603 【優香編】特別編・早乙女ひかりと友達の朝
六百三話 【優香編】特別編・早乙女ひかりと友達の朝
朝。 高校・教室内。
ホームルームが始まるのは午前8時半なのだが現時刻は午前7時半。
まだ誰もクラスメイトが登校してきていない静かな空間の中では少女……早乙女ひかりのシャープペンシルを走らせるリズミカルな音だけが響き渡っていた。
「ーー……うん、いい出来」
ひかりがやっていたのは別に勉強でもなんでもない……ただの自由帳に落書き。
完成した白黒のイラストをひかりは見つめながら大きく頷く。
放課後に自室に籠って描いた方が他の邪魔も受けずに集中できて出来ればそっちの方が良いのだがそれだけでは時間が足りず。 なのでこうして誰もいない……誰にも話しかけられない時間を利用して少しでも自分の大好きな作業……絵を描くことを楽しんでいたのだ。
「時間的に……まだ描けそう」
もう少ししたらクラスメイトたちが続々と登校してくる時間帯ではあるが、昔からあまり人とのコミュニケーションをしてこなかった自分に話しかけようとしてくる物好きなんてそうそういない。
ひかりは自由帳のページを捲ると再び落書きを開始……しばらくすると1人、また1人と教室に入ってきたのだがひかりはそこで手を止めず。 とある席にだけ度々注意を向けながら描き続けていたのだった。
◆◇◆◇
「おーはよ、サッちゃん」
大体8時を過ぎたあたり。
これは決まっていつもの時間。 親友の七瀬珠子が背後からひかりの頭を軽く撫でて顔を覗かせてくる。
「うー、タマちんそれやめて。 急に頭触られたらびっくりして描いてる線がズレるけん」
「あははーごめんごめん。 なんか毎回それサッちゃんに言われてる気するわ」
「なんで学ばないん?」
「サッちゃんが小ちゃくて可愛いからかな」
「そういうの別にいいけん」
ひかりは頬をプクッと膨らませながら製作をストップ。 自由帳を閉じて珠子を見上げた。
「ん? どうしたん? もう描かないでいいん?」
「いい。 タマちんが邪魔したけん。 あ、あと今日も福田さんの席、安全やったよ」
「そっか。 見張っててくれてサッちゃんはホンマに優しいねー」
「友達になったんやけん当然。 ウチは数少ない友達を大事にする派」
「はいはいそうやったねー。 話変わるけど今日の帰りにアニメのお店寄る?」
「寄る」
二人の会話を邪魔する者はこの教室には居らず。
なぜなら先ほどの話にも出ていた福田さん……色々理不尽なことがあり周囲から避けられるようになっていた転校生の福田優香と絡むようになったため、この二人も周囲からの敬遠の対象になってしまったのだ。
しかし二人はそんなことなど気にも止めずに楽しく会話を交わす。
「福田さんもうすぐ来るね」
「うん。 そういやタマちんは福田さんから聞いたん? 都会のこと」
「聞いた聞いた! やっぱ都会いいよねー、イベントは分からないらしいんやけど、そういうお店はいっぱいあるらしいんよ!」
「服とかも?」
「うん! なんでもダイキくんのお友達でかなり年上のお兄さんがいるらしいんやけど、その人がそっち系のお店にかなり詳しいんやって!」
「いいやん。 あっち遊びに行く機会あったらお願いしてみたら?」
「そうやね。 ちなみにそのお兄さん、小ちゃくて可愛い子が好みらしいからサッちゃん連れてったら色々案内してくれるかな」
「冗談きつい」
「なんでよー、サッちゃんやってショタ好きやんー」
「それとこれとは話が別」
そんな他愛のない話をしていると、話にも出てきてかつ最近友達になった優香が登校。
教室に入ってくるやいなや教室内は一瞬静まり返ったのだが……ひかりと珠子はそこにも動じす優香に声をかけた。
「おはよー福田さん」
「おはよ」
二人は挨拶しながら優香のもとへと歩み寄り、先ほどのような内容のない会話に優香を交えながら優香の席へと向かった。
「福田さん、そういやウチ、言いたいことあったの忘れてた」
「なに?」
「福田さん、ウチやタマちんのことまだ苗字で呼ぶけん……そろそろあだ名か名前で呼んでほしい」
「いいの?」
「うん」
優香が若干顔を赤らめつつ隣の珠子に視線を向けるも、珠子も「うん、私も呼んでほしいなー」と優しく微笑む。
「え、じゃあ……なんて呼ぼうかな。 でもいきなり名前呼びは恥ずかしいかも」
「ならウチはサッちゃんでいい」
「じゃあ私もタマちんでいいよ」
「サッちゃんにタマちん……うん、ありがと」
その後ひかりと珠子は優香のことをどう呼べばいいかという話に。
もちろん優香もニックネームや名前呼びを許可してくれたので何がいいか考えていたのだが……
「ちなみに福田さんは前の学校ではなんて呼ばれてたん?」
そう珠子が尋ねると優香は「えっとね、ゆーちゃ……ううん、普通に優香や優香ちゃんって呼ばれてたよ」と恥ずかしそうに答える。
「だって。 どうするサッちゃん」
「決まった。 ユカちん。 ウチはこれでいく」
「「ユカちん?」」
「うん。 ユカちん」
ひかりが自信満々に大きく頷くと珠子と優香は互いに顔を見合わせてクスリと笑った。
「なに」
「ううん、ユカちん……いいかも。 うん、じゃあ私のこと次からそれでお願いするね」
「まぁそれでいいなら私もそう呼ぶけどさユカちん。 イヤならイヤって言ってもいいんやよ?」
「全然イヤじゃない、むしろ嬉しいよ。 ありがと、サッちゃんにタマちん」
こうして優香のあだ名は自分が……ひかりが命名した『ユカちん』に決定。
珠子からは「ほんとサッちゃんって『ちん』付けるの好きやんね」とツッコミを受けはしたが、優香が嬉しそうなのでオールオーケーだろう。
歴代に友達と言える人数が2桁もいないひかりにとっては新鮮な出来事。 ひかりはそんな数少ない友だち・珠子と優香の間に割って入ると「ふひー」と至福の息を吐いたのだった。
「ええ? どうしたの早乙女さ……ううん、サッちゃん。 そんな狭いとこ入ってきて」
「あー気にしないでいいよユカちん。 サッちゃんはこんな感じの狭いところが好きなだけやけん」
「そ、そうなんだ……苦しくないのサッちゃん」
「大丈夫。 むしろウチ、2人に挟まれてるからお股の間に何か生えてきそう」
「「何か?」」
「うん。 タマちんとユカちん……2人合わせて、ちんt……」
日頃の行いがいいからなのだろうか。
ひかりの発言を重なるように朝のホームルームのチャイムが鳴り響き、周囲の誰にも聞かれることなく新しい1日が幕を開けたのだった。
「んじゃ次に休み時間、週末の春祭りの予定立てよ!」
「いいけど……私何にも分からないよ?」
「大丈夫。 ウチとタマちんで祭りの場所とか何があるかとか教える」
ひかりは席に戻ると引き出しに入れていた自由帳をそっと取り出す。
そうだ、優香ともかなり仲良くなったことだし得意の絵を描いてプレゼントしよう。
となれば優香も知ってるキャラ……【魔獣ハンター】の優香のキャラクターなんてどうだろう。 きっと喜んでくれるに違いない。
それからひかりは優香の使っていたキャラを思い出しながら下書きを開始。
お祭りの日にサプライズすることを目標にシャープペンシルを走らせたのであった。
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