450 【結城編】恋い焦がれたあの子は凛々と咲く【挿絵有】
四百五十話 【結城編】恋い焦がれたあの子は凛々と咲く
結城からの好感度が上がったと確信してからの、しかし転校するというまさに天国から地獄に突き落とされたオレ。
その日の夜は「うわあああ!!! 遅えよクソオオオオ!!!!」と布団の中でタイミングの悪さを嘆いていたのだが、そんな翌日の朝……まさかあんなことが起きるなんて。
◆◇◆◇
今朝も結城は高槻さんと学校へ行くものだと思っていたオレはエマやエルシィちゃんと集合するとマンションの階段を降りていく。 するとちょうど結城が出てきたところに出くわし、結城が「あっ」と声をあげた。
「あら、桜子。 今日は先生と一緒に行かないのね」
「うん、今日はママ、門の前で立つ当番だから早く行かなきゃダメな日なんだって」
「そう、大変ねぇ教師って」
どうやら高槻さんは月に数回のスパンで回ってくる挨拶当番のため先に出ていってしまったとのこと。
結城を含めた4人での登校……昨日のこともあってちょっと複雑だぜ。
オレはそんなプラスやマイナスの入り混ざった感情を心で渦巻かせながらも結城に「おはよ」と挨拶。
するとどうしたというのだろう……結城はオレに視線を向けるなり若干頬を火照らせながら僅かに口角をあげた。
「ん?」
なんだ? 風邪でもひいて熱でも出てるのか?
そんな心配をし始めたのとほぼ同時……結城がゆっくりと口を開く。
そして突然……
「お、おはよう。 福田く……ううん、ダイキ……くん」
「!!!!!!!!!!!!!!」
ブフーーーーーーーーーーーーッ!!!!!
まだ今日が始まったばかりだというのにオレの心拍数が急激に上昇。 鼻からまるでクラッカーのような勢いで鼻血が噴射される。
な……ななななな何が起こったんだあああああああああ!?!?!?!?
オレはそのまま後ろに卒倒。 思考停止した脳で近くに立っていたエマを見上げると、エマも何が起こったのか分からないのだろう……目を大きく開き、高速で瞬きを繰り返していた。
◆◇◆◇
「ちょっとダイキ、しっかりしなさいよ。 なに名前を呼ばれただけで興奮して気絶寸前までいってるのよ」
あれからオレはエマにティッシュを鼻にこれでもかというほどに詰められなんとか登校を開始。
隣ではエマが「本当これだからチェリーくんは」と呆れたように首を左右に振っている。
「確か前にノゾミたちとお泊りした時も鼻血出してたわよね」
「うるせーなエマ。 純粋と言え。 それにお前だって……てかチェリーは同級生みんなそうだろ」
「それはそうだけど女子は男子ほど単純じゃないわよ」
ぐぬぬ……何も言い返せない。
もし反論ワードが出てきたとして、ここでテンションを上げて反論しても再び鼻血が噴射してティッシュが吹き飛びかねない。
オレはそんな気持ちをグッと押さえ込みながら結城やエマ・エルシィちゃんの後ろをトボトボとついていくことに。
目の前ではエルシィちゃんが「エマおねーたん、ユッキーちゃん、なんで、ダイキ、チェリーな?」と不思議そうに結城とエマの手を引っ張りながら尋ねていた。
「エルシィは気にしなくていいのよ」
「えっと、ごめんねエマ、私も……分からない」
「えっ」
「チェリーって……どういう意味?」
そう結城が尋ねるとエルシィちゃんが「エッチー、しってうのよー! さきゅらんぼーなのよー!!」と元気に答える。
「あ、うん。 それは私も分かるんだけど、なんでダイキ……くんがサクランボになるのかなって。 エルシィちゃんもそれが疑問でエマに聞いたんでしょ?」
「そだったー! エッチー、うっかりしてたのよー」
「それでエマ、チェリーってどんな意味なの?」
結城とエルシィちゃんの視線がエマへと向けられる。
「え? えーとそれは……そう、純粋!! ダイキもさっきツッコミ入れてきてたけど、純粋って意味なのよ!」
「純粋?」
「じゅーしー?」
「そう純粋!! だからエマもそうだけど、エルシィや桜子も純粋な……綺麗な心の持ち主でしょ? だからみーんなチェリーってことよ!」
エマのやつ……無理やりすぎるにもほどがあるだろ。
それからもオレの目の前では「エッチー、チェリー、だいしゅきなのよー!」と大はしゃぎするエルシィちゃんの口をエマが必死に押さえたり、そんな様子を見ている結城がクスクスとおかしそうに笑っている光景が続く。
それは本当に平和そのもので、ずっと見ていたいと思えるほどなのだが……
これもあと少しで……結城が転校してしまったら見られなくなってしまうんだな。
そう考えてしまうと自然にオレの目からは涙が。
今までの結城たちとの思い出を乗せて一気に頬を伝い流れ落ちていく。
「え、なになにダイキ! どうしたの!?」
途中から話を聞いていなかったので気づかなかったのだが、オレに話を振ったのであろうエマがオレの号泣に気づき駆け寄ってくる。
「どこか痛いの?」
「ーー……痛くない」
「じゃあどうしたっていうのよ」
エマの後ろからは結城やエルシィちゃんが心配そうにオレの様子を覗き込んでいる。
ここは正直に言うしかない。 エマもまだ聞いてないんだ、だったらここでオレが話して……せめてその日までに盛大なお別れ会でも……!
オレはエマやエルシィちゃん、結城を見渡すと小さく深呼吸。
その後心に気合を入れ、エマの差し出してきたハンカチで涙を拭いながら口を開いた。
「だって結城さん……転校しちゃうじゃんかあああああ!!!!! やっとここまで仲良くなれたのにーーーー!!!!」
「えええええええええ!?!?!?」
やはりエマは初耳だったのだろう。
オレの発言を聞くなりエマは結城に「ちょ、桜子……! それ本当なの!?!?」と詰め寄っている。
「あ、うん。 引越しだよね……するよ」
「いつ!?」
「えっと……もうちょっとしたら、かな」
「なんで教えてくれなかったのよ!!!」
エマの目にも若干だが涙。
ほらなエマ……前に言っただろ、「お前も近いうちにこうなる」って。
これはオレがここで言っておいて正解だったようだな。 これで確実に結城のお別れ会も開催できるし、この寂しさを吐き出せる相手もできた。 学校に着いたら三好や西園寺たちにも……。
そう考えつつもオレは目の前のエマと結城のやりとりに目を向ける。
するとなんだろう……結城がパチクリと瞬きをしながらエマを凝視しているではないか。
「ど、どうしたのよ桜子」
エマがそんな結城の表情に違和感を覚えたのか、張り詰めた空気の中結城に問いかける。
「あ、ううん、まだ後で言っても大丈夫かなって思ってたんだけど……まさかそこまで悲しむとは思ってなくて」
「いやショックに決まってるでしょ! だってエマたちの関係……結構濃かったはずなのに、なんでそんなに冷静に……」
「だって私、住む家が変わるだけで学校は変わらないからギリギリでいいかなって思ってたんだけど」
ーー……。
え?
「え?」
オレの心の声と同時にエマが声を漏らす。
「桜子……それほんとなの?」
「そうだよ」
「でもダイキはさっき確かに転校って……」
「だってダイキ……くん、それ言う前に走ってどこか行っちゃったんだもん」
なん……だと……。
◆◇◆◇
「プークスクス!! ダイキったらダッサーー!! なーに1人で勘違いしてショック受けてんのよ!」
エマがオレを指差しながらケラケラと笑う。
「う、ううううるせえな!!! 普通そう受け取るだろ引越しって聞いたら!!」
「ちゃんと人の話は最後まで聞きまちょーねー。 あはははははは!!!」
ぐ……ぐぬぬぬぬぬぬぬ!!!!!!
恥ずかしい!!! どこか穴があるなら教えてくれ!!! 今すぐにでも入って引きこもりたい気分だぜ!!!!
それからオレたちは登校を再開。
オレはあまりの恥ずかしさと結城が転校しないで済むという安心感からフワフワしながら歩く。
もうハッピーすぎて脳がおかしくなっちまったぜ。 前方でエマたちが何やら話してるようだけど全然耳に入ってこねぇ。
「ていうか桜子、なんで急にダイキのこと名前で呼ぼうってなったの?」
「ん、……内緒」
「ちょっとなに照れてんのよ! あ、もしかしてダイキのこと好きになっちゃったとか!?」
「ーー……っ」
「ええええ何その反応、まさか図星!? 素直すぎるでしょー!!!」
「ちょ、ちょっとエマ! ダイキ……くんに聞こえちゃうでしょ!」
何を言ってるのかは分からなかったがエマと結城が視線を向けてきたことに気づいたオレは「ん、ごめん聞いてなかった。 なに?」と尋ねる。
「あーあ、ダイキ、惜しいことしたわね」
「は?」
一体どんな会話をしていたのだろう。
エマが結城に顔を近づけながら「どうする? エマから言ったげよっか?」とニヤニヤしながら尋ねている。
「ううん、いいの。 私、自分で頑張る」
「きゃあああああああっ!」
「な、なんだなんだ?」
まったく状況が理解できなかったのでエマに内容を求めるも、エマは「エマがそんな簡単に口を割るわけないでしょ」と情報開示を拒否。
ここは結城に直接聞くしかない……そう思ったオレは結城に視線を移して何があったのか尋ねようと試みたのだが……こういう時に限ってタイミング悪いんだよな。
オレが話しかけようとしたところで結城のスマートフォンに通知が来たらしく、結城はオレがバレンタインデーのお返しでプレゼントしたヒヨコのキーホルダーを揺らしながら内容をチェックしはじめた。
その時に偶然壁紙が見えたのだが……
オレの視界に入ってきたのは茜の写真。
なんで結城は茜の写真を壁紙にしているんだ!?
茜の写真は開運効果がある……てことは結城、好きな男子でも出来ちまったとでも言うんじゃなかろうなああああああ!!!!!
どこの馬の骨だこのやろう!!! 癒しの天使は絶対に渡さんぞ!!!!
ーー……とは心の中でブチ切れてみたものの、チキンなオレがガンガン行けるわけもなく。
近々遊びにでも誘ってみようと自分に言い聞かせていると、エマがオレの名前を呼びながら肩を叩いていることに気づく。
「ん、なんだ?」
「そういやさ、桜子はダイキのこと『ダイキ』呼びなのに、ダイキは『結城さん』のままなのね」
「「え」」
この言葉にオレと結城が揃って体をびくりと反応させる。
「な、なに言ってんだエマ」
「この機会だしさ、呼んじゃいなさいよ桜子って」
「ハ?」
「ほら、桜子」
「さ、桜……」
「ノンノン、桜子」
「さ、桜k……うぎゃあああああああダメだ!!! なんか恥ずかしいんじゃああああああああ!!!!!!」
この心のモヤモヤに耐えきれなくなったオレはその場を逃亡。
なぜか口をパクパクさせ固まっていた結城の隣を通り過ぎ、後ろから「だからチェリーなのよー!」とツッコミを入れているエマの声を聞きながら全力ダッシュで学校へと向かったのだった。
ーー……のだが、
忘れていた。
あの時はなんとかその場から逃れたものの、結局結城は目の前の席に座っているわけで……うおおおおおおおお!!!! 意識しちゃうじゃねえかああああああああ!!!!
それから席替えまでの間、オレは授業そっちのけで女神の背中を追いかけていたことはいうまでもない。
そしてこれは後日談なんだが、あれから結城は入院している結城母の病院付近に引越しを完了。
その費用は結城母を騙したりしていた男たちから搾り取ったお金から出したらしく、高槻さん曰く金銭的ダメージはないとのことらしい。
結城母の体調も奇跡の力で万全に近づいており、とりあえず時間制限はあるものの土日等の明るい時間は結城と家で過ごしてもいいようになったんだとさ。
あ、あと茜から連絡があったんだ。
どうやらあれから結城と病院で再会したらしい。 初対面の時は少し『マイナスの気』が結城から感じられてたらしいのだが、最近会った時にはそれは限りなく0になってたんだって。
これもおそらくはあの壁紙……神様の残した力の影響なのだろう。 まったく……どこまで行ってもあの神様には頭が上がらねぇぜ。
とりあえずあれだ、オレもウカウカしてられねーし、勇気を出して遊びのお誘いメールでも送るか。
さぁ、オレも結城に負けないくらい大胆に謳歌しちゃうぜええええええ!!!!!!
【送信・結城さん】今度の土曜、映画とか遊園地とか……遊びに行かない?
【受信・結城さん】ごめんね、その日ママとご飯行けることになったんだ。
あふぅん!!!!
【受信・結城さん】あ、でも日曜日なら大丈夫だよ。 ダイキくん、予定空いてる?
パァアアアアアアアア!!!!!!
(結城編・完)
お読みいただきましてありがとうございます!!
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結城編……終了です☆ 元祖ダイキの世界とはまるで違う結果になりましたね! よかったよかった!!
次話は一旦箸休め回を挟みまして、西園寺編を予定しております!




