304 提供者
三百四話 提供者
「陽奈、頑張れよ」
「陽奈ちゃん、応援してるからね!」
陽奈の病室。
これから陽奈の移植手術が行われるということで、陽奈は看護師さんたちによって台に乗せられながら部屋を出て行く。
「ダイきち、優香ちゃん、ありがとー」
台の上で横になった陽奈がこちらに視線を向けながら小さく手を振ってくる。
「陽奈ちゃん、ママも一緒に戦うからね」
「ママ、陽奈、元気になったらまたダイきちたちの家行っていい?」
「ダイキくんと優香ちゃんのお家?」
「うんー、去年ダイきちと行ったケーキバイキングが美味しかったけんー」
「そうなの?」
陽奈の母親が視線をオレに向けてくる。
「あ、はい。 オレと2人で行ったんです」
懐かしいな……タピオカ巡りをした後のケーキバイキングだろ。
あの時のことがトラウマになっているのか思い出しただけでオレの胃がキュッと縮む。
「ねぇママー、今度はママも一緒に行ってさー、ダイきちと優香ちゃんと、桜子……それに陽奈入れて、5人で行きたいなぁー」
「分かった。 その時は好きなだけ食べさせてあげるから、絶対に元気になるのよ?」
「やったぁー、じゃあ陽奈、今のママの言葉覚えたけん、約束やけんねー」
こうして陽奈は戦いの場・手術室へ。
オレたちは部屋から出て陽奈の姿が見えなくなるまで見送ったのだった。
◆◇◆◇
「おばさま、大丈夫ですか?」
陽奈が運ばれてから少し。
部屋の中で落ち着かない様子の陽奈の母親に優香が声をかける。
「えぇ、やっぱり100パーセント成功するって訳でもないから心配で」
そんな陽奈の母親の手にはあの身代わりお守り。
やはり最後は神に頼むより他にないのだろう……想いの強さがそのまま力となっているのか、かなり強くお守りを握りしめていた。
「おばさま、何か飲まれますか? 私、温かいもの買ってきますけど……」
優香が気を使いながら陽奈の母親の隣に腰掛ける。
「ありがとう、じゃあ……何でもいいから甘いものお願いできるかな」
「わかりました」
そう答えた優香は静かに立ち上がるとオレに視線を向けてくる。
「ダイキも行く?」
陽奈の母親と2人きりだと気まずいと思っての気遣いなのだろう。
しかしーー……
「ううん、オレはここにいるよ」
「そっか、じゃあダイキのはお姉ちゃん選んでくるね」
「ありがとう」
そうして優香が飲み物を買いに部屋を出て行くと、陽奈の母親が小さく口を開いた。
「兄弟姉妹っていいものよね」
「え?」
陽奈の母親に視線を向けると、陽奈の母親は静かに優香の出て行った扉を眺めている。
「えっと……どうしましたいきなり」
「あぁ、ごめんね。 つい独り言が」
「ーー……そうですか」
「うん。 もし愛莉ちゃんが……あの子のお姉ちゃんが生きてたら、さっきの優香ちゃんみたいに私や陽奈ちゃんを励ましてくれてたのかなって」
「愛莉さん……そういや今回の陽奈と同じ病気だったんですよね」
「そう。 だから今回ドナーが見つかったのは奇跡としか言いようがないの。 愛莉ちゃんの時は全然回っても来なかったし、一回話が来たこともあったんだけど、もう手術に耐えられる体力もなかったからね」
そう言うと陽奈の母親は陽奈の宝物・愛莉の【病気が治ったらやりたいことノート】を手に取ると、当時を懐かしむようにペラペラと書かれている内容に目を通していく。
「あー、オレもあれから調べたんです。 確かにドナー待ちの人ってかなりいるらしいですね」
「うん。 これももしかしたら、愛莉ちゃんが天国から手を差し伸べてくれたから……なのかもね」
「ですね」
陽奈の母親はその後愛莉ノートを胸で抱きしめながら「愛莉ちゃん、ありがとう」と小さく呟く。
今ここに愛莉の姿はない……ということは手術室で陽奈の一番近くで一緒に戦っているのだろう。
そんなことを考えているとスマートフォンが振動……優香からのメールだ。
【受信・優香】ダイキ、一緒に何か食べ物でも買ってこようかと思うんだけど、叔母さんに何か食べたいものあるか聞いてもらっていい?
まったく…あなたは慈愛の天使だよ優香。
オレはその優香からのメールに【分かった、ちょっと聞いてみるね】と返信。 その後、何か食べたいものがあるか陽奈の母親に聞こうとしたのだが……
「あの、おばさん、お姉ちゃんが今ーー……」
「堀江さんには感謝の言葉しかないわ」
陽奈の母親が窓の外に視線を移しながらそう口にする。
「あ、提供してくれた方の名前ですか?」
「そうなの。 その方のおかげで陽奈ちゃんには生きるチャンスが与えられた……ほんと亡くなられた本人には申し訳ないけど、これ以上ないくらい感謝をしているわ」
「そうなんですね」
「えぇ。 すべてがタイミング良かったの」
陽奈の母親の話では臓器提供には優先順位というものがあるらしく、簡単に説明すれば18歳以下が提供する場合は同じ18歳以下の希望者を優先。
それに加えて血液型が一致する人など、いろいろとその過程で条件があったそうなのだ。
「へぇ……そんな色々あるんですね」
「そうなの。 それで他にも数人適合しそうな希望者がいたらしいんだけど、血液型が一致しなかったり……前の愛莉ちゃんみたいに手術できるような状態じゃなかったりで陽奈ちゃんに回ってきたらしいのよね」
「なるほど」
「それでね、その堀江さん……この同じ病院で入院してた女の子だったらしいの。 向こうのご遺族の希望で昨日お話しさせて頂いたんだけど……」
ーー……え、それって。
「もしかしてその堀江さんって……茜って名前ですか?」
「え、そうだけど……ダイキくんも知ってるの?」
「!!!!!」
ここでオレの脳内で神様……美香の言葉が再生される。
『数日後、茜は元気な身体でこの病院を出て行くことになる』
もしかしてそれって茜の心臓で元気になった陽奈が退院するって意味なのか?
それだとあの言葉は詐欺だと言いたいけど……確かに心臓は茜のものだ。 美香が言っていることは何ら間違いでもない。
「もしかして……本当にそういうことなのか?」
オレは小さく呟く。
「え、ダイキくん、何か言った?」
「あー、いや、何も」
オレからすれば茜も大事だったけど陽奈だって大事だ。
陽奈……もしそうなのだとしたら茜の分も生きなければならない。
絶対に手術に耐えきるんだぞ!!!
その後オレが返信するのを忘れていたため、優香が飲み物だけを買って部屋に到着。
それからは茜のお通夜に行く時間ギリギリまで、3人で陽奈の手術成功を心から願っていたのだった。
「それではおばさま、また夜に伺いますね」
「えぇ、ありがとうね優香ちゃん、ダイキくん」
「それでは」
時間になりオレたちは病室を後に。
病院前にあるタクシー乗り場へと向かっていると、ある病室の前で看護師さんたちが何やら険しい顔で話し合いをしているのが耳に入ってきた。
「どうする? 名前なんて呼んだらいいのかな」
「そうだよね、今警察の方に捜索願が出されてないか探してもらってるんだけど、まだ時間かかるみたい」
「でも事件性はなさそうなんだよね、別に目立った外傷もないし」
「とりあえずは意識戻ってから精神科の先生に任せましょう」
「そうですね」
ーー……誰か分からんが、その病室内にいる君も頑張れよ。
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さぁ次回……とうとう。




