537 【茜編】魂の記憶【挿絵有】
五百三十七話 【茜編】魂の記憶
翌日オレは早速担任に「昨日茜……あっちの学校の実行委員の子が3日後くらいにまた訪問しにくると言ってました」と報告。
すると担任が衝撃の一言。
「いや、いくらあちらさんからの申し出であったとしても、こっちから挨拶行かないのは流石によろしくない。 今日俺が予めアポは取っておくから放課後挨拶だけでも行くぞ」
「え」
「あ、あと帰りが遅くなることはちゃんとお姉さんにお伝えしておけよ!? それで怒られたらたまったもんじゃないからな!」
「ーー……いや先生、めっちゃビビってますやん」
そうして迎えた放課後。
オレは担任の隙をついて逃げ出そうとしたのだがあっさり捕獲されて担任の車が停めてある駐車場へ。
「結局こうなるのかよ」とブツブツ言いながら後部座席の扉を開けると、すでに冷房を効かせていたのか冷気がオレの体に触れてくる。 そして何故か中から「あ、ごしゅ……福田くん」と声が聞こえてきた。
「ん?」
視線を声のした方へと向けてみると女子の制服。
ゆっくりと上へと上げていくとどうだろう……そこにはなんと学年のマドンナ・水島花江の姿が座っているではないか。
「え、なんで水島がここに?」
そう尋ねると水島は「とりあえず入って」とオレの腕を掴み中へと引き入れる。
その後ニコリと微笑みながら口を開いた。
「花ちゃん2組の実行委員だもん。 なんか今回の文化祭、他の学校と一緒にやるんでしょ? それで先生が挨拶しに行くから一緒に来なさいって」
「そうだったのか」
「うんっ。 花ちゃん向こうに着いたらしっかりモードで行くから、ごしゅ……福田くん、一緒にがんばろーね!」
なんだよ担任、オレ1人に背負わせないあたりちゃんと分かってるじゃねーか。
それに一緒に行く相方が水島とか、なんて心強いのだろう。
これなら難しい話が出てきても水島に任せておけば問題ない。
一気に肩の荷が下りたオレは運転中の担任や隣に座っている水島と他愛のない会話をしながら茜の在籍している学校へと向かった。
◆◇◆◇
「わざわざ来ていただいてありがとうございます」
案内されたのはこちらと同様応接間のような場所。
そこでしばらく待っていると、あっちの教師に急遽呼び出された茜が扉を数回ノックしたのち中に入ってきた。
「すみませんお待たせしました」
すると茜の姿を見た水島の身体が何故かビクンと反応。 しかし驚いただけだと思ったオレはとりあえずスルーすることに。
「こんにちはダイきちくん」
「おう」
茜はオレと目が合うやいなやこれまた可愛く小さく手を振りながら挨拶。
その後、体を水島へと向けた。
「はじめまして、えーと……水島花江さんでしたよね。 私は4年生の堀江茜です。 よろしくお願いします」
茜が水島に小さく頭を下げる。
「ーー……」
「え、えーと……水島さん?」
「わんっ!!!!」
「わん?」
え。
一体いきなりどうしたというのだろう。
真面目モードで行くと宣言していた水島が茜に向かって突然の『わんっ!』。
そしてそれは水島も勝手に声が出たようで「あ、あれ!? どうしちゃったんだろ私……突然ワンだなんて……」と驚きながらも口元に手を当てる。
「す、すまん茜。 ちょっと数分時間くれ」
「え? う、うん。 私は大丈夫だけど……」
「すぐに終わらせる! 水島、ちょっとこっちこい」
心配そうに水島を見ている茜に少し待ってもらい、オレは茜に背を向けるようにして水島にこっそりと話しかける。
「おい水島どうした? 寝ぼけてたか?」
「あ、うんごめんね。 わざとじゃないの。 なんか体が勝手に反応して……」
「勝手に? 何言ってんだ」
「なんだろ、私にもよく分かんない」
「なんだよそれ」
水島は今も先ほどの発言が自分でも謎のようで頭上にはてなマークを浮かばせながら首を傾げている。
しかしその表情はどこか嬉しそう……もしかしてこいつ、こういう大事な状況でオレに恥をかかせることを狙ってたのではなかろうな。
どこからかオレのスマートフォンが水没した話を聞いて、オレにネタとして揺すられていた動画がなくなったと踏んでの強気の行動とか……ありえない話ではないぞ。
もしそうなのだとしたら再教育せねば。
そんなことを考えつつもオレはひとまず水島に「とりあえず今はおとなしくしておけ」と忠告。
水島を後ろに置いた状態で茜に「ごめんな茜、とりあえず今日は挨拶に来ただけで、こいつはちょっと今疲れてるっぽいんだ。 さっきの謎発言は忘れてあげてくれ」とフォローを入れておいたのだが……
「あ、いい表現思いついた」
水島が両手を小さくパンと鳴らしながらオレと茜を交互に見る。
「ん?」
「どうしましたか、水島さん」
オレと茜の視線が水島へと向けられる。
そしてそれを確認した水島は満足そうに口を開いた。
「なんでなのかは分からないんだけど……私、茜ちゃんを見てたら服従したくなっちゃうみたい」
「「ーー……」」
ーー……は? 茜に服従したくなる? 何を言ってるんだこいつは。
茜を見てみると、案の定どう反応したらいいか分からないらしくその場で立ち尽くしている。
それはもちろんオレも一緒で、『なんか服従とか美香に奴隷兼ペットにされてたときみたいだなー』などと思い出していると……
ん? 美香の奴隷兼ペット?
「ーー……あ、あああああああああ!!!!! そういうことかあああああああああああ!!!!!!!」
オレはこの仮説を証明するために茜に耳打ち。
オレが言った台詞をそのまま水島に言ってもらうようお願いする。
「ーー……え、そんなこと言っていいの?」
「いいから。 責任はすべてオレが持つ」
「で、でも」
「大丈夫。 オレを信じろ」
「わ、わかった」
茜は顔を若干赤らめつつもオレのお願いに了承。
一歩前へと出ると、水島に向かって手のひらを上にした状態で差し出した。
「えっと……うん? 茜ちゃん? どうしたの手なんか出し……」
「お、お手」
「わんっ!!!」
水島の体がまたもや反応。
本人の意思など関係ないのか、水島は茜の目の前でまるで犬のように四つん這いでしゃがみ込むとその手を茜の差し出した手のひらの上に乗せる。
「え、ええええ!?」
この水島の行動に茜も軽く絶句。
しかしオレのアイコンタクトを受けた茜は更に言葉を続けようと息を吸い込んだ。
ーー……ていうか水島のやつ嬉しそうだな。 めちゃめちゃ尻尾振ってるじゃねーか。
「えっと……じゃあおかわり」
「わわんっ!!!」
「ち、ちんち……、うぅ……」
「わふううううううんっ!!!!」
なんてことだ、水島の記憶からも美香の存在は消えているというのに身体が……魂が未だに覚えていたなんて。
しかしその後我に返った水島は「きゃ、きゃああああああああ!!!!! 花ちゃんどうしちゃったのおーーー!?!?」と顔を真っ赤にしながら教室から逃走。
オレも水島の後を追いかけねばならなくなり、その場はお開きとなったのであった。
「ダイきちくん、あの子大丈夫なの?」
「あ、あぁ。 実はあの水島って子な、いろいろあって美香に服従させられてたんだよ」
「えええ……!?」
「とりあえずオレは今から水島を追うから……また今度な茜!」
「あ、うん。 またね、ダイきちくん」
さーてと、あいつどっちに逃げやがった。
当たり前だがオレにここの校舎の構造など分かるはずもない。
「とりあえず……校舎内だよな」
オレは深くため息をつくと、すぐに見つかってくれと祈りながら近辺を捜索することにした。
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