239 あの日を覚えてる【挿絵有】
二百三十九話 あの日を覚えてる
えー皆さん、本日は放課後に結城の母親に会いにいく日であります。
緊張ですよね、不安ですよね……多分優香も結城もそんな感情が入り混じっていると思うのですが、今オレは何をしていると思います?
そう……今オレはーー……
土下座をしております!!! いつもの女子トイレで!!!
「頼む三好!! 明日か明後日……それ以降でもいい!! お前の靴下をオレに恵んでくれ!!!!」
オレは衛生面なんか考えず、床のタイルに頭をつけながら三好に懇願する。
「は……はぁああああ!?!? ふ、福田あんた……なに言ってんのさいきなり!!!」
三好が顔を赤らめ困惑しながら目の前で超低姿勢のオレから一歩後ろに引いて距離をとる。
「理由は言えない……しかし三好、これはお前にしか頼めないんだ!!!」
「なんでさ!! 麻由香とか美波とか……エマじゃダメなの!?」
「だって多田や小畑はタイツじゃねーか!! エマは……そんなこと言ったら何されるか分からん!!」
「それでなんで私ならオーケーすると思ったのさ!!!」
くそ……やはりそう素直には許可してくれないか。
えっとなんだっけかな、以前ネットかテレビで女の子は特別扱いされたら嬉しいとか言ってたよな。
てことはこう言えばいいのか……?
オレは顔を上げ、真剣な眼差しで三好を見つめる。
「三好」
「な、なに?」
「三好の靴下がいいんだ」
「ーー……っ!! 変態!!!!」
三好が脚を勢いよく突き出し、オレの顔の真横を通過。 後ろにある壁をガンと蹴る。
なんだろう、時期や見た目は変わってるけど……
「この光景……懐かしいな」
オレは思わず呟く。
「な、なにが?」
「三好、お前はオレが退院してからの記憶しかないって知ってるから言っちゃうけどさ、言ってみればその日からがオレとみんなの初対面……そして一番最初にオレにちょっかいかけてきたのが三好だったよな。 ちょうどここで、こんな体勢で」
「ーー……そうだね。 ていうかその……覚えてたんだ」
「まぁな。 だって手を……いや、脚を出してきたのもお前が最初だけど、オレサイドに引き入れたのも三好、お前が最初なんだからな。 まだあの時の感情ははっきりと脳に焼き付いているぞ」
「そ……そんなに? ちなみにそれってやっぱり怖かった……とか?」
「いや、綺麗な脚だなー、パンツ見えて眼福だなぁーって」
「は、はぁ!?!?」
三好の顔がさっき以上に赤く染まり出す。
「まぁその、だから……な?」
「な、なに?」
「良ければ今その履いてる靴下、オレにくれ?」
「あげないよ!!!」
そう叫んだ三好の足がオレの下半身にクリーンヒット。
オレは久しぶりの快感に悶えつつも、三好の技量が落ちていなかったことに深い喜びを感じていたのだった。
「み、三好……もう1発……」
そして放課後。 オレは若干内股気味になりながら結城と高槻さんと待ち合わせ場所である校舎裏で合流。
優香とは直接現地で待ち合わせとなっているので、高槻さんがそこへ向かうためのタクシーを手配してくれたのであった。
「あの……福田くん、ちょっといいですか?」
「あ、はい先生。 なんですか?」
「さっきからその……前屈みで内股気味ですけど……どうかしましたか?」
「あーいや、まぁその……なんでもないです。 あはははは……」
◆◇◆◇
「結城さん、大丈夫ですか? 緊張……してます?」
優香は高校生で授業が少し長いため、オレたちは結城母の病院近くにある喫茶店で時間を潰すことに。
そこで肩を硬くしていた結城に気づいた高槻さんが優しく顔を覗き込む。
「あ……うん。 大丈夫、です」
「そうですか。 ちょっとでも体調が悪くなったらいつでも先生に言ってくださいね」
「うん……ありがとう先生」
結城のやつ……昨日のあの時と比べたら随分と柔らかくなったよな。
序盤、優香のことを『優香さん』呼びしてた時は心にグサッとくるものがあったけど、なんとか最終的には『お姉ちゃん』に戻ったし……ほんとギャルJK星やエマ、エルシィちゃんには頭があがらないぜ。
ここまでこれたのも保護に向かって家に帰るよう説得してくれた高槻さん、オレを安心させてくれた神様の美香、場を盛り上げ繋いでくれたギャルJK星、結城の心に語りかけてくれたエルシィちゃんに、それを後押ししてくれたエマ。
そもそもダーク優香が降臨して、結城の母親の彼氏を逮捕させてくれてなかったらずっと状況が停滞してたままだったのかもしれないな。
誰か1人でもかけてたら今の状況にはなっていなかっただろう。
オレは出会った皆に改めて感謝しながら目の前でやり取りをしている結城と高槻さんの姿を見つめる。
「ん? どうかしましたか福田くん」
オレの視線に気づいた高槻さんが首を傾げながらオレに尋ねる。
「え、いやなんでもないですけど……」
「でも福田くん、さっき先生のことジッと見てましたよね」
「あー、まぁ、はい。 でも別に深い意味はーー……」
「福田……くん、分かるよ?」
「え」
突然結城がオレの言葉を遮りながら微笑みかけてくる。
ちくしょう、相変わらずかわいいな!!
ていうか……なにが分かるんだ結城よ。
「その……結城さん? なにが分かるの?」
「福田……くん、先生に見惚れてたんだよね」
「え?」
「あらっ」
オレと高槻さんの声が同時に重なる。
「分かるよ。 私も先生のこと、綺麗だなーって思うし。 それに福田……くんは男の子だし、私が思ってるよりももっと綺麗だなって思ってそう」
「あらあらー! そうなんですか福田くんっ」
高槻さんが頬に手を当てながら妖艶な笑みを浮かべてオレを見る。
くっそーー!! これで美人とかじゃなかったら「いやいやー」とか言えるのに、実際美人だからなぁ!!!!
そんなのオレにはこう答えるしかないじゃないか!!!
「まぁ……はい。 綺麗だなーとは思ってました」
「あららーー! どうしましょ結城さん、先生、男の子に綺麗って言われちゃいました!」
オレの回答に結城は満足してるようで、「ほらね先生、当たった」と嬉しそうに高槻さんを見上げている。
クゥーーー!!! ちょっと悔しいけどオレは君のその笑顔を引き出せただけで最高にハッピーだぜ!!
オレが心でガッツポーズを決めていると、結城が「ちょっとトイレ行ってくる」と言って席をはずす。
その間オレは何もすることがなかったので、優香から連絡が来ていないかスマートフォンに視線を下ろしたのだが……
「ありがとうございますね、福田くん」
「え」
突然感謝されて驚いたオレは急いで高槻さんを見上げる。
「えっと……どうしましたいきなり」
「これは先生の予想なんですけど……結城さん、福田くんがいなかったら今よりもっと深いところで、もっと固い殻に閉じこもっていたと思うんです」
高槻さんは優しく微笑みながらテーブルの上に置いてあった角砂糖を1つ摘まみ上げ、それを自身のコーヒーの中にポチャンと落とす。
「そう……ですかね」
「はい。 で、それを溶かして殻を破りやすくしてあげたのが福田くんなんですよ。 これは去年東北旅行に行った時に結城さんと旅館で話してたんですけど、結城さん、本当に福田くんには感謝してましたよ」
「感謝……ですか」
「先生はその現場を見てないので実際のところは分からないのですけど……」
角砂糖が完全に溶けたのを見届けた高槻さんはゆっくりとオレを見上げ、自身のスマートフォンをテーブルの上に置く。
「え、先生、スマホが……どうかしました?」
「実はそのシーン、途中からですけど動画に残ってるんです。 見ますか?」
高槻さんがニヤリと微笑む。
「えええ!! なんで撮ってるんですか!!」
「いやーあははは、あまりにもその姿が可愛くてつい……え、じゃあ観ません?」
「いえ観ますお願いします」
オレが深く頭を下げると高槻さんが「わかりました」と微笑みながら動画を再生。
オレは画面に映る結城とその声に全神経を研ぎ澄ませることにした。
画面に映っているのは旅館内にいる結城。
テーブルの前で目線をこのカメラ……スマートフォンの持ち主・高槻さんへと向けている。
『ーー……うん、福田くんは覚えてないかもしれないけど、福田くんと初めて話したのは私が帰り道でハンカチを落とした時なの。 私あの日、ここに転校してきてから初めて人に優しくしてもらえたのが嬉しかったんだ』
『はじめて……ですか?』
『うん。 私転校してからすぐにイジメられだしてたから。 だからハンカチを拾ってくれた時……落し物を拾ってくれた時はびっくりしたけど嬉しかったなぁ……。 ありがとうって声を出すだけで精一杯で。 でも嬉しくて泣きそうで、でも笑いそうになっちゃってたから急いで家に帰っちゃったの』
『それは……もうあれですね、いろんな意味での【衝撃の落し物】ですね』
『うん』
「ーーっと、はい、ここまでです」
高槻さんが動画を止める。
「えええ、なんで止めちゃうんですか!」
「いやー、これ朝に撮ってたんですけどね、先生、急に吐き気を催しちゃいまして……その声聞きたいのなら聞かせてあげてもいいですけど」
「ほんとですか? 実は結城さんがオレのことを好きって言ってるから止めた……とか」
「じゃあ音声はアレなんで、観てみますか?」
「お願いします」
そうして音声なしで続きを軽く見せてもらったのだが、確かに高槻さんが動画を停止した後すぐ、高槻さんがスマートフォンを持ちながらトイレに駆け込んでいる映像が映っていたのだった。
ちくしょう……ちょっとだけ期待したんだけどなぁ!!
でもまぁしかし……あれだな、結城、あんな些細なことを覚えてくれてたなんて……やっぱり嬉しいな!!!
「福田くん、このことは絶対に……」
「はい、誰にも言いません。 オレと先生だけの秘密でお願いします」
オレと高槻さんがウフフアハハと笑いあっていると結城がトイレから戻ってくる。
「なんの話してたの?」と聞いてきたのだが、オレと高槻さんは互いに目を合わせながら、その話題を上手くかわしていったのだった。
そして時間は過ぎ、優香からもうすぐ到着すると連絡が来たオレたちは少しの緊張を携えながら席を立ち、優香との待ち合わせ場所である病院の待合室へと向かうことに。
「あ、ちょっとオレもトイレ行っていいですか」
「福田……くん、大丈夫? なんか歩きづらそうだけど」
「ほら、昨日からオレ足の指怪我してるからさ。 まだかなり痛いけど昨日ほどではないから……大丈夫。 ありがとう」
「その……手伝ってあげようか?」
「「え」」
結城の提案にオレと高槻さんの声が重なる。
「そう言ってくれてますけど……福田くん、どうするんですか? ここはお言葉に甘えてみては?」
「大丈夫です1人で行けますーー!!!!」
ここは喫茶店……第三者の目もあるからな。
これが家なら迷わずお願いしてたというのに……くそう!! タイミングのバカヤロウ!!!
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●ちなみに三好との初絡み&蹴りは第04話『もはやご褒美』に。 結城の落し物回は第11話『衝撃の落し物』に掲載されております!




