295 特別編・愛莉 姉として出来ること
二百九十五話 特別編・愛莉 姉として出来ること
それはある夜の病院内・薮内陽奈の病室での出来事。
『ほら、陽奈ちゃんもう夜の10時過ぎてるけん、もう寝なきゃダメじゃないの?』
ベッドの上。 上体を起こして窓から見える月を見上げたまま一向に寝る気配のない陽奈に愛莉が呆れた声で話しかける。
「ーー……」
『ねぇ陽奈ちゃん。 寝ないと体力落ちちゃうよ?』
「ーー……」
『それに明日は朝から検査ってお医者さんが言ってたし、起きれなくなっちゃうんじゃない?』
「ーー……」
愛莉が何を言っても陽奈が返事をすることはない。
それは愛莉自身にも分かっている。 だって愛莉はすでに亡くなった存在……霊体なのだから。
『いつもならママが「早く寝なさい」って言ってくれてたけど、ここには陽奈ちゃん1人だけ。 はぁ……早く看護師さん見回りに来て声をかけてくれないかなぁ。 じゃないと私の気が保たないよ』
霊体……幽霊のくせに気が保たないとはどう言うことだろうと思う人もいるだろう。
しかし現に今、愛莉は絶賛精神疲弊の真っ最中。
人間と幽霊の違い……それは肉体を持っているか持っていないかの違いのみ。
なので幽霊は肉体を持っていないので体力的な疲労は感じないのだが、精神疲労は人間と同じように溜まっていくのだ。
そして何故愛莉がこうして疲弊しているかというと……
「ーー……うっ」
それは一瞬。
月を見上げていた陽奈が表情をしかめる。
『!!!』
陽奈の異変を察した愛莉はすかさず陽奈の胸めがけて飛び込む。
そう……憑依だ。
陽奈の身体の中に入り込むと、一瞬愛莉の視界は真っ暗に。
そして少しずつ視界が開けていった。
ーー……よかった。 今回も成功したみたい。
これが憑依成功の証。
愛莉はとりあえずの憑依成功に安心するも、それと同時に先ほど陽奈が感じた痛み……胸部の激痛との長い戦いに覚悟を決めた。
ーー……きた。
「ーー……!!!!!」
それはまさに心臓が握り潰されているのではないかと錯覚するほどの痛み。
身体全身の毛穴から冷や汗が吹き出していくのが分かる。
「陽奈……ちゃん、待ってて……ね! 今先生たちに来て貰うから……!!」
愛莉は必死にその痛みに耐えながら手を伸ばし、コールボタンを押した。
◆◇◆◇
「じゃあ陽奈ちゃん、これでもう少ししたら薬が効いてくると思うから頑張ろうね。 また苦しくなったらいつでも呼ぶんだよ」
そう声をかけ処置をし終えた看護師さんたちが医師とともに病室から出ていく。
「ありがとう……ございました」
あれから少し。 症状はまだ治ってはいないが先ほどよりはだいぶマシになってきた。
愛莉はあと少しの辛抱だと自分に言い聞かせながら薬が完全に効いてくるのをジッと待つ。
しかし今回はあまり薬が効かなかったのだろう……痛みが引かないまま時間が経っていき、気づけば太陽が昇る時間にまでなってしまっていたのだった。
「……眠い、痛い」
窓から差し込む朝の光に照らされながら愛莉は呟く。
昨夜は遅くまで陽奈が起きていたことから睡魔はかなりきているのだが、それをさせないくらいに胸が痛む。
こういう場合、また看護師さんを呼べばいいと普通の人なら思うだろう。
しかし愛莉は知っている。
薬の回数や量を増やしたりすることは、それだけ身体にも負担がかかるということを。
生前は愛莉も痛みに耐えきれなくなった時にのみ呼ぶようにはしていたのだが、長時間この痛みに耐えきれるほどの精神を持ち合わせておらず、何度も泣きながらお願いしたものだ。
でも今回ばかりはそうもいかない。
だってこの身体は陽奈の……大事な妹の身体なのだから。
「また君と……戦うことになるなんてね。 でも……今回は負けない……よ」
愛莉が胸に当てた拳を強く握り締めた……そんな時だった。
コンコン
病室の扉が数回ノックされると、陽奈を起こしに来たのであろう看護師さんと陽奈のことが気になって朝早くから様子を見にきた母親が共に中に入ってくる。
「陽奈ちゃん、朝だよそろそろ起きよっか」
「陽奈ちゃん、ママ、心配だから朝からきちゃった」
「あ、おは……よう」
「「!!??」」
思っていた光景と違っていたのか看護師さんと母親の目が大きく開かれる。
「陽奈ちゃん!?」
「どうしたの陽奈ちゃん!!!」
看護師さんはすぐにポケットから連絡用携帯を取り出すと医師に連絡。
連絡をし終えると、応援に来た看護師さんたちと共に処置の準備をせわしなく始めていった。
「陽奈ちゃん、大丈夫!? もうすぐ先生来るからね!」
母親が手を強く握りしめながら語りかけてくる。
「ーー……うん」
「でもなんでコールボタン押さないの!! ちょっとでも痛かったりしたら押してってあれだけ教えたでしょう!?」
「昨日の夜……押したよ。 でも、薬があんまり……効かなかったけん」
「だったらまた呼べばよかったじゃない!」
そう強く言ってくる母親の手首を今度は逆に愛莉が力の限り掴む。
力の限りと言っても一晩中、拳を強く握りしめて痛みに耐え続けてきたのだ。 掴む力もあまり残っておらずプルプルと腕全体が震えているのが分かる。
「ひ、陽奈ちゃん!?」
「ーー……そ、それはダメ」
母親の「また呼べばいい」の説教に愛莉はゆっくりと首を左右に振る。
「なんで!?」
「だって……そしたらそれだけ身体に負担が……かかっちゃうけん。 だから、それだけは絶対に……ダメ」
「で、でもそうしないと陽奈ちゃん、ずっと痛いままなんだよ!?」
「大丈……夫。 ずっとじゃない。 出来るだけ決められた時間を空けてから……お願いする」
そうこうしている間に医師が到着。
先ほど愛莉が母親と話をしていた内容を看護師さんから聞いたのか、「効き目は薄いかもしれないけど、今までよりも身体に負担のかからない薬の量でやってみますね」と話し、処置してくれたのだった。
そして眠気も相まってだろう……少しの効き目でも痛みを感じなくなるほどに眠気が徐々に勝っていき、陽奈の瞼が一気に重くなっていったのだった。
ーー……これなら陽奈ちゃんも大丈夫だよね。
安心した愛莉はそこで陽奈の身体から離脱。
スヤスヤと寝息を立て始めた陽奈の寝顔を母親の隣でしばらく見た後に、気分転換をするべくこの場を母親に任せて部屋から出て行こうと扉の方へ。
するとなんだろう……何やら重々しくも力強い圧を扉の向こうから感じた。
『ん? なんだろ、美香さん……神様かな』
もしそうならこの素晴らしい憑依を教えてくれたことを感謝しなければならない。
そう思った愛莉は勢いよく扉をすり抜けて顔を出し、『神様ー!』と叫んだ。
『ン? 貴殿ハ何者ダ』
ーー……え?
そこにいたのは鬼のような形相をした筋肉隆々の何か。
右手には剣を持っていて左手には縄……背中からは真っ赤な炎が轟々と燃え盛っている。
『エエエエエエエエエエエエ!?!? あなたこそ誰ですか……ていうかこの部屋に何か用ですかぁああああああ!?!?!?』
もし仮にこれがヤバい存在なら自分が犠牲になってでも陽奈を守らなければいけない。
愛莉は強大な力に圧倒されながらも強気で尋ねる。
よくよく観察してみるとこの存在……なんか近くの看護師さんの腕の方から出ているような……
愛莉は謎の存在が何から出ているのか確かめるために視線を看護師さんの腕に集中。
するとそこには何か小さいものが握られていて……
『ーー……え、あれって……お守り?』
愛莉が看護師を見ながら小さく呟く。
『ソノ通リダ』
ビクゥ!!!
言葉を発するだけで凄まじい覇気。
愛莉が言葉の意味通りに魂を震わせていると、謎の存在がギロリと愛莉を睨みつけてくる。
『再度問オウ。 貴殿ハ何者ダ』
負けるわけにはいかない。
『わ、私はこの部屋で入院している女の子の姉です! あなたこそ一体誰ですか!? もし陽奈ちゃんに何かしようってなら私のバックには神様が……!』
『我ハ不動明王デアル。 少女……薮内陽奈ノ『力』ト成ル為、此処ヘ参ッタ』
『ーー……え、陽奈ちゃんの力?』
愛莉の問いかけに謎の存在……不動明王が『ウム』と、力強く頷く。
『ーー……本当ですか?』
『ウム』
『本当に本当?』
『ウム』
『それじゃあえっと……なんでわざわざ陽奈ちゃんを?』
『友ト……少年ノ願イダ』
『しょ……少年?』
『福田……ダイキ』
『ダイきちくんーーーーー!?!?!?』
それからというもの、陽奈の近くにそのお守りは立て掛けられるように置かれ、陽奈の頭部付近に不動明王が鎮座。
愛莉はその不動明王と共に陽奈の様子を見守ることになったのであった。
そしてこれはお守りの……不動明王のおかげなのだろうか。
陽奈の違和感を察して再び愛莉が憑依すると、痛いのは痛いのだが……心なしか痛みが緩和されているように感じるようになっていた。
「あれかな……不動明王さんがいるから、緊張して痛み引いてるのかな」
『ナニカ言ッタカ』
「ーー……いえ、何も」
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