554 【茜編】特別編・イチコ
五百五十四話 【茜編】特別編・イチコ
日中。 何の前触れもなく巨大な地震が発生。
その勢い・被害は当時の言い伝えにも残されていたほど甚大で、周囲で暮らしていた多くの人や動物の命が失われてしまった。
しかし幸か不幸か……その地震は多くの犠牲をもたらしたのも事実だが、それとは逆にその後多くの生命を救うこととなる。
地震の影響なのか。 山の中心に大きな亀裂が入り、そこから雲まで届いていたのではないかと言われるほどの水柱が勢いよく噴き出したのだ。
その水量はかなりのもので、流れ出た水はすぐに大きな川を生成。 当時雨が降らず干ばつだった地域に潤いがもたらされ、地震から生き延びた人々に恵みの水をもたらしたのだという。
まさに絶望という闇に差し込まれた一筋の……しかし強大な光。
その水は枯れることを知らず、その後の生物の暮らしに多いに役立つことに。 人々はその水源を神の世界からの贈り物だと喜び、いつしかその山は『神の世界と一番近い山』と呼ばれ親しまれるようになった。
◆◇◆◇
数年後。
『さて……そろそろ頃合いかの』
神社・本殿内。
祭壇の隣で小さく座り込んでいた女性に神が話しかける。
『あ……神様』
『どうじゃ? お主の願い、これで叶ったと言っても過言ではなかろう』
『はい。 家族たちの暮らしが豊かになるのを見届ける……あの日から数年かかりましたが皆幸せそう。 やっと安心しました』
そこで神と話している女性はそう……数年前の大地震が起こる少し前、狂った民に『生贄』と称され望まぬ形でその生涯に幕を降ろすことになってしまった神主の娘。
肉体を離れ霊体となってしまった彼女の身体にはもはや当時の痛々しい傷などは付いておらず、彼女は生前のままの落ち着いた顔……真っ赤な頬で優しく微笑むと『ありがとうございました神様。 こんな私のワガママを聞いていただいて』と頭を下げた。
『構わぬよ。 お主をそうさせてしまったのにはワシにも少なからず責任がある。 それにお主は生前、ワシの身の回りの掃除などを一生懸命にしてくれていたからのう。 お詫びとお礼……そう受けとってもらえれば良い』
『重ねてありがとうございます。 それで私ももう……逝くんですね』
『うむ。 これからお主はワシとともに天界へと赴き、そこから1人で輪廻転生への道を歩むことになるのじゃ』
『輪廻転生……少し怖いですがそうですね、私もずっとこのままというのも迷惑ですものね。 それでは神様、案内の方、よろしくお願いいたします』
こうして神は娘の手を取り天界へ。
輪廻転生へと続く道の入り口。 娘に幸せな未来が訪れることを願いながら送り出そうとしていた神だったのだが、別れの挨拶を交わそうと口を開いたタイミング……後ろの方から誰かが話しかけてきた。
『やっとここに現れたか。 待ちわびたぞ』
『?』
振り返り確認してみると、そこにいたのは数年前、自分とともに大地震を起こした近隣の神。
こうして会うのは地震を起こした日以来だろうか……それにしても随分とみすぼらしい姿。 豪華絢爛だった衣服は汚れ、丸々と太っていたその身体も見違えるほどにやせ細っている。
『ちょっ……どうしましたのじゃ、その格好は』
あまりにも見違えたその姿に驚いた神は理由を聞くことに。
そしてそこで聞かされた内容に思わず我が耳を疑った。
『実はあれから半年が経ったあたりだろうか。 どこからかあの大地震を起こしたのが我の仕業だと龍神様の耳に入ってしまってな。 そのお怒りに触れてしまい我の神社、潰されてしまったのだ』
『なっ……なんじゃとおおおおおお!?!?!??!』
さすがに『なるほどそれは残念だったな』で済まされる事態ではなかったため、神は娘を待たせて詳細を尋ねる。
どうやら自分のことは黙ってくれたとのこと。 しかしその分龍神の怒りを全てその身1つで受けてしまったため、元々持ち合わせていた神の力もほとんどが奪われてしまったとのことだった。
『なぜワシを庇うような真似を……!』
『考えてもみよ。 あんな不安定な時期に神社が2つも潰れたとしたら、それこそ人々は「祟りだ」などと騒ぎ立て、ようやく光が差し込んできた道筋も再び闇に飲まれてしまうことになるではないか』
あまりにも衝撃的な内容だったので口をパクパクさせながら立ち尽くしていると、近隣の神だった存在……元神は『というわけだ。 なのでこれは我が持っていても意味はない。 お主にくれてやろう』と1枚の手鏡を渡してくる。
『これは……なんですじゃ?』
『簡単にいうと、見たいものを映してくれる便利な鏡だ。 例えばお主の後ろに立つ小娘で例えるならば……その小娘の前世はもちろん、今世に生まれてきた時の瞬間……果ては亡くなるところ、それだけでなく次に生まれ変わるであろう来世までもを映してくれる』
『な、なんじゃと……!? そんな便利なものが……!』
それはいわば神器。
元神はその手鏡を使って村で今後起こるであろう争いごとを予知。 場合によっては災害を無理やり引き起こして争いごとをなくすことに努めていたらしい。
しかし今、神の力を剥奪された元神にとってそれは力を発揮しないただの鏡。 このまま自分が持っていても意味がないと言う。
『し、しかしそれは……どうにか力を取り戻す方法はないのか? もしあれなら見回りの神に相談されてみては……!』
『ふっ……幼女に願いを請うなど言語道断。 あり得ぬよ』
『ではこれからどうするのか?』
『そうだな、ここから遠く離れた地域に不動明王様が護られている寺院があると聞く。 そこで我が罪を懺悔して、許されぬならその場で斬り捨ててもらい……許されたなら近くに置いて頂くとするよ』
その後、元神は手鏡を神の手に強く握らせると『達者でな』と姿を消す。
神はしばらくの間、元神が先ほどまでいた場所をじっと見つめていたのだが、一旦目を閉じ深呼吸。 その視線をゆっくりと自身の持つ手鏡へと移した。
これが神器の手鏡……願ったものが映し出されるとは、なんて便利な代物なのだろう。
そんなことを考えていると、ふと先ほどの元神の説明を思い出す。
ーー……来世も見られるのか。
もちろんそこで神の脳裏に浮かび上がったのは目の前にいる娘の来世。
一体この子にどんな未来が待ち受けているのか見てみたい……そう願った次の瞬間、鏡面が一瞬白く光り輝いたと思うと、そこには先ほどまで反射していた自分の顔は映っておらず。 知らない少女の人生がまるで紙芝居のように高速で映し出されていった。
ーー……!!!
それを目にした神は娘に向かって一言。
『気が変わった。 お主をこのまま生まれ変わらせてしまっては、今世以上に悲惨な末路を辿ってしまう』
『え』
『だから……そうじゃな。 ちょっと待っておれ』
神は再び視線を娘から手鏡へ。
次に願ったのは病や事故等の影響で、体は元気だが今後意識の戻ることのないであろう人間の有無。
すると数人の候補者が見つかり、神は娘にこう続けた。
『意識や記憶は今のままにはなるがその魂……別の人間として生まれ変わらせることが出来るがどうする?』
『べ、別の人間ですか』
『そうじゃ。 最終的に決めるのはお主じゃが……。 このまま輪廻転生を経て来世で拷問漬けの日々を過ごすことを選ぶか、今世で別の人間として生まれ変わり、多少苦労はするとは思うがそこで新たな人生を歩むことにするか』
それを聞いた娘はしばらく考えることに。
結果、彼女は今世での新しい生活……転生を選んだ。
『わかった』
『でもいいんですか神様。 そんなことをして、神様まで先ほどの方と同じように罰を受けたりしないのでしょうか』
娘が心配そうな表情で神を見上げてくる。
『大丈夫じゃ』
『ほ、ほんとうですか?』
『本当じゃっ!』
実際のところ、他の者に見られて上の存在にそれが耳に入った場合はおそらく自分も神の力を奪われてしまうだろう。 もしかしたら魂を抹消されてしまうという結末も。
しかし神にも男の意地というものがある。
神はニコリと娘に微笑むと、大きく頷きながらその華奢な肩をバシンと叩いた。
『何を言っておる。 ワシは神じゃぞ。 それにワシはこう見えてズル賢いんじゃ。 そう簡単にバレたりはせぬよ』
『そうですか? だったら嬉しいのですが……でも私、そこまでして頂いてよろしいのでしょうか。 できればまたお仕え出来るようになりたいのですが』
『ふぉっふぉっふぉ。 なら生まれ変わった先で努力して、ワシと本来のお主の居った社に1度でもお参りに来てくれればそれでいい。 元気な姿を見せておくれ』
そう伝えると、神は周囲に監視の目がないことを再確認。 娘の魂を対象の体に憑依させることに。
『先に教えておくぞ。 今からお主が転生する者は、裕福な家庭の一人娘じゃ。 最近駆け回れるようになったほどのまだ幼い歳じゃ』
『はい』
『そして転生先の名は【堀江キヨ】。 覚えたか』
『ーー……はい』
娘の身体が薄くなっていく……またしばしの別れだなと感じながら見届けていると、娘が小さく口を開いた。
『必ずご挨拶に伺います。 その際には今の名前を名乗りますので、覚えててくださいね神様』
『あぁ覚えておく。 楽しみにしているよ……イチコ』
そうして娘……イチコの転生は無事成功。 その後の彼女を知っているのは約束をしたその神のみで、黙って影から監視していた見回りの神がそれとなく聞いてみるも、娘のことについては何も話してくれなかったとのことだった。
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『ーー……ということなのや。 それでそれ以降、彼奴が別の人間の身体に亡くなった者の魂を転生させたことなど一度もなかったのや。 なのに数百年も経って、何故かお主とお主だけ転生させることにしたのか……それがずっと謎だったのや』
見回りの神……ピンク髪のロリの話聞いたオレと茜は互いの顔を見合わせる。
「いや……その理由は別に聞かされてないんですヨネ」
「うん、私も理由はわかりません」
まぁ茜の場合はあれだよな、幼い頃の茜を当時神社で見かけた神様が運命を感じて一目惚れ。
オレの場合は……言えるわけねーよな。 転生の条件としてイチゴ柄のパンツを渡しただけだなんて。
聞きたいことが聞けなかったロリは『そうなのかやー? それは残念なのやー』とガクリと項垂れる。
「ごめんな、役に立てなくて」
『いいのやー。 まぁ初めから聞けたらラッキー程度に思ってたし、そこまで期待してなかったのやー』
「そうか」
おそらくではあるが、神様がその件についてこのロリにはともかく、オレにもドヤ顔で話してこなかったということはあまりいい結果ではなかったということなのだろう。
そのことを考えると少しは神様に同情するのだが……今はそれよりも先にすることがあるよな。
オレは未だ地面から顔を出して話をしていたロリに「そろそろそこから出ないか」と提案。
『仕方ないのやぁー』と渋々出てきたロリの頭を優しく撫でてあげることにした。
『ふにゃああああ!?!? な、なんなのやああああ!?!? オニュ……お主!! いきなりなにしてんのやああああ!!!』
あまり頭を撫でられたことがないのか、ロリは顔を真っ赤にさせながらオレを見上げる。
「いや、あなたには感謝しようと思ってな」
『なんでなのやぁ!?』
「だってあなたはずっと神様の行動を監視して見ていた……なのにその龍神さんや上の偉い人には告げ口しなかった。 そのおかげで神様は力を奪われずに済んだわけで、オレたちはこうして楽しい第2の人生を歩めてるんだからな」
『そ、それは当たり前なのや! 問題を起こした神が同時に2人もいたとなればワッチもゲンコツ食らってしまうのや!』
「それでもありがとな。 おかげで今、オレたちは人生を謳歌出来てる……もし欲しい食べ物とかあったら言ってくれ。 あの神様の神社でよければこっそりお供えさせてもらうぜ」
『うわあああ!!! もう……ワッチが聞きたかったのは、そんな食べ物の話でも感謝されることでもなかったのやああああ!!! それにソレはみ出して……カッコイイ言葉囁きながらプラプラさせてんじゃないのやあああああ!!!!』
間近で観察するのは初めてだったのだろうか。
ロリはその幼い身体ながらも強烈な蹴りをオレのとある箇所へとお見舞い。
ミチィッ!!!
なんという威力。
オレはあまりの痛さからその場で気を失ってしまい、気がつき目が覚めた時にはそこは見慣れた天井……保健室のベッドの上で横になっていたのだった。
「あ、起きた」
「ん?」
声がした方に視線を向けると、隣で茜が苦笑いをしながら「大丈夫?」と声をかけてくる。
「え、今までのあれって……夢?」
「ううん違うよ。 ダイきちくんがオチ……蹴られて気絶しちゃって、会話出来なくなっちゃったからって戻してくれたの」
「なるほどな。 そう言われるとマジで蹴られたところがまた痛くなってきたぜ」
「ーー……え」
よくあるよな。
いつの間にか怪我してて、それを見つけた瞬間から痛み出す現象。
それがオレにとっては今だ。
茜から聞いたことにより某所に痛みが集まってきて、それがまぁ尋常ではない痛みなわけで……
「いってええええええええええええええええ!!!!!!!」
お読みいただきましてありがとうございます!!
キリのいいところまで書いてたら結構な量になっちゃいました 笑
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