531 【共通】特別編・住職VS霊
五百三十一話 【共通】特別編・住職VS霊
ーー……あれ、どうしたんだろう。
『クヒヒ』と言う声が聞こえてからしばらく経つのだが、自分たちに振り下ろされていたはずの木の棒が一向に当たる気配がない。
もちろん先ほどの『クヒヒ』も怖かったのだが、今優香にとっての一番の恐怖は本気で木の棒を振り下ろしていた住職。
そしてそれは隣にいた美咲も同じことを感じていたようで、2人はほぼ同じタイミングでゆっくりと目を開けた。
「え」
「ええええええ!?!?」
目を開け真っ先に視界に入ってきた光景に2人は互いに驚きの反応を示す。
それもそのはず……先ほどまで住職がいた自分たちの目の前には薄桃色の着物を着た女の人の後ろ姿。 そしてその奥には目の前の女に突き飛ばされたのだろう、住職は2メートルほど先で尻餅をついて女を睨みつけていた。
◆◇◆◇
「やはり……出てきましたか」
これも計算通りと言わんばかりに住職がニヤリと微笑みながら立ち上がる。
しかし女の霊はそんな住職の言葉など完全に無視。 『クヒヒ……』と不気味な笑みを浮かべながら背後にいた2人へとゆっくり振り返った。
「ーー……っ!」
「ヒィっ!」
女の霊と目が合う。
ーー……といってもあまりにも長い前髪のせいではっきりとは見えないのだが、この人が自分たちを守ってくれていた霊なのか。 そう言われるとそこまでの恐怖は感じない。
そんなことを考えながら優香は目の前の女の霊を見上げていると、女の霊がゆっくりと口を開く。
『ダイ……ジョウブ……? ユウ……カ……ヒメ、ミサ……キ……』
ーー……!?!?
女の霊の声を聞いた優香と美咲の体がびくんと反応。
この声、かなり掠れてはいるがお化け屋敷とは別のところで……どこかで聞いたことがある。
それにこの呼ばれ方は……
「ね、ねぇ美咲、今この人……『優香姫、美咲』って」
「う、うん。 え、てことはどーいうこと? もしかしてアタシらがやってた配信……霊界にも届いてたわけ?」
「ーー……いや、そうじゃないでしょ」
優香姫……それはよく優香が中学生の時にネットで動画を配信していた際のリスナーからの呼び名。
それにはたまに美咲もゲストとして一緒に配信していたため、当時はよく『優香姫』や『姫』、『美咲』や『ミサキちゃん
』などいろんな呼ばれ方をしたものだ。
優香が当時のことを思い出していると美咲が「えええ、そうじゃないって……じゃあどういうことなん!?」と激しく体を揺すってくる。
「それは私にも分からないよ……でも流石に霊界にインターネットはないでしょ」
「じゃあなんでこの人アタシらのこと知ってんのさ!?」
「そんなの私にも分からないよおおおお!!!!」
もしかしたらこの女の霊の見た目に何かヒントが隠されているのかもしれない。 そう考えた優香は美咲との会話を中断して女の霊の顔・全身を注意深く観察することにしたのだが……
『ーー……ッ! ググ、ガガガ……』
突然の出来事。
女の霊が体をまるで壊れかけのロボットのようにガタガタと震わせながら苦しみにも聞こえる奇声をあげはじめる。
「え、ちょ……どうしたの?」
「ゆ、ゆーちゃん! あれ!」
「えっ!?」
美咲の指差した先に視線を向けてみると、住職さんが両手を合わせながら何やらブツブツと唱えている。
ということはおそらく住職さんはこの状況での話し合いは無意味だと判断……浄霊ではなく除霊という強行手段に出たということだろうか。
「今お前を本来いるべき場所へと送ってあげます。 ーー……といっても地獄かもしれないですがね。 覚悟することです」
住職が念仏を唱えながら女の霊に向かって一歩……また一歩と歩み寄っていく。
その度に女の霊は声にもならないような叫びを発しながら住職をまっすぐ見据えていた。
「どうです? 苦しいでしょう……この者たちから離れれば解放されますよ?」
『ーー……クヒヒ』
「強がりますね。 どう足掻いても無駄ですよ。 ここは仏様の御前……大いなる力をお貸し頂いている私の術の前に、ただの霊ごときのお前ではどうすることもできません」
『ーー……』
「そうですか。 ならば早々に逝きなさい!!!」
住職が数珠をはめていた左手を勢いよく前にかざすと、足下に充満していた煙のようなモヤがまるで渦潮のようにグルグルと渦巻きだし、女の霊をグルグルと取り囲んでいく。
そしてこれは錯覚なのだろうか。 女の霊の体が渦の中心に少しずつ引きずり込まれていっているような……
『ク……クヒ……ヒヒ……』
「ちょ、ちょっと住職さん! この女の人まだ何も私たちには悪いことしてきていないんだし、もうちょっと話し合ってからでもいいんじゃないですか!?」
あまりにも女の霊の声が苦しそうだったので優香が思わず声をかけるも、住職は強く顔を横に振る。
「どうしてですか!? さっきは住職さん、まずは話し合いをしてからって……それで無理なら強行手段で除霊するって言ってたじゃないですか! まだ話し合ってすらいないのに、これはあまりにも……」
「会話の必要はありません。 このモノは私を突き飛ばしたではありませんか」
「それは住職さんが私たちに危害を加えようとしたから守ろうとしたんじゃないですか!?」
優香が必死に訴えるも住職には届かず。
そしてそれは次の住職の一言によって優香は何を言っても無理だと悟ったのだった。
「かわいそうに福田優香さん。 あなたはすでにこの霊に取り込まれていたんですね」
ーー……。
「寺田のおっさん……お前っ!!!!」
諦めかけていた優香の隣で先ほどの住職の言葉にカチンときた美咲が住職を睨みつけながら勢いよく立ち上がり優香の腕を引っ張り上げる。
「み、美咲!?」
「ゆーちゃん、今回ばっかりは寺田やあのオッサンのことを100パーセント信じたアタシらが失敗だった。 行くべ」
「どこに!?」
「決まってんべさ。 あの縄の向こうじゃん。 この儀式が始まる前にあのオッサン、『儀式中はこの縄から外には出ないように』って言ってたっしょ? てことはアタシらがあそこから出たらあの女の霊さんも一緒に逃げられるってことじゃね?」
ーー……あ。
「確かに」
こういう時の美咲は本当に頼りになる。
もし今の美咲の仮説が正しいのだとしたら、自分たちがこの空間から逃げ出せることができればあの女の霊も助かるかもしれない。
「じゃあ一気に行くべゆーちゃん」
「うん!」
優香と美咲は互いに見つめ合い頷きあうと、出口を見据え勢いよく走り出す。
「ーー……!!! あ、こら待ちなさい!!!!」
「へへーん!! やだよーん!!!」
「住職さんすみません!! お話頂いた内容と違ったのでやめさせていただきます!!」
2人は床に置かれていた縄を何の躊躇もなく飛び越えると、してやったりな表情を浮かべながら後ろを振り返る。
これで女の霊も解放されたはず……だったのだが。
「え」
女の霊はその場から消えることは許されておらず、それどころかすでに体の半分くらいが渦に飲み込まれている。
「え、なんで!」
「この縄越えたら儀式消えんじゃないの!?」
予想していた事態とは違った展開に優香と美咲は言葉を失う。
そしてそんな2人を嘲笑うかのように住職は渦に飲まれ行く女の霊に視線を向けたままこう言い放ったのだった。
「あの言葉はダミーですよ。 あの霊がどこかで聞いているかもしれませんでしたからね。 この縄を越えたら逃げられる……そんな逃げ道を用意してあげた方が誘き出しやすそうでしょう?」
「「ーー……っ!!!」」
敵を騙すにはまず味方から……ということなのだろうか。
住職はトドメと言わんばかりに念仏の声を更に強めていき、それに比例して渦の勢いも激しさを増していく。
「ちょ、ちょっと住職さんやめて!!!」
「ゆーちゃん!!! ここはもう力ずくで止めさせるしかないべ!!」
「うん!!!」
優香と美咲は住職の除霊術を中断させるべく再び縄を飛び越えて住職のもとへ。
しかしそれは……遅かったのだろうか。
「アタシがこいつ殴ってこれ以上ブツブツ言わせないよう口塞ぐから、ゆーちゃんはその数珠奪って!」
「わかった!!」
優香と美咲が住職の身に纏っていた黒い衣装……法衣に手をかけようとしたそれより僅か先。
渦は女の霊の全身を引きづり込み、『ク……ヒ……』という言葉とともにその場から姿を消してしまったのだった。
「ーー……え」
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