270 バレンタイン・イブ 結城編
二百七十話 バレンタイン・イブ 結城編
2月13日……バレンタイン・イブ。
その日、結城桜子は保護者代理でもありながら桜子の通っている学校の教師・高槻舞とともに、入院している母親のお見舞いに来ていた。
「あ、じゃあ私はちょっと学校に連絡しなければならないことがあるので少し席を外しますね」
舞は桜子と桜子の母親に一礼。
その後スマートフォンを耳に当てながら病室を出ていく。
そんな舞の後ろ姿を桜子が追っていると、母親が「ねぇ桜子?」と声をかけてきた。
「なにママ」
「桜子、高槻さんとの生活はどう?」
「うん、楽しいよ。 私が寂しくならないようによく話しかけてくれるし」
「そう、よかったね桜子」
母親が安心したように微笑む。
「うん」
「それで、福田くんとはどうなの?」
「え?」
桜子は母親の質問の意味がわからずキョトンと首をかしげる。
「えっと……どういうこと?」
「桜子は福田くんのこと、どう思ってるの?」
「え、好きだよ?」
そんなの決まっている。
今の自分があるのは誰になんと言われようと福田くん……福田ダイキのおかげなのだ。
この街に転校してきた途端に学校では女子たちにいじめられ始め、家では母親と彼氏が邪魔者扱い……どこにも居場所がなく絶望に暮れながら歩いていた時にハンカチを拾ってくれた男の子。
上履きにいたずらをされて泣きそうになっていたところを助けてくれたのも彼。
いじめられている最中、自らが身代わりとなって自分を救ってくれたのも彼。
リコーダーを隠されて誰1人知らない他のクラスの子たちに借りようとした時に貸してくれたのも彼だし、いじめの連鎖を断ち切ってくれたのも彼だった。
もちろん彼以外にも、彼の姉・福田優香や、仲直りしてからは親身になってくれる西園寺希、他クラスだとエマ・ベルナール。 他にもそれなりに話せるようになった三好佳奈・多田麻由香・小畑美波……そして保護者代理・もう1人のママとして一緒に暮らしてくれている高槻舞。
今はそのいろんな人が自分を囲ってくれているけど、きっかけはやはり彼なのだ。
そんな人生を変えてくれた人を好きと言わずに何と言うのだろうか。
「桜子、それってどれくらい好きなの?」
「どれくらいって?」
桜子の問いかけに母親は少し考えた後に「じゃあ……」と人差し指を立てながら桜子を見る。
「結婚したいくらい好き?」
「結婚? なんで?」
「いや、それくらい桜子が福田くんのことが好きなんだったら応援しようかなって思ったんだけど」
母親は桜子の顔を見ながらニコリと笑う。
「それで桜子、どうなの?」
「え? うーーん、よく分からないかな」
「そうなの? じゃあ言い方を変えるね。 桜子は福田くんといると楽しい?」
「うん!」
桜子は母親の質問に即答。
満面の笑みで大きく頷く。
「そっか。 じゃあ、家族になったとしたらどう感じる?」
家族? 何を言ってるんだろう。
桜子は頭上にはてなマークを浮かべながら母親を見つめる。
「ん? どうしたの桜子」
「ママ、福田……くんはもう私の家族だよ?」
「ーー……あぁ、そうだったね」
母親はおでこに手を当てながら小さく首を左右に振り、「そっか、桜子に恋愛はまだ早いのかな」と小さく呟いた。
「ママ?」
「ごめんね桜子。 今までママのせいで色々と我慢させちゃってて。 だからかな、その辺のこと……ちゃんと学べてなかったのかもしれないね」
「その辺のこと?」
「うん。 例えばさ、同い年の子たちで遊びに行ったりだとか、女子たちで集まって好きな男の子の話で盛り上がるとか」
母親は桜子を手招き。
自分の前に寄ってきた桜子を優しく包み込みながら顔をくっつける。
「どうしたの?」
「ううん、こんなに桜子は可愛くていい子なのに、恋をしてないのは勿体ないなって思って」
「?」
「よし、決めた!」
そう言うと母親は桜子の体をより一層強く抱きしめる。
「ま、ママ?」
「桜子、これあげる!」
母親はベッド近くに置いてあった財布からお札を取り出すと桜子の手に握らせる。
「え、ええ!? 急にどうしたのママ」
「これで今度福田くんを誘って、桜子の行きたい場所に遊びに行きなさい!」
「なんで?」
「それでどんなところ行ったか……とか、今度ママにお土産話を聞かせて欲しいの」
「お土産話……」
「そう。 出来たらプリクラとかでもいいから、写真を1枚ママにくれたら嬉しいな」
母親は結城の肩を持ちながら柔らかく微笑む。
「写真? なんで?」
「だってそこには絶対楽しそうな顔をしてる桜子が写ってるんだもの。 それを見たらママ、もっと病気と戦えると思うな」
「えっと……それ、ほんと?」
「うん」
母親の言葉に桜子はお札を持っている手を強く握りしめる。
「わかった! 私、今度福田くん誘って遊びに行ってくる!」
「うん」
「それでいっぱい写真撮ってきて、ママにあげるね!」
桜子は胸を高鳴らせながらもらったお金を自らの財布の中へ。
するとそんな桜子を見ながら母親が「あ、それと桜子……」と小さく囁く。
「なに?」
「遊びに誘うのもいいけど、ほら、明日って何の日か知ってる?」
「何の日? ううん、誰かの誕生日だっけ」
まさに恋に興味のない証拠。
あまりにも素直な答えを聞いた母親はガクリと肩を落とす。
「え、ママ? どうしたの?」
「あのね桜子、明日は2月14日……バレンタインデーだよ?」
「あ、そっか」
「あ、そっか……じゃないの。 福田くんにはお世話になったんでしょ? あげなくていいの?」
「ほんとだ。 じゃあ帰ってから作らないと」
「ほんとこの子はもう……」
母親は桜子の頭を撫でながらため息。
それからは保護者代行の高槻舞が電話から戻ってくるまで母と娘の仲睦まじい時間が続いたのであった。
「桜子、学校はどう?」
「うん! 楽しいよ!」
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