406 特別編・2人だけの時間【挿絵有】
四百六話 特別編・2人だけの時間
それはダイキたちがファミレスでワイワイと盛り上がっている頃。
その日、エマ・ベルナールもまた、同じお店ではないのだが近くの喫茶店でとある人物と向かい合っていた。
その人物というのはーー……
「聞いたよ楓。 メイプルドリーマーの妹オーディション、辞退したんだってね」
静かで古風漂う喫茶店内。
アンティークなテーブルの向かい側に座っていた帽子を深く被っている女性……メイプルドリーマーのリーダーでもありエマの前世・小山楓時代の親友であった松井ユリがゆっくりとエマを見据える。
「まぁね。 だってエマは……」
「ここは人目ないから大丈夫。 『楓』でいいよ」
「そう? じゃあそうする」
エマは周囲を見渡し近くに人がいないことを確認。
その後コホンと咳払いをし、前世・小山楓として再び目の前にいる親友に視線を向けた。
「じゃあもう一回言い直すね。 元々私、アイドルになる気なかったし」
「そうなの楓?」
「うん。 別に私、芸能にあまりそこまで執着してないしさ。 この体……エマ・ベルナールの人生で満足してるもん」
楓は以前とは比べものにならないほどに小さくなった自身の手……エマの手を握りしめながら優しく微笑む。
「でもせっかくのチャンスなのに。 鬼マネも残念がってたよ」
「鬼マネが?」
「うん。 あんな才能あるのに勿体ないって」
「才能……ねぇ。 でも自分でも驚いてるんだよ。 身体は当時の私のものじゃないのにステージ上とかでの歩き方……とか目線の方向とか自然に出来てたんだもん。 やっぱりあれは魂で覚えてたってことなのかな」
「まぁあの鬼マネのレッスン受けたんだしね。 ユルいユリでも出来るようになったんだもん、魂で覚えて当然だよ」
ユリが自身の自虐を交えながら「あはは」と笑う。
「確かにそうかも。 鬼マネのレッスンはキツかったからなー」
「ねー。 ユリもついてくので必死だったし」
「あ、そうそう、ちなみにそれも理由にあるの」
楓は目の前に置かれたオレンジジュースをストローで啜りながら「ふぅ……」と息を吐く。
「それ?」
「うん。 モデルだって大変だったのにアイドルになったらレッスン以外にももっと色々とやること増えるでしょ? そんなことしたら今の私の大事なエルシィが1人ぼっちになっちゃうし」
「エルシィちゃん……あ、今のエマの妹か」
「そう」
ユリの問いかけに楓はコクリと頷くと、手元に置いてあったスマートフォンの電源をオン。
壁紙に設定してる去年のハロウィン時に撮影したエルシィのコスプレ写真をユリに見せつけた。
「うん、何度見ても可愛いね、エルシィちゃん」
「でしょ? 可愛いだけじゃなくて本当にいい子なの」
「確か楓ってそのエルシィちゃんのために日本に来たんだっけ?」
以前軽く話したことを思い出したのだろう。
ユリが「そういえばそんなこと楓教えてくれたよね」とエルシィの画像に視線を向けたまま尋ねる。
「そうだよ。 この子、向こうでいじめられてたからね。 だったら私、日本が平和だって知ってるし、何かあったら得意の日本語で助けとか求められるでしょ?」
「確かに。 でもだったらなんで東北に来なかったの?」
「そんなの決まってるじゃん。 寂しくなっちゃうもん」
「そう?」
「もちろんだよ。 あっちのお父さんやお母さんの顔とか見ちゃったら私、どうなるか分かんないもん。 エルシィだっているのに」
「あ、そっか。 ごめんね気づかなくて」
ユリがやっちゃった感を出しながら小さく頭を下げる。
「いいよ。 別に寂しいけどお父さんたち元気だってユリから聞いて安心したし。 それにほら、さっきも言ったけどエルシィもいるしね」
そこから始まったのは楓とユリの青春話。
「あの時の練習試合大変だったねー」やら「最近のニューシーの新曲聴いた?」やら。
一度解けた糸が再び結びついていくようにそれはそれは盛り上がって話をしていたのだが……
「あ、そうだ。 ユリ、鬼マネから伝言貰ってたんだった」
話の途中、ユリが急に思い出したかのようにパンと手を叩く。
「ん、鬼マネから伝言? なに?」
楓が小さく首を傾げると、ユリは自身のカバンから一枚の封筒を取り出しエマに差し出した。
「これ、エマちゃんにって」
「私に?」
楓はそこから便箋を取り出し目を通していく。
どうやら鬼マネ直筆の手紙のようなのだが……
====
エマ・ベルナールさんへ。
メイプルドリーマー・マネージャーの今井です。
もう運営メールで送ると上にバレるので手紙という形にしました。 ごめんなさいね。
さて、本題ですが……
エマさん、アイドルは先日お断りされましたが、モデルはどうでしょう!
私はエマさんにはアイドルもいいですがモデルの素質もあると踏んでいます。
もしお受け頂けるようでしたらこの近辺にレッスンスタジオ等、用意する覚悟です。
家のこともお忙しいと思います。 なのでそこまで詰め詰めにスケジュールを入れないよう調整も可能ですので一考頂ければ幸いです。
つきましては下記にある私の電話番号、もしくは松井ユリへお願いします。
今井夏帆
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「いや、鬼マネ……私が楓だってバレてないよね?」
手紙を読み終えた楓が少し表情を引きつりながらユリに尋ねる。
「うん。 鬼マネは楓がエマちゃんだって知らないはずだよ」
「でもそれでモデル誘う!?」
「それだけ鬼マネの目が本物だってことじゃないかな」
「ーー……なるほど」
楓は若干手を震わせながら手紙を封筒の中へと戻す。
流石にここまでの猛プッシュは楓も引くところもあるが、そこまで必要とされていることは伝わってくるので正直嬉しい。
楓は封筒をユリに返すと「んーー」と腕を組み考え出す。
「で、どう楓。 鬼マネも楓の時間を優先してくれるって言ってるし、それだったら楓も……」
「うーーん、でも……それだと鬼マネや上の人に迷惑じゃない?」
「それだけ必要ってことじゃん」
「それはそう……なんだけどさぁ」
まさかアイドルを断ったら次の手を出してくるなんて。
しかも今度はこっちにかなり都合のいい条件で……
「楓、どう!?」
「いやー、でも私は今のこの人生を……結局はそれだけエルシィを1人にしちゃうってことだし」
「じゃあエルシィちゃんも同伴可能です!!!」
まさかの鬼マネとグル。 ユリが食い気味に「それなら一緒にいられるよ!?」と顔を近づけてくる。
「いや……ユリ、どんだけ私をその世界に入れたいのさ」
「だってそうした方がユリ、楓と一緒にいられるじゃん」
「それは私もユリといられるのは嬉しいけど……」
楓が「いや、それでもゴメン」と断ろうとすると、ユリがさらに耳元で囁く。
「エルシィちゃんにもほら、新しい世界とか……お姉ちゃんのカッコイイ姿、見せてあげたいって思わない?」
「ーー……!!!!」
楓の胸がドクンと高鳴る。
「エルシィに……私のかっこいい姿を?」
「うん! お姉ちゃんがこんなかっこいいなんて……私も見習わないとなーって思うかもでしょ?」
「ーー……ユリ、卑怯だよ?」
「へへへー」
あのど天然なユリがそんな話術を使ってくるなんて。
それだけこの世界で揉まれてきた証拠なのかもしれないが……
「あー、いや、でもやっぱり私は……」
「じゃあ体験!! 体験だけでいいから!!!」
「体験?」
「うん! 1度体験してみてみるだけ! それで終わりでもいいから!!」
ユリが「一度でも鬼マネに夢みさせてあげてよ」と手を合わせてお願いしてくる。
「鬼マネに?」
「うん。 もちろんさっきも言ったけどユリだって楓とお仕事したいよ? でもそれ以上に……お世話になった鬼マネに1回でいいから夢を叶えさせてあげたいの。 あそこまで1人にこだわる鬼マネ見るの初めてだし」
鬼マネが1人にこだわるのは初めて……確かにそうかもしれない。
楓の脳内に過去に鬼マネとの熱血&苦悩の日々が走馬灯のように再生されていく。
「ーー……ユリ、それも卑怯だわ」
「え!? てことは楓……!」
「分かったわ、体験って形で1回……本当に1回だけね。 もちろんエルシィも連れてく。 それでいいならいいわよ」
「ほんと!? 分かった!! じゃあもう楓の気が変わらないうちに鬼マネにメールしとくね!!!」
こうして楓は再び鬼マネのレッスンをガチで受けることに。
だとしたら1回とはいえあの人をガッカリさせるわけにはいかない……。
楓は体験レッスンの日までに体力作りや体幹強化など、出来ることをやっておくことを心に決めたのであった。
「あ、それはそうと楓」
「なに?」
「ユリね、さっき思ったんだけど楓のさっきの言葉……『本当に1回だけね』ってちょっとエッチだよね」
「は? なんで?」
楓の問いかけにユリがニマーっと笑い出す。
「だってさ、漫画で読んだんだけど男の人ってそう言って女の子を誘うんでしょ?」
「ーー……は?」
「え、てことはもしかして楓って……」
「んなわけないでしょ!!!!」
はたから見れば中学生と小学生。
しかしそこにはかつての青春時代に戻った親友同士の姿が確かに存在し、誰もいないところでここまで語り合ったのはこれが初めて。
2人はあまり長い時間とはいわないが、1人の小山楓と松井ユリとして思う存分過ごしたのであった。
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