443 妹の願い
四百四十三話 妹の願い
「こんばんは。 優香ちゃん、ダイきちくん」
インターホンが鳴り扉を開けると、そこにいたのはオレの前世・森本真也だった頃の妹……森本翠。
その日はオレに相談があるとのことだったので、泊まる気満々だった翠はジャージやらおみやげのお惣菜やらをたっぷりと持って来訪してきたのだった。
それからのご飯タイムや優香を交えての雑談タイムは翠の仕事の愚痴や社会の理不尽さなどの話題で普通に大盛り上がり。
オレはそんな翠の様子を見て、そこまで大した話ではないのかなーとか思っていたのだが……
◆◇◆◇
「お兄ちゃん、いいかな」
夜。 結構遅くまで優香とリビングで話していた翠だったのだが、優香も部屋へと戻ったのだろう……リビングで布団を敷いて寝るはずだった翠が静かにオレの部屋の扉を開け顔を覗かせてくる。
「んー、まぁいいけど、もうお姉ちゃんとのお話はいいのか?」
「うん。 それでさ……いいかな、相談」
さっきまでとは違う複雑そうな表情。
オレは「あまり長くすんなよ」とだけ伝えると翠をオレの隣……ベッドの上に腰掛けさせ、話を聞くことにした。
「ちなみにお兄ちゃん、どれくらいまで起きてられる?」
「あのなー翠、オレ今は小学生なの。 しかもおかげさまでかなり健康的な生活を送ってるからこの時間クッソ眠いわけよ。 それに明日も普通に学校とかあるし……ギリギリ10時半がボーダーってところだな」
そう言うと翠は視線を壁に掛けられている時計へと移動。
「てことは大体40分くらいか……」と少し残念そうな声を漏らすも「わかった」とオレに微笑む。
「なんだ? 仕事の愚痴、まだあんのか?」
「うーん、それもまぁあるにはあるんだけど……」
ということは仕事の辞め方について聞こうとしているのだろうか。
そんな予想を立てながら勝手に回答を考えようとしていたオレだったのだが、翠から出てきた言葉はオレの想像を遥かに超えた内容となっていたのだった。
「あのね、お兄ちゃん」
「うん」
「私ね……結婚するんだ」
ーー……。
「え」
あまりにも衝撃的な言葉にオレは目を丸くして隣にいる翠を見上げる。
「翠、お前……マジか」
「うん」
そこからは翠が事の詳細をオレに話しだす。
要約すると、翠とその相手が出会ったのはまだ半年も経っていないくらい。 年齢は翠より約10歳年上なのだが人当たりがよくウチの……森本家の親にも会っておりかなりの好印象なんだとか。
結婚後も別に遠くに住むということは考えておらず、森本家のすぐ近くに家を借りていつでも翠が両親に会えるよう配慮してくれているらしい。
まぁちょっと判断が早すぎる気もするが……
「その人ね、介護関係で働いてるんだけど、知識もあるからもしもの時は頼ってくれていいって言ってくれて」
「なるほど」
確かにそういう関係ではかなり頼りになりそうだよな。
その後軽く結婚を決めるタイミングが早すぎないかと尋ねたところ、翠曰く相手の年齢的にも急いだ方がいいのではないかと考えたとのこと。
オレが「そうか、とりあえずおめでとう」と微笑みながら頷くと、翠が「でもね、私が結婚を決めた理由って他にもあるんだ」と少し恥ずかしそうに笑った。
「他の理由?」
「うん」
「それは……なんだ?」
「それはね、お兄ちゃんと同じものが好きだったから」
「オレと……同じもの?」
一体なんだろうと考えていると、翠が「え、心当たりとかない?」と顔を近づけ尋ねてくる。
「いや、逆にありすぎてどれかなーって」
「お兄ちゃん、あれ好きだったでしょ?」
「あれ?」
「うん。 ほら、【絆創膏をアソコに貼った私が……】ってやつ」
「ブフーーーーーーーーーッ!!!!!」
なんかもう久々に聞いたぜその作品名。
ちなみにそれの正式名称は【絆創膏をアソコに貼った私が無双して世界を救う!?】という作品。 オレや前世で親友だった工藤が熱狂的に好きだったものの1つだ。
「ちょ……翠お前、なんで知ってんだよ!!」
「だってお父さんたちが来るまでにお兄ちゃんが死んだ部屋でエッチなの隠蔽してあげたの私だよ? それにほら、去年の夏にアニメのお店で年齢制限に引っかかりそうだからって、代わりに買ってあげたじゃない」
どうやら翠はその作品が好きだと聞いてオレを思い出し、温かな気持ちにもなり好感度も更に上がったとのこと。
まさかあの作品が赤い糸になったとはその相手も気づいていないだろうな……。
ある程度の話を終えたオレは改めて翠に「おめでとう」と伝え、「そっか、じゃあ父さんも母さんも喜んでるだろ」と予想して尋ねてみる。
「そうだね、自分たちの世話はいいから幸せになりなさいって言われちゃった」
「そうか、ごめんな。 オレのせいで負担ばかりかけちまって」
オレが小さく頭を下げながら謝ると、翠は「ううん、いいの。 あ、それでさ、今日はお兄ちゃんにお願いがあるんだ」と言い残して一旦リビングへ。 そして仕事用のカバンを持って戻ってくると、改めてオレの隣に腰掛けた。
「お待たせお兄ちゃん」
「ううん、別にそれはいいんだけど……オレにお願いってなんだ?」
「うん。 あのね、私はもうすぐ結婚して新しい人生を進むことになるでしょ? だからさ、お兄ちゃんも過去に囚われずにまっすぐ自分の人生を歩んで欲しいって思って……」
そう言って翠がカバンから取り出したのはそれぞれ柄の違った便箋とペン。
翠はペンをオレに握らせると、「はいこれ」と便箋をオレの目の前に置く。
「えっと……これは?」
「ほら、お兄ちゃん、前に……お盆の時に『お盆で帰ってきました』設定でお菓子送ってくれたじゃない?」
「あー、そうだな、うん」
「多分お兄ちゃん……これからも毎年あんな感じで送ってくれるんだろうなって思ったんだけど、それがお兄ちゃんの今後の人生の妨げになるんじゃないかなって考えたの。 だからお兄ちゃんにはそんなこと気にしないで今の『福田ダイキ』として生を謳歌して欲しい」
「翠……」
まさかオレのことを考えて……幸せな中そんなところまで考えてくれていたなんて。
妹の優しさを受けオレの目に涙が溜まっていく。
「それでさ、お兄ちゃんあの手紙に『届かなくなったら生まれ変わったって思って喜んでくれ』って書いてたでしょ? だからこれからお菓子は私がお兄ちゃんの代わりにこっそり送るから……その時に添える手紙を3枚くらい書いて欲しいんだ」
「なるほど……そういうことか」
このままだと毎年お盆の時期になるとオレは前世のことを思い出してしまう。 だったら約3年分の手紙をオレが今書いて翠に渡し、それ以降オレは前世を振り返らず……今の福田ダイキとしての人生を100パーセント前を向いて歩んでくれってことなのか。
ありがとう、翠。
じゃあオレは……こう答えるしかないよな。
「分かった。 書くよ。 ごめんなそこまで気を使わせて」
「ううん、私、お兄ちゃんに感謝してるんだよ? お兄ちゃんの手紙のおかげでお父さんもお母さんもちょっとずつ元気を取り戻して、私もこうして恋愛できるようになったんだから」
「そう言ってくれると助かるよ」
こうしてオレは今年・来年・再来年分のお盆用のお手紙を書くことに。
そして書き終えた手紙を翠に渡すと、翠は「ありがとうお兄ちゃん。 たまに思い出してくれるともちろん嬉しいけど……私たちのことは一番後回しでいいから、明日からは今の人生を目一杯楽しんでね」と言いながらオレを優しく抱きしめてくる。
「オレの……人生」
「うん。 多分、私からもう会いにいくことはないと思うから今言っておくね。 今までありがとう、お兄ちゃん。 どうか今後のお兄ちゃんの人生が幸せで満ち溢れてることを、心から願ってるよ」
その日の夜が兄・森本真也と妹・森本翠の最後の時間。
「今日が最後だからお兄ちゃん……一緒に寝てもいい?」と甘えてくる妹の願いをオレは快く承諾。 オレも翠とともにリビングへと赴き、約20年ぶりだろうか……敷いてある布団で一緒に眠りについたのであった。
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