論めいたことをひかりに伝える。
しかしここでまさかのカウンターが飛んできたのだった。
「タマちん。 基礎的なエッチの知識って言ってるけど……タマちんが今持ってる漫画のタイトル見てみ」
「え?」
そう指摘された珠子はゆっくりと視線を下へ……自身の手にもつエロ漫画のタイトルへと向けた。
【痴漢から始まる純愛ラブ列車】
「ねぇタマちん、それ純愛なん?」
ーー……。
「違うね」
「やろ?」
その後2人の話題はどんなジャンルが基礎なのかという流れに。
静寂漂う隔離されたエロ漫画コーナーの中、2人は周囲にいる男性客のことなど気にも止めずに「そのジャンルは違う」やら「それはウチが好きなやつやけど、基礎ではない気がする」など各ジャンルの漫画の前を移動しながら話し続けていたのであった。
「てかさサッちゃん、どーせならユカちんにもお土産で買って行ってあげん?」
「あり。 やったらユカちんこそおねショタ?」
「ありかもねー。 プレゼントした次の日とかに感想聞いちゃう?」
「面白そう。 だったら恥ずかしそうな感想欲しいから、さっきのよりもうちょっとハードそうなの選ぼう」
「でもあれやんね。 エッチなのをユカちんが読んだとしても、それ選んだの私らっていうね」
「問題ない。 ウチらはユカちんの前ではオープン」
「あはは確かに。 じゃあおねショタの中でもどんなのにしよっか」
「おねショタを推すウチ的には、そういうの初めで知識もなくて……でも本能的に何かを期待しちゃってるショタがお姉さんに優しく剥い……」
2人は知らない。
その場に居合わせた男性客の大半が2人の会話により大興奮……生臭い匂いを放ちながら帰ることとなり、その時間帯に電車やバスを利用した人たちの鼻を曲げてしまったことを。
◆◇◆◇
翌日、2人は無事優香に優香用・ダイキ用に選んだエロ漫画をプレゼント。
夜に珠子がスマートフォンのゲームを楽しんでいると早速ダイキからメールが届き、そこにはかなり楽しませてもらったとの内容が書かれていたのだった。
【送信・ダイキくん】そうなんだよかった。 ユカちんは何か言ってた?
【受信・ダイキくん】お姉ちゃんは多分まだ読んでないですね。 さっきチラッと部屋覗いたんですけど勉強してたんで。
【送信・ダイキくん】そうなの? もうこんな遅いのに?
【受信・ダイキくん】そうですねー、まぁ成績上げるためにこっち引っ越してきたんで、お姉ちゃんも必死なんだと思います。
ーー……成績を上げるためにこっちに?
てっきり親の転勤かと思ってたけど、そう言われてみれば遊びに行った際、目にしたのは優香の祖父母のみだったような。
【送信・ダイキくん】なにそれ詳しく
【受信・ダイキくん】え、七瀬さんまだお姉ちゃんから聞いてなかった感じですか? 実は……
驚いた。
まさか両親がすでに居らず、つい最近まで弟ダイキと2人暮らしをしていて家事全てを優香1人でこなしていたなんて。
そしてそれが原因で成績があまり伸びず、勉学に集中するため……志望校に合格するためにこっちに引っ越してきたなんて。
「そのことユカちん全然話してくれなかった……ていうか話しづらいやんね」
珠子はそう小さく呟くとすぐにひかりへとメール。
高校生活、なんとしてでも優香を守ろう……とりあえず目先にある春祭りでは存分に楽しんでもらおうという旨の内容を送り、いかに自分が恵まれた環境にあるのかを思い知ったのであった。
「ーー……ん、あれ、メール。 サッちゃんからかな」
【受信・ダイキくん】さっきお姉ちゃんの部屋また覗いたんですけど……お姉ちゃん、読み始めてました!!
「おっ」
更新したつもりでいました……笑
特別編でよかった……




