240 泣く子も黙るアレ【挿絵有】
二百四十話 泣く子も黙るアレ
「まさか高槻先生、昨夜のお電話は冗談ではなかったんですね」
病室の奥のベッドで上体を起こしていた女性が驚いた表情でオレたちを見渡す。
しかしもちろん最終的にその視線は結城へと向けられているわけで……
結城が一歩、また一歩と女性……母親の方へと近づいていく。
「お母さん……」
「桜子」
「お母さん!!!」
あぁああ……酷いことをされていたと知ってはいても、やはりこういうシーンは感動するもんだな。
結城は母親の声を聞くなりその歩くスピードを早め、泣きじゃくりながらその胸に抱きついたのだった。
◆◇◆◇
「ご無沙汰しております」
結城母がゆっくりと頭を下げる。
この挨拶からも見て分かる通り、これが結城母との初対面ではない。 オレと優香は結城母とは一回だけ顔を合わせたことがあるのだ。
覚えてるかな、夏休みの帰省時……タクシーで結城宅まで迎えに行った時だ。 まぁその時よりも少しだけやつれた印象はあるんだけどな。
もちろん優香もそれを覚えていたらしく、「こちらこそご無沙汰しております」と深く頭を下げてから結城母のもとへ。
カバンから封筒を2つ取り出すと、それを結城母に渡した。
「えっと、お電話では何度か話しましたけど……優香さんですよね? これは?」
「お母様が桜子のために持たせたものです」
「え?」
結城母が首を傾げながら中身を確認すると、一体何が入っていたのだろう……結城母は大きく目を見開きながら優香を見上げる。
「あの……優香さん、この大金は?」
「1つは夏休みの帰省時に、私たちに持たせてくれた10万円です。 そしてもう1つは、お母様が祝日・休日になるたびに桜子に渡していたお金になります。 少しはこちらでも使わせていただいていたので、全額とはいきませんが」
もはや塵というレベルではないのだが……塵も積もれば山となるという言葉があるように、結城母の持つ2つの封筒の中には目で見ても分かるほどの札束が顔を覗かせている。
「まさか……使わずに取っておいてくれてたんですか?」
「はい。 本当は桜子がウチに来なくても大丈夫になった時に持たせようって思ってたのですが……入院だとお金もかかるでしょう? でしたらこれをその足しに……」
「ありがたいお話ですが、これはお返し致します」
「え」
結城母が受け取った封筒を優香の手に押し付ける。
「えっと……どうして」
「昨日高槻先生から聞きましたよね?」
「え」
「その……多分だけど、私はここから退院することができませんから……これはどうか、皆さんでお使いください」
退院することができない……確か『治ることは滅多にない病気』だったっけか?
ていうかそのことを結城母はあたかもこちらが知ってる風な感じで話している……そういやここに入ってきたときに結城母が『昨夜の電話は冗談じゃなかったんですね』って言ってたし……なるほどな。
高槻さん……仕事が早いな素敵だぜ。
オレが1人で感心していると、優香が押し付けられた封筒を再び結城母の手にのせる。
「あの、優香さん、だからこれは受け取れないって……」
「お母様こうしましょう。 お母様の話し方からして、昨日先生が私たちに何を話したかはご存知なわけですよね?」
「はい」
「それじゃあ私がお母様に質問があることも?」
「ーー……はい、高槻先生から聞いてますよ」
結城母が小さく頷く。
「ではその答えを教えて頂けないでしょうか。 もしその答えがクソだった場合、私はそんなクソな人が渡したお金なんていりません。 でももし納得できる……意味のある答えだった場合は、私がそれを受け取ることを約束します。 どうですか?」
優香が少し挑戦的な口調で結城母に顔を近づける。
「私のあの行動に、優香さんは意味があるってお思いですか?」
「はい。 でなければ私はあなたの話を聞かずに、そのお金を置いてここから出て行きます」
しばらくの間優香と結城母が沈黙のまま見つめ合う。
そして優香の真剣さ・ガチさが伝わったのだろう、結城母は「分かりました、では……」と優香の質問の答えを話し出した。
「まずは確か、携帯電話を何故解約してまで、行方をくらまそうとしたか……でしたよね」
「はい」
「あれはですね……」
結城母の話によればこうだ。
最初結城母は元彼が捕まったと知り、今までの苦労が水の泡となったため絶望のどん底に。
しかしそれに追い打ちをかけるかのように、まさかの事実が発覚してしまったらしいのだ。
「まさかあの人に多額の借金があったなんて」
どうやら男の金の羽振りが良かったのは全て金融機関や知り合いから借りたお金。
それで借りてた張本人が捕まってしまったもんだから、機関はともかく知り合い達がこぞって男と付き合っていた結城母に金を返せと電話を鳴らし続けていたらしい。
「それで私、もう精神的にも追い込まれて……それで思いついたんです。 携帯を解約すれば、もう私は電話で追い詰められることはないって」
なるほどな……確かにそれが一番手っ取り早い解決法だよな。
捕まった男の知り合いも、おそらくはそういった部類の輩なのだろう……金への執着は半端なさそうだ。
オレがお金の魔力について改めて考えさせられていると、結城母が優香に「分かってもらえましたか?」と首を傾げて尋ねる。
「まぁ……はい。 それなら携帯を解約するのも仕方ないですね。 では次に、桜子をその……」
「はい、私は放棄しようと……縁を切ろうと考えています」
「えっ」
抱きついている結城が悲しげな表情で結城母を見上げる。
「これもさっきの話に繋がってるのですけど、桜子の為なんです」
「桜子の……?」
「はい。 今は連絡先を絶ったため、あの人の知合い達からの電話は来てませんが、もしかしたらあの人が私たちの家の場所を教えてる可能性だってあるんです。 そんな危険があるのに桜子を1人家に置いておくわけにはいかないでしょう? 私はここから退院することができないわけですから」
結城母が悔しげな表情を浮かべながら結城の髪を優しく撫でる。
「でも……それならいつも通りに桜子を私たちに預けて……縁まで切らなくても良くないですか?」
「いえ、考えてもみてください。 おそらくこの入院費も莫大で私は働くことが出来ない……借金確定なんです。 それでもし私に何かあったら、その借金は桜子が背負うことになっちゃうんですよ? そんな苦労、娘には背負わせたくありません」
「ーー……っ!」
結城母の言葉に優香は声を詰まらせる。
まぁそうだよな、そんなこと言われたらオレも返す言葉が見当たらない。
ちなみにこっそりとスマートフォンで入院費を調べてみたところ、平均で1日約2万円の自己負担……仮にそれが1年続いたとしたら730万、2年だとその倍ってことか。 もしかしたら色々そこから引かれて少しは安くなる制度があるのかは分からないが、確かにそんな金額を娘に背負わせたくはないよな。
「でも……桜子の気持ちも、尊重してあげてはもらえないでしょうか」
優香が手足を震わせながら結城母に訴える。
後ろ姿しか分からないが、優香も悔しいのだろう……なんとか結城との縁を繋ぎとめようと必死なようだ。
「優香さん、確かに子供の意志を尊重したいって気持ちは私にもあります。 でもこればかりはどう足掻いても……」
ーー……ん?
結城母が優香に言葉を告げたとほぼ同時。
換気のために窓を開けていたのだろう……一際強い風が一瞬吹くと、日を遮っていたカーテンが大きくなびき出す。
そのなびかせ方は異常で、まるで何かの訪れを予期するかのような……
「はぁ……、さっきから何言っても面倒な人だなぁ。 お金に困ってるくせして受け取らないし、かといって改善策なんて考えずに諦めて……あー、めんどい。 めんどい」
え。
なにかとてつもなく嫌な予感したオレは視線を優香に向ける。
「お、お姉ちゃん?」
「なにが桜子のため? ハハ、自分のせいだろ……金にホイホイ釣られてストレス溜めて失敗して……さっきから聞いてれば自分が正しいようなことしか言ってないし……だからゴミみたいな奴にも騙されんだよ。 はぁ……」
え、もしかしてさっきの身体の震えってそっちの前兆のやつだったわけーーー!?
ダーク優香、降臨。
こうなってしまってはもうオレにはどうしようもない。
オレは後ろにいた高槻さんに「これはヤバいので後ろに下がってましょう」と手首を握りながら伝え、一緒に優香から距離をとった。
「あの……優香さん?」
結城母が困惑した表情で優香を見つめている。
結城も見るの初めてだよな。 さっきまで泣きながら母親にくっついてたのに、今は目を高速で瞬きさせながらダーク化した優香から目が離せないみたいだ。
ーー……泣く子も黙る優香様ってか?
「てことはアンタあれ? お金さえ解決したら、桜子と縁を切らないってことなんだよね?」
優香がユラユラと左右に揺れながら結城母の目の前にまで詰め寄る。
「何をそんな簡単に……でもそんな方法なんてどこにも……!」
結城母が声を少し荒げながら言い返すも優香はそれを無視。
優香はおもむろにスマートフォンを取り出すと、くるりと体の向きを回転。 結城母に背を向けながらどこかに電話をかけだしたのだった。
「ーー……うん、私。 そう、桜子の母親のことで、うん。 それでさ……うん。 いい案ある?」
一体何をするつもりなんだダーク優香様ぁ!!!!
ただ何故だろう……今回の降臨はめちゃめちゃ頼りになるゥーーー!!!!
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