349 暴走
三百四十九話 暴走
結城からの突然の電話……優香が車に轢かれたという内容にオレは気が動転。
しかし途中で駆けつけてくれた救急隊員の方が結城から電話を代わり、搬送先を教えてもらったオレはすぐにその病院へと向かうことにした。
◆◇◆◇
優香の搬送された病院へ向かうと、外で泣きじゃくっている結城とそれをなだめている高槻さんの姿を見つける。
「あ、福田くん」
「高槻さ……先生もどうしてここに?」
「とりあえずこの話は……あちらでしましょうか」
高槻さんはオレと一緒に駆けつけてくれていたエマに「ちょっと桜子のことお願いできる?」と小声で伝えると、オレの背中に優しく手を添えながらその場から離れた。
「えっとあの先生、お姉ちゃんは……」
「お姉さんは今、治療を受けられています」
「治療?」
「はい」
高槻さんの話ではこうだ。
優香は車に飛ばされた際に頭を強く打ってしまったらしく未だ意識が戻っていないため、とりあえず今はどこにどのような損傷をしたかを詳しく検査している段階とのこと。
詳しいことはまだ分かっていないらしい。
「お姉ちゃん……どんな感じかも分かってない感じですか?」
その問いに高槻さんは首を左右に振りながら「それもまだ……」と弱々しく答える。
「それでもう少ししたらお医者さんから話があるみたいで、福田くんには難しい話かもしれないってことで先生も同席して聞くことになったんですけど……それで大丈夫ですか?」
「あ、はい。 ありがとうございますよろしくお願いします」
「とりあえず話が長くなるかもしれませんので福田くんもそれまでゆっくり……は出来ないとは思いますが、先生が一緒にいますから安心して下さいね」
こうしてこの日、結城は取り乱していたこともあり高槻さんは結城母の入院している病院へと連絡。
特別に母親の病室に泊まることを許可してもらい結城はエマとともにその病院へ。 オレは高槻さんとともに医師の話を聞くこととなったのだった。
◆◇◆◇
医師はオレと高槻さんを小さな部屋へと通すと、優香の様子よりも先に何があったのかを話し出した。
どうやらこの事故……目撃者が複数人いたらしく、原因は運転手による居眠り運転だったらしい。
とある通行人によると、フラフラと走ってきた車が突然通行者の行き交う歩道側へ。
その先には小学生低学年の女の子とその弟らしき幼稚園程の男の子が歩いていたらしく、それに気づいた優香が咄嗟に反応して2人を突き飛ばし、その結果代わりに轢かれることになってしまったのだという。
「理由は分かりましたありがとうございます。 それでその、おね……姉の容態はどうなんでしょうか」
今は運転者への怒りよりもまずは優香の安全を知ることが優先だ。
オレはゴクリと生唾を飲み込みながらそう医師に尋ねたのだが、その答えは最悪そのもの。
「容態は……良いとは言えませんね。 意識が戻ってませんので」
医師が非常に言いにくそうな表情をしながらオレに伝える。
「そ、そうですか。 それでも明日とかには……」
「それも分かりません。 頭を強く打っていたようですので、もし意識が戻るとしてもそれがいつになるかは……」
ーー……マジか。
それから詳しい話も分からないままオレと高槻さんは優香が治療を受けている特別な部屋へ。
扉を開けてまず目に飛び込んできたのはよく分からない機械や沢山の管で繋がれて眠っている優香の姿。
頭部は包帯でグルグルと巻かれており、酸素か何かを送っているのか……口には吸入器のようなマスク的なものが装着されていた。
「ふ、福田くん……」
あまりの衝撃的な光景に言葉を失っていると、それを察した高槻さんが後ろからオレの肩に手を乗せる。
まさかこんなことが身近に起こるなんてな。
そういや優香のやつ、少し前から怪我をしたり階段から落ちそうになったりと小さな不幸が色々続いてたような気もするけど、あれはジャブ……今回のストレートのための前振りだったってことなのか?
結城のときみたいにオレに防げた事態だったのか……そんなことが脳内でグルグルと渦巻いていく。
「お姉ちゃん……」
思わず目の前で意識のない優香に向けて小さく呟く。
「その……福田くん、大丈夫……ですか?」
「あ、はい。 結構その……ヤバいです」
「……ですよね。 とりあえず優香さんは集中治療が必要で触ることも許されないらしいので、今日は先生と帰りましょう。 明日また一緒に」
「ーー……はい」
今オレに出来ることは何もない。
オレが高槻さんに背中に手を添えられながら部屋を出ようとすると医師が小さくオレに話しかけてくる。
「今、姫を助けるために各方面のプロフェッショナル……専門家がここへ集まってきています。 不安でいっぱいでしょうが全力を尽くしますので」
この人も優香国の民なのか。
この真剣な表情……ここは医師たち専門家に任せるより他にない。
「よろしくお願いします」
◆◇◆◇
高槻さんと2人で医師に頭を下げ病室を出ると、そこで「ダイキーー!!!!」と廊下の遠くの方から大声でオレを呼ぶ声が聞こえてくる。
目を向けるとそこにいたのはギャルJK星。
医師の話を待ってる間心が落ち着かずにギャルJK星にメールを送っていたのだがバイト中だったらしいな。
その時は返信が返ってこなかったのだが、見てすぐに駆けつけてきてくれたのだろう……大量の汗を流し息を切らしながらオレの方へと近づいてくる。
「えっと……お姉さんのお友達ですか?」
高槻さんがそう尋ねてもギャルJK星はそれを無視。
オレの肩をガシッと掴み、「ゆーちゃんは!? ねぇゆーちゃんは!?」と声を震わしながら強く揺らしてきた。
「あ、この中にいるんだけど、でも今は……」
「この部屋!? 分かったありがとうダイキ!!」
ギャルJK星はオレの言葉を最後まで聞かずに扉へと手をかけて勢いよく開ける。
「ゆーちゃん!!!」
そう名を叫びながら中へと入っていったのだが、そこで意識のない優香を見たギャルJK星はその場でヘナヘナと崩れ落ちた。
「そんな……ゆーちゃん、何がどうして……」
「居眠り運転の車に……。 轢かれそうになった子供を庇ってこうなっちゃったってお医者さんが……」
そう教えるとギャルJK星の体がワナワナと小刻みに震えだす。
「そん……な。 そいつは……どこ?」
「え」
「ゆーちゃんを轢いたクソ野郎はどこかって聞いてんの!!!」
ギャルJK星が振り返りながらギロリとオレを睨みつける。
「え、あ、それは知らな……」
ただ睨まれ一言叫ばれただけなのに手が……声が震える。
杉浦の親襲撃の時に一瞬似たような雰囲気になったことはあったけど今回の比ではない。
これがギャルJK星のマジギレ……
優香の件がなかったら確実に漏らしてるなと感じていると、高槻さんがオレを庇うように「私から話すので福田くんにそう強く当たらないでください」と一歩前に出ながら話しかけ、その質問に答え出した。
「その件に関しては警察が動いてくれていますので大丈夫です」
「あんたは……誰だっけ。 先生?」
「はい」
高槻さんがコクリと頷くと、ギャルJK星は「そっか」と言いながらゆっくりと立ち上がる。
「そいつ今どこいんの? 警察署?」
「はいおそらくは。 取り調べを受けている頃だと思いますよ」
「分かったありがと。 行ってくるわ」
「ーー……行ってどうするんです?」
そんな高槻さんの問いかけにギャルJK星は一瞬沈黙。
その後少しして小声でポツリと呟く。
「やり返す」
ギャルJK星が腰の位置にある拳を強く握りしめると、憎しみの籠った瞳から一筋の涙が溢れ落ちる。
かなり強く握りしめているのだろう……その手からは血が。
「やり返す……ですか」
「うん。 アタシはゆーちゃんをこんなにした奴のことが許せない。 行って引っ張り出して……同じ目にとは言わないけど、これ以上ないってくらいには苦しませてやる」
ギャルJK星は視線を再び優香へ。
枕元に置かれていたオレからのプレゼントである青い腕時計を見つけると、ゆっくりとそれを手に取った。
「あんなに大事に使ってて。 宝物だって嬉しそうに言ってたのにヒビまで入れられちゃって……それにもう動いてないじゃん。 こんなのゆーちゃんが不憫すぎる」
ギャルJK星は腕時計をそっと枕元へと戻すとクルリと体の向きを反転……オレたちの横を静かに通り過ぎようとする。
「本当に行くんですか?」
「当たり前」
「それをしたらあなたも罪に問われますよ」
「いいよ。 そうでもしないとアタシの怒りは収まらない。 どうせ向こうは懲役とかそんな罰だけで終わるんだから」
ーー……ガチでこれがあの陽気なギャルJK星なのか?
オレがいつもと違うギャルJK星の姿に困惑していると、ギャルJK星はオレに視線を合わせずに手を頭の上へ。
そのまま髪をワシャワシャと撫でた。
「ほ、星さん?」
「ダイキ。 ダイキの方が苦しいよな。 でも安心しろ、アタシがダイキのぶんもぶん殴ってくっから」
そのワシャワシャには愛も癒しも何も感じない。
ただ伝わってくるのはこれが最後になるかもしれないと言わんばかりのギャルJK星の心の硬さ。
このままでは優香だけでなくギャルJK星までもが危険な道を……
それだけは阻止せねば。
とりあえず優香のことは優香の生命力とプロ集団に任せるとして、ギャルJK星はオレがなんとかしなければならない。
オレはそんな別れの挨拶のような撫で方をしているギャルJK星の手首をガシッと掴む。
「ダイキ?」
「星さん。 行っちゃダメ」
オレはギャルJK星をまっすぐに見据えながら小さく首を左右に振る。
「え?」
「だって行ったら星さん……帰ってこれなくなるでしょ」
「いいんだよアタシは。 そんだけゆーちゃんには恩があんだから」
優香……どれだけのことをしたらそこまで動いてくれる親友が出来るって言うんだ。
「でもダメ」
オレは振りほどこうとしているギャルJK星に必死に抵抗する。
「ダイキ、離して」
「ダメ」
「離して」
「ダメ」
「離せ」
ギャルJK星のやつ……ガチだ。
本気でオレから振り切ろうとしているのだろう……腕を力一杯振り回してるせいでオレのバランス感覚は崩壊。
地べたに這いつくばる体勢になりながらもギャルJK星の腕を必死に掴む。
「離……さない!」
「ちっ、こらダイキ!!!」
「星さん、星さんもオレのお姉ちゃんなんでしょ? 違った?」
「!!」
このオレの言葉にギャルJK星はピタリと動きを止める。
「お姉……そうだよ。 だから仇を取りに行くんじゃん」
「だったら星さん、お願い。 オレの側にいて」
これは話術でもなければ作戦でもない……オレの心からの言葉。
「ダイキの……側に?」
「うん」
オレの目の前にはギャルJK星の腕。
手首にはプレゼントした赤い腕時計が着けられており、そのガラス面越しにギャルJK星の顔が映る。
これ以上の言葉はオレからは出てこず、ただただジッとギャルJK星の手首を掴んでいると高槻さんが「その通りですよ」とオレをゆっくりと立ち上がらせながらギャルJK星に囁きかけた。
「その通り……何が?」
「あなた、福田くんのお姉さんなんですか?」
「ま、まぁその……はい。 ゆーちゃん公認の……ですけど」
「なるほど。 じゃあそのゆーちゃんがこうなっている今、誰が福田くんを……弟を守ってあげるんです?」
「それはアタシ……が」
「ですよね。 なのにあなたはそんな弟を見捨てて1人突撃しようとしていた……」
高槻さんの言葉にハッとさせられたのだろう……ギャルJK星の固く握りしめられていた手が若干緩む。
「やっと冷静になれましたか?」
「そう……ですね。 ちょっと親友があんな目に遭って頭に血が上ってました」
おおお……流石は逃げ出した結城を説得して連れ戻してきたプロフェッショナル。
ギャルJK星は高槻さんに「さっきまですみません。 もう冷静です」と言いながら小さく頭を下げる。
「なら良かったです。 それじゃあ今日のところは一緒にお家に帰ってご飯にしましょう。 できればあなたには福田くんの近くにいてもらえると助かるのですが」
「はい、それはもちろんです」
これで最悪のシナリオの1つは回避できたといってもいいだろう。
オレがギャルJK星に「じゃあ帰ろ」と手を差し出すと、ギャルJK星は「あーちょっと待って」と言いながら大きく深呼吸をする。
オレと高槻さんはそんなギャルJK星の姿をただ見ていたのだがーー……
「うぉりゃっ!!!!」
バゴッ!
突然血が滲み出ていた手のひらを再び握りしめ、ギャルJK星が自身の頬を思い切り殴りつける。
「えぇ!?」
「星さん!?」
突然の行為にオレと高槻さんが驚きの声をあげている前で、ギャルJK星はスッキリとした笑みをオレに向けた。
「ごめんなダイキ。 美咲ちゃんちょっと久々のガチギレモードかまして前見えてなかったわ。 そうだな、アタシはダイキのお姉ちゃんなんだもんな!」
「う、うん。 てか星さん、ほっぺ大丈夫?」
「あぁ大丈夫。 サンキュ」
「な、なら良かったよ」
「ーー……そうだな、こういう時に力になれなくて何が姉だ」
ギャルJK星は再び手をオレの頭の上へ。
今度は先ほどとは違い、愛の伝わるワシャワシャをオレに与えてくれたのであった。
「てかあれだねダイキ。 冷静になった今だから分かるんだけど、別にアタシが手を下さなくてもゆーちゃんに怪我負わせたんだ……優香国の民が黙ってないわな」
「だね。 これからの人生しょけーモードだね」
「はは、分かってきたねダイキ」
なんだかんだでこうして普通に会話はできてるけど、姉が事故で意識不明って聞いただけでこんなに心が震えるんだ。
てことはダイキが自ら身を投げ出して意識がないって知った時の優香の抱えていた不安は……とてつもなくやばかったんだろうな。
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◆これだけは再度……小五転生、バッドエンドにはならないよ!!




