238 家族
二百三十八話 家族
高槻さんの急な提案で後日……というか明日の放課後に結城・優香・高槻さん・オレの4人で結城の母親の入院している病院へと伺うことを約束。
その日はもう遅いから解散しようとなり、高槻さんは深くお辞儀をしながら帰っていったわけだが……
「ーー……」
「ーー……」
高槻さんが帰ってからというもの、2人は座った状態のまま無言状態。
どうせならそこらへんケアして帰ってくれてもいいだろうよ高槻さんんんん!!! なんでこんなまだ謎を残した……空気悪い状態で帰ることができるんだよおおおおお!!!
酒か!? 酒を早く飲みたくなっちゃったからのか!?
オレはこの空気感に満ち溢れている部屋の中で意味なく立ち尽くす。
実際のところ、この状況を変えるために2人に話しかけたいのは山々なんだけど……ほら、オレってかなり女子の気持ちがわからないだろ? だから下手に危険な橋を渡るわけには行かないわけよ。 特に結城な。
高槻さんだって『この年頃の女の子は繊細で、一つ言葉を間違えただけで取り返しのつかない状況になったりする』って言ってたし……。
はぁ……仕方ないな。
もはやオレに残された手は……これしかない!!!
オレはお互いに無言の2人には申し訳ないが静かにリビングを退出。
自分の部屋へと戻り、オレの出来うる限りの行動に打って出ることにした。
◆◇◆◇
オレがその行動をしてからしばらく。
インターホンの音がけたたましく鳴り響く。
ーー……お、来たか。
オレの目の前で結城をチラチラと見ていた優香がビクンと体を反応させた。
「えぇ!? こんな時間に……だれ!?」
優香が玄関の方に視線を向けて驚いていると、オレが鍵をかけていなかったからなのだろう。 ガチャリと玄関の扉が開いたと同時に「おじゃましっまーーす!!」という元気な声。
「やっはろー! 美咲ちゃんがきましたよーーー!!!」
そう、未だ黒髪清楚の姿をしているギャルJK星だ!
軽く事情を説明したオレはこの空気やらなんやらをどうにか出来ないかとギャルJK星に依頼。
すると速攻メールで『任せろ弟』と返信が来たのだった。
頼もしいぜ……さすが姐さん!!!
「み、美咲……!?」
優香が大きく瞬きをしながらギャルJK星を見つめている。
「およよ、どうした2人ともーー、外はもう暗くて寒いんだから、お家の中くらい明るく温かく行こうぜぇー?」
そう言いながらギャルJK星は2人が向かい合わせに座っている机の真ん中に立ち、あろうことか右手を優香……左手を結城の肩へと回して「そーでしょー?」とお互いを交互に見ながら問いかける。
「だべ? ゆーちゃん」
「う、うん」
「だべ? 桜子」
「ーー……うん」
さ……さすがコミュニケーションオバケ。 オレにはそんな真似出来ないし、それ以前にこれはギャルJK星にしか出来なさそうな芸当だ。
オレがそんなギャルJK星の偉大さに見惚れていると、ふとギャルJK星と目が合う。
「あ、そうだダイキ」
「え? なに星さん」
「もうこんな時間だけど……ご飯って食べたの?」
「え」
「だってもうすぐ夜の7時だべ? いつもならほら、この時間くらいに食べてない?」
ギャルJK星が壁にかけられた時計を指差しながら尋ねてくる。
「あ、本当だ! ごめんねダイキ、桜子! お姉ちゃんすぐ準備するから……!」
優香、本当にそれどころじゃなかったんだな。
ギャルJK星の声を受けてやっと時計を見た優香が慌てた様子でキッチンへと小走りで向かいだす。
ーー……まぁこれはオレとギャルJK星の演技なんだけどね。
「まぁまぁゆーちゃん、今日はもう出前でいいじゃない。 アタシもまだ食べてないしさ、お金もアタシ出したげるしパァーっと行こうぜパァーっと!!」
ギャルJK星が財布を握りしめながら優香に後ろから抱きつく。
「えぇ!? それは美咲に悪いよ」
「いいのいいの!! ちょうどお金には余裕あるのさ!」
「で、でも……」
「じゃあその代わり、今度ゆーちゃんの手作り弁当食べたいなー。 週5の日替わり弁当! それでいい?」
「う、うん……じゃあお言葉に甘えよっかなぁ」
優香はキッチンに背を向けると再び結城の座っているテーブルの前へ。
優香のスマートフォンをテーブルの上に置き、「桜子は何食べたい?」と優しく尋ねた。
「優香さんたちが食べたいもので……いい……です」
「ーー……え、あ、そっか。 うん分かった。 じゃあ前みたいにピザとかでいいかな。 ほら、それならいろんな味があって楽しめるし」
「うん」
うーむ、結城も少しは話せるようにはなったけど……まだ今まで通りにはいかないよなぁ。
オレが頭を掻きながらその様子を見つめていると、ポケットに入れたスマートフォンが振動していることに気づく。
「ーー……ん?」
確認してみるとメールの受信通知。 これは……エマからだ。
オレはすぐに中身に目を通した。
【受信・エマ】 ほんとエマたちがちょうど出かけててよかったわね。 もうすぐ着くから、鍵開けて待ってなさい。
優香がピザの注文を終えてしばらく。 優香と結城にギャルJK星が明るく話している最中に玄関からエマたちの「おじゃましまーす」の声が響き渡った。
◆◇◆◇
「えええええ!! エマちゃんに……エルシィちゃんも!?」
「はい、ダイキがどうしてもエマたちと一緒に食べたいって聞かなくて」
エマが冗談ぽく笑いながら優香にここへ来た理由をそれっぽく説明する。
「そうなのダイキ」
「うん。 なんとなく今日は出前かなって思ってたからさ、どうせなら賑やかな方がいいかなって」
「でも……ピザあれで足りるかなぁ」
優香が心配そうな顔をしながらスマートフォンを手に取り注文履歴を遡り出す。
「あ、優香さん! それなら心配いらないですよ! ねぇエルシィ」
エマが優香の手を止めると明るくエルシィちゃんの方を振り返る。
そしてエルシィちゃんはエマ以上の明るく癒しの笑顔で「んーーっ!」と大きく頷いた。
「ゆかー、エッチー、エマおねーたんと、ごはんかってきたぁー!」
エルシィちゃんが天使の波動を振りまきながら優香に持っていた袋を手渡す。
「えっと……ありがとう、これは……?」
「おこあきーー!!!!」
「あ、お好み焼きです。 ちょうどエマとエルシィ、出先が商店街の近くだったので、せっかくだしってことで買ってきたんです」
エマがエルシィちゃんの説明に補足を加えながら優香に教える。
「えー、でもこんなに……いくら? お金払うよ」
「あ、大丈夫です優香さん!」
優香が財布に手を伸ばそうとしたところをエマが両手を広げて制止する、
「えっと……なんで?」
「だってこれ、優香さんが分けてくれた商品券で買ったものですから。 実質エマたちの負担は0なんです!」
「いやでも悪いよ」
「優香さん、お金はこういう時のために使うんですよ!!」
エマがたくましく笑いながら優香の財布の上に手を当てる。
優香もそんなエマの説得力に負けたのか、「あぁ……じゃあお言葉に甘えようかな。 ありがとうエマちゃん」と柔らかく微笑んだ。
よし、これで役者は揃ったぜ!
オレの目の前では優香のフォローに重きを置きながら周囲の場を盛り上げているギャルJK星。
結城の隣で何気ない会話で口数を増やしてくれようとしているエマ。
そしてもう1人……
「ユッキーちゃん、どしたぁ?」
「え?」
そう、今回の期待のエース・癒しの天使エルシィちゃんだ!!
エルシィちゃんが結城の顔を覗き込みながら首をかしげている。
「エルシィ……ちゃん。 どうしたの?」
「んーー、ユッキーちゃん、かなちいの? なんか、あたー?」
「ーー……」
「ユッキーちゃーーん?」
今回の結城の件……エルシィちゃんだけが知らないからな。
だからこそ変に立ち回らずに結城の心の声を聞き出せられると考えたのだ。
まぁ……なんか危なそうな展開になりそうだったらエマあたりがうまく立ち回ってくれるだろうし。
結城はしばらくの間エルシィちゃんの瞳を凝視。 その後に小さく口を開いた。
「あのね、ママが……」
「ママぁ? ユッキーちゃん、ママしゅきー?」
エルシィちゃんが結城の言葉を遮りながら結城の服の袖をちょこんと掴む。
「え?」
「エッチー、ママしゅきー! ユッキーちゃんも、しゅきー?」
「えっと……うん」
「やったぁーー!! エッチーもしゅき! ユッキーちゃんもしゅき! いっしょだぁねーー!!」
エルシィちゃんは無邪気に喜びながらその場でピョンピョンと跳ねる。
「うん、でもね、私のママ……今は一緒にいないんだ」
結城がエルシィちゃんから視線を外しながら寂しげに呟く。
「そーなんー?」
「うん。 今は病院だって……。 私それも知らなくて……知らされてなくて……」
結城の肩が細かく震えだす。
これはエルシィちゃん、もしかして地雷を踏んでしまったやつじゃないのか? エマも止める素ぶりはなさそうだし……ここはオレが止めた方がいいのだろうか。
そう考えたオレがエルシィちゃんに手を伸ばしながら近づこうとした……その時だった。
「だいじょぶよー、ユッキーちゃんー!」
「え?」
エルシィちゃんが優しく微笑みながら結城に顔を近づける。
「なん……で? だって私はママと一緒に暮らしたいだけなのに、でもそれが叶わなくて……許されなくて……だから……!!」
「でもユッキーちゃんのママ、ニホンにいるれしょー?」
「え?」
「エッチーのママ、フランシュよー? だからユッキーちゃんは、だいじょぶよー!!」
結城が静かに視線をエルシィちゃんの顔に向ける。
「ユッキーちゃん、ママとは、いちゅ、あえりゅのー?」
「あ、明日……」
「いいなぁユッキーちゃん、エッチーも、ママ、あいたいなぁー」
「その……エルシィちゃんは……ママと会えなくて……さみしくないの?」
結城のその質問を聞いたエルシィちゃんは「うん!」と大きく返事。 その後近くにいたエマに勢いよく抱きついた。
「だってエッチー、ママしゅきだけど、エマおねーたんが、いるのよー!」
「ーー……え」
「エッチー、エマおねーたん、ママといっしょか、もっとしゅきー!!!」
エルシィちゃんがエマの胸に顔をスリスリとさすりながら結城に答える。
ていうかエマよ……お前が泣きそうになってどうすんだ。
「そっか……エルシィちゃんにはお姉ちゃんのエマが……いいなぁ」
結城が小さく呟く。
この言葉にはオレを含めた皆がどうしようものかと互いを見渡したのだが、そう……エルシィちゃんだけは違ったのだ。
「ユッキーちゃん、それ、ちがうのよー?」
エルシィちゃんが首を大きく左右に振りながら結城を見上げる。
「ーー……え?」
「ユッキーちゃんには、だいきとか、ゆかが、いるのーよー」
「!!!!」
結城の目が大きく開かれる。
「福田……くんに、優香……さんが……?」
「えぇ! でもそれだけじゃないわよ」
「ーー……エマ?」
「桜子、あなたは1人で抱え込みすぎなのよ。 あなたが困った時、助けてくれたり頼りにしていい人はたくさんいるのよ?」
「ーー……え?」
結城がゆっくりとエマを見上げると、エマは優しく結城に微笑んだ後、結城の手を優しく包み込む。
「ダイキや優香さんだけじゃないわ。 ここにいる星さんやエルシィの他にも、カナに多田さん小畑さん、ノゾミに水島さん、担任の先生方や高槻さん……もちろんエマも、皆桜子が望めば力になってくれるわ」
「みんな……が?」
「えぇ桜子! 今の桜子にはお母さんしか見えてないかもしれないし、それは仕方ないとは思うのだけど、そんなあなたを助けようとしてくれている人もいる……それだけでもわかってちょうだい。 特に優香さんは一番あなたのために動いてくれいてるんだから」
「え……」
エマの言葉を聞いた結城が優香に顔を向ける。
「優香……さんが?」
「う、うん?」
「今のエマの言葉……ほんと? 優香……さん、私のために……動いてくれてたの?」
「うん、まぁでもその結果、桜子を傷つけることになっちゃったけどね……ごめんなさい」
優香が結城に深く頭を下げる。
「でも……そうだよね。 あの時電話してた優香さん……私のために怒ってくれてた感じだった……」
結城の瞳から一筋の涙が頬を伝い落ちる。
「さ、桜子? 大丈夫?」
「うん……私……勝手に裏切られたって思っちゃっててその……ごめんなさい。 そう……だよね、私……エマの言ってたようにママのことしか見えてなかった。 福田くんもその……ごめんね」
結城の瞳がオレへと向けられる。
これは……もしかして関係修復と捉えてもいいのでしょうか。
気になりすぎたオレは勇気をだして結城に尋ねることを決める。
「えっとじゃあ結城さんあの……結城さんが言ってたオレのことキライって言うのは、今は……」
「うん、好きだよ」
パァアアアアアアアア!!!!!
オレの周囲に色とりどりの美しい花が咲き乱れ始める。
よ……よかったあああああああああ!!! 助かったああああああああ!!!!!
そんな感じで幽体離脱をしそうなほどに舞い上がっていると、インターホンのチャイム音が響き渡る。
そこから聞こえてきた声は「宅配でーす」……そう、ピザだ!!
「あ、エマ行きますね」
素早く反応したエマが体を玄関の方へと向け歩き出す。
「待って、オレがいくよ!!」
今のオレは最強状態!! そんなオレが皆のために動こうではないか!!
テンションの上がったオレはエマを追いかけて玄関に向かおうとしたのだが……
ズキィイイイイイイイイ!!!!
「いってえええええええええええええええ!!!!!」
勢いよく踏み出したせいか負傷した小指から全身に激痛が走る。
もうこうなっては歩くどころの話ではない。 オレの体は前へと倒れ、そして目の前にはエマ。
オレは転倒を免れようとエマの背中に手を伸ばした。 その結果……
ふにゅっ
あー……なんだろうこの感覚。
どこを触ってるかは分からないけど、全世界の男がこぞって求めてる触りごこちというかなんというか……。
オレはエマの背中に顔を埋めながらその感覚を存分に堪能する。
ふにゅっ、ふにゅふにゅふにゅ
おおお、よくは分からないけど足の小指の痛みが徐々に引いていく……これはもしや……癒しの力でも含んでいるとでもいうのだろうか。
ふにゅにゅ、ふにゅにゅにゅ……ふにゅにゅにゅにゅにゅーーー!!!!
うひょおおおおこの感触オレは好きだぞ!! 柔らかくてでも程よく弾力があって、でも控えめで……なんだコレええええエエエエエエ!!!!
「ダイキ……あんた何やってんの?」
「え?」
目の前のエマからドスの効いた声が聞こえたオレはゆっくりとエマの顔に視線を向ける。
するとなんだ? なんかエマが鋭い目つきでこっちを睨んでいるのだが……でも若干顔が赤いぞ? 一体なんで……
オレは夢の感触を楽しみながら首を傾げた。
「えっとエマ、なんだ?」
「なんだじゃないでしょ……この変態がぁあああああああ!!!!!」
エマの膝蹴りがオレの下半身にクリーンヒット。
こうしてオレは小指の痛みと、どことは言えないが下半身の一部分の痛みを伴いながら、晩御飯を食べることとなったのだった。
多分だけど、オレ触ってたの二の腕だったと思うんダケドナー。
◆◇◆◇
食事中。 こうなれば他のことに集中させて痛みを和らげようと、オレは目のは見えない苦痛の涙を流しながら皆の食事風景を見渡す。
「あ、桜子、飲み物なくなってるね。 おかわりいる?」
「うん、ありがとう……お姉ちゃん」
あれ、なんだろう、また別の感情の涙が……。
お読みいただきましてありがとうございます!
ここまでは一気に進ませようと思い大ボリュームになりました 笑
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