432 特別編・最終審査・2日目午後①
四百三十二話 特別編・最終審査・2日目午後①
「あ、美波ちゃんここにいたんだ」
ダンスレッスン終了してからの休憩時間。
美波が影で動画を見ながら復習していると、その姿を見つけた鈴菜が声を掛けてきた。
「ん? あ、鈴菜ちゃん。 レッスン終わってすぐどこか行ってたみたいだけど、どこ行ってたの?」
そう、美波は鈴菜を練習に誘おうとしていたのだがデータを受け取った後に周囲を見渡すと鈴菜の姿が見えず。
仕方なくこうして1人で復習していたのだ。
「あー、ちょっとトイレにね」
「そっか。 長かったね。 お腹痛かったの?」
「ううん、流石にさっきのダンス激しいところとかあったからさ、食い込んだり擦れたりしてもう濡れ……ちがうちがう、そう、お腹痛かったんだ」
鈴菜はお腹をわざとらしく擦りながら「あはは」と笑った後にコホンと咳払い。 その後「スマホ見て何してるの?」と美波の見ているスマートフォンを覗きながら尋ねた。
「あーこれ? 復習してんの」
「復習?」
「うん、さっきトレーナーにダンスのデータ貰ったからさ。 でも流石に次はマラソンじゃん? 体動かし過ぎたらバテると思ったから脳と上半身だけで復習中なわけ」
美波の本気の目を見た鈴菜はゴクリと唾を飲み込むと「これは私も負けてられないな」と小さく呟く。
「ん? 鈴菜ちゃん、なんか言った?」
「ううん、私も練習しなきゃなって思って。 ねね、私にもそれ見せてもらっていいかな」
「もちろんだよ! 絶対にあいつを見返してやろうね!」
「あいつって……あ、橘さん?」
「そうそう! レッスンの時は追いつけなかったけど、この時間使って絶対に追いついてやるんだから!!」
こうして2人はマラソン時間まで先ほどのダンスの復習をすることに。
休憩後のマラソンも美波は他よりも走る距離が短かったため、走り終わるや否や脳内で動画を再生……振り付けを再確認していたのであった。
◆◇◆◇
お昼。
昼食をとりに美波たち参加者はホテルのレストランルームへ。
本来なら美波は鈴菜と楽しく食べる予定だったのだが、その日のレストランルームは昨日以上に空気がピリついていたのだった。
そうさせたのはマラソン終わりに現れたダンストレーナーの言葉。
『午後にダンスの模擬ステージがありますが、誰をセンターにするかは各チームに任せます。 時間までに決めておいてください』
「「「ーー……」」」
食欲をそそる香りが立ち込める室内で皆グループごとに座りながらギラリと目を光らせている。
美波は一旦周囲のチームの声に耳を傾けることに。 どのように決めているのか敵情視察をしようとしていたのだが……
【グループAの会話】
「私センターでいいよね」
「いや、練習で上手くいってたの私だから私でしょ」
「違うって、そこはバランスだよ。 背の高い人は後ろの方が良くない?」
【グループBの会話】
「どうする誰がいい? 私まだ振り微妙だから2人どっちかやっていいよ」
「いやいや私も覚えきれてないところあるし譲るって」
「そんなの私もだよ。 私のせいで評価低くて恨まれるの嫌だもん」
【グループCの会話】
「一番出来てる私がセンター決定として……え、なんか文句ある?」
「ーー……」
「ーー……」
ーー……ダメだ。 ある意味でバランスいいけどある意味で統率がまったく取れてない。
これは参考にならないなと感じた美波は視線を自分のチームへ。 「それで私らのチームはどうする?」と隣に座っている鈴菜と対面に座っていた高校生・橘奈央に尋ねようとしたのだが……
「小畑がセンター。 それで私と五條がそのサイドね」
「「え」」
高校生・橘奈央が美波が尋ねる前に即答。 その答えの早さにもそうなのだが、美波も鈴菜も奈央がセンターになるのだろうと予想していたのもあり、『小畑がセンター』と聞いた2人は同時に声を漏らした。
「なにか意見ある?」
奈央が静かに目の前に座っている美波と鈴菜に視線を向ける。
「えっと……美波ちゃんがセンターですよね? うん、私はそれで問題ないですよ? 橘さん、かなり細かいところまで見てくれてるし、それがベストなら……」
鈴菜の答えに奈央は「そう」とだけ返し、視線をそのまま横へ。 「小畑はどう? 反論ある?」と尋ねてくる。
「え、いや……てか、え? なんで私なの?」
「なんでって?」
「だってあんた……橘さんがレッスンで1番出来てたじゃん。 それなのに私をセンターにって……あっ」
美波の脳裏に浮かび上がったのはこのオーディションの始まる前夜に足を引っ掛けられそうになった光景。
それを思い出した美波は「ーー……もしかして今度は後ろから足を掛けようとか思ってないよね?」と奈央を軽く睨みつける。
するとどうだろう……奈央は「はぁ……」とため息をつくと、面倒臭そうに美波を睨み返してきた。
「な、なにさ」
「あのさ、私が一昨日の夜に足を引っ掛けようとしたの……あれ本当に私が小畑を陥れようとしたからだと思う?」
「ーー……は?」
「だってよく考えてみな? 普通妨害するならさ、小畑みたいな子供じゃなくて他に優秀そうな人にするでしょ」
えーと、ということはつまり……
「な……なにいいい!?!? それって私が優秀そうじゃないってことおおおお!?!?」
再度心に火を付けられた美波が突っかかろうとするも、そこはさすがは年上。 鈴菜が「まぁまぁ、もうちょっと理由聞こうよ」と言いながら美波をなだめる。
そして美波の勢いが治ったことを確認した奈央は「ーー……続き言うよ?」とこれまた面倒臭そうに話を続けたのだった。
「まず小畑。 君さ、私見てたんだけど……1次審査の時、足怪我してたよね」
「ーー……!!」
奈央の言葉に美波の体が大きく反応。
「な、なんで知ってんの?」と声を震わせながら尋ねる。
「いや、だから見てたって言ったじゃない。 それでもしまだ完治してなかったら今回のスケジュールのマラソンやダンスレッスンは絶望的。 だから治ってるか確かめるために足を引っ掛ける演技をしただけ」
「な……なななななななああああああああああ!?!??!?」
美波は奈央の発言に言葉を失う。
奈央の言ってたことはすべて的を得ている……確かに妨害するなら運動系が得意そうな人を潰せばいいし、例えばマラソンが得意なあの大学生を潰した方が後々有利になる。 なのにここであえて最年少の自分を潰そうとしたところでなんのメリットも生まれない。
今思い返せば昨日の大学生たちとの言い合いもそうだ。
この高校生・橘奈央は言い合いをしていただけであって、別に大学生たちの妨害をしたわけでは一切ない。
じゃあこの2日間、自分は勝手に橘奈央を敵視してただけで、向こうは別に他を妨害しようとか……自分のことなど何とも思っていなかったということになる……よね。
「ぐああああああ!!!! くやしいいいいいいい!!!!」
美波は自身の髪をぐしゃぐしゃに掻き乱しながらも橘奈央への考えを改めることに。
「か、勝手に橘さんのこと悪者だと思ってた。 ごめん」と小さく頭を下げるも、奈央は別に気にしている様子もなく、「まぁ敵は敵だけどね。 お互いに合格を競う同士だし」ともはやお決まりの毒舌で返してきた。
「いや……そこは『私も紛らわしいことしてごめん』じゃないの!?」
「小畑、思い出してみ。 あの夜私、思い切り足出してないよね」
「そ、それはそうだけど……!!」
「じゃあいいじゃん」
「良くないよ!! じゃああの去り際の舌打ちなんだったのさ!」
「あーあれ? なんかギャーギャーうるさいなーって」
「な……なにいいいいいいい!?!?!? じゃ、じゃあ話戻すけどなんで私センターなわけ!? あ、もしかして橘さん、私の影の練習見ててそれで!?」
そうだ、いろんな人の癖や行動をチェックしていたこの人なら大いにあり得る。
だからこそ必死に練習していた自分に華を持たせようとして……!? だったらこの人、めちゃめちゃいいやつじゃん!!
ーー……そうプラスに考え始めていた美波だったのだが、そこはやはり橘奈央。
ふるふると首を左右に振ると、その理由を簡単な言葉で説明したのだった。
「いや、小畑が一番タイミングとるの下手だったから」
「そうでしょそうでしょ……って、はあああああああ!!?!?!?」
思ってもいなかった奈央の判断基準に美波は身を乗り出しながら「それどういうこと!?」と問いただす。
「まんまの意味だって」
「まんま!?」
「あのね小畑、優秀な人がセンターって考えはやめな」
奈央は周囲に聞かれないような声量で小さく美波と鈴菜に囁く。
「え」
「なんで!?」
その後の奈央の説明はかなり分かりやすいもので、その内容はセンターも多少のスキルは必要ではあるが、基本は目立ってなんぼ……複数人でのダンスではいかに統一感が出てるかが重要らしい。 そう考えた場合、奈央は一番相手のタイミングに合わせて踊れるスキルを持っているのでバック確定。 そしてもう1人のバックをどうするかと考えた時に、消去法で鈴菜になった……ということだった。
「え、てことは私……見かけだけセンターってこと?」
「そういうこと。 だから見かけらしく、体を大きく使って伸び伸び踊りな」
「は……はああああああああああああ!?!?!?」
こうして美波・鈴菜・奈央のチームでは美波がセンターに決定。
そしてその結果、奈央の采配が上手くいったのか模擬ステージはとても気持ちのいいもので終わったのだった。
模擬ステージ後、流石に奈央の実力を認めざるを得なくなった美波は奈央のもとへ。
「いいステージだったと思う! 明日の曲とダンスの課題も同じチームでの発表らしいし頑張ろうね!」と声をかけると、奈央は静かに美波へと視線を向け、美波の頭にポンと手をのせる。
「ん、何?」
「小畑、確かに私は伸び伸び踊れって言ったよ? でも午前のレッスン中にも言ったけどさ、前に出るタイミング早すぎ。 いいステージに見えたならそれは私や五條のおかげ。 そこんとこ忘れないで」
「はああああああああああああああああああ!?!!?!!??」
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