196 まさに恋のエンジェル!
百九十六話 まさに恋のエンジェル!
あのあと結城から連絡が入り、旅館近くのバス停で待ち合わせることになったオレとエマ。
待ち合わせ場所へと向かっていると、膝をついて結城にもたれかかりながら「うーうー」唸っている高槻さんの姿を見つける。
ーー……まだ回復してなかったのか。
「あー!! エマおねーたんーー!!」
オレとエマの姿に気づいたエルシィちゃんがテチテチと天使な歩幅でこちらに駆け寄り、エマの前でピタッと止まる。
「ん? どうしたのエルシィ」
「んー? エマおねーたん、どったぁー?」
エルシィちゃんが不思議そうにエマの顔を見つめている。
「えっと……なにが?」
「なんかエマおねーたん、ふにゃってなってうーー!!」
「え? ふにゃ?」
エマが頭上にはてなマークを浮かばせながらエルシィに聞き返す。
「うんー!! ふにゃあーーー!!」
「え、ダイキ、どう言う意味だと思う?」
エマが目を細めながらオレに尋ねる。
「ふにゃあ……だろ?」
「うん」
「シンプルに太ったんじゃない?」
ドスッ
オレがそう口にしたタイミングでエマの拳がオレのお腹にクリーンヒット。
オレはその場で唸りながらしゃがみこむ。
「お……お前エマ、今のは冗談じゃないか。 少しは空気読めよ」
「それはこっちのセリフよ! 女の子に『太った?』はキラーワードなのよ!?」
「いやいや、じゃあ他にどう解釈しろってんだよ」
「いろいろあるでしょ! ……すぐには思いつかないけれど」
「思いつかないんかい!」
「で、でも『太った』は本当にだめなの!!」
オレとエマが軽く軽く言い合いを始めたタイミングでバスが到着。
どうやら駅から旅館への直行便らしく、出発するのは10分後らしい。
「あ、来たみたいね。 じゃあさっさと乗っちゃいましょ。 外はやっぱり寒いわ」
エマがエルシィちゃんの手を引っ張りながらバスへと走る。
「ま、待って……エマ。 先生運ぶの、手伝って……」
バス停前のベンチで高槻さんを介抱している結城がエマに声をかける。
「まったく……どうして大人ってこう潰れるって分かってて呑むのかしらね」
エマは「はぁ……」とため息をつきながらエマのもとへ。
高槻さんの肩を叩きながら「バス来ましたよー」と耳元で声をかけた。
「うぅ……誤算でした。 まさかここまで潰れてしまうとは」
高槻さんが頭に手を当てながらゆっくりと立ち上がる。
ーー……おいおい、まだ酔いが覚めてないのか足下がフラフラだぞ。
「先生……大丈夫、ですか?」
「えぇ、ありがとうね結城さん。 先生、結城さんがいてくれて助かったわ」
高槻さんが心配そうに見上げている結城の頭を優しく撫でる。 「うぷっ……」と頬を時折膨らませながら。
「う……うん」
「ほら、じゃあ一緒にバス乗りましょ」
「私……先生の隣に座るね」
「あら、嬉しいわありがとう」
結城と高槻さんがバスへと乗り込むと、その後ろをエマとエルシィちゃんが続く。
「ほらエルシィ、窓側と通路側どっちがいい?」
「まーどーー!!」
ーー……え、オレ1人?
それから10分後、オレたち以外の乗客がいないままバスは出発。 直通バスのため、途中止まらずにまっすぐと駅前の停留所まで向かう。
オレはその間、何もやることがなかったので目の前に座るエマとエルシィ……そして通路を跨いだ隣に座る結城と高槻さんの後ろ姿をただボーッと眺めていたのだった。
もうね、高槻さんの口元に手を抑えながらの「うぷっ……」を聞くたびに気が気じゃなかったよオレは。
そして幸い何も起こらないまま駅前に到着。
バスが完全に停車した後オレたちはゆっくりと席を立つ。
「え、また寝てんの!?」
エマが半ば呆れ気味に視線を向けていたのは結城の太ももを枕がわりにして眠っている高槻さんの姿。
そういや少し前から「うぷ……」が聞こえなくなってたのは眠ってしまったからだったのか。
「うん……最初の方は『ウーウー』言ってたんだけど、眠っちゃったみたい」
結城が少し愛おしそうな表情を向けながら高槻さんの頭を撫でる。
まったく、どっちが年下だよ!!
「はぁ……分かったから桜子、早く先生を起こして頂戴。 エマたち先に出てるから」
「う、うん」
エマがエルシィちゃんの手を引きながら先にバスを降りる。
オレはとりあえず結城がどう高槻さんを起こすのか気になったので観察することにした。
「お、起きて……」
結城が高槻さんの肩を叩きながら耳元で優しく声をかける。
か……可愛い!! オレもこんな起こされ方されてみたいぜ!!!
「んっ……あ、先生ったらまた眠っちゃってたのね。 ごめんね結城さん」
「ううん、ほら、降りよう?」
結城が高槻さんの手を握りながらゆっくりと出口までエスコートしていく。
「あいたたた……」
「だ、大丈夫……ですか?」
「うん。 ただの二日酔い……平気平気……」
高槻さんはヘラヘラと笑いながら結城とともにバスから降りようと数段の段差をヨロヨロと降りていく、
「あ、ママ。 もう一段あるから……気をつけて」
「あーはいはい、ありがとうございます結城さ……ん?」
ーー……え?
「「「ーー……ママ?」」」
オレと高槻さん、そして先に降りていたエマの視線が同時に結城へと向けられる。
「ーー……え? どうしたのみんな」
気づいていないのか結城が不思議そうにオレたちを見渡す。
「えっと……あのーー結城さん。 さっき結城さん、先生のこと『ママ』って」
「え?」
「気づいてなかったのかな」
オレの言葉を聞いた結城は信じられないような表情をしながら視線をエマと高槻さんへと向ける。
「ねぇエマ、私……ママって言った?」
「言ったわね」
「せ、先生……私、ママって言いました?」
「ーー……はい」
「!!!!!」
結城の顔が一気に赤く染まっていく。
そんな結城の姿を見てオレは後ろから癒されていたのだが、癒されていたのはオレ以外にももう1人。
「あら、どうしてかしら……。 母親に思われるのショックなはずなのに……胸がキュンキュンするわ」
高槻さんが目をトロンとした表情で結城を見つめている。
「せ、先生?」
「あ……あの、結城さん? もう1度だけ先生のこと、『ママ』って呼んでみてくれませんか?」
ーー……ん? 何言ってんだこの教師は。
心の中で突っ込んでいると、結城はやっぱり優しいんだよな。 高槻さんの要望を聞いたのちに優しく頷き、ゆっくりと口を開く。
「あ、はい。 じゃあ……ママ」
「っはああぁぁぁあん!!!」
高槻さんが身をよじりながらその場で崩れ落ちる。
「せ、先生!?」
「ど……どうしましょう。 先生……結城さんの言葉で母性に目覚めたかもしれません」
ーー……は?
「それと、先ほどの結城さんの言葉による癒しの力のおかげで先生……二日酔いが治りました!!!」
「「ええええええええ!?!?!!?」
高槻さんが勢いよく立ち上がり結城の手をぎゅっと握りしめる。
顔色が元に戻っている……てことは本当に回復したってことなのか!?!?
「せ……先生?」
「結城さん!! ではこれから帰りの新幹線の時間まで、爆速でお土産巡りに行きましょう!!」
「う……うん!」
「その途中で食べたいものとかあったら言ってくださいね! 先生、結城さんの食べたいものなんでもご馳走します!」
「ほ、ほんと?」
「えぇ! なのでその間だけでも先生のこと、ママだと思って接してくれていいですからね!」
高槻さんはニコリと結城に向かって微笑むと、「それでは行きましょう!」と結城の手を引きながら意気揚々と駅近くにあるデパートへ。
「ーー……なぁエマ、これはどういう結末だ?」
「エマにも分からないけど……とりあえず、エマたちも行きましょ。 今のあの先生のテンションならなんでも買ってくれそうよ」
エマがエルシィちゃんと手を繋ぎながら結城と高槻さんの後を追う。
オレも皆に置いて行かれないよう必死に走っていたのだが、その途中、デパート前で何かのイベントをしていることに気づく。
どうやら女の子数名が大声で何かをしゃべっているようだ。
「この度、私たちのプロダクションで初のアイドルグループを立ち上げることとなりました! そしてユ……、私がリーダーのユウリって言います! 趣味はバスケ! このメンバーの中では一番歴が浅いですが頑張ります! よろしくお願いします!」
ほう、アイドルグループとな。
ユウリと名乗る女の子が頭を下げると周囲にいた人たちがパチパチと、まばらだが彼女に拍手を送っている。
あの子……いいな。 ユウリちゃんか、なるほどなるほど。
赤みがかったその髪は後ろで1つに括られていて、素晴らしいポニーテールじゃないか。 そしてリーダーと言っていたが、頭にはリーダーらしからぬ寝癖がヒョコンと生えておりメンバー内でも明らかに一番背が小さい。
なるほどな……このギャップが売りなのか?
そんなことを考えていると先を進んでいたエマが「早く来なさい、朝食奢ってくれるらしいわよ!」とオレに向かって叫んでいることに気づく。
「あぁ、わかったよ!」
オレはアイドルたちの自己紹介を横目にエマのもとへ。
「アンタ何みてたの?」
「いや、なんかあそこでアイドルの子たちが自己紹介してたんだよ」
「ほんっとアンタってそういうの好きね」
エマが「これだからダイキは……」とため息交じりに首を振る。
「いいだろ別に。 あ、それで朝食奢ってくれるってお前さっき言ってなかったか?」
「あ、そうそう。 あそこのホットケーキ屋さんよ。 もう桜子もエルシィも中に入ってるから、早くエマたちも行きましょ!」
「お、おう!」
こうしてオレたちは帰りの時間までお土産コーナーを満喫。
とても濃い1泊2日の東北旅行が幕を下ろしたのだった。
ちなみに帰りの車内でも結城は高槻さんのことを『ママ』と呼び、高槻さんは身をよじりながら幸せを噛み締めていたぞ。
これで母性に目覚めた高槻さんが結婚なんてしたら……きっかけを作った結城はまさに恋のエンジェルだな。
お読みいただきありがとうございます! 東北旅行編終了です!!
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