262 特別編・ユリ⑤ 誤算!
二百六十二話 特別編・ユリ⑤ 誤算!
それは突然決まったオーディション見学旅行、行きの新幹線車内。
『そういやあなたたち、結構アイドルの研究としていろんなライブに行って勉強してたって聞いたけど、どんなグループのライブに行ったの?』
タブレット端末を片手にマネージャーがユリたちに尋ねる。
『え、とりあえず人気のグループのは基本的に網羅しましたけど……』
先輩が考察メモの書かれたノートをマネージャーに渡す。
『えっと、どれどれ……。 多所帯の【49グループ】に【金色みつばA】、【C–Ladys】、海外の【SanzyU】』
『あ、はい! どのグループも個性的で私たち、いろんなジャンルを取り込もうと頑張ったんですけど、中々上手くいかなくて……』
『そうね。 これじゃあダメね』
そう言うとマネージャーは詳しく読まずにそのままノートをパタンと閉じる。
『えぇ!? なんでですか!?』
『あのね、どれもあなたたちに合ってないのよ』
マネージャーがユリたちに向けてビシッと指を差す。
『合ってない?』
『そう。 例えば【49】は大人数だからこそ出来る圧倒感や合唱感。 【金色】は個性的だけどあなたたちよりも遥かに長い下積み経験からなる努力と才能。 【C】はダンスとか運動神経抜群の子達の集まりだし、【SanzyU】はちょっと分からないけど……でもあのシンクロしたダンスはそれこそ本人たちの努力もだけど、それを最大限に活かせる指導のできている事務所の力が大きいわ』
マネージャーの言葉が妙に的を得ていたからなのだろう。
ユリたちは無言でマネージャーを見つめる。
『じゃ、じゃあユリたちはどうすれば……?』
『あなたたちの努力は知ってるわ。 ただ芽が出ないのは根本的に重要なことを忘れているからだと思うの』
『『重要なこと……』』
そういやこの旅行に行くって言ってた時にもマネージャーは『これはかなり重要なこと』って言ってた気がする。
オーディションの見学らしいけど、一体何のオーディションなのだろう……。
ユリを含め先輩たちも皆分かっていなかったようなのだが、この発言をしたのは皆が認める敏腕な鬼マネージャー。
きっとなにかがあると信じ、ユリも高校3年生の大事な受験勉強の期間だというのに、それを犠牲にしてまでこの旅行に参加していたのだった。
『あの、マネージャー、そろそろユリたちにも教えてもらっていいですか?』
『なにを?』
『マネージャー、ユリたちに何のオーディションを見学させようと……』
ユリがそう尋ねるとマネージャーはニコリと微笑む。
『それは着いてからのお楽しみよ。 きっと何か得るものがあるはずよ』
それから数時間。
ユリたちは目的のオーディション会場が行われる最寄りの駅へと到着したのであった。
◆◇◆◇
『『『はぁあああ!?!? ラブカツオーディション!?!?』』』
会場を目にしたユリたちは目を丸くしながら声を上げる。
だってそこに集まっていたのは……
『ちょ、ちょっとマネージャー!? どういうことですか!? 参加者っぽい子たち……みんな小ちゃな小学生の女の子ばっかりじゃないですか!!!』
先輩がこめかみに怒りマークを浮かばせながらマネージャーに詰め寄る。
『えぇ。 実はこの主催者の1人とは知り合いでね。 あなたたちのことを相談したら見学を特別に許してくれたのよ』
そう説明しているマネージャーのもとへ1人の男性が近づいてくる。
メガネをかけた白髪混じりの中年の男性。 しかしスーツをピシッと決めており、重役感はかなり伝わってくる。
『やぁやぁお久しぶりです』
『こちらこそお久しぶりです。 この度はこのような機会を与えていただきましてありがとうございます』
マネージャーが男性に深く頭を下げる。
『いえいえなんの! あなたの相談に乗らないわけがないでしょう!』
なんだろう……話に聞く限りでもあのマネージャーは凄いって知ってたけど、こんな都会の偉そうな人も知ってるってことは相当なのだろうか。
マネージャーと男性はユリたちとは少し離れた場所に移動して小声で話し出す。 何を話しているのかは聞こえなかったのだが、おそらくは大人の社交辞令みたいな何かなのだろう。
『……それで、お電話で聞いた話からするに、あの身長の小さな子ですか?』
『そうです。 うちに所属していた子の想いを叶えるために』
『それはもう……ロックですね。 是非何か掴んで帰っていただきたいものです』
『ありがとうございます』
その後話し終えたマネージャーとともにユリたちは裏口から会場の中へ。
中に入るとフリフリの可愛いお姫様のような衣装を身にまとった女の子たちやその関係者たちがオーディション開催時刻までの自由な時間を過ごしていた。
『みんな可愛いねぇー』
『はい』
先輩たちと中を自由に見回っていたユリ。
自分もこんなドレスとか好きだったなーなどと考えながらステージ付近を歩いていると、隣から元気な女の子の声が聞こえてきた。
『じゃじゃーん!!』
振り向いてみるとそこには何をイメージしているのかは分からないが、おそらくはそのラブカツというアニメキャラのドレスなのだろう……緑が主体で所々に月のマークの入った衣装を着たオン眉で黒髪ショートの女の子が、その関係者らしき小太りの男性と友達らしき男の子に向けてピースサインをしていた。
『多田、いいぞ』
男の子が多田と呼ばれている女の子に親指を立てる。
『ほんと!? ウチ、イケてる系!?』
『イケてるイケてる』
『やった! さんきゅ福田ぁー!』
なんて微笑ましい光景なのだろう。
福田と呼ばれる男の子の隣で息を荒くしている小太りの男性は置いといて、この多田という女の子……その衣装を纏えているだけで幸せそうな顔をしている。
これからオーディションだというのに緊張しているというよりはむしろ楽しんでいるみたいだ。
ーー……そういえばニューシーの手毬くんたちも『皆が楽しんでくれてたら自分たちも嬉しい。 でも自分たちが楽しめないとファンも楽しんでくれないと思う』ってよくテレビやラジオで言ってたなぁ。
こうしてオーディション開催時刻。 ユリたちは関係者席へと移動しその様子を見守ることに。
それはもちろん小学生のステージなので、決して大物アイドルたちみたいな激しかったりプロレベルのパフォーマンスはないのだが……
なんでだろう……この胸が高鳴りと、自然と口角が上がるような感覚は。
先輩たちに視線を移すとどうやらユリと同じらしく、皆柔らかな笑みを浮かべながらそのステージに魅入っていた。
◆◇◆◇
オーディション終了後。
『どうだった?』
マネージャーがユリたちに問いかける。
『なんていうか……ユリ、楽しかったです』
『私も』
『私も』
皆ここに着た時に比べて明らかに表情が明るい。
『ねぇユリ、私がここに連れてきた意味、理解できた?』
『はい。 さっき先輩たちとも話したんですけど、ユリたち間違ってました。 いろんなアイドルのライブを研究してたけど、ユリたちはまだその域に達してないから意味がなかったんですよね。 今のユリたちに一番大切なのは自分たちが楽しみつつ、自分たちの想いを周りにどれだけ伝えることができるか……だったんですね』
『そうね。 でもあなたたちの今までの研究は決して無駄ではないわ。 それはあなたたちがスタートラインに立ってから、存分にその知識を活かしていきなさい』
『『『はい!!』』』
こうして急遽開催されたオーディション見学旅行のメインは終了。
そしてその日の夜、宿泊先のホテルにて。
ロビーに置かれていたソファーで今回のオーディションに誘ってくれた男性と何かの資料を手にしながら話しているマネージャーを見つけたユリが2人のもとへと駆け寄る。
『あらユリ、どうしたの?』
『あの、ユリ、今日のオーディションを観てからずっと考えてたんです! どうすればユリたちの気持ちを周りのみんなに伝えることができるんだろうって』
ユリの言葉を聞いた男性も『それは興味あるね。 僕も聞いていいかな?』と身を乗り出して尋ねてくる。
『もちろんです!』
『それでユリ、その答えは出たの?』
『はい!』
ユリは元気よく返事。
手に持っていた紙を2人に差し出しながら、口を大きく開いた。
『やっぱりユリたちはアイドルだから、歌で伝えた方がいいかなって! それでその気持ちをユリ……作詞してみました! こういうのやったことなくて、もしかしたら曲になんか出来ないって思っちゃうかもしれないですけど、これが今のユリの……ユリたちの気持ちです!』
紙を受け取った2人はそこに書かれているユリの想いに目を通していく。
『ユリ、これ……この「あなたがいたから」ってタイトルに出てくる「あなた」ってもしかして……』
『はい! 楓です! でもその「あなた」は楓だけではありません! マネージャーや先輩、そして今日のオーディションを教えてくれたそこのお偉い方もそこに含まれてます!』
『そ、そう。 でもこれ……この歌詞の感じだと、バラードになっちゃわないかしら。 デビュー曲がバラードってどうなの?』
『あっ……』
マネージャーの一言でユリは口を紡ぐ。
忘れていた。
そう、ユリたちは未だデビューはおろか持ち歌もない……アイドルと名乗っていいのかも分からないような存在。
それに基本アイドルのデビュー曲といえば人の心を掴むためにポップでアップテンポな曲調なものが多い。
もし仮にバラードでデビューしたのならどうだろう……皆興味を持ってくれるのだろうか。
結構自分の想いを心のままに綴れていただけにこのショックは大きい。
『ユリ……忘れてました。 そうですよね、デビュー曲でバラードっておかしいですよね。 すみません、出直してきます』
ユリは2人に暗く俯きながら頭を下げるとくるりと背を向けた。
『ーー……いや、いいよこれ』
『え』
突然男性が呟いたのでユリは力なく振り返る。
『ユリちゃん……だったかな?』
『はい』
『これ……いいよ!! この歌詞に込められた想いもロックだし、デビュー曲をあえてバラードで挑戦するっていうのも最高にロックだよ!! ロックすぎて僕もう全身の鳥肌がビンビンだよ!!!』
『び……びんびん?』
マネージャーが小声で『言葉気をつけてください、セクハラになりますよ』と忠告しているが、男性の興奮は治まる気配がない。
『ユリちゃん! 君たちのグループって名前なんていうのかな!?』
『あ……一応皆で話し合って決めてはいるんですけど、まだ正式に上に教えてなくて……』
『それでもいいよ!! そのグループ名を教えてくれないか!?』
『は、はい。 【メイプルドリーマー】です』
『メイプルドリーマー……』
男性はそう小さく復唱するとマネージャーに小さく耳打ちを始める。
もちろんそれはユリにはまったく聞こえておらず、センスが無さすぎると愚痴を言われているのかもしれないと思ったのだが……
『あの、すみません。 あのユリちゃんの言ってた名前の【メイプル】って……【楓】って意味でしたっけ』
『そうですね。 そしてあの子がアイドルを目指した理由も電話でも話した『楓』って子です。 グループ名は私も今初めて知りましたけど』
『直訳するとメイプルドリーマー……【楓の夢を叶えるものたち】ですか。 これは……ロックですねえええ!!!』
男性はおもむろに立ち上がるとユリをまっすぐと見つめる。
『ユリちゃん!』
『は、はい!』
『実は秋頃から今やっているアニメの主題歌を変えようて話になってるんだけど……そこで君たち【メイプルドリーマー】のデビュー曲「あなたがいたから」を流してみるのはどうだろう!!』
『ーー……え』
一体何を言っているんだろうこの人は。
さっきまで作詞の話をしてたのにいきなりアニメ? 意味がわからない。
マネージャーも目を大きく開かせながら『何言ってるんですか』とツッコミを入れているようだが……
『えっと……それはつまり、どういう意味ですか?』
『だから、このユリちゃん作詞の「あなたがいたから」をメイプルドリーマーのデビュー曲にして、それをアニメの主題歌として全国のお茶の間に流すんだよ! それで最強にロックなデビューを飾ろうじゃないかって話だよ!!』
『『えぇえええええええええ!?!?!?』』
それはとても嬉しいことですごいことなのだが、ユリにはことの重大さがまだ理解できておらず。
あまりにも衝撃的な展開だったのだろう……それを証明するかのように、マネージャーの方が驚きに耐えきれずに体調を崩してしまったため翌日もホテル泊が決定。
ユリたちは1日延びた自由時間を都会で楽しく過ごしたのであった。
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実は小ネタなのですが……今回の『特別編・ユリ』、『特別編・エマ』の時とサブタイトルが一緒なのです 笑
さすがは親友!! こういうところでも繋がっていますね!!




