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568 【水島編】特別編・兄と妹


 五百六十八話 【水島編】特別編・兄と妹



「あれは……花ちゃんがまだ幼稚園の年長さんだったかなー」



 ====



「ハナエちゃんってなんでいっつもボーッと空見てるのかなー?」

「そうそうー。 せんせーが呼んでるのに無視するしー」

「わかるー。 前に私が声をかけた時も無視されたよー」

「「ひどーーい」」



 聞こえてるんだけど……まぁいっか。

 別に花ちゃんそこまで仲良くない子たちだしー。



 6年前。 花江は『超』が付くほどののんびり屋だった。


 普通幼稚園くらいのまだ幼い頃合いならそういった子供も少なからずはいたかと思うが、花江のそれは群を抜くほどのもの。

 先ほど同じ組の子たちが噂話をしていた通り、園にいる時間の大半はボーッと1人で自分の世界に浸っていて先生が声をかけても耳には入って来ず。 もし聞こえてたとしても全く動じずで、ずっと自分だけの世界を優先していた。


 例えば母親と家に帰っている際に「今日は幼稚園で何して遊んだの?」と尋ねられれば「んー、花ちゃん何してたっけー。 あ、部屋にいたアリが無事に外に行けるのかジッと見てたー」といった具合。


 なので周りの子たちからは距離を置かれ孤立するのは当たり前のことで、普通ならばそれが嫌になって幼稚園に行きたがらなくなるはずなのだが花江の場合はそこも特殊。

 見た目が周囲の同性のそれとは比べものにならないほどに整っており可愛げがあったため男子たちからはかなり好評……その結果女子からは嫌悪の対象にはなっていたものの、男子たちやその母親たちからはかなりチヤホヤ甘やかされていたためまったく気にもなっていなかったのだ。



「花江ちゃん、今日は幼稚園で何してたの?」



 いつもの帰り道。

 迎えに来てくれた母親と共に帰っていると、これまたいつものように母親がその日1日の出来事を花江に尋ねてくる。



「今日ー? いつもどおりかなぁー」


「そ、そうなんだ……あ、そういえば伊藤くんのママが花江ちゃんのこと可愛いねって褒めてくれてたよ。 花江ちゃんは伊藤くんと仲いいの?」


「伊藤くんー? ううんー、見たことあるくらいー」


「え……でも同じ組じゃないの?」


「うんー。 でも花ちゃん別に興味ないー」


「で、でも先生からも聞いたけど花江ちゃん、男の子たちからモテモテなんでしょ?」


「んー? ねぇママー、花ちゃんお家に帰ったらアイス食べたいなー」



 ◆◇◆◇



 それからも花江にとっては同じような毎日が続いていたのだが、それは忘れもしない3月14日……そう、ホワイトデーの日。 

 この日が花江にとっての今後を変える大きな転換期となる。



「は、花江ちゃん……これ!」



 顔を赤らめた男子から渡されたのは1枚の封筒。

 そしてその後複数人の男子からも同じように封筒を渡され、1通だけ開けて中身を見てみると『すきです』と書かれたいわゆるラブレター。

 本来ならラブレターを貰って嬉しくない女子はいないはずなのだがそんな花江の近くでは……



「はい、これチョコのお返し」

「ありがとー」


「これママがお返ししなさいって」

「わーい!」



 ーー……え、なんで花ちゃんにはお菓子ないの?



 目の前の女子たちの手には手のひらサイズのお菓子。

 しかし花江の手には複数枚のラブレター。


 先生たちからは「花江ちゃん、ホワイトデーの日にこんなにラブレターもらうなんてモテモテだねー!」と言われていたのだが【花より団子】の花江にとってはそんな言葉は一切響かず。

 帰り道に母親にその愚痴を言ってみると、その答えに花江は衝撃を受けたのだった。



「だって花江ちゃん、バレンタインデーに誰にもチョコあげなかったじゃない。 一緒に作ったのに全部1人で食べちゃって」


「でもホワイトデーってお返しするだけの日じゃないでしょ?」


「そうだね。 ホワイトデーは男の子が女の子に想いを伝える日……だからこそ花江ちゃんはラブレターいっぱい貰ったんでしょ?」


「花ちゃんお菓子がよかったなー」



 お菓子は甘くて美味しいがラブレターは全然そんなことない。

 花江は唇を尖らせながら「おにいちゃんくれないかなー」と小さくつぶやく。



「お兄ちゃん? なんで?」


「だっておにいちゃん昨日作ってたでしょー? 花ちゃんのないのかなー」


「それはどうだろうね。 さっきも言ったけど花江ちゃんもバレンタインお兄ちゃんにすらも渡してないんだし」


「ぶーー」



 なんだかんだで花江は母親の言葉に納得。


 本当に仲のいい兄妹だったなら『バレンタインあげるからホワイトデー頂戴』などといった約束もできただろう。 しかし花江にとって兄はほとんどの時間を部屋に引きこもっているだけの、たまに嫌味を言ってくるくらいの存在。 

 そこまで関係も深くなかったことからお菓子をくれることなど期待していなかったのだが……

 


 こうしてホワイトデーの成果が0のまま花江は家へと帰宅。

 お菓子をもらえなかったことがかなりショックだった花江は家に変えるや否や母からもらったスナック菓子にすぐ手を伸ばすも、それだけでは満足出来ず。


 今日もらったラブレターが全部お菓子に変わってたらお腹いっぱい食べられたのに……。


 こういうことになるって知ってたならバレンタインの日に少しでも男子たちにあげておけばよかった。 そう後悔していた花江だったのだがそれは突然やって来た。



「あれ、花江。 この時間に寝てないの珍しいな」


「あ、おにーちゃんー」


「ちょうどいいや、これあげる。 必要なくなったし」


「んー?」



 夕方。 当時高校生だった兄が学校から帰ってくるなり透明なビニール袋に入れられたクッキーを花江の前にポンと置く。



「え、花ちゃんにくれるのー?」


「うん。 数撃ったらワンチャンス誰かと付き合えるかと思ってな。 昨日わざわざ作って試してみたけどやっぱインキャには無理……余計に嫌われただけだったわ。 だから花江食べていいよ」


「えー! ありがとー!」



 まさに砂漠の中のオアシス。

 今まで特に何も思っていなかった兄がとても輝いて見えてくる。



「今食べてもいいー!?」


「いいよ別に。 俺はいらないから」


「わーい!!!」



 もっとお菓子を食べたい状態だった花江はすぐに封を開けて入っていたクッキーをパクリと1口。

 するとどうだろう……形こそイビツではあるがチョコレートの味が口の中に広がってかなり美味しい。



「おにいちゃん! これ美味しいよー!」


「そっか。 まぁどうでもいいけどね。 花江は顔や見た目で選ぶようなクソにはなるなよ」


「おにいちゃんフられたのー?」


「ウッセー」



 兄は軽く舌打ちをした後に自分の部屋へ。

 しかしその際に花江の放った言葉により、兄はピタリと足を止めた。



「もったいないねー、こんなにクッキー美味しいのにー。 だったら花ちゃんがカノジョなってあげるのにー」


「ん?」



 兄がゆっくりと花江の方を振り返る。



「なにーおにいちゃん」


「んーいや……ないな。 なんでもないわ」


「なにそれー。 それよりおにいちゃん、花ちゃんもう全部食べちゃった。 もうないの?」


「え」


「花ちゃん、もっと食べたいなー」



 いつもなら兄に何かをお願いしたところで基本無視される。

 花江もそれは大体察しがついていてただ言ってみただけな節もあったのだが、なぜだろう……その日の兄は少し違った。



「あれだったら今度の休みに一緒に作る?」


「え、いいの?」


「まぁ……たまにはな」



 兄の体に後光が差す。

 まさか今まで何とも思っていなかった兄がこんなに優しい人物だったなんて。

 


「やったー! じゃあ花ちゃん味見係ねー!」



 花江は嬉しさのあまり兄に抱きつき嬉しさを表現。

 すると兄も照れ臭かったのだろう……目をキラキラさせながら見上げてくる花江を直視することが出来ず、視線を逸らしながらポツリと呟いたのだった。



「まぁ最初はそれでもいいけど慣れたら俺にも作れよ?」


「うんー! へへー、楽しみだなー! 花ちゃん、初めておにいちゃんのことカッコイイって思ったぁー」


「ほんと純粋だなお前」


「へへー!」



 ◆◇◆◇

 

 

 あんなにも美味しかったクッキーをまた食べられるなんて。

 花江はこの件から兄のことがかなり大好きに。 そしてお菓子作り当日……作業中の兄の背中はかなり頼もしく、花江はそんな背中をニコニコしながら見つめていたのだった。



「こら花江ちゃんと手伝え」


「えー。 花ちゃん見てるだけでも大体出来るもんー」


「見た目だけじゃなく中身までチートかよ……それでも何かしろ」


「んー、じゃあおにいちゃんの背中ギュってしとくー」


「ーー……おぉ、悪くないな」


「あははー、おにいちゃんニコニコだー。 かわいー」


「う、うるさいな。 女に関わりのないインキャなんだから仕方ねーだろ」



 なんて幸せそうな笑顔なんだ。



 本当に兄は花江が物心ついた頃から表情は暗くマイナスな発言しかしてこなかった。 しかし今はどうだ……こんなにも嬉しそうに笑った兄の顔は久しぶりに見たような気がする。

 花江はそのことがかなり嬉しくそれを機にかなり兄を構うように。 それとともに兄も幸せそうな笑みを浮かべるようになり、家庭全体が明るくなったように感じたのだった。



 ◆◇◆◇



 小学校に上がって3年生になったくらいだろうか。 その頃から頻繁に自分のパンツ等がなくなっていたのだが、それを兄の部屋で偶然見つけたのは5年生はじめ。



「あれ、なんで花ちゃんのパンツがここに? それにお股のとこらへんがカピカピしてて……まぁいっか」



 パンツがなくなったのなら新しく親に似たようなのを買ってもらえば済む話だ。 それに男の子って女の子のパンツとか好きってのは知ってるし、だからこそ兄は自分のパンツを盗んでいたのだろう。 

 それで兄が幸せならばそれでいい……花江は嫌悪感などは一切抱かず、むしろこれで何をしていたのかと考えるくらいで止まっていたのだった。



「ねぇおにいちゃんー? あのゲームの女の子はなんでビチョビチョになってるのー?」


「それは花江にはまだ早いかな」


「そっかー。 ていうかおにいちゃん、花ちゃんのお尻に何か挟まってるけど大丈夫ー?」


「気にしないでいいよ」


「はーい」


「それよりも花江はちゃんと学校では真面目キャラ出来てるのか?」


「当たり前でしょー? 花ちゃん、学校ではめちゃくちゃ優等生なんだよー? 5年生で花ちゃん、学年のマドンナって言われてるんだよー?」


「うむうむ、俺のアドバイスのおかげだな」


「お兄ちゃんすごいねー」



 ちなみに兄が1年浪人したあたりからお菓子は一緒に作ってくれなくなったのだが花江はそこも気にせず。

 ただ兄が幸せそうにしてくれていれば自分も嬉しい……そんな風に思っていたのだった。



 ====



「ーー……てことなの。 どう、ご主人さま」



 水島が懐かしそうな表情を浮かべながらオレに尋ねてくる。



「いや、どうって言われても。 てかそれだけで……お菓子作ってくれただけでお兄さんのこと大好きになったの?」


「そーだよー。 後は笑顔もそうなんだけど、手作りだからチョコとかいっぱい入れれるの。 美味しいんだよー」



 ーー……ま、まじか。

 オレからしたら余計に水島兄がクズのように思えてきただけなんだが。



 水島と兄とのエピソード……一体どんな感動秘話が隠されてるかと思えばまさかの水島がバカで兄がクズだったというだけの話かよ。

 オレがそんなことを考えながらも聞くだけ無駄だったと感じていると、水島がポツリと呟いた。



「そうだ、今度は花ちゃんがお兄ちゃんにお菓子作ってあげたらさ、お兄ちゃん……あの時のこと思い出して笑顔取り戻してくれるかな」


「ーー……え、それナイスアイデアやん」



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