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193 特別編・エマ⑥ 運命の刻


 百九十三話 時別編・エマ⑥ 運命の刻




「ーー……雨、止まないなぁ」



 夏休みに入ってすぐのある日。

 楓は不安げな表情を浮かべながら部屋の窓から外を眺める。


 その日はちょうど地元でお祭りがあり、そこでフリー冊子に採用されたモデルたちのトークショーが行われる予定となっていたのだ。

 もちろん楓もそこに載らせてもらっているので参加するはずだったのだが……



「これ……大丈夫?」



 多少の雨なら決行されると聞いていたのだが、それとは比較にもならない豪雨。

 スマートフォンで天気を調べてみても、この状態が夕方過ぎるまで続くらしい……。


 マネージャーが「近くの温泉街に宿泊している人も顔を覗かせに来るから名前を知ってもらうには絶好のチャンス!」と言っていたので、楓は少しでも早くこの天候が回復に向かうことを神に祈った。



 しかし結果、神に祈ったことが通じたのかは分からないが悪天候は夕方までに回復したのだが、会場が荒れに荒れてしまったらしく今回は中止となったことをマネージャーからの連絡で知る。


 せっかくのチャンスを失ったことは残念だが、どんな会場に立つ予定だったのか気になった楓はお祭りが行われるはずだった会場へと向かった。



 ◆◇◆◇



「あー、これは中止でも仕方ないね」



 会場に到着した楓はあまりの荒れ具合に思わず本音が口から漏れる。

 予め組んでいたのであろうテントの上には大量の雨水が溜まっており、変な方向に傾いているものもチラホラ。

 トークショーをする予定だったのであろう簡易ステージも、落ち葉や雨水でとても行えそうな状態ではないし、それ以前に会場近くを流れる川の流れが先ほどの豪雨の影響で荒れに荒れており、その音が少し離れたここにまで聞こえていたのだ。


 徐々に会場に来た大人たちが各自のテントやステージに散乱していたものを片付け始めていく様をみた楓は、『あぁ……本当に中止になったんだ』実感し、くるりと体の向きを変えて家へと帰ることを決めたのだった。


 しかしその途中のこと、楓は会場を出てすぐのところで浴衣を着た少しうつむき加減の女の子を発見する。

 お祭りは中止になったのになんで来てるんだろう……そんな疑問を抱きながらその子に視線を向けていると、そんな楓の視線に気づいたのか女の子がフと顔を上げて楓を見た。



「あ、楓!」


「え……ユリ?」



 なんてタイミングで出会ってしまったのだろう。

 楓が自らのタイミングの悪さを呪っていると、ユリが手を振りながらこちらに向かって駆け寄ってくる。



「えっと……久しぶりだね……ユリ」


「楓も! 楓がバスケ辞めてから会う機会なかったもん……ユリ、寂しかったなぁ」



 ユリの言葉に楓は拳を強く握りしめる。



「そ、そうだね。 私もモデルのスクールとかで忙しかったし。 じゃ、じゃあこれで……」



 楓がユリとの会話をすぐに終わらせて帰ろうとすると、「ちょっと待って」とユリに腕を掴まれる。

 


「えっと……ユリ?」


「その……楓、もうちょっとユリとお話ししていかないかな」


「なんで?」


「だってほら、ユリたちこうして話すのも久しぶりじゃない? ユリ、楓に話したいこととかいっぱいあるんだけど……」



 ユリが若干上目遣いで楓を見てくる。



「!!」



 楓の心の中で何か黒くておぞましいものが発生し、それがグルグルと渦巻き増幅していく。

 このままでは自分の勝手な都合でユリに攻撃的な態度を取ってしまいかねない……そう感じた楓は一刻も早くユリから距離を取ろうと必死に言い訳を考える。



「あーー、ほら、私今から事務所に行かなきゃなんだよね。 その後少しだけどスクールにも顔を出さないといけないから、そんな時間は……」



 楓は一瞬ユリが掴んでいる握力が弱まったところを見計らい、「だからごめんね」と声をかけながら出来るだけ優しめに払いのける。



「でもユリ……楓に……」


「ごめんユリ。 私、本当に時間ないから」


「ゴウがもうすぐ来るの……それまででいいからさ」



 ーー……ぷつん。



 楓の中で大事にしていた何かの糸が切れる。

 それと同時に絶対に出さないと決めていた黒く渦巻く嫉妬の炎が楓の全てを蝕んでいく。



「ーー……だから……のに」



 必死に制御しようとしても口が勝手に動く。



「え? 楓?」


「だから早くここから離れようと思ってたのに!!!」



 自分の体なのに全てが思うように動かない。

 自分でも出したことのない大声がユリへと浴びせられ、目からは大量の涙が頬を伝い落ちていく。



「か……楓!? どうした……の?」


「どうしたのじゃないじゃん!! ユリ……私が北山くんを好きだったって分かっててこんなことしてるの!?」


「え……楓がゴウを……? いやでも楓、ゴウとは付き合ってないって……」


「でも一緒に帰ってたんだよ!? 普通それで大体察するでしょ!! なんでそんな酷いことするの!?」



 だめ……やめて。 これは自分がモデルの道を選んだことでなってしまった結果なのだ。

 全ては自分の責任……ユリはまったく悪くないのに、心がそれを認めない。

 楓はそれをなんとか抑えようとするも、その分怒りや嫉妬の感情が更に膨れ上がっていく。



「ゴウもユリが告白した時、別に楓のことが気になってるなんて一言も……」


「でもその北山くんは先に私に告白してきてたのに!!」


「ーー……え、え?」



 楓の言葉にユリは混乱。

 「ユリ、そんなことゴウの口から聞いたことないよ」と頭を抱えながら視線を泳がせ始める。


 ーー……言ってしまった。


 心の中で楓が自責の念に囚われていると、背後からあの男の声。



「ごめんユリー! ちょっと遅くなっちゃって!!」



 振り返って確認せずとも分かる……北山だ。

 その声を聞いた途端、楓の荒ぶった心が次第に冷静さを取り戻していく。

 まだ彼によく思われたい……とでも無意識に思っているんもだろうか。 笑える。


 しかしこれをチャンスと踏んだ楓は「それじゃあ私はこれで」とだけユリに伝えると足早にでその場を後に。

 絶対に振り向くもんかと心に決めながら……まっすぐ自宅のある方向を見据えながらユリや北山との距離を広げていく。

 後ろからはユリと北山の声。



「ゴウ……ユリが告白する前に楓に告白してたのって……本当?」


「え、どうしてそれを……ユリが?」


「ねえ、どういうことなのゴウ。 ユリはゴウのなんなの?」



 ユリには悪いことをした。

 楓はあまりの心苦しさに胸を手で押さえる。


 確かにユリからしたら信じがたい事実だ。

 友達が付き合ってないから大丈夫だと確信して告白し、オーケーしてくれた相手が実はその友達に告白していた。

 しかも私も返事をできていないことから「断った」とも言えない。

 


「ねぇゴウ……答えてよ!!」


「ーー……ごめん」


「なんで!? 少しだけどゴウのこと……信じてたのに!!」


「ま、待ってユリ!!」



 後ろからユリの「待って楓ー! ごめ、ごめんなさい!!」という声が聞こえてくるも、楓は振り返らずにただひたすらに歩く。

 振り返るな……振り返ったら私はどうすればいい?

 もし面と向かってユリが謝って来た場合、どう返事をする?



「ーー……謝りたいのは私の方だし」



 そう楓がポツリと呟いた……その時だった。



 ユリの「きゃあっ!」という叫び声ともに「ユリ!」と叫ぶ北山の声。

 これにはたまらず楓も何があったのかと後ろを振り返る。



「ーー……あれ、ユリ?」



 振り返った先……いるはずのユリの姿が見えず、そこにいるのは見たくもない北山の姿。

 そんな北山が呆然と隣を流れる川に視線を向けながら立ち尽くしている。


 ーー……一体どうしたんだろう。

 そんなことを思いながらも楓も自然と視線を北山の向けている先へ。

 そしてそこで楓は驚くべき光景を目の当たりにする。



「ーー……!! ユリ!?」



 そう、慣れない浴衣で濡れた地面を走ったからなのだろう。

 ぬかるみで足を滑らせたユリが川の濁流に飲まれながら川辺に生えていた植物を必死に掴んでいたのだ。



「か……楓!!!」



 ユリが激しい濁流を浴びながら楓に叫ぶ。

 このままでは危ない。


 何かないかと周囲を見渡していると、何もない代わりにその場で突っ立っている北山が視界に入る。



「ちょっと北山くん!!!」


「え……あ、小山……さん」


「ユリが危険じゃないの!! そんなとこ突っ立ってないでどうやって助けるか考えなさいよ!! 彼氏なんでしょ!?」



 楓の怒号に北山は気まずそうに目を逸らす。



「北山くん!!!」


「いや、でも俺も助けたい……けど、俺まで流されたら……俺、ここで死にたくないし」


「!!!!」



 ユリに視線を向けるとユリは自分が流されないように必死な様子。

 北山の今の言葉はおそらくユリには聞こえていないだろう。



 ーー……よかった。



 これは2つの意味。

 1つはもちろん先ほどの言葉が聞こえていないであろうユリに対して。 そしてもう1つはこんなクズを選ばなかった自分に対して。


 もうこの男は当てにならない……そう悟った楓は迷わず濁流の中に足を突っ込みユリに向かって手を差し出す。



「ユリ!! 捕まって!!!」


「で、でも楓!! 危ないよ!!」


「大丈夫!! 体幹は最近スクールで鍛えてたし、そんな簡単にバランスは崩さないから!!」



 楓がそう叫ぶとユリが恐る恐る楓へと手を伸ばす。



「ユリ!! あと少し!!」


「楓!!」



 その時だった。

 ユリが掴んでいた……命綱だった植物がこの濁流の勢いに耐えきれずに根元で千切れる。

 


「あぁ!! ユリ!!」



 楓の手まで後数センチという距離だったというのにユリの姿が一瞬で遠くへと離れていく。


 ここで……ここで助けられるのは私しかいない。

 

 楓は後先考えずに自らも濁流の中へと飛び込みユリのもとへと必死で泳いで向かう。

 


「ユ……ユリーー!!」



 叫ぶたびに口の中に入ってくる泥水がかなり苦い。

 それでもなんとか楓はユリのもとへと辿り着き、意識を失いかけていたユリの顔をビンタ。 ユリの意識を目覚めさせる。



「か……楓」


「しっかりしてよ!! ユリが気を失ったら私まで溺れちゃうでしょ!」


「な、なんでユリなんかを……。 ユリ、知らなかったとは言え楓に今まで酷いことを……」



 ユリの目から涙が溢れだす。



「そんなことは後でいいの! ほら、そこのカーブのところで一緒に固そうな植物に捕まるよ!」


「う、うん!」



 楓とユリは濁流の中で必死にお互いの体を抱きしめ合いながら、少しずつ迫ってくるカーブゾーンへと視線を向ける。



「いくよ、ユリ」


「うん!」



「「せーの!!」」



 ほぼ同時。 

 楓とユリは目の前に生えていた大きめの植物に手を伸ばす。



 ブチィ!!



 ーー……え。



 神様はなんて意地悪なのだろう。

 楓が伸ばした植物のところだけが脆くなっていたらしくあっさりと千切れ、楓だけが更に流されていく。

 


「ええええええええええ!?!?!?!?」



 川の流れはかなり早く、ユリへと視線を向けた時には遥か遠く。

 これはもしかして詰んだやつかな。


 そう思いながらも楓は1つホッとしていたことがあった。



 ーー……まぁもし意識がなくなった状態でどこかに打ち上げれて発見されたとして、よかったぁ……今日は偶然にもパンツ履いてるよ。

 

 

 〜完〜




「ーー……てなことがあったのよ。 まぁちょっと語り過ぎちゃった部分もあるけどね」



 エマが「へへへ」と頬を掻きながらオレに視線を向ける。



 ……いや、全然笑えるラストじゃないじゃねえか。



「それでね、ほら……エマ言ったでしょ? あの男の人と話したいっていうよりかは色々と聞きたいことがあるって」


「うん。 あ、あれが北山くんか!」



 オレの問いかけにエマが「その通り」と数回頷く。



「エマ、あれからユリがどうなったのか……とか、エマが出るはずだった秋コーデ特集の雑誌はどうなったのか……とかを聞きたいのよ」


「なるほど。 ていうかエマ」



 オレはまっすぐエマを見つめる。



「な、何よ」


「お前すげえな。 頑張ってたんだな、よしよし」



 オレはエマの頭を数回優しく撫でる。



「ちょ、何すんのよ気持ち悪い! 別にエマ、同情されたくてダイキに教えたんじゃないんだから!」


「まぁそうだけどさ、やっぱエマすげぇなーって思ったよ」



 これはなにがなんでもエマに話をさせてやりたいものだ。

 ていうかエマのやつ……ノーパンという痴女的行動に、まさかそんな歴史があったなんてな。



お読みいただきありがとうございます! エマ編、無事終了!!

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[一言] ノーパンに歴史あり・・・ >俺まで流されたら……俺、ここで死にたくないし 正直、これを言えるのってすごいと思うんですよ 悪い意味で
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