303 その時まであと少し
三百三話 その時まであと少し
茜の父親に家まで送ってもらってから数時間。
晩御飯なんかまったく喉を通らなかったオレは早めに風呂に入り、その後部屋でただただ布団に潜り込んでいた。
今でもまだ信じられない。
脳内では一昨日まで普通に話をしていた茜の声が永遠とループしている。
『美香さんに感謝してるって言ったけど、もちろんその感謝の中心にいるのはダイきちくんなんだよ?』
『だからそんな顔しないで笑って? ほら、ダイきちくんって変態なんでしょ? せっかく私も勇気出してキスしたんだから、変態っぽく喜んでよ』
その次に流れてきたのは今日……茜の家に行った際に茜の両親が放ったあの言葉。
『えぇ……茜は頑張った……頑張ったんだけどね』
『そう、茜は頑張ったんだ。 だからほら見てみてよ……茜、やりきったって顔、してるだろ?』
頬をつねってみるも普通に痛い。
ーー……てことは夢じゃないってことだよな。
「ーー……くそっ!!!!」
初めてオレが自分から話さずに別の魂の存在だということに気づいてくれて、しかもそれを知った上で気持ち悪からずに接してくれたのが茜だった。
だからオレもストレスフリーで会話を楽しめたし、段々と茜の魅力に惹かれていったのだ。
なのにどうして……
「教えてくれよ美香……」
あれから何度か美香に連絡をしようと試みたのだが、『この電話番号は現在使われておりません』・『メールアドレスに誤りがあるため送信できませんでした』の通知のみ。
まさかこんな展開になることを知ってたから……そんな茜の姿を見たくないから先に帰ったとでもいうのか?
オレが絶望のオーラを纏いながら布団の中で小さくうずくまっていると、部屋の扉が数回叩かれる。
しかしオレはそんな音には気づくことが出来ず、優香の「ダイキ、起きてる?」の声でようやく気づいて顔を出した。
「お姉ちゃん? なに?」
「えっと……大丈夫? 何かあったの?」
あー、やっぱりそうだよな。
ここまでテンション落ちてると流石に気付くよな。
「別に……なんでもない」
せっかく明後日には福田祖母が退院するんだ。
福田家にとっては喜ばしいこと……優香にまでこんな暗い話を聞かせるわけにはいかない。
オレが優香に「それで何の用?」と尋ねると、優香が思い出したように手を合わせながら口を開いた。
「あのね、さっき陽奈ちゃんのおばさんから電話もらったんだけど、陽奈ちゃん……手術決まったらしいね」
優香が「ドナーが見つかったっておばさん喜んでたよ」と言いながらオレにニコリと微笑む。
「あ、うん。 知ってるよ」
「そうなんだ。 でね、それが明日の午後に決定したんだって」
「明日?」
「うん、そうだよ。 なんで?」
確かオレが聞いた話では明日か明後日って言ってたよな。
ーー……もしかして陽奈も茜と同じで緊急事態なのか?
とてつもない不安がオレの心にのしかかり、その重圧で黙り込んでいると優香が「それでさ」と話を続ける。
「お姉ちゃん、明日陽奈ちゃんに会いに行こうと思うんだけど……ダイキも行く?」
「え?」
「おばさんが言ってったの。 出来たら手術に行く前に声をかけて欲しいって」
「ーー……そうなんだ」
オレはしばらく考え込む。
陽奈には声をかけに行ってあげたいが、あそこへいくと茜のことを強く思い出してしまってマイナスな気持ちになりかねない。
マイナスな感情が入った状態で声をかけたら言霊効果も薄れたり……最悪の場合、逆方向に向かったりするのではないだろうか。
そんな行きたい気持ちと行かない方が陽奈の為なんじゃないかという気持ちで悩んでいると、優香が「どうする?」と聞いてくる。
「あー……オレは……」
これは行かない方が結果的にいいのかもしれない。
なのでそう答えようとしたのだが、何故だろう……少し前に茜が言っていたある言葉が脳内に再生されだした。
『ダイきちくんが明るく接してくれたから、その時間私も終始暗い気持ちにならなくて済んだんだよ?』
ーー……茜。
「後で行くかどうか言いにいくよ」
「分かった。 お姉ちゃんまだ起きてるからいつでも言いに来てね」
「うん、ありがとう」
オレはギリギリまで考え抜いた結果、行くことを選択。
そのことを優香に伝えて部屋に戻ると、何やらスマートフォンの画面が光って震えている。
「ーー……誰だ?」
どうやら着信が来ているようで、オレはスマートフォンを手に取るとかけてきている相手の名前を確認するために視線を通知画面へ。
そしてその相手方の名前を見てオレは一瞬言葉を失う。
【着信通知・茜】
ーー……え、茜?
意味が分からず頭が真っ白になるも、何かの奇跡を信じたオレは秒速でボタンをタップ。
急いでスピーカー部分を耳に当てて茜の声が聞こえてくるのを信じて待った。
『あ、繋がった、良かった……』
「え」
そこから聞こえてきたのは男性の声。
この声は……そう、茜の父親の声だ。
一体茜のスマートフォンから何の用だろうと考えていると、オレの戸惑いを察したのだろう……茜の父親が『夜遅くにごめんね』と話しかけてくる。
「あー、いえ。 えっと、何でしょう」
『明日茜のお通夜なんだ。 良ければダイキくんにも来て欲しいって思ったんだけど……どうかな』
「明日ですか……」
聞くところによると夕方あたりに来て欲しいとのこと。
それならまぁ……あれだ、手術に向かう陽奈を励ました後に迎えば間に合いそうだよな。
「わかりました。 あ、でもその日は姉と病院に用があるので、もしかしたら姉も同行するかもしれませんが大丈夫でしょうか」
『あぁ、是非とも』
こうしてオレは明日、茜のお通夜に行くことが決定。
しかしそれに必要な諸々がないことに今更気づく。
これは……色々用意してもらうためにも優香や福田祖父に言うしかないな。
その後オレは再び優香のもとへ。
事情を話し、その後福田祖父にも優香とともに話をして翌日、必要な物を買い揃えてもらうことになったのだった。
◆◇◆◇
こうして迎えた翌日の朝。 オレは優香とお通夜用の服を買うために予定よりも早い時間に家を出発。
2人でバスに乗り、どんな言葉をかけたら陽奈が喜ぶのかを話しながら洋服屋へと向かう。
「ていうかお姉ちゃん、どうしたのその顔」
オレは隣に座る優香の顔を見つめる。
「え、お姉ちゃん何か変かな」
「うん……なんか目、腫れてない?」
「だって昨日の夜にあんな話聞かされて……泣かない方がおかしいよ」
そう、あれからオレは優香と福田祖父に喪服等を用意してもらうために茜のことを話したのだが、想像以上に優香が茜の死に反応。
年も近かったこともあるだろう……かなり号泣していて、なだめられる側のオレが逆に優香をなだめる羽目になってしまっていたのだった。
まぁでも本人は関わったことないのにそこまで泣いてくれるなんて、やっぱり優香は優しいよな。
とりあえず今日はお通夜の時、オレも泣かないようにしないとな。
茜はオレの明るさに救われていた……なら最後まで笑顔でいてあげないと。
オレは頬をパチンと軽く叩いて気を引き締めた後、いつも通りのテンションを思い出しながら優香に視線を戻す。
「なにダイキ」
「お姉ちゃん、陽奈の前で泣いちゃダメだからねー」
「大丈夫だよー、もう昨日全部涙出したから残ってないもん」
「そっか。 でも昨日は泣いてくれてありがと、お姉ちゃん」
「ーー……ぐすん」
「ええええええ!?!?!?」
そしてこの時のオレはまだ知らない。
その日の夜……最高の奇跡と遭遇することを。
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