416 特別編・JSのアイドル奮闘記⑤
四百十六話 特別編・JSのアイドル奮闘記⑤
それは福田ダイキと結城桜子が出かけたのと同じ日・土曜日。
その日、小畑美波はアイドルグループ・メイプルドリーマー妹オーディション第3次審査の課題を発表するべく、指定された建物……見上げるほどに高いビルへと足を運んでいた。
今までで1番本気で挑み、かつ1番いいところまで進んでいるオーディション。
自信はあるのだがこれは武者震いというやつなのだろうか……美波は自分の両手が細かく震えていることに気づく。
「ここまできたんだ……出し切らないと!」
ビルの入り口手前。 美波は今朝仲間たちから届いた激励のメールに再度目を通し、「よしっ」と小さく気合を入れて戦場の地へと足を踏み入れたのだった。
【受信・かな】三次審査、今日だったよね! 美波なら大丈夫! がんばっ!!
【受信・まゆか】美波ー!! がんばれー!!!
【受信・エマ】頑張ってね! あ、あとあのダンス後半、ターン後の足のつま先の向きに注意するのよ!
【受信・エマ】みなみちやん、がンぼっっってなえ。えるしい
【受信・福田】小畑さん、頑張って!
◆◇◆◇
建物内に入り案内された場所は割と高層の階。
指定された部屋の扉を開けるとそこはダンスレッスン場のようで、奥には1面に広がった大きな鏡……そして床はワックスが効いているのか、上に取り付けられた電球の光がピカピカと反射していた。
「えーと、君は……」
あまりにもガチな光景に見惚れていると、隣からおじさんの声が。
視線を向けるとバインダーを持ったスーツのおじさんが美波の顔と見比べながら話しかけてきていた。
「あ、はい! 小畑美波です!」
「小畑美波さん……あ、はい確認取れました。 ではそこの壁際で待っててね」
「わ、わかりました!」
おじさんの指差した先には自分と同じ三次審査のライバルなのだろう……大学生のような大人びた女性から一番若そうな子でも中学3年生くらいだろうか、美波よりも遥かに体の出来上がった人たちばかり。
三次審査目前にパフォーマンスの最終チェックをしているのか、皆真剣な表情で各スマートフォンの画面とにらめっこをしていた。
ーー……うわぁ、みんなガチだ。
美波も緊張しながらも彼女たちの隣へ。
床に荷物を下ろして小さく深呼吸……数秒の間だけ目を瞑り、ゆっくりと開けると窓の外の景色に意識を集中させた。
「おや? 君は復習しなくて平気なのかね?」
先ほど声をかけてきたおじさんが気の抜けた声で美波に話しかけてくる。
「あ、はい大丈夫です。 私、完璧に覚えてきましたので」
「「!!!!!」」
そう美波が答えた瞬間、他の参加者の敵視してくる視線が美波に集中してくることに気づく。
おそらくは『こんな子供が何を調子に乗っているんだ』と思っているのだろう……そう感じた美波は彼女たちの苛立つ顔を横目で確認。 その後、手を口元へと当ててニヤリと微笑んだ。
ーー……作戦通り。
そう、もう戦いは始まっている。
美波の他に参加者は約10名。 しかしここは女の戦場……おじさんから見たらただ集中しているように映っている彼女たちなのだが、お互いの蹴落とし合いは始まっているのだ。
例えば大学生っぽい女性はリズムをとるフリをしながらわざと隣の高校生っぽい女の子の体に微かに体が当たるようにして集中の邪魔をしているし、中学生らしき女の子は無自覚なのだろうか……少し大きめな声で歌を口ずさみながら周囲のヘイトを集めている。
他にも大きめの音で足でリズムを取っている人もいれば静かに集中してる人の横でわざと「えー、わかんないー」とブツブツ唱えている人もいる。
おじさんが止めに入らないあたり、このレベルのことなら許容範囲なのだろう。
だったら……と、美波が即座に思いついたのが、先ほどの発言……皆の不安感を増幅させること。
美波は笑いを必死に堪えながら余裕の態度を続ける。
まぁ普通に大学生っぽい人たちは怖いといえば怖いのだが、それでも鬼訓練中のエマに比べたら全く怖くはない。
そして学校生活を下着なしで過ごしたことで手に入れたこの強靭なメンタルは本当に武器だ。
私だってそういう戦い方なら負けないし。
美波はひたすらにスマートフォンなども弄らず、ただただ落ち着いた雰囲気で窓の外を眺めることに集中。
実際に振り付けは頭の中にちゃんと入っている……美波は三次審査開始時刻まで脳内で何度も振り付けの復習をしていたのであった。
しばらくして審査員やあのメイプルドリーマーのマネージャーも部屋に入室。
参加者番号を呼ばれた者から課題曲の歌とダンスを披露していき、美波も何のミスもなく無事に乗り切ったのだが……
全員のパフォーマンスが終了したのち、女性マネージャーが美波たちの前に立つ。
「皆様お疲れ様でした。 では本日の結果は今夜から明日までには連絡が行くと思いますのでよろしくお願いします」
マネージャーの言葉に一同小さく頭を下げる。
やっと終わった……そう思い気の抜けかけていた美波たちだったのだが、女性マネージャーは更に言葉を続けた。
「それで、私も『ではここで解散』……と言ってもいいのですが……」
「「???」」
「実は今日、ここにユウリを呼んでます」
「「!!!」」
皆の視線が一気にマネージャーの顔へと集中。 しかしその後このマネージャーが放った言葉が皆の度肝を抜く発言だったのだ。
「実はユウリにも今回の課題曲とダンスを覚えてもらっています。 皆さんには是非その目でプロの迫力を見ていただきたいのですが……せっかくですし、我こそはユウリの隣で一緒に踊っても恥ずかしくはない……引けを取らないだろうという自信のある人はいらっしゃいますか?」
「「「!?!?!?!?!?」」」
ええ……えええええええええええ!?!?!?
ユウリちゃんとダンスーーーー!?!?
まさか今人気急上昇中のアイドルと一緒に踊るチャンスが来るなんて……!
普通なら我先に「はいはーい!!」と手をあげているところだろう。
しかし……
そう、今は絶賛オーディション中。
プロの隣で踊った場合、確実にユウリちゃんのそれと比較されてしまう。
今回のパフォーマンスは無事に踊りきれたんだ……ここでリスクのある行動を取るわけには行かないし、それは他の参加者たちも同じなのだろう……皆黙り込み、誰がこの犠牲者となるのかを固唾を呑んで視線を下へと落としていた。
これはユウリちゃん1人のダンスを見ることになるのか……
そう考えていた美波だったのだが、ここでまさかの事態が起こる。
それはオーディション前に隣の参加者に対して小さく体を当てて妨害していた大学生。 彼女がマネージャーに対し、こう発言したのであった。
「そこの小学生の女の子、オーディション前に自分は完璧だって言ってましたしいいんじゃないですか? それに私たちも出来れば一緒に踊りたいですが、ここは一番年下の彼女に譲ろうと思います」
ーー……え。
振り返りながらその大学生女性を見ると、大学生女性がニヤリと微笑みながら「どうぞー」と手を振ってくる。
「え、いや……」
「でも自信あるんでしょー?」
「!!!!」
や、やられたああああああああ!!!!!!
他の参加者に助けを求めるような視線を送ってみるも、やはりここは戦場……皆ここで1人脱落することを確信したのか笑いを堪えるようにしながら「いいよ」やら「頑張ってね」などとワザとらしい言葉を投げかけてきている。
これが年の差……脳の出来が違うのか……。
美波がこの状況に絶望していると、マネージャー女性が「そうなの? じゃあやってみましょうか」と美波に尋ねる。
それに対し美波は、流石に引くに引けない状況にもなっていたこともあり……こう答えるしか選択肢はなかったのだった。
「ーー……わ、わかりました」
こうしてユウリの隣で踊る……もといプロのそれと比較される犠牲者は美波に決定。
そしてそれとほぼ同時……「失礼します」の声とともに、部屋の扉が静かに開かれたのだった。
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