263 特別編・ユリ⑥ 運命の刻
二百六十三話 特別編・ユリ⑥ 運命の刻
あのラブカツオーディション主催者側の男性はかなりその業界では有名な人だったらしく、ユリの作詞にはすぐに曲が付けられることに。
また秋にはそのアニメの主題歌になるということから、ユリたちは地元に帰ってくるなり歌詞を覚えたりボイストレーナーのもとへ足しげく通ったりとそれはそれは目の回るような日々を送っていた。
なのでユリは受験勉強をする暇もなく……
『松井。 放課後職員室へ来なさい』
『え、でもユリ、放課後は急いでレッスンに行かないと……』
『今の成績のままでは進学は難しいぞ。 それでもいいのか?』
『ーー……』
もともとユリは頭のいい方ではなかったので、ユリのテストの成績は著しく低下。
担任が『これは三者面談が必要かもしれない』と危惧するほどだったのだ。
『おい松井、聞いてるのか?』
『でもユリは……ユリは……!』
◆◇◆◇
月日は流れ運命の刻……本日は念願の【メイプルドリーマー】のデビュー曲『あなたがいたから』の全国お披露目日だ。
学校から帰るなり家族揃ってテレビに張り付き今か今かと待ちわびていると、とうとうその時がやってきた。
『じゃんじゃかハムロック!! 始まるんじゃあああ!!!! キェエエエエエエエエ!!!!!』
起用されたのは『じゃんじゃかハムロック』というキッズに人気の番組。
ハムスター達がハムスター界のロックンローラーを目指す内容で、開始早々に主人公ハムロックのデスボイスからスタート。 その後に先ほどのハムロックのテンションとは程遠い、バラード調のオープニング曲が流れ始めた。
『きゃああああ!! ユリの……ユリの声がテレビから聞こえてくるわよあなたーー!!!』
『あぁ!! 今日有給使って休んだ甲斐があったよーーー!!!』
ユリたちの歌声を聴いて両親が抱き合いながら喜び合う。
『まさかユリが……モデルもそうだけど、アイドルになるって言った時にはどうなるかと思ってたけど……』
『そうだな! ユリ、夢への大きすぎる第一歩、おめでとう!!』
『ありが……とう』
ユリの目から涙が溢れる。
『楓……ユリの隣で一緒に見てくれてるよね?』
ユリは両親にも聞こえないくらいの小声で呟きながら小さく微笑んだ。
◆◇◆◇
アニメ放送からすぐはそこまでネットでも話題に上がっていなかったのだが、人気が出始めたのは年の終わり。
冬休みに入りネットでアニメを見るユーザーが増えたからなのだろうか。
[あのハムロックに似合わない優しいオープニングのギャップがたまらん]
[歌詞が深い]
ネットを中心にユリたちメイプルドリーマーの名前が少しずつ知れ渡っていったのだ。
それに伴い視聴率の欲しい音楽番組からの出演オファーも。
それはユリたちにとって、人前に出て歌うことのできる願っても無いチャンスだったのだが……
『えぇ!? 髪を派手に染めろ……ですか!?』
ユリの問いかけにマネージャーがこくりと頷く。
『なんでもハムロックってロックなアニメらしいじゃない? だから番組サイド的にはそういったインパクトな演出が欲しいみたいなのよ。 それが飲めないのなら見送らせてもらうそうなんだけど……』
『そんな……』
ユリは自身のポニーテールに触れながら俯く。
『どうしたのユリ』
『その……ユリ、やっと見た目だけだけど楓みたいな髪になったのに……染めちゃったら全然違う感じになっちゃうって思って……』
『そうよね。 でも他のメンバーは皆染めるって言ってるわ。 後はユリだけ……。 だけど嫌なら仕方ないわ、こればかりはユリも言いづらいだろうし私から皆に話しておく……』
『いや、やります!』
『ーー……え、いいの? そんなすぐ決めちゃって』
マネージャーの問いかけにユリは小さく頷く。
『はい。 ユリ、この夢が叶えられたのって楓やマネージャーもそうだけど、先輩たちの足、たくさん引っ張っちゃったし……ユリのわがままで先輩たちにこれ以上迷惑かけたくないから……』
『そう』
こうしてユリの赤茶だった髪色は全体的に赤く……髪先は水色でグラデーションし、見事歌番組への出演を果たしたのであった。
しかし人気が出てくるに伴いユリの精神も少しずつ追い込まれていく。
『ユリ……大丈夫?』
ユリの顔色が悪いことを心配した先輩が尋ねてくる。
『あ、はい……大丈夫です』
『いやいや大丈夫じゃないでしょどう見ても! どうしたの?』
『大丈夫……です。 ユリ、先輩たちには迷惑かけませんから……』
『はぁ、……ねぇユリ、確かに私たちはユリの先輩だけど今は同じグループメンバーなの。 そんな畏まらなくていいから、悩みがあるならいってごらん?』
先輩の1人がユリの背中を優しく摩る。
『でも……これを言っちゃったらユリ……またみんなに迷惑をかけちゃう……』
『それは私らが判断することだよ? それにユリ、私らをまだ先輩扱いしてくれるなら、先輩に頼りなさい』
先輩が顔を覗き込みながら眩しく微笑む。
それがあまりにも嬉しくて申し訳なくて……ユリはぐちゃぐちゃな感情のまま今の気持ちを先輩に打ち明けることにしたのだった。
『先輩、ユリ……』
『ん?』
『ユリ……このお仕事……辛い』
『え?』
ーー……言ってしまった。
一度放出してしまった感情はそう簡単には収まらない。
ユリは大粒の涙を流しながら心の内を打ち明けていく。
髪型を変えたことで楓のイメージからかけ離れていったこと。
作詞はユリが手がけた為にインタビュー時、『どんな想いでこの曲を書いたのか』という質問が当然のことながら飛んできて、その度に楓との別れを思い出してしまうこと。
『楓の両親がどんな気持ちでユリを見てるんだろうって思ったら胸が苦しくて……!』
『楓の両親? それにさっきのインタビュー時に楓との別れを思い出すってところもだけど……なんでそこで楓が出てくるの?』
先輩が頭上にはてなマークを浮かばせながら首を傾げる。
これは楓の両親に口止めされているけどもう限界だ。
楓の両親的には『自分に第三者からの攻撃的な言葉や視線が飛んでこないように……』とのことだったのだが残りの人生、ずっと胸の奥で閉まってることなんて出来ない。
もう誰かに口外するならしてくれてもいい……。
そんな覚悟のもと、ユリは楓が亡くなった日、何が起こったのかを事細かに話したのだった。
『ーー……だから、楓が死んじゃったのはユリのせいなんです。 それでユリ、楓の夢を叶えようと必死に頑張ってきたんですけど、もう限界でどうにかなっちゃいそうで……』
ユリは頭を抱え込みながら力なく目を瞑る。
するとどうだろう……怒られるか見放されるかの2択だと思っていたユリだったのだが、先輩は優しくユリを包み込むように抱きしめてくれたのだ。
『せ、先輩……』
『そんなことがあったんだね。 ユリ、楓とは仲がいいだけだと思ってたけど、そこまでのことがあったなんて。 だから頑張って楓に髪型とか似せようと努力してたんだね』
先輩の言葉にユリは小さく頷く。
『そういや私らがユリのことを楓に似てるって言った時とかめっちゃ喜んでたもんね。 そりゃあ髪色こんな派手にするのも嫌になるわ。 インタビューの度に思い出すのも辛いね、ごめんね気づいてあげられなくて』
『いや、元はと言えばユリが……』
『よしっ!!』
先輩はユリの背中をポンと叩くとゆっくりと立ち上がる。
『先……輩……?』
『ちょっと待ってな。 私が鬼マネとその上に言ってどうにかならないか話してきたげる』
『え、でも……』
『いいって。 先輩に任せな。 社長あたりは今調子に乗ってて厄介かもしれないけど、鬼マネはなんだかんだでユリの味方だし。 先輩と鬼マネで社長を倒してくるよ』
こうして先輩とマネージャーが動いた結果、ユリは脱退ではなく休養することに。
ある程度ロックが求められる間は無理して出なくて良い……そういう話になったのだった。
そして……
『ねぇユリ、本当に行くの?』
ユリの母親が心配そうな表情で玄関に立つユリに尋ねる。
『そうだぞ。 せっかく休めるんだ。 家でゆっくりしてれば良いじゃないか』
『大丈夫。 部屋は事務所が契約してくれてるらしいし、たまにだけどマネージャーが様子を見にきてくれるみたいだから』
『でもなんでわざわざそんな都会の方に』
『ユリがあの歌詞をかけたのも、いろんなことに気づけたのもあの場所だったの。 なんかあの場所にいたら、また新しい発見ができるような気がするんだ』
そう言い残してユリは去年の夏に皆で行ったオーディション見学旅行のあった、あの街へ。
心の休養やアイドルのことを忘れる為、単身地元を離れたのだった。
〜 完 〜
「ーー……で、本当に新しい発見しちゃった!! これって運命だよね!!」
話し終えたユリが満面の笑みでエマに抱きつきながら頬を擦り合わせる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!! じゃあなに!? いつも流れてたあのハムロックの歌詞ってほとんどエマに……私に向けて書かれたメッセージってことだったの!?」
エマの質問にユリは「そうだよぉ!! 楓ーー!!!」と嬉しそうに答える。
「もうあれはラブレターを全国に放送してるようなものじゃない!! 歌詞を思い出すだけで恥ずかしいわよ!!」
「それだけ楓はユリにとって大きな存在だったってことなの!!」
「それにグループ名がメイプルドリーマー……【楓の夢を叶える者たち】だなんて……どんだけあんたら中二病なのよ!!」
「ひどーい!! それだけ皆楓のことが大好きだったってことじゃなーい!!」
ユリの楓大好きアピールを存分に受けたエマは手を額に当てる。
「わかった、わかったわ。 とりあえず今日はこの辺で終わりましょう」
オレも「そ、そうだな……」と若干引きながら立ち上がる。
「だからユリも早く帰りなさい」
「やっ!」
「「ーー……」」
ーー……は!?
なんということだ、ユリは頬を大きく膨らませるとプイッとそっぽを向く。
てかその拗ね方までエマにそっくり……結構コピーしてんだなぁ。
「な、なんでよ!」
「だってユリ、、まだ楓と一緒にいたいんだもーん」
「あのねぇ。 でも今の私はエマ。 エルシィっていう可愛い妹だっているんだから」
「じゃあそのエルシィちゃんとも仲良くなろっかな。 そしたらユリ、今日泊まっても良いよね!?」
これが天然パワーというやつなのか。
ユリは眩しい笑顔をエマに向けると、答えを聞いていないのに電話をかけだす。
「あ、もしもしマネージャー? ユリです!」
マネージャー? あぁ、さっきまで話に出てきてたあの鬼マネか。
「え、うん。 そう、良いことがあってさ、ユリ元気だよ! うん。 でね、今日はカエ……仲良くなったこの家に泊まることになったからさ! え、いや違うよ女の子! そこは大丈夫だから! じゃあそういうことなので失礼しまーす!」
ピッ!
これは……とんでもない人物が現れたものだ。
「じゃ、じゃあエマ。 オレは帰るよ」
「え、ちょ! ダイキ!?」
「エルシィちゃん呼んでくるけど……あれだったら募る話もあるだろうし、お風呂や寝るときはウチで預かるから安心してくれ。 ほら、話が盛り上がってる時に聞かれてました……とかじゃ嫌だろ?」
「そ、そうね。 じゃあお願いするわ。 ありがとうダイキ」
「いいってことよ」
オレは「それじゃ」と声をかけるとエマの部屋の扉に手をかける。
「えっと……ダイキくん、だったっけ?」
ユリに名を呼ばれたオレは「はい?」と振り返る。
「あのさ、さっきから楓とかなり親しそうなんだけど……もしかして彼氏……とかではないよね?」
「「は?」」
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