333 特別編・エマと美波
三百三十三話 特別編・エマと美波
「ねぇミナミ、ちょっといい?」
放課後。
2組のホームルームが終わったと同時にエマが扉から顔を覗かせる。
「ん? 私?」
「うん。 ちょっと聞きたいことがあるのよ。 時間はとらせないから」
「えっと……いいけど、佳奈や麻由香はいいの?」
「えぇ。 エマが聞きたいことがあるのはミナミにだけだから」
一体何のことだろうと小畑美波は一瞬疑問に思うも、十中八九は自分の誘ったオーディションのこと。
なので美波は近くの席の三好佳奈と多田麻由香に「そういうことらしいから、んじゃまた明日ねー」と小さく手を振りながらエマとともに教室を出ていった。
「ねぇエマ、どこで話すの?」
「そうね……あまり人には聞かれたくない話かもしれないから、人の少ない校舎裏にでも行きましょうか」
「??」
◆◇◆◇
運動靴に履き替えて校舎裏に到着すると、エマは周囲を見渡しながら「うん、誰もいないわね」と小さく呟いて壁にもたれかかる。
「エマ?」
「あー、ごめんね。 じゃあ早速なんだけどいいかしら」
「うん。 それはえっと……オーディションの話だよね? 曲の話? ダンスの話? それともまた別のーー……」
「いえ、ダイキの話よ」
エマがまっすぐな目で美波を見据える。
「ダイ……福田?」
美波が目を細めながら尋ねるとエマは静かに頷いた。
「えーと……ごめんねエマ。 話が見えないんだけどさ、福田がどうしたの? 邪魔……とかそういう話?」
「ううん、そんなのじゃないわ。 単刀直入に言うと、何でダイキにメンバーを探させたのかって話」
「ーー……え?」
まったく予想もしていなかったエマからの問いかけに美波は一瞬声を詰まらせる。
「それは……え? 何が言いたいの?」
「エマね、今朝からずっと疑問だったのよ。 オーディションに受かりたいのはミナミなんでしょ? メンバーでの出場は皆の息が合ってないと難しい。 だからこそ選定には細心の注意が必要なのに……何でそんな重要なことをダイキに任せたのかなって」
「あーー、それは……」
エマの言葉を受けた美波は髪を掻きながら視線を逸らす。
「何かミナミなりの理由でもあるの?」
「ーー……エマ、怒ってんの?」
「ううん全然。 ただ気になってるだけよ。 どうして自分の将来がかかってるかもしれない大事なイベントなのに、自分じゃなくてダイキに任せたのか」
「それ……知りたい?」
「言えない理由なの?」
「いや、そう言うわけじゃないけど……」
美波はゆっくりと周囲を見渡す。
近くにはまだ人の気配はあまりない……どうする、言うべきなのだろうか。
「その……さ、もし言わなかったらエマ、どうする?」
「まぁそれなら仕方ないわ。 あ、でもそれでメンバーから外れるとか言わないから安心して頂戴。 人に言えないことなんてみんな1つや2つ持ってるわけだし」
そんなエマの言葉に喉の上まで出かかっていた言葉が一気に下へと押し戻される。
「じゃ、じゃあ言わない方向……」
「まぁでもアレよ?」
ーー……アレ?
アレって一体なんだろう。
美波が「言わない」を宣言しようとしたところでエマがゆっくりと人差し指を立てた。
「な、なに?」
「ミナミは言わないならエマはそれでもいいし、オーディションに手を抜くつもりもないけれど……これだけは覚えて置いて」
エマはその立てた指先を美波へと向け、真剣な表情で口を開いた。
「さっきも言ったけど、手を抜くつもりはないよ? でもパフォーマンスには、いかに皆の気持ちが揃ってるかが重要……だからもしかしたらそれが影響して僅かなズレが発生しちゃうかもね」
「ーー……!」
エマの言葉に美波の身体がビクンと僅かに反応する。
「そ、それってほぼ脅しじゃん」
「いや、そういう訳じゃないわ。 エマ自身……そうしないようには努力するけど、もしそうなっちゃっても仕方ないからねって話よ」
「ーー……」
美波の額から嫌な汗が滲み出る。
信じられない……まさか人を追い詰めることを得意としている自分が今こうして追い詰められようとしているなんて。
この小学生生活において、もし自分と対立した場合に脅威になり得そうな相手は同じクラスの学年マドンナ・水島花江か、4組の……今はおとなしくなってはいるが西園寺希くらいだと思っていたのに。
なのにここでエマがまさかの脅威3人目……よくよく考えて見れば3人とも学年のマドンナに相応しいと言われている面々ときたもんだ。
「ーー……えっと、アレかなエマ。 もしかしてエマ、福田のこと好きとか? だからそんなこと私に」
「いやいや、ほんとそういうのじゃないのよ。 さっきも言ったけど純粋に気になっただけなの。 頼る相手ならミナミと仲のいいカナやマユカもいた……なのになんでダイキなのかなって」
何とか話を逸らして煙に巻きたいところだが逃げる隙なんてどこにもない。
美波の脳内では先ほどエマが言っていたあの言葉が再生されていく。
『手を抜くつもりはないけどパフォーマンスはいかに気持ちが揃ってるかが重要。 だからもしかしたらそれが影響して僅かなズレが発生しちゃうかもね』
あんなこと言われたらもう……言うしかないじゃん。
「はぁ、私の負けだよ。 分かった、言う。 言うよ」
完敗だ。
美波は諦めた様子で小さく両手を上げながら僅かに顔を左右に振る。
「ただし、ぜっっったいに誰にも言わないって約束できる?」
美波は顔をギリギリまで近づけてエマに尋ねる。
「え……えぇ、それはもちろん。 てか顔近いわよミナミ」
「いいの。 これくらい近距離で言わないと、どこで誰が聞いてるか分からないんだから」
美波は顔を若干赤らめながらも、なぜ福田ダイキにメンバー選びを一任したのか……その理由をエマに話すことにした。
「あのね、ほら……エマ、あの時のこと覚えてる? 私が初めての生理でうずくまってたこと」
「あー、うん。 初潮ね? そんなことあったわね。 で、それがどうしたの?」
「私さ、エマや福田に保健室へ運んでもらったでしょ? ベッドの上でさ、お腹の痛みで意識が飛びそうなくらいだったんだけど、2人の会話……ちゃんと聞こえてたんだよね」
美波の話を聞いたエマが「2人の会話? どんな話してたかしら」と首をかしげる。
「えっとね、エマはあれが何なのかわかってた様子で冷静だったんだけど、福田はめっちゃ焦ってた。 血が出てるぞ大丈夫かーとか、救急車呼ぶかーとか」
「あー、そんなこと言ってたような気がするわね」
エマが当時を懐かしむようにウンウンと頷く。
「でもあれ、ダイキうるさくなかった?」
「いや、私はあれが嬉しかった」
自然と口角を上げながら小畑は小声で答える。
「嬉しかった? 何で?」
「だって私、結構福田には酷いことしてきてたつもりだったのに……あそこまで心配してくれてるなんて思わなかったからさ。 それから……かな、ちゃんと1人の同級生として福田を見だしたのって」
「そうなの?」
「うん。 まぁ接してるうちに福田って結構変態なところあるんだなって気づいて、上から接した方が喜んでたし少しずつまた下僕のような扱いに戻していってはいるんだけど……」
美波の言葉にエマも「確かにあいつは筋金入りの変態ね」とクスリと笑う。
「あ、エマ分かる?」
「分かるわよ。 あれはその辺の男子たちよりもタチの悪い変態よ」
「だよね!? 蹴って嬉しそうな反応する男子っていないもんね! まぁ私は蹴って楽しい性格だからお互いに合っててよかったんだけど」
美波が「ふぅ……」と一息つくと、エマが「それで……それがどう今回のと関係してるのかしら」と聞いてくる。
「あーそうだったね。 私が言いたいのは、その生理の時に私のことを必死に考えてくれた福田だからこそ今回のオーディションのメンバー選びも私の為、私に合った人選をしてくれるって思ったの」
美波は少し照れながらもまっすぐな瞳をエマに向ける。
「ん? ミナミ?」
「そしてちゃんと福田は私の期待通りに最高の仲間を見つけてきてくれた。 本人には言わないけど、これでもめっちゃ感謝してんだから」
美波は「これが福田に任せた理由。 他に質問は?」と最後に付け足してエマの手を握る。
「そうね……何となくだけど分かったわ」
「そっか。 それは良かった」
「じゃあこれが最後の質問ね。 これはダイキとは関係ないかもだけど、ミナミ……今、人生謳歌してる?」
エマが優しく微笑みながら美波に尋ねる。
「謳歌?」
「そう。 つまり……人生楽しんでる?」
「謳歌……いい言葉だね。 うん、してるよもちろんだよ」
そう答えるとエマは何故か「ふふ……」と口元に手を当てて笑い出す。
「え、私なんか変なこと言った?」
「いーや、まぁミナミ、別にダイキにお礼を言えとは言わないけどさ、『ダイキのおかげで人生楽しい』くらいは言ってあげなさいよ? そしたらアイツ、喜んでもっとミナミの力になってくれるはずよ」
「あはは、なにそれ。 もうそれパシリの域じゃん」
「そうね、それくらいがダイキは幸せなのよ」
「変態なのに可愛いね」
「可愛いやつよ」
「あははは」
「ふふふ」
「あ、ちなみにエマは福田にどんな変態させられたの?」
「まぁそれも可愛いもんよ。 スカート捲らされたり……とかかしらね」
「全然可愛くないじゃん!!!!」
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