377 天界からダイブ!!
三百七十七話 天界からダイブ!!
お化け屋敷で初めて出会った女の幽霊……もといクヒヒ野郎。
オレはクヒヒ野郎に現世へと引っ張られながら若干の恐怖に怯えていると、途中でクヒヒ野郎と目が合う。
その瞬間、まるで短編ドラマのような……とあるビジョンが脳内に流れてきた。
〜特別編・あなたと出会って〜
「もう……正直長くないですね。 覚悟しておいた方がいいかもしれません」
まだ麻酔が効いていて意識を失っていると思っているのだろう。 聞こえてきたのは入院ベッドの隣で静かに話をしている父と医師との会話。
私は元々丈夫な身体の持ち主だったのだが高校2年生の頃に難しい病気を突然発症……それから数年間はここ病室が私の生活場所となっていた。
「やはり……どうにもなりませんか」
「はい。 全力は尽くしますが未だ有効な治療法が確立されていない病気ですので」
日に日に悪化していく症状。
最初こそ頻繁に咳き込んだり発熱する程度だったのだが、今では吐き気や激しい動悸は当たり前。
そしてたまにくる息がしづらくなる症状が私をかなり苦しめていた。
ぶっちゃけ今回もそれが原因で麻酔を投与。
それでさっきまで意識を失っていたのだが……
◆◇◆◇
『正直もう長くない』
その言葉を聞いてもあまりショックを受けなかったのは自分でもよく分かっていたからなのだろう。
とある日の昼下がり。
私はトイレに向かうために看護師さんに支えられながらも手すりを頼って小幅で少しずつ歩いていると、誰かのお見舞いにでも来ているのだろう……華やかな格好をした女子高生たちがワイワイと楽しそうに話しながら私の隣を通り過ぎた。
「ねーねー、優香国の姫って知ってる?」
「あー知ってる! 今ネットで話題のJCだよね」
「そうそう! 私前にお兄ちゃんが受験に落ちてどう励ましたらいいかって相談したんだけどさ、その時にーー……」
ーー……優香国の姫?
一体何の話だろう。
私が頭上にはてなマークを浮かばせながらその話をしていた女子高生たちの方を振り返り立ち止まっていると、看護師さんが私の名を呼びながら「どうしたの?」と軽く肩を叩いた。
「あ、すみません。 私ボーッとしちゃってて」
「ううん。 何か落し物でもした?」
「いえ、たださっきの女子高生たちがしてた話が……」
「あー、優香国の姫?」
「知ってるんですか?」
どうやら看護師さんたちの間でも有名なようで、その看護師さん曰く、不定期ではあるがSNSに何でも話を聞いてくれる女子中学生がいるらしい。
その女子中学生はどんな内容でもあまり親身にならずに聞いてくれることから気軽に相談でき、その結果心が軽くなり救われてる人が大勢いるとのことだった。
「え、でも親身にならないで話を聞かれるのって悲しくないですか?」
「んー、それは人によりけりなんじゃないかな。 ちなみに私の同僚にも仕事に悩んで相談した子がいたんだけど、軽く話をしてスッキリして……それで今も辞めずに続けられてるよ」
「そうなんですか……」
優香国の姫……か。
その中学生、私が「余命短いけどもう楽になりたい」って相談もいい感じに聞いてくれるのだろうか。
少し興味を持った私はその日の夜SNSで【優香国の姫】で検索。 するとちょうど誰かの相談を生配信で聞いていたようで、
私はどんなものかとその配信を聞くことにした。
相談者は中年の男性。
内容はもう人生の半分を過ぎそうなのに結婚どころか恋人もいないことに焦りを覚えている……というもの。
男性が『結婚相談所に相談したんですけど全然ダメで……これでは幸せな人生を送れないかもと不安なんです』と負のオーラ全開で配信者である姫に気持ちを打ち明けていた。
『へぇー。 てかお兄さんって体型どんな感じ?』
『ふ、太ってますけど……それが原因って言うんですか?』
あーなるほど。 確かに見た目って大事だし、その影響は少なからずあるかもしれない。
私が心の中でそう感じていると、姫が『なんでそう思うの?』と逆に尋ねている。
『だってそれは散々いろんな人に言われてきましたから。 でもこれはどうしようもないんです、僕、満足いくまで食べることが一番の幸せなので』
これは救いようもない相談だ。
私はこれ以上聞くのも時間の無駄だと感じて視聴を止めようとスマートフォンの電源ボタンに指を添える。
するとそれと同時に姫は普通のトーンでこう言ったのだった。
『え、じゃあいいじゃん』
『え?』
え?
おそらく相談者の男性も私と同じなのだろう。
かまり戸惑いながら姫に『それは……なんでですか?』と再び尋ねている。
『だってさ、お兄さんの幸せは食べることなんでしょ? 結婚したら相手にそこらへんも合わせなきゃならないよ。 それでもいいの?』
『えっと……』
男性が返答に困っていると姫は大きくため息。
軽く舌打ちをした後に男性に分かりやすいよう……少し遅めのペースで話し出した。
『だーかーら、結婚してもし子供を作ったとしたら食費は単純計算で3倍でしょ? そしたらお兄さんの満足いくまで食べるって幸せなくなっちゃうよ? 意味わかる?』
『あ……』
『それに別に私は幸せの頂点が結婚だとは思わないし。 だって幸せに暮らしてたつもりなのにどっちかが浮気してたり……とかよくある話じゃん? それに複数で住んでる以上は喧嘩もあるし。 それってお兄さんにとってどう? めんどーじゃない?』
この言葉に納得したのか男性は『確かに……』と呟く。
『んじゃさ、もういい? 私明日も学校だからもう寝たいんだけど』
『そ、それじゃあ最後に1つだけ……』
『なに?』
『ひ、姫のパンツの色は何色ですか?』
『私のパンツの色? えっと今は……』
ーー……プツン。
こうして姫は答えを言う前に配信を切って男性の悩み相談は終了。
同時に視聴していた人たちからは『気になってオレも夜眠れない』やら『相談者さんじゃないけど元気出た』やらコメントが多数寄せられていた。
確かにあまり親身になっては聞いてない感じだったのに、なんだろう……この妙に勇気付けられるような感覚は。
「私も……駄目元で相談してみようかな」
こうして私はすぐに悩みをSNS内のメッセージで送信。
すると無視されるのが関の山だと思っていた私だったのだが姫から返信が届いたのだった。
その内容がこちら……
【返信】いいよ。 でも明日学校だからもう寝るけど、学校終わってからでいい? 美咲もいるけど。
ーー……美咲?
調べてみるとどうやら美咲という女の子は姫の友達で、放課後たまにゲストとして一緒に話を聞いてくれるらしい。
性格は姫と真逆で明るく、稀に起こる姫との仲睦まじそうな掛け合いが癒されるとのことだった。
「明日……楽しみだな」
そして来る翌日。
夕方に姫から連絡が来たので私は病室で相談を通話のみで開始……心に溜めていたことを全て打ち明けた。
◆◇◆◇
『へぇー、それで少しでも早く楽になりたいの?』
「はい。 毎日吐き気や激しい動悸、呼吸困難にもなるしでもうしんどくて。 高い治療費を払ってくれてる父にも申し訳ないんです」
そう答えると友達の美咲が『でもさ、死んじゃった方がお父さん悲しまないん?』と尋ねてくる。
「まぁそうかもしれないですけど……まぁ結局は時間の問題なんですよ。 序盤にも説明した通り、私もうあまり長くないので」
これで姫はなんて返してくれるのだろうか。
さすがに中学生には重すぎた内容だったかな……そう私が感じていると、姫が『じゃあさ……』とゆっくりと口を開いた。
『じゃあさ、それ決まってることなんだったら私と話してる時間無駄じゃない? もっと自分のしたいことに時間使うべきだと思うけど』
「え?」
私が返答に困っていると、隣にいるのであろう美咲が『いやいやゆーちゃん、流石にそれは厳しくね?』と私の代わりに突っ込んでくれている。
『なんで?』
『だって余命言われてて、でも苦しくて楽になりたいから相談しにきてるんしょ? もうちっと優しくても良くね?』
『そう? でも私お医者さんじゃないし』
『それはそうだけど……』
美咲は姫の言葉にしばらく沈黙。
やはりこの話題は中学生には難しかったようだ。
私がこの空気の流れに若干戸惑いコメント欄に逃げていると、そのコメント欄が盛り上がり出していることに気がついた。
「くるぞ」「掛け合いくるぞ」「全裸待機」
どうやら名物の掛け合いの前には毎回こういった重い空気が流れるよう。
そしてそれは今回も同じなようで、何かを思いついたのか美咲が姫に逆に質問を始めた。
『じゃあさ、ゆーちゃんが余命宣告されて毎日が苦しかったらどうする?』
『いや、どうせ死ぬんなら少しくらい短くなってもいいからやりたいことするよ?』
ーー……え?
『やりたいこと?』
『うん』
『例えば?』
『そうだなー、とりあえず学校休んで行きたかったところ全部行くかな。 逆に美咲は?』
『アタシ? アタシは……そうだな、好きな人に会いたいかも』
『いや美咲好きな人いないしまだ処女じゃん。 ちょーし乗るな』
『ちょ、好きな人に会いたいのとそれ関係なくね!? てかバラすなよ!!』
しばらくそんな微笑ましいやりとりが続き、私も普通に女子中学生同士の会話を聞いている感じでその内容を楽しんでいると、急に姫が私に話を振ってくる。
『それで相談者さんはどうなの?』
「え?」
『やりたいこととかないの?』
「うーん、そうだなぁ。 今は特に……逆に死んでからの方が楽しみかな」
『そうなの?』
「うん。 だって霊体になったら身体も元気に動きそうだし……そしたら私お化け屋敷が好きだったからさ、そこで本物のお化けとして人を驚かせてみたいかな」
この私の発言にコメント欄は逆に大荒れ。
「命を大事にしろ」と説教してくる者もいれば、「治療を頑張って生きて」と私を激励するコメントも。
そしてそんな賛否両論のコメントが飛び交う中、姫は私にこう声をかけてくれたのだった。
『へぇー。 それ新しいかも。 じゃあさ、もしこの先本当にお化け屋敷で驚かすつもりだったらさ、私や美咲見つけたら驚かせにきてよ』
「ーー……!」
なんでだろう。 心の中の重たかった何かが崩れ落ちて一気に軽くなる。
私はその理由を1人で考えだしたのだが、その答えに行き着いたのは割とそれからすぐだった。
そう……それはおそらく未来に向けての光ある言葉だったから。
今まで私に声をかけてくれた人たちは今のコメント欄みたいに「今は苦しいだろうけど頑張って」とか「みんな頑張ってる。 だからそんな弱音吐かないで」みたいなものばかり。
しかし今の姫の言葉はどうだ……今を頑張れ関連のことを言われなかったのは今回が初めてだ。
知らない間に溜まっていた涙が一気に決壊し私の頬を伝い落ちる。
「えっと……いいんですか? 驚かせても」
『別にいいよ。 相談者さんやってみたいんでしょ?』
「は、はい」
私が声を震わせながら通話先にいる姫に頭を下げていると、姫が『あーそうそう、だったらついでにお願いしてもいいかな』と話を切り出す。
「な、なんですか?」
『もし驚かしてくれるならさ、私の弟めちゃくちゃ臆病だからガチで驚かせて精神鍛えてあげて欲しいんだけど』
「わ……わかりました」
『あーでも死ぬほど驚かせちゃダメだよ? もし驚かせすぎたって感じたらその分ピンチを救ってもらうから』
「覚えておきます……ありがとうございました」
こうして私の相談は終了。
新しくやりたいこと……目標のできた私はその命が尽き果てるまでの間、ネットや書籍を駆使して人が一番怖がる驚かせ方やお化けとしての一番怖い格好を調べ上げたのだった。
〜完〜
「なるほどな……お前、優香国の民だったのか」
オレの問いかけにクヒヒ野郎……もとい女性の霊が小さく頷く。
そしてその後流れてきたのは女性が霊体になってからの記憶。
それはかなり断片的なものだったのだが、どうやらこの女性はちゃんと成仏して天界へ上り……それからはちゃんと輪廻転生への道を歩みながらこうしてたまに現世に降り立ってはホラーな格好をしながらお化け屋敷に潜伏していたらしい。
そして優香やギャルJK星の姿を見つけてからはお化け屋敷を離れ、基本的にはオレの精神を鍛えるためにオレに憑いていたとのこと。
ちなみに最近の優香の階段落下を食い止めることが出来たのも、もちろん不動明王様の身代わりお守りの効果もあるが……オレが足を踏ん張ることが出来たのはちゃっかりとこいつがオレの足を掴んでフォローしてくれていたかららしい。
それだけでなく夜の病院でオレの前に現れたのは暗い階段を気をつけろという警告。
咄嗟に足首を掴んだのもオレが足下を確認せずに降りようとしたからなんだってさ。
全ての記憶を見終えたオレに向けて女性の霊が一言。
『本当ヒヤヒヤしたよ。 私のせいで弟くん死なせちゃったら姫に顔向け出来ないもん』
女性の霊に視線を向けると、もうネタバレをした後だからなのかそこにはホラー要素の全くない普通の女性の姿。
オレは冷静に女性を見つめると、こう返事をしたのだった。
「いや会話できるんなら最初から普通に話せやあああああああああああああ!!!!!!!」
オレがそう叫んでツッコミを入れ出した時にはオレの目の前には静かに眠っているダイキの身体。
『じゃあまたたまに驚かすから強い男の子になってね』
「ふっざけんなちょっと待てええええええええ!!!!」
こうしてオレは女性の霊との話の途中でダイキの身体へと天界ダイブ。
次の瞬間には……階段から落ちたんだから当たり前か。 全身に伴う痛みがオレを襲ってきたのだった。
「痛ってええええええええええ!!!!!!」
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