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547 【茜編】愛【挿絵有】


 五百四十七話  【茜編】愛



 放課後。

 教師から『先日あちらさんの学校から出た文化祭の案に目を通して欲しい』とのことでオレと水島は教室でそれらがまとめられた書類を黙読していたのだがーー……



「あー、だりーー。 なぁ水島、これもう読んだことにしねーか?」



 活字がそこまで得意ではないオレは集中力が完全に切れてしまい背もたれにもたれかかる。


 どうせこの資料も先に教師陣が読んでいるはずだし、だったらそこまでガチになって読み込む必要はない……そう考えたオレは水島にもう切り上げて帰ろうぜと提案した。



「でもご主人さまー、一応そういうのってちゃんとしといた方が後々好印象なんだよー?」


「別に構わねーよクジ引きで決まった役職なんだし。 それに実行委員の負担デカすぎな。 そんな時間拘束してやらせるんだったら時給払えって話だよな時給を」



 このオレの発言は水島にはまだ早かったようで、無言でオレを見つめながら頭上にはてなマークを浮かべている。



「つまりは……どういうこと?」


「お前にも分かる時がくるよ。 まぁあれだ、子供って無知だからこういった場面とかで大人に利用されるんだよな。 まったく……なんてブラックなんだ子供社会」



 オレは大きく息を吐きながらも水島が帰るそぶりを見せなかったため資料へと再び目を通すことに。

 しかしそう簡単にオレが集中できるわけがないよな。



 あぁ……あの美香の持ってた茜パンツ、どんな香りだったんだろう。



 そんなことを頭の片隅で考えつつ印刷されている文字のみを目で流しながら追っていると、それは突然ーー……。

 ガラガラと教室の扉が開かれたのでその方向へと視線を向けてみると、なんてこと……まだいたのか。 そこには神の力で衣装チェンジをした……うちの制服に身を包んだ美香が静かにそこに立っていた。



 ◆◇◆◇



「え、茜ちゃん? どうして? 今日は話し合いの日じゃないよねー?」



 水島が「何か用でもあったー?」などと緩く微笑みながら席を立つ。



「あーいや、水島、あれは茜じゃ……」



 オレがそう声をかけるも水島にはやはり理解できず。



「えー? どうしたのごしゅ……福田くん。 確かに制服はなぜかウチのを着てるけど……あ、もしかして花ちゃんを驚かせるドッキリかなにかー?」



 水島は相変わらずヘラヘラしながら美香の方へ。

「そういや茜ちゃん、学校でのイジメはどんな感じー?」などと尋ねながら美香に歩み寄ろうとしていた……その時だった。



「むぅ……花江、躾を忘れた?」



 美香が静かに口を開き水島に視線を向ける。



「え?」



 そして一言。



「待て」



「ーー……っ!!!」



 それは一瞬。 美香の命令を受けた水島は条件反射なのか身体をビクンと反応させ、あまりの驚きに腰を抜かしたのかヘナヘナとその場で崩れ落ちる。



「み、水島? 大丈夫か?」



 声をかけてみるもオレの声など聞こえてはいないのだろう。

 水島は視線をまっすぐ美香の方へと向けており、あれは……一体なんでなんだろうな。 どこがとはあえて言わないが感情が高ぶったからなのか、オレの視界がちょうど捉えていた水島の下半身部分の布地に小さな染みができ、それが次第に大きく広がっていく。



挿絵(By みてみん)



 ーー……まぁあれはおそらく汗だ、汗。



「えっ……なにこの感情。 キミ、茜ちゃん……だよね?」



 水島が自身の胸に手を当てながら恐る恐る尋ねる。



「そう思う?」


「え、え……? なに言ってるの茜ちゃん。 確かに髪型や雰囲気は今までとは違うけど、どう見ても……」


「花江」


「え、はい……」



「おすわり」



「わんーーーーー!!!!!」



 まさに神芸。


 美香が突如出した指示に水島は即座に反応。

 それも本家の指示だからなのだろう……茜が言った時のそれとは反応がまったく違っており、「はっはっは!!!」と極上の笑みで尻尾を振りながらその感情を表現していたのだった。



 ◆◇◆◇

 


「おお、これは優秀なペット。 覚えていたのは驚き。 よしよし」



 美香が水島のもとへと自ら歩み寄りその頭を優しく撫でる。

 そして水島も一番自分をしつけていた飼い主との再会が嬉しかったのか、「あれ……あれ? なんで花ちゃん、今までご主人様のこと忘れてたんだろ」と静かに涙を流し始めた。



「忘れるのは無理もない。 とりあえず顔を洗った方がいい」


「わ、わん」



 ゆっくりと立ち上がった水島は美香に言われるがまま顔を洗いに教室を出てトイレへ。

 オレはそんな水島の姿が見えなくなったことを確認し、少し前からずっと我慢していた感情を美香にぶつけることにした。



「お、おい美香」


「なに?」



「いや、なんで水島思い出してんだよおおおおお!!! 記憶なくしたんじゃねえのかああああああ!!!!!!」


 

 オレがそうツッコミを入れると美香は静かにオレを見据えてくる。



「どうしたダイキ。 なんで涙目?」


「そ、そりゃあちょっと2人の再会に感動しちまったからだよ」


「うん……確かにさっきのは美香も感動した」



 え?



 美香はうんうんと頷きながら更に続ける。



「本当のところ美香もかなり驚いている。 あの日……あの身体を茜に譲った時を境に美香の記憶はダイキと茜以外の人物からは完全に消したはずだった」


「そ、そうなのか?」


「そう。 もちろんそれは当時可愛がってた奴隷の花江も例外ではない」



 その後美香が語ったのは周囲の人間に対して行った記憶抹消について。

 簡単に説明すると……先ほども美香が言っていたとおり、美香は完全に皆の記憶から自分の存在を消し去っていたためもし再び自分の姿を目にしたとしても誰も思い出すことはないとのこと。

 なので今回もこうして堂々と教室に入ってきたらしい。



「じゃあなんで水島に『おすわり』とか言ったんだよ」


「あれはノリ」



 ちなみに美香の予想では、水島は目を点にしながらジッと見つめてくるだろうと思っていたとのこと。

 なので再度オレは「じゃあなんで水島はそんな神の力をも凌駕して美香のことを思い出したのか」と尋ねてみたのだが……


 

「答えは誰にも……もちろん神にもわからない」



 そう結論づけた美香は少し満足げな表情で頷くと、クルリと体の向きを変えて教室の扉に手をかけた。



「ん、どこ行くんだ? お前もトイレか?」


「茜のところ。 まだ茜をイジメてた者たちへの神罰は終わってない」



 美香はオレの方を振り返ることなく淡々と答える。



「なるほどな。 でもそれは水島が戻ってきてからでいいんじゃないか? あいつ美香に会えて涙流すほどに喜んでたんだし」


「ーー……大丈夫。 今度こそ完全に記憶を消去する」

 


 え。



 あまりにも予想だにしていなかった発言にオレは絶句。



 記憶を消す? せっかく自分のことを覚えてくれていたのに?



 じっと美香の背中を見つめていると、美香は言葉を続けた。



「今回の事象は誤算だった。 確かに冗談とはいえ、記憶を思い出させてしまったかもしれない発言をした美香にも落ち度はある。 でもさっきので最後。 これ以上はまずい」


「そ、それはどう言う……」


「美香は神。 今は茜との約束を果たすために現世に長く滞在してるけど、それが終われば……またたまにしか遊びに来なくなる。 そうなったら花江にも会えなくなる。 美香も寂しい」


「いやでも天界からずっと見守れるんだろ? だったらそれでも……」


「無理。 花江は中学を卒業すると、ここを離れて都会の高校へと通うことになる。 そこは美香の見守る範囲外……他の神の領域には簡単に干渉できない」

 


 ーー……なんか神々の社会にもいろんな掟があるんだな。

 確かに茜を転生させるときも美香のやつ、その土地の神様たちに色々働きかけてたもんな。



「じゃあ……水島はどうするんだ? 可哀想だとは思わないのか?」


「記憶を消せば悲しみも消える。 覚えている方が可哀想」


「なるほど、それは確かにそうかもしれないが……美香はどうなんだ? 寂しくないか?」


「大丈夫。 永劫の別れなんて何度経験したか分からない。 慣れっこ」


「そうか」


「もう……行く」


「お、おう」



 そうは言ってるけどなぁ美香、背中はかなり寂しそう……感情を隠しきれてねーぞ?

 まぁこれも神である美香が決めたことなんだからオレにはどうしようもないわけだが……



「水島に何か伝言あるか?」


「ない。 のびのび元気に生きてくれさえいれば、飼い主としては何も言うことはない」


「わかったよ」


「それじゃ」


「うん。 茜を頼む」


「もちろん」



 こうして美香は静かに教室を出て茜のもとへ。

 それとタッチの差で水島が戻ってきたのだが、本当に美香のやつ記憶を消しちまったのか……水島はけろっとした表情でオレの隣の席に座った。



「んー? どーしたのご主人さまー。 花ちゃんの顔になんかついてる?」


「え、あ、いや……水島、なんでさっきトイレ行ってたか思い出せるか?」


「ちょっとご主人さま、ダメだよそんなこと言っちゃー」



 水島が「もー」と微笑みながらオレの口に指先を当ててくる。



「え?」


「そんなのおトイレしたくなっちゃったからに決まってるじゃん、恥ずかしいよー」


「そ、そうか」



 さ、寂しい。


 これが美香と水島にとってのベストな選択だったというのか。

 人間のオレからしたらやはり理解し難くはあるんだが……



「なぁ水島」


「なにー?」


「いま楽しいか?」


「そりゃあもちろん楽しいよー? なんでー?」


「いーや、なんでもねーよ」



 その後も水島は純粋な瞳でオレに顔を近づけながら「なんでなんで?」と尋ねてきたのだが、残念ながらオレはそれに答えることは出来ず。

 確かにオレも神様と会ったのは久々……優香を天界まで迎えに行った以来だったし、神様と人間……近いようで決して深くは関われないものなのかもしれない。 そんなことをしみじみと感じていたのだった。



「もーさっきからどうしたのご主人さま、今度は急に黙り込んじゃって。 なんか変だよー?」


「うるせーな。 そういう気分なんだよ」


「ていうか……えええええ!?!? ご主人さま、なんで泣いてるのー!?」


「ぐすん!!!!」




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[良い点] 水島ちゃんの汗がとんでもないところから出てるぜ……。 神様も辛そうだ。
[一言] んー……かんどう?
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