表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
269/733

269 バレンタイン・イブ 西園寺編


 二百六十九話  バレンタイン・イブ 西園寺編



 2月13日……バレンタイン・イブ。

 その日、西園寺希は自宅のキッチンで完成した手作りのチョコレートをハート型の箱の中に詰めていた。



「ただいまー」



 夕方。 買い物から帰ってきた母親が明るい声でリビングに入ってくる。



「あ、お母さん。 おかえり」


「あれ、何してるの希ちゃん」



 母親が買い物袋を両手に下げたまま希のもとへ。

 希の作業を覗き込むと、「えーーー!」と驚きの声をあげた。



「どうしたのお母さん」


「いや、希ちゃん。 昨日お友達に配るからチョコ買ってきてってお母さんに頼まなかった? だからお母さん、結構買ってきちゃったんだけど」



 母親が買い物袋の中から高級チョコレートを取り出して「ほら……」と、机の上に置いていく。



「あ、うん。 配る用買ってきてって言ったよ」


「じゃあなんで作ってるの?」


「これは……特別」



 希は箱の中に敷き詰めた色とりどりのチョコレートを眺めながらニコリと微笑む。



「特別? あ、もしかして……!!」



 母親が嬉しそうに顔を近づけてくる。



「なに、お母さん」


「希ちゃん、もしかして好きな男の子でも出来たの?」


「えっ!」



 母親の言葉に希の身体がピクリと反応。

 それを見た母親は「まぁーっ!!」と目を輝かせた。



「ねぇねぇ、その男の子ってどんな子なの?」



 母親がグイグイ肩を寄せて尋ねてくる。



「ちょっとお母さん、私まだいるって言ってないよ」


「何言ってるの。 希ちゃん、お母さんの言葉に反応してたじゃない。 で、どんな子なの? イケメン?」


「うーーん、イケメンではないかな」


「そうなの? じゃあ運動神経抜群とか?」


「体育は……あまり好きそうじゃないかな」



 希から得られる情報を聞いた母親は大きく瞬きをしながら首を傾げる。



「じゃあ……頭がいいとか?」


「普通だと思う。 でも前に好きな教科聞いたことあったんだけど、特に好きな教科もなさそうなんだよね」



 希は以前、なんとなく会話した時のことを思い出す。

 確か算数は文章問題がある時点でやる気出ないって言ってたし、国語は堅苦しい長文がそもそも苦手。 理科は実験に興味ないから頭に入ってこなくて社会は暗記が多すぎる……だったかな。

 


「え……てことはあまり頭も良くないってことなの?」


「そうでもないよ。 だってなんだかんだで平均点は取れてるみたいだし。 ただ本人にやる気がないだけ……だと思うな」


「ーー……え、じゃあ希ちゃんはどこが好きなの?」



 母親がかなり困惑した表情で尋ねてくる。

 それはごもっともだ。

 イケメンでもなく運動も嫌いで勉強もやる気がない……そんな男の子のことを好きだと言っているのだ。

 こんなの親だけでなく、話を聞いたほぼ全員が「大丈夫なの?」と心配するだろう。

 

 でもこれだけは言えることがある。



「なんて言うのかな……温かいんだよね」


「温かい? あ、優しいんだ?」


「ううん、普通の親切……とか、そう言うのじゃないの。 これも言葉にするのは難しいんだけど……突き放しているようで隣に居てくれてるって言うのかな。 私も良く分からない」



 まぁでもこの気持ちを『恋』と言うのだろう。

 

 希自身、いつそんな感情が芽生えたのかは分からない。

 知らない間に芽が生えており、これまた知らない間に花が咲いていたのだ。


 希の話を聞いた母親は「まぁ……変な子ではないんだよね?」と念を押してくる。



「うん。 別に学校の問題児とかでもないし、そこは安心してほしいかな」


「そう、ならいいの。 だってもし希ちゃんが素行の悪い男の子と一緒に行動して問題を起こしちゃったら……」


「パパに迷惑がかかる……でしょ? 分かってるよ。 それに私、そんな男の子のことは多分好きになることはないし」



 その後、希は翌日渡すチョコレートの敷き詰めを完了。

 満足げな表情を浮かべながらフタを被せるとリボンを綺麗に巻いていく。



 我ながらなかなかの出来栄え……明日喜んでくれるといいな。



 そんなことを考えながら完成品を見つめていると、それを見ていた母親が「ねぇ希ちゃん」と声をかけてくる。



「どうしたの?」


「その男の子はさ、希ちゃんが好きでいてくれてるって気づいてるの?」


「ううん、全然気づいてないと思うよ」



 希がそう答えると母親が「なるほどねー」と小さく頷く。



「なんで?」


「あのね希ちゃん、男の子ってたまに全然好意に気づいてくれない人もいるの。 まぁチョコを渡すっていうのは良い手だと思うけど、希ちゃんが好きな子だもん……きっと他の女の子もその男の子のことを好きな人、いると思うんだよね」


「えっ……」


「だからそんな希ちゃんに、お母さんがアドバイスしてあげる」


「アドバイス?」


「そう。 チョコを渡す時に他に何か……そう、手紙とかつけたらいいんじゃない? そしたら希ちゃんの印象がグッと強くなると思うの」


「手紙……」



 確かにそうかもしれない。

 前に2人で出かけた時もまったくこちらのアピールに気づいてはいなかった。

 行動で気づかないなら文字で……なるほど。



「分かったありがとうお母さん。 手紙もつけることにする」


「うん。 成功して付き合うことになったらお母さんにも紹介してよね」


「もう……プレッシャーになるからそういうのやめてよー」



 こうして希はチョコを持ちながら自室へ。

 引き出しから可愛いキャラクターの書かれたメモ帳を取り出すと、どんな内容を書こうかなと考えながら天井を見上げた。



 ◆◇◆◇



「好きです……ちがう。 これだと直接言った方が早いし告白になっちゃうもんね。 まぁまだそんな勇気はないんだけど……」



 あれから数時間。

 いつも整理されいる希にしては珍しく、周囲には途中でボツになった手紙たちが散乱している。

 自分の気持ちを言葉にすることがここまで難しいことだったとは……。


 こういう時は気分転換がてら誰かに電話してそれとなく相談するに限る。 

 そう考えた希はスマートフォンを取り出して電話帳アプリを起動。 相談できそうな人物を考慮しながら画面をスライドさせていくと、とある人物の名前が書かれたところで指が止まった。



「ーー……エマ」



 それは去年の夏休み明けに引っ越してきたフランスからの転校生。

 まだ日本に来て間もないというのに、もう日本語が達者な天才で自分と同様、現5年生のマドンナ候補にも挙げられているほどの美貌の持ち主だ。

 どうして自分がそこに選ばれているのかは謎なところだが……


 希は『エマ』の名前をしばらく眺めた後に「うん」と頷く。



「そうだよね、エマなら結構お姉さん気質だし、何かいいアドバイスくれるかも」



 希はエマの電話番号を指でタップ。

 電話をかけると呼び出し音がなり、すぐに『もしもし?』とエマの声が聞こえてきた。



「あ、ごめんねエマ。 今大丈夫かな」


『えぇ、別に大したことはしてないけど……どうしたの?』



 エマの近くから『エマおねーたん、エッチーも、たべゆーー!』と妹・エルシィの声。



「あ、ごめんね料理中だった?」


『ううん、ほら、明日ってバレンタインでしょ? だからチョコ作ってるだけよ』


「え、エマあげる男の子いるの!?」



 突然のチョコ作りの話題に希の声が少し高くなる。



『まぁ基本的にはよくクラスで話してる子達だけど……。 あ、もちろんノゾミのやつも作ってるから楽しみにしててよね!』


「あ、うんありがとう。 え、それでエマ……基本的にってことは、さっきも聞いちゃったけど、男の子にもあげるってことだよね?」



 これはいいアドバイスがもらえるかもしれないと思った希は食い気味に尋ねる。



『ーー……どうしたのノゾミ』


「あ……ごめんね。 実は私もチョコあげたい子がいてさ。 エマはどうやってその男子に渡すのか参考にさせてもらおうかなって思ったんだけど……」


『あー、そういうことね。 いや、エマは特に何もするつもりはないわよ? ただ渡して終わり』


「そうなの!?」



 さすがはエマだ。

 皆が認めてるほどに美人なんだもん。 それくらい自信があっても当然か。



 それに比べて私はどうだろう。

 今までの自分だったらまぁまぁな自信から行動していたのかもしれないが、今あの人を目の前にするといつもの自分ではいられなくなってしまう。



 あまりの自分の不甲斐なさに希は「はぁ……」と深いため息をついた。



『えっと……逆にノゾミは何しようとしてたの?』



 ここで希はエマに手紙を書こうと思っていることを相談。

 心の中で想っているような文章が上手く文字にして書けないので、どうすれば良いかを尋ねる。

 


『あー、そういうことね。 なら簡単じゃない?』


「簡単?」



 希の聞き返しにエマは『うん』と軽快に答える。



「えっと……何で?」


『あのねノゾミ、いくらノゾミが想いの丈を文字にして渡したとしても、相手は小5の男子……ガキなのよ? エマたち女子と違って全くそんなロマンチックとか求めてないんだから』


「ーー……そうなの?」


『だって思い出してみなさいよ、女子はよく人間関係とかで悩むことあるけど、男子って基本的に単純でバカだからそういうことで悩んでる人いなくない?』


「た、確かに……。 えっと、じゃあ私、手紙とか書かないほうがいいってこと?」


『いや、違うわ。 要は内容次第ってわけ』



 ーー……内容次第?



 希がスマートフォンを耳に当てながら首を傾げていると、エマがその続きを話し出す。



『えっとね、自分の気持ちをフルで書けたとしても、相手はさっきも言ったけど小5男子なの。 ガキに恋愛感語っても多分ほとんど響かないはずよ。 それよりは「今度どこか遊びに行こう」とか、相手が楽しめそうな内容の文章を書いた方が向こうも盛り上がるんじゃないかしら』


「でもそれだとただの遊びの誘いにならないかな」


『ふふふ、甘いわねノゾミ。 一緒にいるうちに意識していくもんなのよ男って生き物は』


「ーー……そうなの?」


『そうなの。 だからこう考えれば良いの。 遊びの誘いは、その先に相手が意識してくれるって未来に投資するって感じよ!』 


「おおお……」



 相手の楽しめそうな内容で一緒にいられるようなお誘いかぁ……。



「うん、参考になったよありがとう。 ごめんね急に電話しちゃって」


『いいのよ。 それより上手くいったら今度教えなさいよー?』


「もう、エマまでプレッシャーかけないでよー」



 こうして希はエマとの通話を終了。

 お風呂や夕食を済ませた後も、日付が変わるくらいまで手紙の内容を必死に考えていたのだった。



 ◆◇◆◇



 翌朝。


 希は想いの詰まった手紙をチョコの箱のリボンに挟んで顔の前まで持ち上げる。



「貰って、読んで、喜んでくれたら……嬉しいな」



 そうチョコに優しく囁くと、慎重にランドセルの中へ。

 甘い気持ち・希望を背負いながら家を出たのだった。

 

お読みいただきましてありがとうございます!!

下の方に☆マークがありますので、評価していってもらえると励みになります!!

感想やブックマーク・レビュー等、お待ちしております!!!


次回かその次、今までで1番クレイジーなことをしようと計画行動中の作者です!

間に合うか間に合わないかは作者次第!!!笑



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 「相手の楽しめそうな内容で一緒にいられるようなお誘い」が変な方向へ行きませんように。。
[良い点] 西園寺ちゃん! いつの間にそんな女の子してたの!! エマ……ゴクリ これはもしやシュラバー!!
[一言] >まぁ……変な子ではないんだよね? すごく変(態)な子だぞ・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ