281 問いかけ【挿絵有】
二百八十一話 問いかけ
『陽奈が入院することになった』
この陽奈の母親の言葉にオレと優香は一瞬何を言ってるのか分からず沈黙。
そしてオレよりも早く脳の処理を終えたのであろう優香が動揺しながら口を開いた。
「えっとあの……おばさん、どういうことですか? 陽奈ちゃん、骨でも折れてたんですか?」
そうだよな、陽奈のやつ鉄棒から落ちて胸らへん打ったって言ってたし、肋骨を折ってしまってたのかもしれない。
息が出来ないくらい痛かったって言ってたし……結構完治までに時間がかかるのだろうか。
そんなことを考えながら陽奈の母親に視線を移すと、なぜだろう……陽奈の母は力なく首を横に振る。
「ーー……え、違うんですか?」
「うん。 おばさんもちょっと動揺してるんだけどね」
陽奈の母親が「はぁ……」と深い息を吐く。
「えっと……おばさん?」
「診察室に入ってからレントゲンを撮ろうかって話しながら先生が陽奈に聴診器を当ててたのよ」
「はい……」
「そしたら先生、急に眉間にシワ寄せ出して『ちょっと心電図とレントゲン撮りましょう』って。 それで心音って言うのかな……心臓の鼓動がかなり弱ってたらしくてね、とりあえず入院して明日詳しく調べることになったの」
陽奈の母親の言葉に優香は絶句。
「そんな……陽奈ちゃん、大丈夫ですよね?」
「うん……おばさんもそう思いたいんだけど、愛莉……陽奈のお姉ちゃんも心臓が原因だったからね。 ちょっと怖くて」
おばさんはそう呟くと小さく深呼吸。
「ダメダメ、弱気になっても良いことなんてないんだから!」と声を出しながら、オレたちに気を使っているのか無理に明るく笑った。
心臓……そういや陽奈、昨日『最近よく息切れする』って言ってたけど、それが原因だったってことなのだろうか。
まぁでもすぐ治る感じのやつだったらいいな。
◆◇◆◇
陽奈の母親にスーパーの前で降ろしてもらい、買い物をし終えたオレと優香は並びながら家へと帰る。
「それにしても陽奈ちゃん、大丈夫かな」
優香が浮かない顔で暗くなった道を照らす街灯を見上げる。
「大丈夫だと思うよ、なんたって陽奈だし」
「そうなの?」
「うん。 それにおばさんも言ってたけど弱気になってても良いことないよ。 言霊だってあるんだから『大丈夫』って思っておかないと」
そうだ言霊だ。
いつだったか前に神様……美香も言ってたからな、言霊の力は凄いって。
オレの考えを聞いた優香が目を丸くしてオレを見つめていることに気づく。
「えっと……お姉ちゃん? どうしたの?」
「ううん、なんかダイキ、強いなって思って」
「そう?」
「うん。 ほんと、たまにダイキってそういう頼り甲斐がある時あるよね」
優香がワシャワシャとオレの髪を撫でる。
まぁそうでないと困るけどな。 だって中身は優香よりも一回り年上なんだから。
……だからオレはこう返すぜ。
「そうかな、だったらお姉ちゃんのことを好きな男の子がいたら大変だね」
「え、なんで?」
「オレよりも頼り甲斐のある人なんてそう簡単には見つからるはずないもん」
オレがそうドヤ顔で返すと優香がクスッと笑う。
ーー……あれ、ここは笑うところじゃないはずなんだけど。
「えーと、お姉ちゃん、なんで笑うの」
「ふふ、その通りなのかもなーって思って」
「え?」
「じゃあダイキがおっきくなったらお姉ちゃんの面倒見てもらおうかな」
優香が「その時はよろしくね」と冗談交じりに笑いながら顔を近づけてくる。
「そりゃあもちろん任せてよ!」
「あははは、期待してるねー」
こうしてオレと優香は福田祖父の待つ家へと帰宅。
優香が晩御飯の支度をしている間にオレは洗濯物を取り入れ、お風呂を沸かして優香のサポートを本気でこなしていったのだった。
そしてその日の夜。
「お姉ちゃん、ちょっといい?」
お風呂から上がったオレは優香の部屋をノック。 ゆっくりと扉を開けると、問題集と睨めっこをしていた優香がオレに視線を向ける。
「どうしたのダイキ」
「あ、ごめんね勉強中だった?」
「まぁね。 美咲や他の子から授業どこまで進んだかは教えてもらってるから英語や数学くらいはやっとかないと」
優香は教科書を閉じるとオレの方に体を向け、「それで、どうしたの?」と尋ねてくる。
「あ、うん。 あのさ、お姉ちゃんって明日何する予定なの?」
「明日? そうだなぁ……買い物は今日行ったから大丈夫だから、掃除・洗濯・ご飯の用意……くらいかな。 後は勉強でもしよっかなって思ってたけど、なんで?」
「オレ、明日も病院行っていいかな」
「病院?」
「うん。 おばあちゃんのお見舞いもだけど、陽奈のことも気になるし」
「そうだね、うん、いいよ。 陽奈ちゃん明日検査なんだもんね。 ダイキがいてくれた方が安心すると思うし……何も問題なかったらいいね」
「うん」
それからオレは優香の部屋を後に。
実際にはマッサージとか色々したかったのだが、陽奈のことがなんだかんだで心配だったり優香の勉強の邪魔をしたくないのもあってそれは断念。
素直に自分の部屋に戻りスマートフォンで心臓関連のことを調べていると、メールの受信通知が画面中央に表示された。
【受信・西園寺】今ってどうかな、お話できる?
おおおおお!!!! 西園寺ーーーーー!!!!!!
オレはメールへの返信はせずに電話帳へ。
西園寺の名前を見つけてそこをタップ。 電話をかけることにした。
『ーー……も、もしもし? 福田くん?』
突然のことで驚いたのだろう、少し動揺したような西園寺の声がスピーカー越しに聞こえてくる。
「ああああああ、西園寺ー。 なんか安心したぜえええ……」
『え、安心? どうしたの?』
「いや、ちょっと色々あってな」
オレは陽奈のことを考えながら「はぁ……」と深い息を吐く。
弱気がダメって言ってたけどやっぱり気を抜いちゃうと出ちゃうよな。
そしてそんなオレのテンションの低さを察したのだろう、西園寺は『そうなんだ、大変そうだね』と相槌を打つと、少し声色を明るくしながら『あ、そうだ!』と話を切り出してきた。
「どうした?」
『あのね、今日福田くんから貰ったチェリーくんの手袋して学校行ったよ』
「おぉ、あれつけて行ったのか。 中々やるな。 恥ずかしくなかったか?」
『ううん、全然。 だって私、チェリーくん好きだし』
西園寺の嬉しそうな声が聞こえてくる。
まぁそれはプレゼントしたオレからしたら嬉しいことなのだが……
「あ、あのさ西園寺……」
『なに?』
「その……さっきお前が言ってた『チェリーくん好き』ってのは、そのキャラ知らない大人の前で言うんじゃないぞ」
『なんで?』
「なんでってそりゃあ……」
オレは理由を説明しようとしたところで言葉を詰まらせる。
そうだった、西園寺って結構変態だけどエマほど知識もないし、中身は純粋な小5……JSだったんだ。
そりゃあJSだとその単語の意味も分からないよな。
「いや、なんでもない」
『ん? そうなの?』
「あぁ。 えっと……ん? でも待てよ?」
オレはスマートフォンを耳と肩で挟みながら「うーーん」と唸る。
『え? どうしたの?』
「なぁ西園寺、お願いがあるんだが……」
『お願い? なに?』
「ちなみに近くに家族はいるか?」
『ううん、自分の部屋だからいないよ? なんで?』
西園寺が自分の部屋に1人ということを知ったオレは「よし」と呟く。
『福田くん?』
「西園寺」
「は、はい」
「頼む、家族に聞こえない程度の大きさでオレに『シャキッとしなさい、このチェリー!』って叫んでくれ」
『え? う、うん。 いいけど……どういう意味なの?』
「そこは気にするな」
オレが「じゃあ頼む」と言うと、西園寺の『分かった、じゃあ言うよ?』の声。
そして……
『シャキッとしなさい! このチェリー!』
グッサアアアアアアアアアア!!!!!
スマートフォンのスピーカーから無数の槍が出現。
それらがオレの胸にグサグサと突き刺さっていく。
「ぐっ……うぉおおおおお。 やはりJSに言われると心に致命傷レベルだな」
『え、なんか言った? ごめん、聞こえなかった』
「あーいや、こっちの話こっちの話」
オレはゆっくりと背筋を伸ばして姿勢を正すと、西園寺には聞こえないように小さく息を吐く。
ーー……そうだ、こういう大事な場面で弱気になってるからこそオレは……森本真也はチェリーだったんだ!
しかし今のオレは福田ダイキ!!! 同じ人生を歩んでたまるものか!!!
いかなる状況においてもオレは……ポジティブになる!!!!
「ありがとう西園寺。 なんか気合い入ったわ」
『そうなの? よく分からないけど、だったらよかった』
「じゃあもう遅いし……また連絡するな」
『うん、電話ありがと。 待ってるね』
西園寺との通話を終えたオレはスマートフォンを枕隣に置くと電気を消して布団の上に座る。
陽奈を元気付けることは明日のオレに任せるとして、今のオレがやるべきことは……
「愛莉さん、いますよね?」
何もない空間を見渡しながら尋ねる。
するとどうだろう……先ほどまで雲で遮られていた月の光が窓から部屋の中へと差し込み、姿をちゃんと見たのは去年の夏以来か。
そこにはいつぞやのプレゼントをしたサメのぬいぐるみを抱いた愛莉がオレを静かに見下ろしていた。
お読みいただきましてありがとうございます!
下の方に☆マークがありますので、評価していってもらえると励みになります嬉しいです!!
感想やブクマ・レビュー等お待ちしております!!!
なんだかんだで作者のお気に入りの1人でもある愛莉ちゃん降臨!!!
愛莉ちゃん挿絵は第82話『夏といえば②』以来です!! 作者、デジタルイラスト慣れてきましたねぇ 笑