195 スッキリ!?
百九十五話 スッキリ!?
オレがエマの手を引っ張りながら定食屋へと向かっていると、突然エマが歩みを止める。
「ん、どうしたエマ」
振り返りながら尋ねるとエマは「あれ……」とオレの後ろ……さっきまで進んでいた方向を控えめに指差す。
一体なんだと思いながらもオレも視線をエマの指差した方へ。
そしてそれが何を見てのエマの行動だったのかをオレはすぐに理解した。
「お、ちょうどよかったじゃないか」
厚手のジャンパーに身を包みながらこちら……川へと向かっている男性が1人。
そう……北山だ。
こっちから向かおうとしてたのに、逆にあっちから来てくれるなんてな。
「エマ、お前はオレが話を振るまで黙ってくれていていい。 オレが振ったらそれとなく聞くんだぞ」
オレの指示にエマは「うん」と緊張した面持ちで頷く。
「よし、じゃあ行くぞ!」
◆◇◆◇
「あのー、すみませんお兄さん」
エマを少し後ろで待たせた状態で、オレが声をかけながら北山に話しかけに行く。
「ん、なんだ? 子供……迷子か?」
「あ、そうです迷子……になるのかな」
「ーー……?」
北山が不思議そうに首をかしげる。
じゃあエマよ、ちゃんと聞いておくんだぞ。
「あの、この辺に松井ユリって人の家があると思うんですけど、お兄さん知りませんか? 大体お兄さんと同じくらいの年齢だと思うんですけど」
「!!!」
北山の体がビクッと動く。
「えっと君は……君たちは、何者?」
「オレたちは……1年前くらいだったかな。 ユリさんと一緒にバスケをしたんです。 それでまた今度遊びにおいでって言われてたので来たんですけど、知りませんか?」
オレの質問に北山はしばらく黙り込む。
「あ、もしかしてユリさん……休日の朝練とかで学校の体育館にいるとかですかね。 だったらその学校の場所とか教えて欲しいんですけど」
「ーー……いや、おそらくそのユリさんは学校にはいない……と思うよ」
北山が小さく呟く。
「え、そうなんですか?」
「うん。 確かに朝練はやってるかもしれないけど……ほら、俺もそうなんだけど、受験生だから」
「なるほど」
「この時期だし、家で勉強でもしてるんじゃないかな。 詳しくはさっぱりわからないけど」
「あー、そうなんですね。 じゃあお邪魔するのも悪いかなぁ……、お兄さん、連絡先とか知らないですか?」
「知ってるのは知ってるよ。 でも多分俺がかけても出ないんじゃないかな。 あんまり仲がいいってわけでもないし」
こいつ……北山の話しようからして、これはその松井ユリって子は生きてるな。
もし亡くなってたらそんなすぐに話せないはずだし。
一瞬エマに視線を向けると、エマも安心したのか柔らかな表情を浮かべている。
うん、よかったなエマ。
だがオレがやろうとしてるのはこれだけじゃないぜ?
オレはコホンと一呼吸空けて北山を見上げ、「あ、そうだ」と声を出す。
「どうした? まだあるの?」
「うん。 実は昨日、お兄さんの家の定食屋さんにご飯食べに行ったんだけどね、おじさんが言ってたんだけど……お兄さんって小山楓さんのファンなの?」
「え!?」
さっきとは比較にならないほどに北山の身体が反応。
目を大きく光らせてオレに顔を近づけてくる。
「き、君……小山さんのことも知ってるのかい!?」
「まぁオレじゃなくて、後ろの子……エマっていうんですけど、エマが大ファンで」
「そ……そそそそうなのかい!?」
北山の視線がエマへと移る。
よし! いけ、エマ!!!
「あ、はい。 その……エマ、楓ちゃんのファンで」
そう言うとエマは冊子を取り出して自分……小山楓が写っているページを見せる。
「あぁ……確かに小山さんだ! 君、なんで彼女のこと知ってるの!?」
「そ、それは……エマ、一目見て、かわいいなーって思って」
「そうなんだよ! 可愛いんだよ小山さんは!!」
ーー……なんだこいつ。
「それでお兄さんーー、この楓ちゃんが他に移ってる雑誌とかって知ってますか? エマ、あるなら見てみたいんですけど」
おいおいエマ、苦手になった相手だからって少しずつ冷たい態度になってはいけません!!
ーー……まぁあっちはあっちで興奮していて気付いてないっぽいけど。
「うーーん、それは逆に俺が教えて欲しいくらいだよ!」
「例えばほら、去年の秋に出た月刊ピーチレモンの秋のコーデ特集とかには出てないの?」
「出てないと思うよ。 俺、ファッション雑誌が出るたびに【小山楓】で検索かけてたもん」
ーー……おいおい、本当のガチ勢じゃないか。
北山の行動を聞いたエマの顔がドン引きしている。
「わかりましたありがとうございます」
エマがくるりと北山に背を向ける。
「え、もうどこか行っちゃうのかい?」
「はい、エマここには用はないので」
「そんなぁ……せっかく小山さんのファンに出会えたと思っていたのに」
北山はその場で膝から崩れ落ち、肩をガクリと落とす。
「ーー……じゃあ最後にエマ、聞きたいんですけど」
エマがチラッと視線を北山に向ける。
「な、なんだい!?」
「昨日も見かけたんですけど、お兄さん、あっちの川……楓ちゃんが撮影した場所をずっと眺めてましたよね。 なんでですか?」
エマが半分キレ気味に尋ねると北山は優しい笑みをエマへと向ける。
「な、なによ」
「そうだなぁ……、あそこ……あの川と、少し行った先に分かれ道があるんだけど、そこでしか俺、彼女を感じられないんだ」
北山の返答にエマは大きく息を飲む。
「彼女を……感じられない?」
「うん。 実は俺、小山さんとはほんの一瞬だったけど一緒に途中まで帰ったことがあってね。 ある日俺、勇気を振り絞って告白したんだ」
ーー……うん、あの時だな。
週末の試合で勝ったら答えを聞かせて欲しいってやつだろ。
「でも俺さ、答えを聞く機会を失っちゃって……そんな悩んでるところに声をかけてくれた女の子がいてさ、俺、もういいかって逃げるようにその子の告白を受け入れちゃったんだよね」
「最低ですね」
エマが半ば冷たい言葉を北山に浴びせる。
「うん、最低なんだ俺は。 君は……エマさんは小山さんが亡くなってることは当然知ってるんだよね?」
北山の質問にエマがコクリと頷く。
「俺のせいなんだ、全部」
「そうなんですか」
「うん。 俺がずっとだらしないままだったからさ、その告白してくれた女の子も傷つけちゃったし、小山さんのモデル人生も……」
北山が声を詰まらせながらエマを見上げる。
「ってああああああ、もう!! ナヨナヨしい!!!」
「え、おいエマ!?」
あまりの北山のグズグズさに耐えきれなくなったのだろう。
エマが頭を掻き毟りながら大声で叫び出す。
「アンタねえ!! さっきから全部が言い訳のようにしか聞こえないのよ!! 仮にも野球部だったんでしょ!? 少しはシャキッとしなさいよシャキッと!!!」
エマが北山の背中をバシンと叩く。
「ーー……え、どうして俺が野球部だって」
「そんなのどうだっていいのよ!! で、何!? 分かれ道はいいから、アンタはどうして川で小山楓を感じてんの!?」
「そ、それは……あの時、俺がちゃんとしてればな……とか」
「そんなこと今更嘆いたって小山楓は戻ってこないの! 分かるでしょ!」
エマは北山の両肩を掴んで前後に激しく揺らす。
「う……うん」
「だったらほら、小山楓が好きなことは嬉しいけど……もっとやるべきことがあるんじゃないの?」
北山に触れたことで少し冷静さを取り戻したのか、エマが少し柔らかく北山に話しかける。
「え?」
「定食屋を継ぎたくないんでしょう? 今こうしてるってことは野球での推薦がダメだったんだから……もっとちゃんと勉強しなさいよ」
「そ……それをどうして。 その話、俺家の中以外で話したことなんか……」
「だからそんなことはどうでもいいじゃない」
「で、でも……」
「じゃあ、今からエマがお兄さんに言葉を送るわ。 ーー……エマの為にもね」
「ーー……言葉?」
北山が首を傾げながら尋ねると、エマが「とりあえず目を閉じなさい。 絶対に開けるんじゃないわよ」と北山の目を手で覆う。
「ーー……どう? 瞑った?」
「は、はい」
北山の返事を聞いたエマはゆっくりと手を離して北山が本当に目を瞑っているのかを確認。
その後「ふぅ……」と小さく息を吐いて口を開いた。
「北山ゴウ。 あなたの行動によって小山楓は確かに傷ついた。 でもそれは小山楓にも非はある……よって私、小山楓はあなたを許す」
そう言うとエマはゆっくりと北山の頭の上に手を乗せて優しく撫で始める。
「ーー……え? え?」
戸惑う北山だったが「絶対に開けるんじゃないわよ」と言うエマの言葉を守り、目に力を入れて必死に開けないよう我慢をしている。
「そして確かにあなたの躊躇……いや、判断で小山楓の人生が消え去ったことも事実。 もしあの時2人で手を伸ばしてたなら……とかも考えたこともあったわ。 でもそれももう過ぎ去った過去……だから、それも……許す」
「え、エマ……」
なんて優しいやつなんだエマ。
エマも悔しかったんだろうな。 気丈に振る舞ってはいるが……当時の後悔等がぶり返しているのか、その目は涙で潤んでいる。
「それで、これが最後の言葉。 声が聞こえなくなっても数分は絶対に目を開けないようにね。 出来る?」
エマの言葉に北山は無言で数回頷く。
「じゃあこれが最後。 やりたいことがあるんでしょ? だったらその為に他のことは考えずにちゃんと勉強に集中しなさい。 じゃないと小山楓があまりにも不憫だわ。 でも……あれね。 寝る前のほんの少しの時間、数分だけでいいから、その時だけは……私のこと、思い出してほしいな」
「!!!!!」
エマの言葉を聞いた北山の目から涙がこぼれ始める。
「ーー……ダイキ、行きましょ」
「え、もういいのか?」
「うん。 なんかスッキリしたわ。 ありがと」
「そうか」
オレたちはなるべく音を立てないよう、静かにその場を後にしたのだった。
◆◇◆◇
「んあーーー! スッキリしたああああ!!!!」
結構離れた場所。 エマが腕を前に突き出した状態で手首を伸ばしながら、満面の笑みをオレに向ける。
「いや、エマお前優しいんだな」
「なんで?」
「オレはてっきりイラついて飛び蹴りをあいつの顔面に当てるものかと……」
オレの発言を聞いてエマは「ふふっ」と笑う。
「まぁ最初はそれくらいしようかとも思ったんだけどね。 あそこまでヘタレてたらそんな攻撃的なことできないでしょ」
「それは……そうだけどよ」
「いいの。 エマは、ユリが無事だったことを知ったのが一番救いだったんだから。 あれでユリも亡くなっててみなさいよ、エマがなんのために死んだのかわからないじゃない」
「ーー……うん、確かに」
「だからね、もういいの! 最後にあの男……北山くんにも呪いをかけれたわけだしね」
「ーー……え、呪い?」
思ってもいなかったエマの言葉にオレは首を傾げながら聞き返す。
「そう。 ほら、エマ言ってたでしょ? 寝る前とかの少しの時間でもいいから小山楓を思い出してって」
「うん」
「これで北山くんは将来結婚したとしても、寝る前にはエマの……いや、小山楓にことを思い出すのよ。 これでこの先数十年は小山楓のファンが0になることはないわ」
「!!!!」
オレの目の前でエマは口に手を当てて「ニシシ……」と意地悪に微笑む。
「エマ……お前悪い女だなぁ!!」
「いいじゃないのこれくらい。 その罪をもって小山楓の北山ゴウに対するマイナスな気持ちは相殺とするんだから」
「うーん、それはそうかもしれないが……」
まぁ北山もさっきのエマの言葉には少なからず救われているはずだし……これはこれでいい結果なのか?
そんなことを考えていると、エマが「それにしても……ダイキには感謝ね」と言いながらオレに顔を近づける。
「ん、なにが?」
「アンタ、昨日の夜にフルチ……素っ裸でエマたちの前に現れたのってあれでしょ? あれも作戦の1つだったんでしょ?」
「ーー……え?」
「ほら、わざとエマに攻撃させて負傷したそぶりを見せといて、エマに介抱させながら2人きりになるタイミングを見計らって話を聞くっていう。 なかなかに高度な駆け引き使ったわね」
エマが感心した表情でオレに「見直したわ」と微笑みかける。
「え、いや……後半は合ってるかもだけど、前半のは流石に成り行き……」
「謙遜しないの!」
オレが話している途中でエマがオレの襟をグイッと掴む。
「感謝してるんだから、素直にこの賞賛は受け取っておきなさい」
「え、あ……分かりまし……」
これまたオレが話している途中。
急にエマが顔を近づけてきたと思ったらいきなり指先を唇に押し付けられ口が動かなくなり、一瞬何が起こったか分からなくなったオレは体全ての動きを止める。
その後オレの鼻先に感じるエマの少し濡れた唇、少し乱れた吐息……これってもしかして、もしかしてえええええええ!!!!!
オレが最大限に動揺しているとゆっくりと顔を離したエマが「ふふ……」と笑う。
「エ……エマ!? い、今のって……!」
「だからお礼よ。 え、何? 鼻先だったんだけど……恥ずかしいの?」
「だ……だだだ誰が恥ずかしいなんて言ったよ!!」
そう言いながらもオレは自分の唇に手を当てながら顔を真っ赤にしていく。
「ほーら、そんなとこで突っ立ってないで、さっさと戻るよ? まだ桜子から連絡も来てないようだから旅館にいるんでしょ」
「わ……わかってるよ。 ちょっと休憩してただけだよ」
エマは「そう、ならいいんだけど」と言うとオレに背を向けて旅館の方へと歩き出す。
オレもエマの後ろをドキドキしながらついていくと、突然エマが歩みを止める。
「あ、そうだダイキ」
そう言うとエマがクルリとオレの方を振り返る。
「な……なんだよ」
「エマ、あと1つだけダイキに言っておくことがあったんだ」
「?」
「エマに惚れんなよー?」
エマはそう優しく微笑むと、先ほどオレの唇に押し当てていた指先を自身の下唇にそっと当てた。
「!!!!!!!!」
エマ……お前はやっぱり悪い女だぜ。
かわいいなぁもう!!!!
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