342 特別編・マネージャーの苦悩【挿絵有】
三百四十二話 特別編・マネージャーの苦悩
その日は土曜日。
休日ということもあり結構な人が出歩いている中、赤い髪で毛先は水色に染めた今人気急上昇中のアイドルグループ・メイプルドリーマーのリーダー……ユウリこと松井ユリとともに、彼女のマネージャー・今井夏帆はとある場所へと足を運んでいた。
「ねぇユリ、本当にそこが良いの?」
マネージャー・今井が栗の帽子を深く被ったユリに「もう一度考え直してみない?」と尋ねる。
「うん! ユリ、その話をもらった時からココって決めてたもん!」
ユリが元気に頷き微笑む。
ちなみにユリの言っている『その話』とは次回発売するメイプルドリーマーの新曲CD初回特典・『ここが自分の思い出の場所』を紹介するというもの。
他のメンバー達はレッスン場やら母校やらを指定していく中、ユリはなんの変哲も無い……ユリが活動を休止していた際に滞在していた街の少し大きめの公園を指定したのだった。
そして本日はその下見を兼ねて、どの場所でどう撮影するかをユリと打ち合わせ。
「それでユリ、その公園には何があるの?」
「んーとね、まだ内緒ー」
「内緒って……」
今井は「はぁ……」とため息。
本来ならマネージャー権限でその場所を禁止にする事も出来るのだが、少し前までかなり精神的に病んでいた彼女がここまで元気に回復したのはこの場所……ということはそれに関する話やエピソードが何か出てくるのではないか?
そう考えた結果、ユリのワガママに付き合うことにしたのだった。
「とりあえず、その公園についたらユリ、ちゃんと話すから」
歩いていくと目的の公園が少しずつ見えてくる。
そしてその距離が近くなっていくに連れてユリの目が優しくなっていっているように今井は感じていた。
◆◇◆◇
「ここ! このバスケットコートがユリの思い出の場所!!」
公園に着くやいなやユリは少し離れたところにあったバスケットコートへと走り、「ユリ、ここでインタビューとか撮りたいな!」と目をキラキラと光らせながらマネージャー……今井を見上げる。
「うーーん、いいけど……ちょっと地味じゃない?」
今井は周囲をぐるっと見渡す。
コート周辺には人はおらず、少し離れた広場には親子連れ数人が遊びに来ているみたいだが……
一体ここで何があったのだろう。
今井はユリに、インタビューをここで受けるとして何をどう話すのかを尋ねることにした。
「じゃあユリ、聞かせて頂戴。 なんでここがあなたの思い出の場所なのか」
「うん! ユリ、ここでカエ……エマちゃんたち小学生数人とバスケしたの!!」
「エマちゃんって……前にユリがお世話になった外国人の子よね?」
「そうだよ!」
ユリが嬉しそうに大きく頷く。
「それでユリ、なんでそのエマちゃん達とのバスケが思い出なの?」
そうユリに尋ねながら今井はエマという少女のことを思い出していた。
それは少し前のこと。
偶然仕事の話し合いの都合でこの街へと足を運ぶ予定があったのでそのついでにユリに聞いていたエマ……エマ・ベルナール宅を訪問……少しの時間ではあったがその時のお礼をしに行ったのだ。
その際彼女と話していた最中に感じたあの感覚……
ーー……あの子に似てる。
あの子というのは今井が数年前に担当していたモデル・小山楓のこと。
見た目や声は楓とは全く違っていたのだが、雰囲気や話の間合い等……楓とかなり似ているところがあったのだ。
もしかしてユリも自分と同じで……楓と話しているように錯覚して元気になった?
そんな結論に至った今井はユリがエマとのバスケの思い出を話している最中にも関わらず、それを止めて「ねぇユリ?」と強引に話しかける。
「え、何マネージャー。 ユリ、なんか変なこと言ったかな」
「ううん、それよりも気になることがあって。 もしかしてユリ、そのエマさんを楓と重ね合わせてーー……」
「うわああああ!!! やっと終わったあああーー!!!」
「?」
突然大きな声が聞こえてきたので今井がその方向へと振り返ると、そこにはジャージ姿の黒髪二つ結びの女の子と茶髪ポニーテールの女の子。
2人ともランニングでもしていたのだろうか……かなり息を乱しながら「おつかれー」と互いに労いあっている。
「ん、どうしたのマネージャー」
ちょうど今井が立っている真後ろでのことだったので声しか聞こえていなかったユリが不思議そうに今井に尋ねる。
「あ、ううんなんでもないの。 それで……あれ、なんの話してたかしら」
30歳を過ぎた頃からだったかな。
何かをしている最中に横槍が入ると直前にしていたことの記憶が一気に吹き飛んでしまうから困ったものだ。
今井は「コホン」と咳払い。
「ごめん、もう一回聞かせてもらってもいいかな」と後ろの子達の声をBGMにしながら再びユリの話を聞くことにした。
「あ、うん! えっとどこまで話したかな……。 あ、そうだ、ユリがここでボーッとしてると美波ちゃんって言うアイドル志望の女の子が来てね、その子がーー……」
「あ、エマー! 終わったよーー!!」
ーー……え、エマ?
再び振り返ると先ほどの話にも出てきた張本人・金髪の女の子エマ・ベルナールの姿。
そしてその声はユリの耳にも完璧に入っていたようで「え、エマ!?」と目を大きく見開きながらその方向へと体を向けていた。
「あ! あの黒髪の子がさっきユリが話してた美波ちゃんだよ!」
ユリが嬉しそうに少女達のいる方向を指差す。
「そ、そうなの?」
「それにしてもカエ……エマちゃんたちジャージ姿で何してるんだろ!」
「なんだろうね。 それよりもユリ、さっきの続きをーー……」
「うわー、ユリも混ぜてもらおっかなー!」
「ーー……こらユリ」
今井はガシッとユリの肩を掴む。
「ヒッ」
「今はお仕事中でしょ? 誰がお仕事を投げ出していいなんて教えたかしらー」
今井の周囲をユリにしか見えない黒いオーラが渦巻いていく。
これは今井の指導を受けたモデル達にしか分からないマネージャーの鬼オーラ……通称・『鬼マネオーラ』。
それを察知したユリは身体をビクンと反応させながら「お、鬼マネひさびさー……」と小さく呟いた。
「ん? なんて?」
「い、いいえ! なんでもありましぇん!!」
こうして再びユリはエピソードトークを開始。
今井もユリに注意した手前、自分も目の前のことに集中しないとと自戒しながらユリの言葉に耳を傾けていたのだが……
「それでねユリ、その子達とバスケで1on1することになって……えーと、それで別の日に、カエ……エマちゃんが……」
ーー……これはダメだ。
心ここに在らずとはこのことだろう……ユリの視線の8割はエマ達女子3人組の方へと向けられており、それによりスムーズに話すことが困難になっている。
「はぁ……仕方ないわね」
こうなってしまったユリの調子を取り戻させる方法は1つしかない。
そう……気になっていることがあるならやらせてあげること。
今井はユリに「ほら、行くわよ」とユリの手を取り、エマ達のいる場所へと身体を向ける。
「え……マネージャー? いいの?」
ユリが大きく瞬きをしながら今井を見上げる。
「少しだけよ。 その代わりそれが終わったらちゃんとお仕事に集中すること。 いい?」
「うん!!!」
このユリの満面の笑み……よっぽどあの子達と関わりたかったのだろう。
数年前の自分ならこんなことは絶対に許さなかったはずなのに……年をとると丸くなるってこのことなのかな。
マネージャーも大変だ。
今井は自分が以前に比べて丸くなったことを実感しながら担当アイドル・ユリとともにエマ達小学生組のもとへと向かったのだった。
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