299 それは突然に
二百九十九話 それは突然に
茜の『手術を受けられることになった』と連絡を受けてから数日。
どうやらその話は本当のようで、後日茜はその詳細をオレに話してくれたのだった。
「えっと……茜さん、手術って急だね」
「うん。 今までは病気の進行を薬で抑えるのがやっとでリハビリするような力もあまりなかったんだ。 でもダイきちくんや神様……美香さんと出会ってから、楽しかったからなのかな……体調もみるみるよくなって体力もついてきて、手術のベスト期間なんだって」
茜が嬉しそうに壁に掛けられたカレンダーに視線を向ける。
そこには茜本人が書いたのだろう……2日後の欄に【手術予定日!】と可愛らしい文字で書かれていた。
「明後日なんだ」
「うん。 やっぱりちょっとは不安だけど、手術の話をもらってからお母さんたちと話してさ……またいつ病気の進行が早まるか分からないから受けることにしようってことになったの」
「そうなんだ」
「うん。 ただやっぱり怖いよね。 成功する確率はかなり低いらしいし」
茜が自身の両手を強く握りしめながら深く息を吐く。
ーー……え?
「そうなの!?」
オレは前のめりになりながら茜に尋ねる。
「うん。 言ってなかったっけ。 私の病気って結構危険な場所にあるからそれだけでも手術が大変らしいんだ」
フと茜の枕元に視線を移すと、そこには大量のお守り。
……あれだ、神様が……美香が茜の無事を祈って買ってきてたやつなのだろう。
もしかすると今の茜のこの状態……お守りの効果もあるんだろうか。
そんなことを考えていると、茜が「あ、そうだ」と何かを思い出したかのような顔をしてオレを見る。
「なに?」
「美香さんってもう帰ったんだよね」
「そうだね。 なんかやることが多いらしいよ」
「そっか、でもそうだよね。 見た目はあれでも中身は神様なんだもんね」
茜が「あーあ、もうちょっと話したかったなー」と呟きながらポケットの中に手を入れて何かを取り出す。
何やら小さなメモ用紙のようだけど……
「何それ」と尋ねると、茜は「そういえばダイきちくんには言ってなかったね」と言いながらそれをオレに差し出した。
「見ていいの?」
「いいよ」
「えっと……なになに?」
それは手のひらサイズの小さなメモ用紙。
柄も線もない紙に、味気ない文字でこう書かれていた。
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茜に幸あれ。
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「んーと……茜さん、これって?」
「うん、看護師さんが渡してくれたの。 メガネをかけた女の子が私に渡してほしいって言ってたって。 これ、美香さんだよね?」
「おそらくはそうだと思うけど……」
再び視線をメモ用紙に書かれた文字に戻して確認してみるも、字的にもテンション的にも美香っぽい。
これが美香なりのお別れの挨拶ってことなのだろうか。
てかわざわざ看護師さんに頼むくらいなら、帰るの少し遅らせて本人に直接渡せばいいものを……何をそんなに急ぐ必要があるってんだよ。
「美香さんってダイきちくんと同じ学校に通ってるんだよね」
「そうだよ。 結構小学生ライフを楽しんでるように見えるけど」
「そっか、なら絶対に退院してお礼言いに行かないとな……」
茜は美香からの手紙を見つめながら優しく微笑む。
「お礼?」
「うん。 だってここまで前向きな気持ちになれたのって、美香さんの存在が大きいから」
「ーー……そうなの?」
「うん。 考えてもみてよ、絶望的だった私の近くに神様がいたんだよ? これはかなり心の支えになったよ」
あー、確かに。
暗闇を照らす光って感じだよな。 オレも結城の時に似たような経験あるから気持ちは分かるぜ。
オレが軽く茜の言葉に共感していると、茜は更に美香への感謝を口にする。
「それでね、美香さん……よく言ってくれてたんだ」
「何を?」
「『茜は大丈夫』って。 気休めかもしれないけど嬉しかったなぁ……」
茜が「早く会いに行きたいなー」と言いながら美香からの手紙を胸に。
うん、それはオレも応援したいし元気になった茜を美香に早く会わせたい。
だけど……
「ーー……ん、どうしたのダイきちくん」
オレがじっと見つめているのを気づいた茜が「どうしたの?」と不思議そうに見つめ返してくる。
「あの……実に言いにくいんだけどさ……」
「言いにくい? なに?」
「美香が茜さんの心の支えになってたことは分かったんだけど……オレは?」
「え?」
茜がキョトンとした顔で首を傾げる。
「オレは茜さんの心の支えになってなかったんですかああああああああ?!?!!??」
オレは「なんてことだぁああああ!!!」と叫びながらその場で膝から崩れ落ちる。
「ええええええ!?!? ダイきちくん!?!?」
「そりゃあ美香は神様だからそういう安心感があるのは分かるよ!? でもオレは……オレは茜さんに何かを与えられていたと思っていただけで、実際は何も提供してあげられてなかったなんてええええええ!!!! そりゃあチェリーくんって言葉もぶっ刺さるわけだよなコノヤローーー!!!!」
オレがベッドに顔を埋めながら悲観にくれていると茜がベッド上から手を伸ばして「ちょ、ちょっとダイきちくん!?」と背中を摩ってくる。
「ね、ねぇ待ってよダイきちくん、顔あげて?」
「あまりにも不甲斐なくて向ける顔がない」
「そんなことないって。 ねぇ、こっち向いてよ」
「今涙が出ててかなりブサイクだから……」
「もー、だからそんなことないって。 ほーら、顔、あーげーて」
茜はオレの両頬に手を添えるとゆっくりと顔を上げさせて茜の方に向けさせる。
うわぁ。 泣き顔まで見られちまって……ザマァねえなオレ。
「あわわー、本当に泣いちゃってたの?」
「だから言ったじゃん、今涙が出ててかなりブ……」
オレが茜から視線を逸らしながら答えていると、突然何かが目の前に。
それと同時に唇に何やら柔らかくて瑞々しいものがフニっと当たる。
「!!」
一体何だろうと視線を向けて確かめてみると、目の前には茜の顔。
一瞬何が起こっているのか理解が追いつかずに固まっていると、ゆっくりと茜は少し頬を赤らめながら顔を離していった。
「え、茜……さん?」
オレが目を丸くさせながら見つめていると、茜が自身の唇に手を当てて恥ずかしそうに「ふふ……」と笑う。
てことは、さっきのはもしかしてーー……
「これで信じてもらえた?」
「え」
「美香さんに感謝してるって言ったけど、もちろんその感謝の中心にいるのはダイきちくんなんだよ?」
茜が「気づいてもらえてなかったなんてショックだなー」と言いながらオレの頭を撫でる。
「ーー……オレ?」
「うん」
「それ……本当?」
「もちろんだよ。 だって毎日不安で眠れなかった夜も、ダイきちくんが電話やメールに付き合ってくれてたから安心して寝られたし、ダイきちくんが明るく接してくれてたからその時間私も終始暗い気持ちにならなくて済んでたんだよ?」
「茜さん……」
「だからそんな顔しないで笑って? ほら、ダイきちくんって変態なんでしょ? せっかく私も勇気出してキスしたんだから、変態っぽく喜んでよ」
「あ、茜さああああああああああん!!!!!」
はいまた違う意味での涙ザッパアアアアアァアアン!!!!!
その後調子を取り戻したオレは茜との会話を満喫。
気づけば夕方……それは突然に起こった。
◆◇◆◇
「じゃあまた来るから」
「うん、バイバイ」
茜がいつものように優しく微笑みながらオレに手を振る。
早く治って一緒に出かけたいなと思いながら扉に手をかけた……その時だった。
「うっ……」
背後……茜のおかしな声が聞こえたオレは一体何事かと振り返る。
するとそこには苦痛の表情を浮かべた茜の姿。
「あ、茜さん!?」
「だ……ダイきち……くん」
手術予定日は2日後。
しかしそんなに待てる状況ではなくなったらしく、それからすぐ……茜は手術室へと運ばれていったのだった。
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