236 ダーク化を阻止せよ!!
二百三十六話 ダーク化を阻止せよ!!
自宅に着くなり優香は机に顔を突っ伏しながら小さく呟く。
「まさか……あの会話が聞かれてたなんて」
声は震えていて涙声。 たまに鼻をすする音が静かな部屋の中で響き渡る。
オレはそんな優香の姿を見るのが初めてなので、とりあえず隣に座って背中をさすっていたのだが……
「ごめんねダイキ……、お姉ちゃんのせいでこんなことになっちゃって」
優香が顔の向きを少しずらしてオレを見上げる。
「いや、お姉ちゃんは悪くないよ。 だって最初は内容なんて聞こえてこなかったんだもん。 あの時偶然周りの音がなくなったんだから……仕方ないよ」
「でも……でもお姉ちゃんがあんなところで電話してなければ」
「お姉ちゃん、そんな自分責めないで。 とりあえず高槻さんが結城さん連れてきてくれるから……その後で高槻さんから話があるみたいだし」
「先生から……?」
「うん。 マンションの外でも軽くは言ったけど、結城さんに関することなんだって。 それよりもお姉ちゃん、先に聞いちゃっていいかな」
「?」
優香がゆっくりと顔をあげ、オレと目が合う。
「聞くって……何を?」
「お姉ちゃん、さっき結城さんのお母さんと話してたんでしょ? どんな話してたのかなって思っちゃって」
「あ、うん……。 急に電話かかってきたと思ったらいきなり『桜子を今後ともよろしく』って言われちゃって……。 それで理由聞いても教えてくれないし、そしたら突然『あの子をもう放棄することにしました』って言われて、もうお姉ちゃんそれにカチンってきちゃって……」
なるほどな。 それは確かに感情的になる優香の気持ちも分からんでもない。
「あの人……携帯も解約してて居場所も分からないし、さっきにも公衆電話からかけられてたからこっちから掛け直すこともできない。 桜子も悲しませちゃったしもう私どうすれば……!!」
「だからお姉ちゃん、自分を責めないでって!!!」
オレは全力でフォローを入れながら優香の手を握りしめる。
「ーー……ん?」
なんだ、優香の体が震えて……って、おおおおおおい!!!
これはもしかして……いや、もしかしなくてもヤバい兆候なのではないでしょうかあああああ!!!!
そう、ダーク優香変貌への兆し。
ここでダーク化してしまったらもう高槻さんとの話し合いどころじゃねえぞ!
せっかくここまでは美香からのメール通りだと正解ルートを進んでいるんだ……ここはオレがなんとしてでも優香のダーク化を阻止しなければ!!!
オレはいかにして優香の気を紛らわせる方法を考える。
ーー……うむ、あれしかない、アレしかないよな!!!
サンキュー神様。 あんたのおかげでオレは冷静でいられている……故にオレの脳は今まで通りに最高潮だぜ!!
オレは小さく深呼吸。 その後視線を斜め下……机の足へと視線を下ろし、思い切りそこにキックをかました。
バキィ!!!
「痛ってえええええええええええええ!!!!!!」
机の足にオレの小指がクリーンヒット。 なんとも言えない痛みでオレはその場で転げ回る。
「ダ、ダイキ!? どうしたのいきなり!!!」
優香が驚いた顔で床で転げ回るオレに体を向ける。
よし、まずは第一関門突破ァ!! さぁ次だ!!
「い、いや……トイレ行こうと思ってたら靴下が滑っちゃって……あいたたたたたぁ!!!」
「だ、大丈夫!?」
「大丈夫じゃ……ない」
「えええええええ!!!!」
優香が椅子から立ち上がりオレの近くでしゃがみ込む。
「どこが痛いの? ここ……足? ダイキ、立てる?」
「お、お姉ちゃん……」
「なにダイキ!」
「トイレ……行きたい。 手伝って……?」
「ーー……え?」
◆◇◆◇
「えっと……お姉ちゃんも一緒に中に入った方がいいのかな」
トイレの扉の前。 オレに肩を貸してくれている優香が少し顔を赤らめながらオレに尋ねてくる。
「うん……じゃないと出来ない。 漏れちゃう」
「い、いいの?」
「うん、お願いします……」
こうしてオレは優香に支えられながらトイレの中へ。 オレは便器の前に立つと優香に視線を向ける。
「お姉ちゃん……」
「ん?」
「脱がして」
「ーー……え?」
オレは優香の顔から自身の下半身……ズボンへと視線を下ろす。
「えっと……ダイキ?」
「下ろしてくれないとできない」
「えええええええええ!!!!!」
優香の頬が少しずつ赤く染まっていく。
「でもダイキ、座りながらでも出来るでしょ? わざわざ立ってやらなくても……」
「うわああああああ漏れる!! お姉ちゃん、早く……早くうううううう!!!」
「えええええ、わ、分かったから! じゃあその……ごめんねダイキ!! えいっ!」
オレのズボンに手をかけた優香がオレのパンツごと一緒に膝下まで一気にずり下げる。
そう……優香版パンツ・ロックだ。
このパンツ・ロックによりオレの下半分は生まれた時の姿に。 もちろんどこかは分からないが優香の視線が一点に集中されているのが分かる。
「えっと……じゃあダイキ、お姉ちゃんは外で待ってるから、終わったら呼んで?」
「無理。 お姉ちゃんいなくなったらオレバランス崩して倒れちゃう」
「え」
「お姉ちゃん、お願いします」
「え?」
優香が困惑した表情で大きく瞬きをしながらオレの顔を見る。
「お願いしますって……なにを?」
「お姉ちゃん」
「はい?」
「オレ、こうして片手……右腕はお姉ちゃんの肩に回してるでしょ?」
「うん」
「それで、もう片方の左手はこうして壁についてバランスをとっている……てことは?」
「ーー……え?」
オレはゆっくりと視線を下に下ろす。
「お姉ちゃんが操作してくれないと大惨事になっちゃう」
「え……えええええええええ!?!?!? お姉ちゃんが誘導するのーーー!?!?」
「お姉ちゃんちょうど左手空いてるし……お願いします」
「えっと……お姉ちゃんこういうの初めてで、誘導したことないから分からないんだけど……こ、こうでいいのかな」
優香の指がちょこんと触れる。
だからどことは言わないぞ!? 強いて言うならばそう……腰ダ!! 腰の中心あたりを指先で押してバランスを取りやすいよう誘導してくれてるって思ってくれていれば大丈夫ダヨ!!!
「ダイキ、これくらいで……大丈夫かな。 痛くない?」
優香が顔を真っ赤に染めながらオレを見上げて尋ねてくる。
くあああああああああ!!! こんな状況だけど言わせてくれ!!! 最高だ&可愛い!!!!
背中では優香の体が押し付けられていてとても心地良いし、なんといっても添えてくれている優香の指先の感触がもう……!!!!
もちろんオレの鼓動は高速に脈打っているんだ。
だからそれは当然あれにも支障をきたしてくるわけで……
「あ、あのーダイキ、なんかここ……どうしたの?」
なんだろうな……緊張で腰の関節が固くなってしまったんだろうか。
優香が顔を真っ赤にしながらそこを凝視している。
「あーお姉ちゃんごめんなさい。 これじゃあトイレできそうになくなっちゃった」
オレは恥ずかしそうな顔をしながら優香に頭を下げる。
だってそうだろう? 腰が固くなってしまったらいつ爆発するかも分からないんだ。 誰だって慎重になるヨネ?
ということでトイレは断念。
オレは優香に再び謝罪をしながらズボンを引き上げてもらうようお願いをする。
「ダイキ、これ……このままいって大丈夫なの? 痛くない?」
腰が固くなってるカラネ。
「うん大丈夫。 入りづらかったら一気にいってくれて良いから」
「ほ、ほんと?」
「うん」
「じゃ、じゃあ……いくよ?」
そう言うと優香は一気にズボンを上に引き上げる。
パンツアッパー……これを優香にしてもらうことになるなんてな。
そしてこのパンツアッパー、通常時ならただただ食い込んで痛いだけなのだが、今のオレはテンションMAX状態。
それも『腰が』固くなっているため爆弾を抱えていたわけで……
うおおおおおおお!!!! 痛……気持ち……EEEEEEEEEE!!!!!
ハーーーックション!!!!!
いやぁ、やっちまったぜ。
まさか爆弾が盛大なくしゃみとして発動してしまうなんてな。
結構なくしゃみをしてしまったせいか、オレの制服はデロデロだ。
「ええええええ!! ダ、ダイキいいいいいい!?!?!? は、ははは早く洗濯しないと……とりあえずほら、汚れちゃってるから早く脱いで!!!」
「あ、はいありがとうお姉ちゃん」
オレは優香によってその場で丸裸に。
そのまま優香に背を押されながら浴室へと誘導されたのだった。
やはり人間の三大欲求は偉大だな。
なぜオレがその作戦を選んだのか……それは簡単だ。
まずは食欲……これは気が病んでる時にはなくなっちゃうもので、無理やり食べようとしても胃が受け付けないし、そもそもそんな状態では何食べてもあまり味はしない。 故に幸せな気持ちにはならないだろ?
そして睡眠欲……病んでたらそのことばかりが脳内をループして質の良い睡眠ができるわけがない。 そもそも高槻さんが戻ってくるまでにそんな睡眠を取ることなんて不可能だ。
となればの最後の欲……アレだよな!
これを自然にそういう感じに持っていったことによって、ほらこの通り……優香の気が少しでもそっちにそれたことにより、手が震えなくなってるってわけだ!!
その場で脱いでも軽くあしらわれて終わりそうだったからな。
こうでもしないとオレの理想の展開まで持っていけなかったんだ、許してくれオレの小指。
「はぁ……なんかドタバタだったね。 ちょっと紅茶でも飲んで落ち着こうか」
洗濯機を回してリビングに戻ってきた優香が小さくため息をつきながら台所へと向かう。
「ダイキも飲む?」
「うん」
うむ、これは完全に成功したと言っても良いのではないのでしょうか。
その後オレと優香はお互いに向かい合いながら紅茶を飲むことに。
熱い紅茶を飲んでいると、机の上に置いておいたスマートフォンが振動していることに気づく。
「ーー……あ、高槻さん、ちゃんと結城さん保護したって」
「え! ほんと!?」
優香が前のめりになりながらオレに顔を近づけてくる。
「うん。 結城さんも落ち着いてるみたいだし……今から2人でウチ来るって」
「はぁ……よかったぁー」
優香は肩から力が抜けたのだろう、安堵の息を漏らして椅子の背もたれにもたれ掛かっている。
オレはまぁ大丈夫って知ってはいたのだが……やっぱり心のどこかではかなり心配だったんだろうな。 結城の無事を知ってから口にした紅茶の味は、先ほどよりも少し甘く感じたよ。
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