356 特別編・美咲⑥ 執行【挿絵有】
三百五十六話 特別編・美咲⑥ 執行
今から美咲を騙した麻帆を処刑しに行く……それを聞いた美咲は目を大きく見開きながら「しょ、しょけー?」と聞き返す。
「そうだよ」
「えっと……なんで?」
「私をいじめようとしたんだもん。 人生のどん底を見せつけないと気が済まないし」
そう言うと優香はスマートフォンを取り出し耳に当てながら部屋の外へ。
出て行く際に美咲に「邪魔したら星美咲、君もしょけー対象だから」と付け足した後に誰かと通話をしながら消えていったのだった。
ーー……まぁ何となく誰と話してたのかは大体予想はつくけれど。
◆◇◆◇
「あ、いたいた」
校舎を出てグラウンドに出るとすぐに優香の姿を見つける。
どうやら顧問はどこかへ行っているのか不在のようで、優香と麻帆が向かい合いながら何やら言い合いをしていた。
「はー!? 急に来たと思ったら何言い出してんの!? きもいんだけど!!!」
少し離れたここにまで聞こえる大きな声で麻帆が優香に怒鳴りつける。
それを聞きつけた練習中の部員たちがぞろぞろと優香たちの周りへ。
「おいおいどうした麻帆」
サッカー部員の中でも一際存在感のある爽やか青年が麻帆に近寄り尋ねかける。
「キャプテンー!! この子がワタシに酷いこと言ってくるんですーー!!」
何と言うキャラ作り。
麻帆が今まで見た事のない超ぶりっ子キャラを演じながらキャプテンと呼ばれている青年の体にすり寄って行くではないか。
「そうなのか?」
「はいー! ワタシ、怖いので追い返してくださいよー!」
男という生き物は本当に単純な生き物のようで、麻帆の言葉を完全に信じきっているキャプテンが「そういう事らしいから帰ってくれないか?」と優香を軽く睨みつける。
しかしそんな睨みにも優香はまったく屈することなく……
「無理。 てか邪魔しないで。 私はこの……名前は忘れたけど、ぶりっ子に用がある。 君たちには用はない」
「邪魔しないでってのはこっちの台詞だ。 お前がいたら練習ができないんだよ」
「別に邪魔はしてないけど。 コートの中で話してないじゃん」
「マネージャーがいないとダメだろ」
「じゃあ先に話させてくれれば済む話じゃない?」
優香とキャプテンが互いを睨みつけ合う。
普通ならこんな状況怖いはず……今すぐにでも助けに向かってあげたいが、優香に邪魔をしたら自分も処刑対象だと言われたんだ。 その処刑がどんなものなのか分からないため不用意に割って入れない。
「もう1度言うぞ1年。 練習の邪魔だ、退け」
男だらけのコミュニティーにおいて女マネージャーという紅一点がどれだけ大切な存在なのかがこの光景を見ればよく分かるだろう。
はじめこそキャプテンと優香のやり取りを黙って見ていた取り巻きの部員たちだったのだが、次第に「キャプテンの言うとおりだ」やら「そうだお前練習の邪魔だ帰れ」といった怒号が優香へと向けられ始める。
「あー、うるさいなー」
「1年の女だからって何もしないと思うなよ!?」
「その通りだ! キャプテン、俺やっちまっていいですか!? 同じ学年なんで迷惑かけないと思います!」
ーー……やば。
この状況、今すぐにでも止めに行かないといつ部員たちに手を出されるか分からない。
自分も処刑されるかもしれないのは怖いけど……犯人探しを手伝ってくれたんだ。 自分だけが何もしないなんてそんな薄情なこと出来ない。
福田……今助けに行くよ!!!
美咲が優香のもとへと駆け出し近づいた……その時だった。
「はぁ、じゃあもういいよ。 素直に話に応じて謝罪とかしてたんなら少しは刑を軽くしてあげようと思ったんだけど……」
優香が大きくため息をつきながら「もういいよ、めんどくなった」と周囲を取り巻く部員たちを冷たい視線で見渡す。
「な、なんだよ」
「キャプテーン、ワタシこわーい!」
皆に守られてることを実感して嬉しそうな麻帆はキャプテンの後ろへと移動。
しかし優香はもはや話し合いには興味がなくなってしまったのか、そんな麻帆の行動には何も触れずにゆっくりと親指を立てた右手を彼らにかざした。
「「「?」」」
部員たちが不思議そうに視線をそこ……優香の親指に注目していると、優香はその指先を内に倒し、外側にスライドさせながらこう言い放ったのだった。
「はい、しょけー」
◆◇◆◇
それからは怒涛の展開。
優香の『しょけー』宣言後、突然校長が部員たちの前に現れる。
「うん。 今年の春すぐに起きたサッカー部の未成年喫煙問題の件、大会にも影響あるし黙っておこうかと思ってたけどやっぱ辞めたわ。 さっき偉い人に言ったからとりあえず当分の大会出場の停止と最低1年の部活動禁止ね」
「「「「ええええええええええ!?!?!?!?」」」」
どうやら美咲や優香たち1年生が入学してすぐにサッカー部内で喫煙行為があったらしく、学校は今まで揉み消していたとのこと。 しかしそれを撤回して校長が上に報告したらしい。
そういやそんな噂流れてたなーと思い出していると、突然の部活禁止を言い渡された部員たちが激しく動揺しながら校長に詰め寄っているのを目にする。
「ど、どう言うことですか校長先生!!」
「そうですよ、だってあの件は……俺たち3年のことを思ってなかったことにするって!!」
「俺、大会に賭けてたんです! それで推薦でサッカーの強い高校に……!」
「いやでも吸ってたの君ら3年じゃなかったか? それじゃあ後輩たちに示しがつかないよね」
「「!!!」」
どうやら校長の言葉は本当だったようで、今更気づいたのだが校長の後ろにはガクリと項垂れた顧問の姿。 顧問は校長に指示を受けていたのか「と言うわけだから練習は中止……いや禁止。 速やかに片付けて帰るように」と部員たちに促していたのだった。
まぁなんと言うかこれは自業自得というか……。
ていうか偶然にしても本当に優香の邪魔をしたサッカー部、しょけーされたじゃん。
美咲が心の中で『これはアタシあの中に割って入らなくて正解だった系?』と自身の行動に問いかけながら優香や麻帆、サッカー部員たちを眺めていると、優香の視線が再び麻帆へと向けられていることに気づく。
そういや優香は麻帆を処刑すると言ってはいたが、それはもういいのだろうか。
そんなことを美咲が考えたのとほとんど同じタイミング。
ざわついている部員たちに聞こえるように優香が大きな声で麻帆に話しかけた。
「まー、仕方ないよねー。 そのタバコの話も、君がいろんな友達や知り合いに『ここだけの話』で教えたのが広がったらしいじゃん」
「「「ーー……え」」」
部員たちの視線が一気に麻帆へと向けられる。
「……ワタシ?」
「そうそう。 それが原因で学校側も隠すのが難しくなったらしいねー」
優香がニヤリと笑みを浮かべながら「結局は君の口の軽さが招いたんだよ。 マネージャーなのに酷いね」と麻帆を指差す。
「そ、そうなのかマネージャー」
「え、いや……ワタシその内容……誰にも言ってないんだけど……」
麻帆が本当に言ったのか言っていないのかは定かではないが、麻帆は「ちょっと変なウソつくのやめてくれる!?」と優香に恫喝。
先ほどまでのぶりっ子キャラは何処へやら。 物凄い怒りの形相で優香に詰め寄っていく。
「それはどうだろー。 私は君が言いふらしてたって噂聞いてたけどなー」
「そんなの嘘!! ワタシやってないし!!!」
「ふーん、じゃああれだよ。 君が星美咲をハメたみたいに誰かにハメられたんじゃない?」
「!!!!!」
麻帆は目を大きく見開きながら美咲に視線を移す。
「み、美咲……」
麻帆の声がかなり震えている。
「な、なに麻帆ちん」
「ワタ……ワタシ……」
このままでは今にも泣きだしそうな勢い。
最近は冷たい態度を取られてしまってはいたが、なんだかんだで麻帆は入学してからずっと仲の良かった友達だ。
そしてそんな友達が声を震わせながら自分に助けを求めてきている……それがあまりにも不憫だと感じてしまった美咲は心が揺らぎ、麻帆の味方になってあげようと思い口を開こうとしたのだが……
「ワタシをハメようとしてるの!? なに!? 復讐できてそんなに嬉しい!? ほんとキモいんだけど!!!!」
ーー……え。
なんということだろう。
助けを求めてきていたと思っていた美咲だったのだが実際はその真逆……自分に罪をなすりつけてこようとしているではないか。
美咲はその状況が信じられずに大きく瞬きを繰り返す。
「えっと……麻帆っち?」
「しかもなに!? ワタシらが構わなくなった途端にインキャの福田なんかと連みだしてさぁ!! それで福田もワタシらにやられそうになったから力を合わせて仕返しってこと!? ほんと発想がクズ!!! こんな小賢しい真似しないで正面から来いっての!!!」
あー、これは聞く耳持たないわ。
少しでも前みたいな友達の関係に戻ることが出来ると信じていた自分が恥ずかしい。
自分の脳があまりにもお花畑だったということに気づいた美咲の顔に思わず笑みが溢れる。
「ふふ……ははは、あはははは」
「な、なに急に笑っちゃってさ! ほんと美咲ってそういう頭おかしいところあるよね! そういうところがワタシは嫌いで……!!!」
ーー……はぁ。
「もう黙れ」
美咲の中で必死に抑え込んでいた怒りの炎が大爆発。
これは小学校の頃にいじめっ子をボコボコに返り討ちにした以来だろうか……美咲は眼光を鋭く光らせながら麻帆に歩み寄る。
「な、なに!? 近寄んないでよ!」
「ツバ飛ばしてくんなよ裏切り者。 次飛ばしてきたら殺すぞ?」
美咲が麻帆の耳元でそう囁きながら胸ぐらを掴みあげると麻帆は恐怖のあまり「ひ、ひぃ……」と弱々しい悲鳴をあげながら失禁。
本来なら麻帆の顔に一発は入れようと決めていた美咲だったのだが、流石に相手が漏らしたとあっては近づけば自分が汚れるリスクもある。
結果美咲は手を離し、湿った地面の上に崩れ落ちる麻帆の姿を確認した後で舌打ちをしながらその場を部員たちに任せて去って行ったのだった。
◆◇◆◇
「ーー……くそっ!!」
校舎裏。
未だ麻帆への怒りが収まりきっていない美咲が校舎の壁を殴っていると、後ろから「星美咲」と自分を呼ぶ声が聞こえてくる。
振り返ってみると……まぁぶっちゃけこの呼び方をしてくるのは1人しかいないのだがそこには福田優香の姿。
「あ、福田」
「なんで私の邪魔をしたの? 邪魔しないでって言ったよね」
「ーー……ごめん。 ついカッとなって」
心配して来てくれたのかと思ったのだが、まさかわざわざ文句を言いに来たなんて。
そんな少しズレている優香のおかげで美咲の怒りのボルテージが少しずつ冷却されていく。
「うん。 ほんとに迷惑」
優香が「はぁ……」と大きく息を吐きながら美咲に近づくと、先ほどまで殴っていた美咲の腕を手に取り眺めだす。
「な、なに?」
「拳が真っ赤だけど……痛くないの?」
「痛いに決まってんじゃん。 でも痛みで誤魔化さないと落ち着かなかったからさ」
「あ、ドM?」
「ドMちゃうわ!!!」
美咲がキレのいいツッコミを優香に入れると、優香が一瞬クスッと笑う。
「ーー……え、福田今、笑った?」
「そりゃあ笑うでしょ。 人間だもの」
「いやいやそうじゃなくって……確かに福田が笑ってるところあんま見たことないけど、見たのは全部ダークな笑いっていうのかな。 今みたいな純粋な可愛い感じじゃなかったっていうか」
「まぁね。 実際に学校とかあんまり楽しくないし」
「でも今笑ったよね!?」
「まー、うん。 星美咲があまりにもバカすぎて」
「はああああああああああ!?!?!?」
優香とのそんなしょうもない会話のおかげか美咲の怒りの炎は完全に鎮火。
怒りの感情が消えると一気に疲れが押し寄せてくる。
「とりあえずさ、帰りながら話すべ。 福田と話してたらなんか一気に疲れたわ」
「いいよ。 私もまだ文句言い足りてなかったし」
「へいへい、何度でも謝りますよー。 だからしょけーしないでねー」
こうして2人はゆっくりと体の向きを変えて並びながら校門の方へ。
そしてそれは校門に近づいた頃。
優香が「ちょっとお手洗い」と言ったので校門前で待っていると、少し離れたところで小さな叫び声が美咲の耳に入ってきた。
今のって福田の声……玄関の方から聞こえて来たよね。
一体何があったんだろうと思いながらそこに視線を向けていると、サッカー部の練習着を着た男子たちの姿が見えたので顔を覗かせてみることに。
するとあれは2年生だろうか……数人の部員が優香を囲んでおり、優香はその中の誰かに押されたのか床に尻餅をついた状態で部員たちを見上げていたのだった。
「お前のせいで俺らの夢まで消えちまったじゃねーか!!!」
1人の部員が鬼のような形相をしながら優香の胸ぐらを掴み持ち上げると、拳を強く握り優香の顔に狙いを定める。
「ーー……!! 福田ああああああ!!!」
その状況を理解した美咲は強く地面を蹴り上げ優香のもとへ。
部員たち目掛けて勢いよく飛び込んだのだった。
お読みいただきましてありがとうございます!
おそらく次回が美咲編ラスト!
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