417 特別編・JSのアイドル奮闘記⑥
四百十七話 特別編・JSのアイドル奮闘記⑥
「失礼します」とともに扉を開けて入ってきた人物。
姿なんて見なくてもわかる……そう、そこに現れたのはあのメイプルドリーマー・リーダーのユウリ。
ーー……以前エマたちとの練習中、公園で会った時とはまるで印象が違う。
ユウリは圧倒的なアイドルオーラを体全体から発しながら美波たちの目の前に立った。
「きゃあっ! ユウリだ!」
「初めてこんな近くで見たっ!」
「ユウリちゃーん!」
かなりの熱狂的ファンなのか、参加者数名がユウリに向かって黄色い声援を投げかける。
しかしユウリはそれを無視。
マネージャー女性に視線を向け、「それで……私と並んで踊る子、いたんですか?」とクールに尋ねた。
「えぇ、いたわよ」
「へぇー、意外です。 前日の……別の地方会場ではいなかったですよね」
「そうね」
「で、誰ですか?」
「あの子……小畑美波さんよ」
「小畑美波さん……えっ?」
さっきまでのクールキャラはやはり演技だったのか……『小畑美波』という名を聞いた途端、ユウリの表情がユルく崩れる。
「小畑美波さんって……あの?」
ユウリが目を大きく見開きながら参加者たちを見回しだす。
そして覚えてくれていたのだろう……美波と目があったユウリは少し笑顔に。 何かを話しかけようとしたのか小さく口を開こうとした……のだが。
「えぇ。 あの……と言っては皆に誤解させちゃうわよ。 この地域の第一次審査でユウリ、あなたが褒めてたチームの1人だった子ね」
マネージャーがユウリに何やらアイコンタクト。
それが何を意味していたのかは美波にはまったく理解出来なかったのだが、ユウリはその瞬間に何かのスイッチをオン。 再びクールモードに無理やり戻し、「コホン」と小さく咳をした。
「え、あ……そ、そうですね。 そうでした」
ユウリは一瞬声を詰まらせながら視線をマネージャーから美波へと移し、美波を静かに見つめてくる。
「!!!」
一体どうしたというのだろうか。 ユウリから送られてくるこのピリついた空気・視線。
美波がその凄まじいオーラに圧倒されかけていると、ユウリが「美波さん」と自分の名前を呼んできた。
「は、はい!」
名前を呼ばれただけだというのに、肩が自然と上がり体が硬くなっていくのが分かる。
「ユ……私と一緒に踊ろうっていう自信は認めるけど、それで自分を責めたりしないでね」
「え」
そう言うとユウリは「この曲と振りは髪の毛解いてた方が躍動感出るんだよね」と言いながら髪ゴムを外し、被っていた帽子をマネージャーへと渡す。
その後羽織っていた上着を脱ぎながら、美波に「前においで」とクールに声をかけてきたのだった。
◆◇◆◇
その後のことは言うまでもない。
ーー……圧倒的敗北。
ダンスの振りもさることながら、歌の声量も声の伸びもまるで違う。
美波はなんとか最後まで食いつき頑張ったのだが、踊り終えた先に待っていたのはやりきったという満足感ではなく、あぁ……これは終わったという絶望感。
ユウリとのダンス後、オーディションは終了して他の参加者たちが勝ち誇った顔で部屋を出ていく中、美波はその足で同じフロアにある女子トイレへ。
耳を澄ませて誰もいないことを確認した美波は、ようやくそこで想いの全てを吐き出したのだった。
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
まさか周囲をビビらす目的で使った作戦が倍以上になって自分に跳ね返ってくるなんて。
オーディション結果もあの年上の参加者たちにも……すべてに負けてしまったではないか。
美波は目から大量の涙を流しながらおもむろにスマートフォンを取り出してメールの受信フォルダを開く。
この気持ち……誰に聞いてもらおう。
【受信・かな】三次審査、今日だったよね! 美波なら大丈夫! がんばっ!
「こんな元気に応援してもらって……それでボロボロだったって言ったら佳奈、反応に困るよね」
【受信・まゆか】美波ー!! がんばれー!!!
「麻由香はこの時間、塾だっけ。 受験に向けて頑張ってる時に暗い話題は良くない……か」
美波はさらに今朝送られてきた激励メールに目を通していく。
【受信・エマ】頑張ってね! あ、あとあのダンス後半、ターン後の足のつま先の向きに注意するのよ!
【受信・エマ】みなみちやん、がンぼっっってなえ。えるしい
「あぁ……あれだけアドバイスとか色々してもらったのにエマに申し訳ない……! エルシィには……言っても分かんないもんな」
となれば……
【受信・福田】小畑さん、頑張って!
「福田……か」
美波はこのメールの受信相手・福田ダイキに相談した際の反応を予想してみることに。
もし福田なら……おそらくは変に気を使うこともなく、気まずい空気にはならないのではないだろうか。
というよりも以前、オーディション第一次審査の後泣いてしまった時にも無言でただ横にいてくれたことだし、今回も黙って自分の話を聞いてくれるかもしれない。
「よし……福田、福田の好きな私からのメールだぞ、早く返信しなよ」
そう呟きながら美波は震える手で福田宛にメールを送信。
その後福田からの返信を待っていたのだが……
「ーー……え、なんで返信来ないわけ?」
5分経っても10分経っても……30分経っても福田からの返信は一向に届かず。
「せっかく好きな私が頼ってんのに……なんでこういう時に限って反応ないの?」
とはいえこのままここ・女子トイレにいても変に怪しまれるだけ。
美波は静かに女子トイレを出て建物の外へと出ると、このまま真っ直ぐ帰っても母親にも今回のことはあまり聞かれたくなかったこともあり、近くのファーストフード店へと入り、心が落ち着くまで時間を潰すことにした。
◆◇◆◇
「あー、もうこんな時間か」
夕方。 気づけばスマートフォンの電源も残りわずか。
流石にもう帰らなければならない時間になってきたのだが、美波の心は一向に晴れず。
「くそ……ちょっとでもボーっとしてたらあいつらの勝ち誇った顔が浮かんでくるし。 うざ」
そう小さくボヤきながら目の前に視線を向けると数時間前に購入したものの一切口に出来ていないフードセットが置かれている。
「流石に食欲なかったけど……これ一気に食べたらちょっとはスッキリするかな」
美波はそれらを無理やりお腹に入れた後に店を出て駅へと向かう。
しかしこの時の美波はまだ知らない。 先ほどの選択がこの数分後から後悔することになるということを。
◆◇◆◇
「ーー……やば」
なんとか最寄りの駅まではつけたものの、美波の今いる場所はその駅のトイレ内。
ショックで胃がまったく動いていないのに無理やり食べ物を詰め込んだせいか、かなりの腹痛が美波を襲い……かれこれ約30分はそこで閉じこもっていたのだった。
ようやく腹痛の波が治ったことを確認し、これをチャンスと見た美波はそのまま家へとダッシュ……しようと駅を飛び出したのだが、とある人物の後ろ姿が美波の視界に入ってくる。
あれは……そう、福田だ。
どこかに出かけていたのだろうか。 1人大きく背伸びをしながら彼の自宅のある方向へと歩いて行っているではないか。
「いや……電車乗ってたんならスマホ触ってんでしょ。 メールくらい見ろし!」
美波の家は福田の家とは別方向。
しかし美波は先ほどの腹痛の波とかそういうのを一切忘れ去り、福田の後ろから飛び蹴りを食らわせるため……彼のもとへと駆けだしたのだった。
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