434 特別編・最終審査・課題②【挿絵有】
四百三十四話 特別編・最終審査・課題②
「……っし、やるか」
夜。 チームメンバーである五條鈴菜と橘奈央の2人とシャワーからの夕飯を終えた美波は部屋で再び運動着に着替えて部屋を出る。
向かう先はダンスレッスン場。
基本的にこの最終審査、空いてる時間をどう使うかは参加者の自由なためレッスン場も開放していることを聞いていた美波は明日の模擬ステージで披露する曲『運命はEMMAージェンシー』のダンスの精度をより高めようと意気込んでいたのだが……
◆◇◆◇
「あ、美波ちゃん」
「え?」
向かっている途中、同じく運動着姿に着替えた鈴菜とエレベーター前で鉢会う。
「えっと……鈴菜ちゃんももしかして?」
「うん、やっぱり明日が本番だって考えたら居ても立っても居られなくてね。 一回ミスなく踊りきって、スッキリしてから寝ようかなって思って」
鈴菜が「私、心配性だから」と頬を掻きながらアハハと笑う。
「あー、分かるよ。 私もぶっちゃけそんな感じだし」
「そうなの?」
「うん、だって明日も私センターじゃん? センターは伸び伸びやっていいって言われてるけどその分ミスったらめちゃめちゃ目立つしさ。 それに今日のステージもタイミングずれずれって言われたから少しでも修正したいなって」
美波が本日の自分の反省点を話していると鈴菜が「ていうか美波ちゃん、心変わりしすぎねー」とツッコミを入れながら美波の手を握ってくる。
「え、なにが?」
「だってさ、今日のお昼前までは橘さんのことめちゃめちゃ敵視してたのに……害がないって分かった途端にすごい懐いてるんだもん。 さっき言ってたタイミングのことだってトレーナーさんじゃなくて橘さんが言ってたことでしょ?」
「そ……そうだけど、 でも別に懐いてなんかは……!」
「いやいや懐いてるよー。 私の方が美波ちゃんに早く声かけて仲良くなったのに、ちょっと嫉妬しちゃったなー」
「違う、そうじゃないって。 でも確かに心の引っかかりが取れるの早かったんだよね。 なんでだろ」
美波は移動中もその現象についてしばし考察。
するとなぜだろう……美波の脳裏に福田の顔が浮かび上がってくるではないか。
「ーー……え、なんで」
思わず声を漏らすと鈴菜が「どうしたの?」と尋ねてくる。
「いや……なんか橘さんのこと考えてたら5年の時に同じクラスだった男子の顔が出てきて」
「同じクラスの男子?」
「うん」
「それは……好きな男子なの?」
「あー、いや、そういうのじゃないかな。 好きは好きだけど、恋愛感情みたいのとはちょっと違う気がする」
「ふーん」
結局答えはわからないまま2人はレッスン場に到着。
するとどうだろう……扉に手を掛けると中からキュッキュと靴と床が擦れる音が2人の耳に入ってくる。
「あれ、誰か練習してるのかな」
「ね。 やっぱりみんな不安なんだよ」
美波は鈴菜と「邪魔しないよう静かに入ろう」とゆっくりと扉を開けて中を覗き込むことに。
そしてその瞳で見た光景に、2人は言葉を失ったのだった。
「はい、そこ違うよ。 もっとこう……ターンを回りきる寸前でジャンプするの。 もう1回やってみ」
「は、はい!」
真っ先に目に入ってきたのはメイプルドリーマーのリーダー・ユウリの後ろ姿。
両手をパンパンと叩いてリズムをとりながら、その先で踊っている人物に対し「はい、次は少し遅い。 もう1回」と声をかけている。
そしてその奥の人物に視線を向けると、そう……美波と鈴菜のチームメイト・橘奈央だったのだ。
「はい、すみません! もう1回お願いします!」
美波たちといる時とは大違い……奈央は汗を滝のようにかいて息を大きく乱しながらユウリに深く頭を下げている。
それに対しユウリもそんな奈央の思いに応えるかのように「うん。 その曲はユ……私の想いがかなり込められた曲だからタイミング以外にも気持ちの入れ方とか大事になるの。 そこも注意してね」と言いながら奈央の頭をわしゃわしゃと撫でていた。
「んじゃ、もう1回やろっか」
「はい!」
一体なんでユウリちゃんが教えているのだろう。
美波は鈴菜とそのことについて「え、なんで?」「分からない」とコソコソと話していたのだが、奈央とユウリの目の前にあるのは大きな鏡……2人の存在に気づいたユウリが「あれ、美波ちゃんたちどうしたの?」と後ろを振り向き声をかけてきたのだった。
◆◇◆◇
「えーー!? 橘さんが!?」
それからユウリから聞いたのはどうしてこんな状況になっていたかのかについての経緯。
ユウリが夕食からの打ち合わせ後に部屋へと戻っていると、偶然練習に向かっていた奈央と遭遇……その際「もしよろしければ……」と直接レッスンをお願いされたとのことだった。
あのクールな奈央がお願いなんて珍しすぎると美波が驚いていると、鈴菜がユウリに「あの……ちょっといいですか?」と恐る恐る手を挙げる。
「えっと君は……五條さんだったよね。 どうしたの?」
「その……直接メンバーに教えてもらうのって大丈夫なんですか? 卑怯とかって言われて失格とか……なったりしませんよね」
鈴菜が心配そうな表情で若干声を震わせながら尋ねる。
しかしユウリはまったく表情を曇らせることなく、「ううん、全然大丈夫だよ」と眩しい笑顔を鈴菜に向けた。
「え?」
「だって私たちも合同参加してるんだよ? もちろんそれは現役の力……とかそういうのを身近で感じてもらって頑張ってもらおうってのが1つのコンセプトなんだけどさ、誰かに相談されたら親身になって答えてあげようってのも実は隠れたコンセプトの1つだったんだよね」
ユウリはその後「まぁこれを大きな声で言っちゃうとみんなユ……私たちのところに殺到しそうだから、あえてそこは言わなかったんだけど」と付け加える。
「ええ……ええええええ!!! そんな裏オプションがあったんだ!」
「そうだよ。 本音言うと誰も私たちに声かけてくれなかったからヒヤヒヤしてたんだ」
「てことはもしかして私らもお願いしたらユウリちゃん……一緒にみてくれるってことですか!?」
美波が若干興奮気味に尋ねるとユウリが「そういうことだね」と優しく微笑みながら頷く。
「よっしゃああああああ!!! 現役アイドルの指導独占だああああ!!! 鈴菜ちゃん、私らもお願いしよっ! てかいいですよね橘さん、私らも入っても!」
美波が視線を奈央に向けると奈央は照れ臭そうに「好きにすれば?」と答え、それから約1時間、美波たちは現役アイドルのリーダーから持ち曲の指導を細かく教えてもらい、自信と技術を更に向上させてレッスン場を後にしたのだった。
その帰りのこと。
「おっとっとっと……うわああああああ!!!!」
ダンスで本気を出しすぎたせいか、足が一瞬もつれて前に転倒しそうになった美波を奈央が「おっと……」とスマートに支える。
「うわわ、ありがとう橘さん」
「ーー……足、挫いてない?」
「うん、橘さんのおかげでなんとか」
美波が「あはは、あっぶなー」と笑っていると、奈央が「ん」としゃがみながら美波に背中を向けてくる。
「へ?」
「おぶるよ」
「え、なんで?」
「痛めてる可能性もあるでしょ。 小学生の大丈夫を私はあまり信用してないから……とりあえず医務室行って診てもらおう」
「いや……本当に私、どこも痛めて……」
「じゃあ診てもらうだけ。 ほら」
一体なんなんだろうこの無言の圧力は。
これで拒否したら空気が悪くなってしまうと感じた美波は渋々奈央の背中にお世話になることに。
それから奈央におぶられながら医務室へと運ばれていったのだった。
「あの……橘さん、私本当に大丈夫だからね?」
「それはお医者さんの話聞いてから」
「ーー……はい」
奈央の背中の温もりを感じながら、美波はとあることを思い出す。
それはつい最近……そう、3次オーディション終わりに腹痛を起こし、それを女の子特有の日と勘違いした福田が自分をお姫様抱っこしながら彼の家へと運んでくれた日のことを。
あ、そっか……橘さん、あいつに似てたんだ。
基本的に優しさは皆の前では表に出さず、一見面白みのない人物なのだが蓋を開けてみれば優しさで詰まっている。
「なるほど……だからか」
美波がそう小さく呟くと奈央が「え、なに?」と振り向き尋ねてくる。
「んーん、なんでもない」
「そう。 もう着くよ」
「はぁ……大丈夫だって言ってんのに。 まぁその……ありがと」
「え?」
「な、なんでもないっ!!!」
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