268 バレンタイン・イブ 三好編
二百六十八話 バレンタイン・イブ 三好編
2月13日……バレンタイン・イブ。
その日、三好佳奈は自宅のキッチンで発狂していた。
「んあああああああ!! 『ゆせん』って容器ごとお湯に入れて温めることだったのーー!?!? 間違ってチョコにお湯入れちゃったじゃーーん!!!」
自分でも1発では出来ないと分かっていた佳奈は予め用意しておいた『失敗した時用』のチョコレートを手に取り再び挑戦する。
「おい佳奈、うるさいぞー。 何やってんの」
「うるさいお兄!!」
「いやいやうるさいの佳奈だろ。 なんだよさっきからギャーギャー叫んで』
高校生の兄が後ろから覗き込んでくる。
いつも自分のことを何かとバカにしてくるいけ好かないやつだ。
「ん? チョコ? あー、明日バレンタインか」
兄が「へぇー」とニヤつきながら三好を見る。
佳奈のこめかみにイライラマークが1つ出現。
「なに?」
「いや、去年まではお店で買ってきたやつを配ってた佳奈がねー。 誰にあげるの?」
「うるさい。 あっちいってて」
佳奈が「シッシッ」とまるで虫を払いのけるように兄を遠くへ追いやると、兄が「まぁ……あれだな」と言いながらこちらに振り返る。
「だからなに?」
「いやさ、もし佳奈がそのチョコあげる相手が男子だったら面白いのになーって思って」
佳奈の体が僅かに反応する。
「な、なんでよ」
「だって佳奈、バカだからそもそもの作り方を理解してないだろ? そんなので美味いもの出来るわけないでしょ」
ーー……は?
「はぁああああああああ!?!?!?!?」
佳奈のこめかみにイライラマークが2つ、3つ……5つ出現。
先ほど間違ってお湯を直接加えてしまったチョコレートをボールごと兄に投げつけると、「別にお兄にはあげないんだからいいでしょ!!!」と叫ぶ。
「いや、俺はいらないよ? だって明日どうせたくさんもらえるはずだし。 佳奈と違ってモテるからさ」
ブチィ!!!!
イライライライラ!!!!!
「はぁああああ!?!? でもそれってお兄の好きな人からじゃないんでしょー!? そんなの意味ありませーーん!!!」
佳奈は両手をクロスさせてバツ印を作りながら唇を尖らせる。
「は? 意味ないってどう言うことだよ」
「だってお兄が一番チョコを欲しい女子からは貰えないからですぅーー!!!」
その相手とは兄と同級生の福田優香。
佳奈の同級生でもある福田ダイキの優しいお姉さんだ。
すでに兄が優香に振られているという情報も入手しているので、「そ、そんなの明日にならないと分からないだろ!」と少しキレ気味の兄にも堂々と断言できる。
「無理でーーす!! 優香さんはお兄のこと全然好きじゃありませーーん!!!」
「言ったな佳奈! 絶対明日俺は福田さんからチョコを貰って佳奈に自慢しながら食べてやる!」
そう言い残して兄はチョコで汚れた服や体を洗いに脱衣所へ。
佳奈は「ふんっ」とその場にイライラを吐き捨てるように鼻を鳴らすと、「絶対に美味しくて可愛いチョコを作ってやる!!」と意気込み再び目の前の困難に立ち向かったのであった。
ーー……のだが。
「んぎゃああああああ!!! 『ゆせん』の温度って熱ければ良いってもんじゃなかったのーー!?!?」
こうして『失敗した時用』ストックを使い果たし、何とか最後の1つで完成まで漕ぎ着ける事が出来た佳奈はそれを透明な小袋に詰めてラッピング。 努力の結晶を勉強机の上に慎重に置くと、完成したという安心感から一気に体中の力が抜けてベッドの上にうつ伏せで倒れこんだ。
「はぁ……出来たぁ……」
結構な時間チョコレートと格闘していたせいもあってか、着ていた服からはその歴戦の証ともいえる甘ったるい匂いが佳奈の嗅覚を刺激する。
「もうあれだわ、しばらくはこの香り嗅ぎたくないかも」
そう呟いて布団に顔を埋めたままでいると、次第に眠気が襲ってくる。
「あー、だめだめ。 とりあえず今からお風呂入ってご飯食べて……時間割の教科書用意してから明日どうやって福田に渡すか考えないと……」
佳奈はゆっくりと立ち上がりながらお風呂場へ。
湯船に浸かり大きく息を吐いていると、ふと先ほどの自分の独り言が脳内をよぎった。
明日どうやって福田に渡すか考えないと……?
「ーー……あ。 ああああああああああああ!!!!!! そうだ!! それ考えてなかったじゃん!! どうしよおおおおおおおお!!!!!」
これにより佳奈の脳はリラックスモードから超回転モードへと強制変更。
チョコを、いつ・どこで・どのように渡せば良いのかを必死に考え出したのだが、結果、最適な答えは見つからず。
それにより佳奈の睡眠時間はいつもの半分以下となってしまったのだった。
◆◇◆◇
翌朝。
「ちょっと佳奈!! これで何度目なの!? これ以上寝てたら遅刻するわよ!!!」
「ーー……ふぇ?」
目を覚ますとそこにはお怒りモードの母親の姿。
母親が何を言っているのか分からなかった佳奈はとりあえず部屋にかけられている時計に視線を向けることに。
するともういつもなら家を出てもおかしくない時間。
「ーー……え、なんで?」
「なんでじゃないでしょ!! さっきから何回も声かけても起きなかったの佳奈じゃない!!」
「う、うわあああああああああああ!!!!!」
佳奈は慌てて部屋を飛び出すと凄まじいスピードで歯を磨いて顔を洗い、その足でリビングへと向かうと置かれていた食パンを数口食べて部屋へと戻り制服に衣装チェンジ。
その後ランドセルの紐に腕を通し慣れた動きでそれを背負うと、机に置いておいたチョコ入りのラッピング袋をガシッと掴む。
これなら走れば間に合いそう!!
何とか希望は見えたが油断はできない状況。
目視で忘れ物がないか確認をすると、「よし!」と自分に言い聞かせて部屋を出た。
ドンッ!!
「うわっ!」
「いって!!」
なんというタイミングだろうか。
同じタイミングで登校しようとしていた兄と部屋の前で勢いよくぶつかり尻餅をついてしまう。
いつもならそこから喧嘩が始まるのだが……
あれ、なんだろうこの手と床の間で何かが潰れたような感触は。
ーー……あ。
一瞬何かは分からなかったがすぐに佳奈は理解する。
視線を向けて手を上げてみると、案の定そこにはさっきまで持っていたラッピング袋。 先ほどの感触が信じきれずに袋を軽く振ってみるとシャカシャカと本来ならしないような音が鳴っている。
「ったく、気をつけろよ佳奈ー」
兄はそんなの気づく様子もなくそのまま玄関へ。
佳奈はしばらくの間その袋をジッと見つめる。
「と、とりあえず持って行こ。 最悪麻由香や美波と一緒に食べれば……いいし」
不思議と湧いてくるのは兄に対してへの怒りではなく果てしない絶望感。
それをランドセルの中に入れてふらふらと玄関へと向かっていると、娘のいつもと違う様子に気がついたのだろう……母親が佳奈に声をかけてきた。
「ちょっと佳奈、どうしたの? 風邪?」
「ううん、別に」
「じゃあなんでそんな暗いのよ」
「ーー……別に、なんでもないし」
「もう、じゃあ今日だけはお母さんが車で送ってあげるから! 早く行くわよ」
「うん」
こうして佳奈は母親に手を引っ張られながら家の前にある駐車場へ。
車に揺られながらじっとしていると、次第に悔しいという気持ちがお腹の底から湧き上がり涙として外に排出されていく。
「ねぇ佳奈、本当に大丈夫? どこか痛いの?」
「ーー……全然。 ただ昨日の怖い夢を思い出しただけ」
「そう? なら良いんだけど……もうすぐ着くわよ」
「うん。 ありがとう」
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