587 【夏までNOルート限定】特別編・希の夏休み①
五百八十七話 【夏までNOルート限定】特別編・希の夏休み①
これはまだ夏の暑さが最高潮だった8月後半のこと。 西園寺希はクーラーの効いた自室でその冷えた室温とは対照的なほどに脳を熱くしながら考え事をしていた。
「うーー……福田くん誘おうかな、どうしようかな」
これは理由がある。
それは週末西園寺家やその親戚たち全員でキャンプに行く予定だったのだがタイミングの悪いことに両親2人が揃って夏風邪でダウン……2名の空きが出来たということで、親から『誰か代わりにお友達2人くらい誘ってちょうだい』と言われたのだ。
2人……なんと難しい選出だろう。
一番最初に思い浮かんだのは自分が今一番仲が良いと思っていた……5年生の時に同じクラスだった結城桜子。 彼女とは去年は色々あったりしたが今は大の仲良しでたまに休日一緒に出かけたりするような仲になっていたのだが……
【受信・桜子】ごめんね、ママの体調がちょっと良くないから今週はずっと病院行こうって思ってるんだ。 誘ってくれてありがとう。
「はぁ……それは流石に仕方ないよね」
逆にそんな桜子がネガティブな時に自分はなんて空気の読めないお誘いをしてしまったのだろう。
希は「はぁ……ほんと私最低だ」と呟きながらも電話帳をスクロール……そこで【福田くん】に行き着いたわけだ。
「あー……でもなぁ。 いい感じの雰囲気になっちゃたら絶対告白とかしたくなっちゃうもんなぁ……。 でもそれにはまだみんなに私のこと怖くないってイメージ行き渡ってないから告白できないし……それでももししちゃったとしたら私、自分のこと嫌いになっちゃうの目に見えてるしなぁ……」(第347話『ドキドキの遊園地!③』参照)
そう口では言いつつも指は勝手にメール画面に切り替え、文字盤を素早くタップ。
我に返ったのはメールを送信した直後で、慌てて送信内容を確認した希はあまりの自分の気持ち悪さから机に頭をぶつけてしまったのだった。
【送信・福田くん】もう実家から帰ってるかな。 週末に親戚と1泊2日のキャンプ行くんだけど、福田くんどう? 一緒に行けたら嬉しいな。
◆◇◆◇
週末。 出発時刻まであと10分というところ。
荷物を背負った希が家の前で時間を確認しつつ立っていると、遠くから自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
「おーす、西園寺ー。 久しぶりだなー」
それはもちろんその声を聞くだけで耳や心が蕩けそうになる相手・福田ダイキ。
ダイキが手を振りながらこちらに向かって歩いてくる。 そしてもう1人は既に到着して希の隣に立っていて……
「ねぇ、ほんとに私でよかったわけ? てかなんで誘ってくれたの?」
そう耳元で小さく囁いてきているのは三好佳奈。
佳奈とは同じクラスになったことはないのだが、5年生の最後の方でお互いの秘密を知った仲。 公言こそお互いにしてはいないもののこの佳奈も希同様、福田ダイキのことが気になっているのだ。(第394話『特別編・ネガティブとポジティブ』推奨)
もちろん希は先ほどの佳奈の質問にも真摯に回答。
「だってそんな私1人が抜け駆けなんてフェアじゃないでしょ?」と微笑むと佳奈は顔を真っ赤に染め上げながら希の手を握りしめてきた。
「か、佳奈?」
「希……やっぱ希はマドンナ候補だわ。 そこまで公平とか私には無理。 でもありがと」
「ううん、いいよ。 お互い恨みっこなしで頑張ろうね」
「うんっ!」
ちなみにそうは言ってみたものの希が佳奈を誘った真意は別のところに。
ダイキのことが好きな佳奈がいてくれれば、間接的に自分がダイキと2人きりになる時間は減る……それすなわち告白をするタイミングが少なくなるので自分ルールを破らないで済む……けれど大好きなダイキとは一緒に過ごせる。 まさに良いことしかないのだ。
それから希はすぐに話題を変え、佳奈と「どんな下着持ってきたの」等の話をコソコソとしているとダイキが目の前へ到着。
メンバーも揃ったということで親戚の車に乗り込み、いざキャンプ地へと向かった。
「ねぇ希、キャンプ地ってどこなの? 海?」
車内。 隣に座っている佳奈が体を乗り出しながら希に話しかけてくる。
「山だよ」
「え、そうなの!? じゃあなんで水着持参って?」
「あー、それは近くに川もあるんだって。 だからだよ」
「な、なるほどそういうことか。 よかったー、ちなみに希はどんな水着持ってきたの?」
「んー? 私はねー」
どんな水着を持ってきたんだっけ。
一瞬ど忘れした希が自分のリュックの中を確認しようとすると、何故だろう……聞いてきていた佳奈が「や、やっぱ今のなし!! 言わなくていいよ!!」と焦りながら口を押さえてくる。
「え、なんで? 佳奈がさっき聞いてきて……」
「しーっ」
佳奈はもう片方の手で自身の口に指先を当てると、目線を後部座席に座っていたダイキへ……目を細めながら「いや福田、起きてるのバレバレだから」と声をかけた。
「え? 福田くん?」
「うん。 福田のやつ、寝たふりしながら聞き耳立ててたから」
「そ、そうなの?」
全然気づかなかった。
慌てて後ろを振り返るとダイキが「くそー、バレたか」と唇を尖らせている。
「ていうか三好、お前気づいててもチクんなよ」
「はぁ? 鼻の下伸ばしながら耳傾けてる人いたら、そりゃあチクるっしょ」
「なぁ西園寺、三好のことは放っておいてオレだけにでいいからどんな水着持ってきたのか教えてくれ」
ダイキが佳奈をスルーしながらこちらに若干興奮気味に話しかけてくる。
「え、えええ?」
「ちょっと福田! 希困ってんでしょ! そんな変態なこと言うなキモいってのー!」
「うるさい三好! お前のお子様水着なんかには興味ないから黙ってろ!」
「はあああ!? そんなこと言っていいんだー! 絶対福田には写真撮らせてあげないんだからー!!」
「上等じゃい!! オレはお子ちゃまには興味ないんじゃい!!」
「は、はああああ!?!?」
「なんじゃい!!」
あぁ……本当に佳奈が来てくれてよかった。
これで他の誰かとダイキの3人だったら下手したら緊張であまり話せない……無言の時間が続いていたかもしれない。
だけどこの賑やかさと福田くんの純粋な反応……
「ふふっ」
あまりの嬉しさから思わず笑い声が溢れる。
「ん? どうしたの希」
「どしたー西園寺」
「ううん、2人を誘って良かったなーって思って」
それからも車内は賑やかなまま時間は過ぎていき、大体夕方だろうか。 ようやく一行は目的地へと到着。
キャンプといってもテントも立てたりはするが寝泊まりする場所は別荘で、希はダイキ・佳奈とともに今夜3人が寝泊まりする予定の部屋へと向かったのだった。
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